慟哭編6話 三本の矢



「やれやれ。ターキーズから出た連中は揃いも揃って一回戦負けかい。情けないねえ。こんな事ならアタシが出りゃよかったか。」


カプラン元帥のお招きで貴賓席から試合を観戦していたピーコックは溜息をついた。彼女の座る前列より一段高い最高貴賓席に座った直属の上官は、紅孔雀が丸めた背中に声をかける。


「コックス特務中尉、キミは独立機動連隊の看板だ。必勝でない限りは出場させる訳にはいかんよ。フラム閥が武闘派路線に舵を切ってから日が浅い。現状ではこんなものだろう。」


元帥の顔に失望の色は見えない。ジョルジョ・カプランは徹底的な現実主義者で、悲観も高望みもしない男だ。敗れたとはいえ、しぶとく食い下がったターキーズの面々に満足すらしているように思える。


「カナタ君、二回戦は第一試合から注目のカードだね。」


一回戦が終了し、ハーフタイムショーが始まる。進行の関係上、一回戦は時間制限ありの判定決着もあったが、ここからは出場兵士の"参った"か、審判の"勝負あり!"まで勝負は続く。


「フン!何が注目なものか。やはりおまえは戦闘がわかっておらんな。」


ウォッカをグビグビ飲みながら酒臭い息を吐く災害閣下。本日も平常運転だ。


「私はカナタ君と話しているのだよ。横から口を挟まないでくれたまえ。」


「なんだと!」


ザラゾフ元帥とカプラン元帥の間の席って、ちょっとした地獄だな。


「両元帥、オレは緩衝地帯じゃないんですから、頭越しに喧嘩しないでください。」


「此奴と喧嘩になどなるものか。ワシなら親指だけで相手出来るわ。」


喧嘩なら閣下の圧勝でしょうね。だけど口喧嘩なら逆だと思いますよ?


(カナタ君、これでいいんだ。同盟全土に放映されているビッグイベントで、大人げなく口論する。招待されなかったトガ元帥は、試合ではなく貴賓席を見ているはずだ。ドラグラント連邦ナンバー2が間に入って、不仲の二人を無理矢理同席させている、という"絵"が欲しい。)


(相変わらずの寝業師ですね。)


カプラン元帥って本当に片手間で軍人をやってるな。天職なのは絶対に政治家だ。トーナメントが終わった後は何か理由をつけてケチ兎と会い、"あの暴力バカが云々"とやるんだろう。閣下の性格を利用して見せたい絵を見せておき、演じやすい舞台をセッティングする。豪傑でも能吏でもない男の武器は、裏工作と根回しだ。


「お館様、シモン・ド・ビロン少将がお見えになられました。観戦を希望されていますが如何致しましょう?」


侘助が声を潜めるコトなく報告してきたので、二人の元帥がピクンと反応する。


「シモンが来おったのか? よくトガが許したものだな。」


「許す訳がないだろう。カナタ君、委細承知した。キミもなかなかの寝業師だね。」


「どういう事だ!ワシにもわかるように説明せい!」


オレが席を立つと、空白になった緩衝地帯に寂助が大きな人形を置いた。


「……なんじゃこれは?」


「都から送られてきた"ミコトちゃん人形"です。閣下、帝の御前で諍いを起こしたら、"めっ!"されますよ?」


「御前も何も、人形では…」


「ただの人形ではありません。姉さんの手作りです。細部にまで拘ったので完成までに二ヶ月もかかったらしいですよ。官舎に飾るように勅命を受けていますから、口角泡を飛ばして汚さないでくださいね。」


家事は"う~ん"な姉さんだから、難しいところは全部イナホちゃんが縫ったらしいけどね。


「ギャハハハッ!おまえは本当に姉上に弱いな!」 「クックックッ、なんともお茶目な龍姫様だね。」


笑い転げる豪傑と論客。……姉さんの計算通り、な訳ねーな。これは結果オーライってヤツだ。


──────────────────────


スタジアムのゲストルームで待っていたビロン少将は、当然ながら居心地が悪そうだった。なんせオレとの唯一の接点が"査察に送った長男を病院送りにされたコト"だからな。しかも見限ったはずの長男は優秀な支援型兵士として覚醒し、少なからぬ名声を博しているとなればなおさらだろう。


「お久しぶりです、ビロン少将。観艦式以来ですね。」


「…う、うむ。そ、そうだな。」


表情に覇気がないのは、南エイジアに有していた領地をごっそり削られたからだろう。トガ派の貴族にはごっそりどころか根こそぎ取られた者も多いから、ビロン少将はマシな部類なのだが。金融資産を領地にしているケチ兎と違って、少将は笑っていられる状況ではないのだ。


「天掛少尉、早速だが本題に入りたい。この手紙に記されている事は本当なのかね?」


大理石のテーブルに置かれた一通の書簡は、オレと雲水代表の連名で出されたものだ。


「私も御鏡雲水も、空手形を切るほど酔狂でも不誠実でもありません。勅書にしなかったのは、少将が提案をお断りになられた場合、姉上の名に疵がつくからです。」


「で、では帝の内諾を得ているのだな!」


「無論ですとも。どうなさいますか?」


書簡には"領地を大幅に削られ、弱体化したビロン家への支援"と、"ロベール・ギャバンを龍ノ島で開拓中の新しい衛星街(さほど大きくはないが)の領主に据えて、男爵号を授与する"という内容が記されている。


シモン・ド・ビロン少将は名前の示す通りフラム人だ。ビロン家は南エイジアで惨敗する前まではカプラン家に匹敵する大貴族で、フラム閥に所属していた。しかし派閥の主導権を巡ってカプラン元帥と仲違いし、トガ派に走った。自前の領地が広大で、名参謀だったギャバン少尉の母君もまだ健在だったから、いくらでも強気に出られたのだ。


戦略眼に優れた夫人のアドバイスとサポートがあれば、ビロン少将は戦果を上げるコトが出来ていた。隅っことはいえ、名将の範疇に入れていたのだ。帝国の名将、"剣神"アシュレイと交戦し、夫人が戦死してしまってからは精彩を欠き、凡将に転落してしまったのだが……


平均点しか取れなくなったビロン師団は、前の大戦役で薔薇十字に惨敗を喫し、今回の南エイジア防衛戦でもまた惨敗。力の源泉であった領土の半分近くを喪失した。今のビロン家は自力で師団の維持が出来ず、早急な支援を必要としているのだ。


「ビロン家にとって悪くない、いや、渡りに船な話だけに、裏を疑いたくなる。何が狙いなのだ?」


「少将は実の息子が兄弟相剋の醜い争いを演じるのが見たいのですか? それとも兄弟が力を合わせ、未来を切り拓く姿が見たいのですか?」


「……私はロベールを見限った父親だ。」


息子を見限った父親。古疵がうずくオレは語気を荒げないよう、細心の注意が必要だった。


「ギャバン少尉は貴方を許すと言っている。たった一人の可愛い弟の為にだ。」


「ロベールが……ピエールの為に……信じられん。」


「父さんが信じようが信じまいが関係ない。僕とピエールは力を合わせて生きてゆく。」


控え室にいたギャバン少尉は部屋に入ってくるなり、そう言った。打ち合わせでは話がまとまってから三者会談をする予定だったが、ギャバン少尉がアドリブが必要だと考えたのなら、オレは支持する。


「ロベール……私は…」


「失敬、僕とした事がノックを忘れていたね。父さん、ここが分水嶺だ。あくまでトガ元帥を頼って今までの路線を踏襲するのか、それとも敗北を奇貨とし、ビロン家の再生を目指すのか。当主のシモン・ド・ビロン侯爵が決めればいい。」


「おまえを見捨てた私を恨んでいるのではないのか?」


「恨むどころか感謝してるよ。ロベール・ド・ビロンのままでいたら、僕は尊大な穀潰しから何一つ成長しなかった。ぬるま湯に浸ったまま、意味のない人生を送っていただろう。虚飾に気付けたからこそ、実りある人生を生きているんだ。」


「………」


「父さんの耳には入っていないかもしれないけど、兵士達が下すシモン・ド・ビロン少将への評価は"平均点しか取れない男"だ。だけど、かつての父さんはそうじゃなかった。ド派手な戦果はなかったけれど、堅実に、確実に任務をこなせる良将だったんだ。」


「……二度の惨敗で思い知った。私には※ロズリーヌのような参謀役が必要なのだ。」


そう。シモン・ド・ビロンは、いざ戦端が開かれたとなれば、かなりの指揮力を発揮していた。ただ、どこで戦うのか、誰と戦うのか、どこまで戦うのか、といった戦略眼に欠けているのだ。逆に言えば、戦略性に乏しい布陣でも平均点は取れている、というコトになる。これは兵士の視点では見えないコトだ。


「少将、ロズリーヌ・ド・ビロン准将の才能はギャバン少尉が受け継いでいる。戦略眼を持った長男が戦うべき場と相手を見定め、勇猛な次男が最前線で戦い、師団級戦力の指揮に慣れた貴方が軍を統括すれば、ビロン師団はかつての輝きを取り戻す。そう思いませんか?」


ロズリーヌ准将が健在な頃、シモン・ド・ビロンはクライド・ヒンクリーのライバルだった。アスラ元帥は打率は高いが長打力に欠けるビロン中佐と、打率はそこそこだが一発のあるヒンクリー中佐をうまく起用して躍進したんだ。


「……ピエールは"俺は兄貴がいないとやってけねえ"と言っている。私はただの戦術家、ピエールは勇猛だが、その才能は"優秀な前線指揮官"に留まるだろう。私とピエールを活かせる者は、ロベール・ギャバンだったのだ。」


「父さん……」


「ロベール、愚かな私を許してくれ。」


ビロン少将の目には涙が浮かんでいた。心の澱を洗い流す涙が……


「許すも許さないもない。僕達は"家族"なのだから。さあ父さん。我が家の誇る勇猛な次男の戦い振りを見に行こう。」


戦略を兄が、戦術を父が、戦闘を弟が賄う。三本の矢は折れないってヤツだな。


「う、うむ。貴賓席に空きがあると…」


「まず忠告その一だ。父さんは忘れている"現場目線"を思い出さなければならない。たとえ母さんがいなくても、父さんが"兵士と共に戦う姿勢"を守っていれば、ああまで無様な惨敗は喫さなかった。僕やピエールがいる以上、安全地帯から命令だけ下すなんて許さない!」


ギャバン少尉らしからぬ怖い視線と強い口調。ビロン師団の戦死者の声を代弁しているのだから、語気も荒くなるよな。


「……"将が及び腰なのに兵が戦う訳がありません!"……将官に昇進し、名将気取りで最後衛に布陣しようとした私をロズリーヌは叱責した。思えば"不屈の"ヒンクリーは一兵卒の頃から常に、兵士と共にあったというのに……」


「父さんにはヒンクリー少将のような卓抜した戦闘能力はない。だけど、気構えだけは同じでなくてはならないんだ。ビロン少将が"将が斃れれば軍が崩壊する"を言い訳に、我が身の安全を図ったせいで多くの兵が死んだんだ。」


「その通りだ。猛省したところで、死んだ兵が帰ってくる訳ではないが……」


「父さんの評価は後世の歴史家がすればいいさ。今を生きる僕達は、過ちを改め、より良き道を模索するしかない。と、いう訳で弟の勇姿は一般席で観戦するよ。」


ギャバン少尉は、父親の手を取ってゲストルームから出ていった。ビロン家をトガ派から引き剥がすコトには成功したが釈然としない。名将を気取ったビロン少将のせいで死んでいった者達のコトを考えれば、これで良かったのだろうかと思う……


……ウソヲツケ……ソレダケジャナイダロウ……


うるさいな、黙ってろよ。いくらおまえがオレだからって、言っていいコトと悪いコトがあるんだぞ。


……オレノコトダカライッテイル……ヒトゴトジャナインダカラナ……


ああ、そりゃそうだな!わかったよ!認めればいいんだろ!



……天掛彼方は嫉妬している。世界を違えたオレと親父にはもう出来ないコト、"父子の和解"をあっさり成し遂げちまったギャバン少尉にな。



※ロズリーヌ・ド・ビロン

ロベールの実母でビロン家の先妻。ビロン師団の副師団長も務めていました。ロズリーヌの戦死後に再婚した元愛人がピエールの母親になります。

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