慟哭編5話 トーナメントは多士済々



市長との会合を終えたオレはバイクに跨がり、市のメインストリートへ向かう。ビッグイベントを控えたロックタウンは観光客で賑わっていた。至る所にポスターが張り出され、飲食店は特別メニューを考案し、土産物屋にはイベントグッズが並ぶ。街を挙げて大会を盛り上げようとしているな。


貸し切りにしておいたテンガロンハウスには、見知った顔が集まっていた。S級兵士決定トーナメントに出場する為に集ってきた強者どもだ。


「お久しぶりです、剣狼さん!」


機械の腕でジョッキを掲げるトリクシー。お酒が飲めない彼女はエナジードリンクで乾杯か。


「活躍は聞いてるよ。テロ組織を三つも潰したそうだな。」


サイボーグ兵士、トリクシー・ケイヒルは生身の体と愛する家族をテロで失った。テロの犠牲者である彼女は、自らにテロリストと戦う宿命を課したのだ。


「はいっ!カーチスさんや剣狼さんの教えが役立ってます!」


明確な師弟関係ではないが、トリクシーにサイボーグの戦い方を仕込んだのはカーチスさんだ。最近の活躍ぶりは、同盟最強のサイボーグ兵と名高い"鉄腕"カーチスが"筋がいい"と評するに相応しいものだ。


「おうゴロツキども!今日は仲良く飲んで、トーナメントが始まったらガチで戦おうぜ!」


呼びかけるリックのテーブルにはピエール、マットといった大柄な兵士が同席していた。赤毛がチョロっと見えたから、なぜか巨漢席に一番小柄なビーチャムもいるようだ。店内には見知った顔の異名兵士達がジョッキを片手に親睦を深めている。


前回出場した兵士は今年もエントリーしている者が多いが、副隊長兼任の中隊長となったマリー・ロール・デメル、東風こち西雲せいうんは、不出場となった。アスラ派の独自大会ではなく、同盟軍の正式大会となったので、副隊長規定もなくなったのだが、前回より大幅に拡大されたとはいえ、参加枠には限りがある。最精鋭連隊アスラコマンドの大隊副隊長という格を有している者は自粛するのが大人の作法、という結論に至ったのだ。なのでウチのシオンも出場出来ない。


名うてのワンマンアーミー、雪村ナツメの出場に期待する者も多かったが、お天気娘は功名心をまるで持ち合わせていないので、今回も見学に回った。もちろん既にS級兵士と認定されてるリリスもだ。汗臭いコトが嫌いなリリスは、出場資格があっても出ないだろうけどな。


「前回は不覚を取りましたが、今回は負けませんわ。」


トッド隊の誇るフェンサー、"啄木鳥"レティシア・フィネル少尉と差し向かいで飲んでいるのは、ウチのリムセが"レラ姉さん"と慕う"砂女"アシリレラ少尉だ。前回の対戦では、僅差で砂女に凱歌が上がった。


「フフッ、互いに磨きをかけてきたようですね。トーナメントで雌雄を決しましょう。」


雌雄を決するって、二人とも女性じゃんか。


「レラ姉さん!私もA級兵士決定トーナメントに出るんです!」


(年齢的に)お酒の飲めないお子様席から椅子ごと移動してきたリムセが、同郷の先輩に報告する。予選と本戦に分けて行われるS級兵士決定トーナメントの前に、ワンデイでA級兵士決定トーナメントも行われる。いわば、ジュニアの部だな。


「知ってるわ。頑張るのよ。」


アシリレラ少尉はリムセの頭を撫で撫でしながらエールを送って、エールを飲み干した。砂女はフルーティーなお酒が好きなようだ。


あっちの席では前回対戦したダニーとランス少尉が飲み比べをしてるし、こっちの席では……何やってんだろう?


「グライリッヒ少尉、飲みの席でもお仕事かい?」


古代魚ガーフィッシュの丸焼きを齧りながらキーボードを叩く御堂財閥企業傭兵の長、"戦闘博士ドク・コンバット"こと、ヴィム・グライリッヒ少尉は渋面になった。


「私の優勝確率を計算していたんだが……まさかの6%か。いくらデータ収集が目的の出場とはいえ、低過ぎるな……」


戦闘理論の完成が主目的とはいえ、勝ちたい気持ちがない訳じゃないらしい。


「一桁か。何が問題ネックなんだ?」


「私の組み上げた解析システムによると、消耗してないキング兄弟のどちらかと当たった時点で、ほぼ勝ち目がないと言っている。正確な数値はトーナメント表が出来上がってからになるが、場合によっては一桁どころかコンマ以下もあり得るな……」


独自の解析システムまで組み上げて戦闘を理論化しようとしている努力家が、本能と才能で戦う兄弟にほぼ勝ち目がないとは……現実ってのは残酷だな。優勝候補の人蛇二人はテンガロンハウスではなく、岩の天使ロックエンジェルってクラブで飲んでるらしく、ここにはいない。


近くのテーブルでは、懊悩する理論家とは対極にいる能天気なタコ焼き女が、タコはタコでもタコスを頬張ったままはしゃいでいる。


「タコスも悪ないけど、やっぱお好み焼きが一番やな!ウチの祝勝会はレンゲ姉ちゃんの店でやんで!」


「あら。サクヤさん、祝勝会は鳥玄ですよ。私の祝勝会ですもの。」


「ヒサメはん、自分の祝勝会を自分の店でやらはるんはどうかと思いますえ?」


凛誠からは三人も出て来やがるんだよな。此花サクヤ、玄馬ヒサメ、こだまコトネ、悪い癖さえ出なきゃ、サクヤが一番腕が立つんだが、"アホのコ"だってのが問題なんだよなぁ……


さて、見知った顔だけじゃなく、見知らぬ顔にも挨拶しとくか。片方は顔を合わせちゃいるが、もう片方は異名兵士名鑑でしか知らない。だが、今大会のダークホース(牝馬)であるコトに違いないからな。


ルシアン軍団の陣取るテーブルに歩み寄ったオレは、夫人のボディーガードであるグラサン軍団の長に声をかけた。


「確かグラサンだったな。トレードマークが仇名の由来か?」


グラサンと呼ばれている男は人差し指でサングラスを押し上げ、ニヒルに笑う。


「そうとも言えるが、違うとも言える。俺の本名は、クトヴァシム・ゾフスキーだ。」


「グラゾフスキー……どっかで聞いたような……」


……まさかとは思うが……


「昨年、おっ死んだ犯罪組織ファミリーの親玉は、元叔父貴だ。」


やっぱあのグラゾフスキーの縁者かよ。グラサン氏も御門グループの黒幕・権藤教授がルシアンマフィアを潰したとは思わねえだろうなぁ。


「早めに足を洗っておいてよかったわね。まあ、私達もマフィアみたいなものだけど。ロブは今回、出て来ないのね。久しぶりに痛めつけてやろうと思ってたのに、残念だわ。」


この女性兵士がアレックス大佐の秘蔵っ子、"雪豹"フィオドラか。写真で見るよりシャープな印象だな。


"俺が出たって勝てねえよ。雪豹スノーパンサーが出て来るんならなおさらだ"、ロブはそう言って出場を見合わせた。"便利屋"こと、ロバート・ウォルスコットは一時期、アレックス大佐の麾下にいたコトがあるらしく、"雪豹"フィオドラとは同僚だったのだ。異名通り、この女軍人の風貌は女豹を思わせる。白い肌にネコ科の猛獣を思わせる顔立ち。その冷酷さも……女豹そのものなんだろう。出逢った頃のシオンに似ている。


「ロブは要領がいいからな。無駄なコトはしないんだ。卿が吹雪の老人の孫娘だな。祖父に劣らぬ氷結能力の使い手だと聞いている。」


フィオドラは祖父の有していた伯爵号と生き残った私兵を継承している。彼女の生家、ナザロフ家は同盟全体でも大貴族に入る名門なのだ。


「はじめまして、剣狼。ザラゾフ叔父様と正面から殴り合える男がいるとは驚きよ。そんな真似はお祖父様でも出来なかったわ。」


彼女の祖父は"火山のボルケニック"バーンズと恐れられる帝国の宿老、バーンズ・バーンスタイン辺境伯のライバルだった、"吹雪の老人ジェド・マロース"こと※クプリヤン・ナザロフ上級大将だ。同盟軍においても機構軍においても、上級大将は大将が死去した場合に贈られる名誉称号で、存命の間に授与されるコトはない。逆に言えばそれだけ、元帥という称号に重きを置いているとも言える。


「もう一回やれと言われたら断るがな。閣下は人外中の人外だ。」


「フフッ、"自信あり"な顔で謙遜されてもね。……私は貴方のいる域まで上りたい。今は虫ケラでも、いずれ"吹雪の老人"を越え、さらなる高みに立ってみせるわ。このトーナメントはその手始めよ。」


クプリヤン・ナザロフ大将は長い軍歴と多大な貢献を加味されて、SS級に認定されていた。SS級兵士は完全適合者だというのは、ナザロフ大将のような例外もいたからだ。


「上ばかり見ていると足元が疎かになる。一歩一歩、段階を踏むコトだ。キミは強者だが、人外ではない。」


「ご忠告ありがとう。……やあっ!!」


白豹柄のグローブに氷柱つららを纏わせた裏拳が飛んできたが、視界に入っている時点でオレの不意を突くコトなど出来ない。冷気の拳を掴んで椅子から引き倒し、目潰しのフェイントを入れてから喉輪を決める。並の兵士なら目潰しのフェイントにさえ反応出来ないところだが、彼女は咄嗟に目を庇った。かなりの反応速度を持ってるな。


「まあまあだ、と褒めておこう。」


喉輪を緩めてやると、フィオドラは深く嘆息した。一般兵なら生き死に関わる攻防だが、オレらぐらいになると挨拶代わりだ。


「……これが兵士の頂点、完全適合者なのね……」


グラサンはサングラスを外し、仰向けに倒れた同僚を睨みながら窘める。


「無謀だぞ、フィオ。相手が緋眼なら病院送り、人斬りだったら墓場送りだった。」


グラゾフスキーはザラゾフ夫人の護衛隊長を務めるだけあって大人だな。


「もう一つ忠告しておこう。自分のコトを虫ケラなんて卑下するな。強弱にしか価値を認めない人生なんてつまらんぞ?」


「……閣下の生き様を否定なさるの?」


「ああ。だから殴り合いになったのさ。」


鍛えられた首の後ろに手を回し、引っ張り起こして着座させる。


「さすがお館様だぜ!」 「僕やガラクとはレベルが違います!」


ガラクとトシ、それにジェフとゲンゴのいるテーブルに移動し、卓上のビール小瓶の首を手刀で刎ねて、喉を潤す。この4人はA級トーナメント出場組だ。


「凄え!俺なら刃物を使ってもこんなに綺麗に斬れない。見ろよ、ゲンちゃん!この切断面を!」


おっぱい革新党の党友でもある田鼈源悟とジェフリー・ハウは仲がいい。田鼈一族のホープは返答代わりに腕毛を固めて刃と化し、首を刎ねられた小瓶を輪切りにしてみせた。


「ヘッ!調子に乗るなよ、ゲンゴ!俺だって刀を使えばそのぐらい…」


ライバル意識を剥き出しにする前に、観察力を磨け。素質を活かしきれない原因がそれだ。


「ガラク。輪切りになった破片を指で弾いてみろ。」


「えっ!?」


ガラクの代わりにトシが破片を指で弾くと、ガラスの輪っかが真っ二つになった。ゲンゴは横斬りと同時に、腕毛を分けて縦斬りも入れていたのだ。……やはりレベルが違う。アスラでも中隊長が務まる腕だ。


(ゲンゴ、おまえがA級トーナメントに出るのはどうかと思うぞ。)


テレパス通信でそう囁くと、ゲンゴはマヨコーンピザを切り分けながら答えた。


(マリカ様の下知なんです。A級は俺が、S級はシュリさんが獲れって。)


火隠衆で完全制覇を狙ってるのか。マリカさんは負けん気が強いんだよな。


「小手先の技がどうしたってんだ!トシ、俺とおまえで決勝を戦おうぜ!」


ガラクも負けん気が強いが、冷静さが足りないんだよな。何度言っても、自信が前にきやがる。


「そうしたいけど、僕が決勝まで勝ち上がれるかなぁ。そもそも僕とガラクが同じブロックに入る可能性だってあるんだし……」


トシはトシで、常に自信が後ろに引っ込んでやがる。二人合わせりゃいい按配だが、それじゃあいつまで経っても独り立ち出来ねえぞ。


「だぁー!細かい事はいいんだよ!景気よく、前向きに考えろよ!」


白狼衆での決勝戦か。……ガラクとトシには悪いが、無理だろうな。組み合わせが上手く左右のブロックに分かれたとしても、どちらかはゲンゴに当たる。S級に出場するビーチャムと互角に戦えるゲンゴの優勝は動かない。それでコムリン市長はA級トーナメントは賭けの対象から外したんだな。


「隊長殿!身内を後回しにするにも程があります!」 「そうだぜ、兄貴!」


ビーチャムの小っちゃい肩とリックのデカい肩を軽く叩いて微笑んでやる。S級トーナメントは誰を応援していいのかわからないな。親友に身内、悪友に後輩、よりどりみどり過ぎる。



一通り、ゲストの顔を見て回ったオレは、三人娘と親友夫妻のいるテーブルに戻った。やっぱりここが、オレの席だ。


※クプリヤン・ナザロフ大将

災害ザラゾフの腹心だった老将。前作の幕間編4話「刻を視る龍」にて、朧月セツナに敗れ戦死。


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