慟哭編4話 "成就者"ジェダ・クリシュナーダ

※作者より ちょっと体調を崩してしまいました。万全の状態でいいものを描きたいので、更新ペースが落ちるかと思います。ご迷惑をおかけします<(_ _)>


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ここは荒野の決闘場。ぽつぽつと立ったサボテンと、転がるタンブルウィードが観客だ。大戦斧を構えて走る巨漢を、二丁拳銃のガンマンが迎え撃つ。巨漢の取り柄がガタイだけなら、ガンマンは勝利していただろう。だがピエール・ド・ビロンは強力な念真障壁の使い手だ。銃弾と念真擊を弾きながら、勇猛果敢に前進する。


マグナムと念真擊の雨あられは分厚い壁を撃ち抜けず、距離を潰したピエールの、長身に見合った長い足が繰り出される。……足も蹴りも速くなってるな。


「どうだい!これが最前線で戦う兵士の実力だぜ!」


ぶっとい足の前蹴り一発で保安官助手を宙に舞わせた"強堅マイティガード"ピエールは、これまた分厚い胸板をふんぞり返らせた。


「まだだ!もう一度、勝負!」


仰向けに倒れたジェフは体のバネを利かせて立ち上がったが、横腹に手をあて、片膝をついてしまった。重量級の前蹴りをモロに喰らったんだ。ダメージがないはずがない。


「ジェフ、そこまでだ。二つばかりアドバイスしておこう。大原則として、この手のパワー馬鹿を相手にする時は決して足を止めるな。それから射撃は一点に集中する事。手練れの兵士が展開する念真障壁は55口径マグナムでも一発では抜けない。」


同志ジェフはまだ、念真擊をカーブさせる術を身に付けていない。直線射撃と曲線射撃の合わせ技を教えるのはまだ早いようだ。保安官助手ジェフリー・ハウは、親父さんのウェズリー・ハウ筆頭保安官より念真強度は高い。いずれはやれるようになるだろう。


「イエッサー!」


「そういうこった。ま、おまえもいいセンいってたぜ。並の兵士が相手なら敵じゃねえレベルだ。今回は相手が悪かっただけさ。ってオイ!剣狼、パワー馬鹿はヒデえだろ!」


おうおう、いい気になってんなぁ。じゃあ上には上がいるってコトを教えてやっか。


「いい気になった後は、痛い目に遭う番だ。……かかってこい。」


オレは軍用ブーツで赤茶けた大地に円を描いた。


「まさか、その円から出ずに相手をしようってんじゃないだろうな?」


「その通りだ。円から足が一歩でも出れば、おまえの勝ちさ。」


「いくら完全適合者っつってもナメすぎだろ!俺は昔の俺とは違うんだ!」


「言葉ではなく、力と技で証明してみるんだな。ピエール・ド・ビロンは"兵士"だろう?」


お互いに異名兵士だ。戦場のことわりはわかっているはず。


「ああ、俺は兵士だ。……いくぜ、剣狼!」


フフッ、まがい物の力自慢ではなく、本物の兵士の目になったな。手を合わせないでも、おまえの成長がわかる。


ジリジリと間合いを詰めてくるピエール。誰彼構わず突っかかる無謀さはもうない。格上に吶喊する危険リスクを弁えたのだ。


「よし、それでいい。相手によって戦い方を変える柔軟さを身に付けたな。」


「マトモな勝負じゃ勝てねえのはわかってる。だから勝利条件をつけた。……俺に勝利の可能性を追わせる為にな!」


グッド。相手の意図も考え始めたな。さあ、どうやって勝利条件を満たすつもりだ?


「勝利報酬はテンガロンハウスでの祝勝会だ。」


店に予約は入れてあるから、負けたら反省会になるだけだ。


「へヘッ、燃えてきたぜ!」


……構えが低い。アビー姐さんみたいにノーモーションタックルは使えないようだな。まあアレは難易度が高いからなぁ。だが、タックルで押し出そうというのは、悪くないチョイスだ。


「ぬおりゃあー!!」


いいショルダータックルだ。意識を若干、上にも向けている。跳ぶと予測しているな。


「せいっ!」


足の爆縮、念真力は肩に集中。さらに半歩の脱力と半歩の剛力、これが……雷霆の極。


「ウッソだろ!!俺は助走をつけてんだぞ!」


力負けして尻餅をついたピエールはダメージではなく、驚愕で立ち上がれない。194センチの重量級が助走をつけたタックルを、172センチの中軽量級が半歩の動きで止めたのだ。パワーに自信を持ってるだけに、ショックは大きいだろう。


「半歩の動きが必要なだけ、成長してる。以前のおまえならその場から動かずに止めていた。」


今のピエールを動かず止めろってんなら、サイコキネシスと磁力操作を使わねばなるまい。それでも成功するか否かは五分五分だろう。……!!……


「……それ以上の接近は敵対行動と見做し、排除を開始する。」


オレは背後の空間に警告した。集中状態で、ここまで接近されたのは初めてだ。マリカさんですら、やれるかどうか……


「……噂通り、殺業さつごうの高い男じゃのう。殺意のみで人をあやめる能力を持っておるのも頷けるわ。」


一足の間合いに踏み込んだな? 警告はしたぞ!


「四の太刀・咬龍!」


振り向きざまの抜刀を、姿無き刺客は躱してのけた。繰り出した刃先が薄皮一枚を捉え、空中に数滴の鮮血が舞う。姿よりも先に長い長いマフラーのような布が現れ、人型に巻き付く。着地と同時に全身が現れ、トーガを纏った老人が白濁した目でオレを見据えていた。


「避けたつもりでおったが、薄皮を斬られたか。いい腕と褒めておこうかの。」


魔除けなのか、それとも他の意味でもあるのか、老人の鶴のように細い体には、頭の天辺から足の甲まで、びっしりと入れ墨が刻まれている。極めて細いが、鍛え上げられた肉体。これが齢100を越える老人なのか?


「……ジェダ・クリシュナーダ。鏡面迷彩ミラーステルスまで使ってなんのつもりだ?」


「余興の前の余興じゃよ。おヌシも斬れぬとわかっておったろう? 小童どもの運動会でも見学しないかとカプラン元帥に呼ばれてのぅ。山奥から降りてきたのじゃ。」


勝手に現れて勝手に戦い、何処ともなく去ってゆく。神出鬼没の爺様に、よく連絡が取れたもんだな。


「そうでしたか。ロックタウンに宿を手配しましょう。」


「無用じゃ。そこにいい洞穴があったからの。」


マジで仙人みてえな生活してんだな。


「御随意に。何か必要な物はありますか?」


「米と稗を少々、といったところかの。道を極めれば飲食が不要になるのじゃが、まだその域まで達しておらぬ。」


飲食が不要な体って楽しみがなさそうだがな。まあ、俗人の対極にいる老人だ。弟子のハッサンも"食への欲が深すぎる"とやらで、階位を上がれなかったそうだから。


「後から届けさせましょう。」


「多謝。若き強者よ、少し年寄りの話を聞いてみんか?」


「喜んで。ピエール、ジェフ、先にロックタウンへ帰ってろ。20:00にテンガロンハウスに集合だ。」


「オーケー。いこうぜ、保安官。」 「まだ助手だよ。じゃあ後で。」


発展途上の若者二人は先に帰らせた方がいい。オレは成就者の思想が二人のプラスになるとは思ってないし、成就者もあの二人には価値を見出していない。まず、そこんところが相違点だな。


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老人は軽やかに岩場へ跳び、瞑想するかのように座禅を組んだ。オレも一段低い岩に跳び、胡座をかく。教えを受ける側が下座に座るのが礼儀だろう。


「……おヌシにヨーガの心得はないようじゃが、かなりの階位を上がっておる。同盟の完全適合者の中では最も高い位置にいるだろう。ゆえに、惜しくてな。」


「殺業の高さが成就を邪魔している、というコトですね?」


「然り。殺生を重ねた後に、魂の浄化を行っておらぬ。それでは殺業は貯まる一方じゃ。」


"成就者"ジェダが滅多に戦場に出て来ない理由は、そこにもあったのか。元の世界のヨーガとこの世界のヨーガには相違点がありそうだが、オレは元の世界のヨーガをほとんど知らない。健康体操の一種ぐらいの認識でしかないんだ。


「オレは成就も解脱もする気はない。凡俗として戦い、凡俗が普通に暮らせる世界を構築する。」


「それでは何も変わらぬぞ? 例えおヌシの目指す世界が創れようとも、いずれ壊れる時が来る。完全な世界を創る為には、人類そのものが昇華する他ない。欲を捨て、悟りを開く。そうしてこそ、真の救済が訪れよう。」


この爺様が世界昇華計画に関わっているとは思えないが、御堂アスラや御門儀龍と似た思想を持っているようだな。


「貴方のような存在は尊いが、決して多数派にはならない。人は欲を捨てられないものだ。」


世界の過半は俗人で、悪貨は良貨を駆逐する。だけど、オレは程良い濁りを是とする人間だ。競馬場もキャバクラもない世界は好まない。ただ、我欲に走って他人を害する者が罰せられる世界を望んでいるだけだ。


「……やはりおヌシも求道者ではなく、戦人いくさびとじゃの。儂の武芸はヨーガの一環に過ぎぬ。その一環にすら、武芸者は及ばぬのじゃ。時折、戦場に降りて、闘争の虚しさを伝えるよりないようじゃのう。」


武芸を極めようとする者達を、悟りの力で圧倒する。成就者にとって戦場とは、布教活動の場って訳だ。同盟軍に味方したのは、御堂アスラが人類の昇華を目指していたからだろう。自分に近い思想を、軍神から感じ取ったのだ。


「成就者ジェダよ、その試みは上手くいかない。貴方はかなりの部分で人知を超えているようだが、人間は人間を超えられないのだ。」


災害閣下や死神は生まれついての人外だが、あくまで人間の枠からはみ出ているだけで、人間を超えようなんて思っていない。閣下は人間臭さの塊だし、死神は悟ったような面があるが、その根幹はやはり人間そのものだ。


「……………」


「悪いコトは言わぬ。もう闘争からは身を引け。虚しさを悟らせるなんて理由で戦場に立てば、いずれは敗れるぞ?」


敬意は払うが貴方の思想には共感出来ない。そして成就者は武芸に生きる者を軽く見ているフシがある。これはオレの勘でしかないが、貴方からは"怖さ"を感じないんだ。練達の体技に揺るがぬ思想、世界指折りの強者であるコトに疑いはないが……戦って負けるイメージが湧かない。


「……儂の引退は同盟軍にとって、小さくはない損失のはずじゃが?」


ンなコトはわかってる。わかった上で忠告してんだよ。


「貴方のような存在は尊いと言っただろう。俗世に疲れ、悟りに生きたいと願う人間だっている。そういう人間にとって、成就者は貴重な道標だ。」


色香が売りのキャバ嬢や、欲目にまみれたギャンブラーもいるが、悟りを開いた高僧や修験者もいる。そんな多様性こそが望ましい。人間の生き方は自由なんだ。


「ホッホッ、愉快愉快。儂の五分の一も生きておらぬ若者に忠告するつもりが、逆に忠告されるとはの。……禅問答はここまでじゃ。儂は大地の声でも聞く事にしよう。」


白濁した目を瞑った成就者は、瞑想を始めた。オレは瞑想の邪魔をしないように、そっとその場を離れる。


踵を返す前に見上げてみると、自然に溶け込んだかのような佇まいの老人の姿が目に映った。後頭部付近に僅かに残った長い白髪が風に吹かれている。絵になる爺様だぜ。



岩場に漂う寂寥感……赤茶けた大地の嘆きが成就者には聞こえるのだろうか?

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