泥沼編22話 私を裏切るな



※前話を投稿直後にお読み下さった方へ

前回、新竜騎の副長を鯉門新太アラタと表記していましたが、新土アラトに変更しています。今回のエピソードで義弟が登場するのですが、ニュアンス的にアラトが兄、アラタが弟な感じがするので名前を入れ替えました。私のヘンな拘りでご迷惑をおかけします。<(_ _)>


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別室を出たオレを飯酒盛サモンジが待っていた。姉さんの演説の中で、苦労人の栄転は来賓達にも紹介され、満を持して会場に姿を現したのだ。功臣の労苦に報いる為に、最大の配慮がなされたと言えるだろう。


「これよりは殿下が我ら竜騎兵の指揮官、よろしくお頼み申し上げまする。」


嬉しそうではあるが、一抹の不安も感じさせる顔。サモンジは後顧に憂いを残しているからな。


「驚くほどタキシードが似合っていないな。馬子にも衣装という言葉はどこへ行ったのやら。」


「……殿下、あんまりでございますぞ。」


「ハハハッ、"向こう傷"にはやはり軍服が似合う。……サモンジ、しおれた花だが、今は綺麗に咲いている。心配するな。」


「※疫病草えやみぐさは昔の話、ですな。」


「そう、もう※嫌味もナシだ。」


サモンジの背後に控えていた従卒の少年がポツリと呟いた。


「……"謙虚な美徳"に目覚めれば、"悲しんでいる貴方を愛する者"にも気付く……ハッ!も、申し訳ありません!」


謙虚な美徳は、椿つばきの花言葉。悲しんでいる貴方を愛するは、竜胆りんどうの花言葉だ。遠回しな言い回しに気付いただけではなく、当意即妙な感想を漏らす。……この少年は賢いな。


「構わん。少年、名はなんと言う?」


鯉門新太りもんあらたと申します!この度、飯酒盛大尉の従卒に任命されました!」


鯉門アラタ。教授のレポートにあった鯉門新三郎の養子で、アラトの義弟か。"愚兄賢弟"と教授が書いた通りの兄弟のようだな。一度は写真を見ているはずなのに覚えてないとは、つくづく凡人だぜ。


「そうか。従卒の任務は重要だ。しっかりサモンジを助けるのだぞ?」


「はいっ!……先ほどは兄がとんだ無礼を働き、まことに申し訳ありません……」


控え室で会場の様子を見ていたか。さぞ肝が冷えたコトだろうな。


「大したコトではないゆえ気にするな。アラタ、親から貰った名は大事だろうが、いずれは名を改められるように精進しろよ?」


「名を改める……ですか?」


「鯉は滝を登れば竜になるのは知っているな?」


「はい!登竜門ですね!」


サモンジが自らの従卒に抜擢するぐらいだ。見込みのある少年に違いなかろう。


「見事に登竜門を登り切り、竜となって見せよ。さすればオレが帝に言上し、竜の一字を賜ってもらう。」


「そ、そんな恐れ多い!」


恐れ多くはない。イナホちゃんにライゾー、それに昆布坂やアラタみたいな少年少女に頑張ってもらわないと、オレが引退出来ないの!


「鯉沼登隆は※一字拝領の栄誉を賜った時、元の名が登隆であった為に登竜としたが、本来は先に来るのが通例。鯉門竜太りゅうたは悪い名ではあるまい?」


「殿下、若輩者をおからかいになられるのは、程々にしてくださいませ。さほど大きくもない身が、もっと縮んでしまいます。」


「オレが必ずこの戦争を終わらせる。だが、平和を維持出来るかは、次の世代に懸かっているのだ。」


バラ色の引退生活の為に人柱になれ。厳めしく言ってはいるが、オレの本音はそんなもんだ。


「殿下と僕は10も離れていません。次の世代だなんて、お気が早いのでは?」


「それだけ期待してるってコトだ。夜会で学べるコトもある。いかなる機会も逃さずに成長しろよ?」


「ハッ!ご期待に添えるよう、微力を尽くしますっ!」


直立不動の最敬礼。フフッ、いくら賢い少年とは言っても、まだ狡さが足りんな。オレは個利個略で、面倒を押し付けようとしてるだけなんだよ。


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「待たせたな、マイエンジェル。」


普段からゴスロリチックなお子様だけど、今夜はとびきりのゴスロリドレスでめかし込んでいる。黒いレースが基調のイブニングドレスだから、ゴスロリとは違うのかもしれんが、オレには違いがよくわからん。


「普段は散々、プチデビルだのガチデビルだの言っといて、こういう時だけ天使扱いな訳?」


ジト目で睨んでくるリリスさん。オレよりオレを知り尽くした天才少女は、アラタのようには騙されない。別室で密談が多かったオレに代わって、連邦や八熾の庄とのビジネスの話を承っていたのは世界最年少の秘書ちゃんなのだ。


「実際のところ、オレに面識のある要人はリリスに話をした方が早いってご存じだからな。手間を省いてあげるのが優しさだろ?」


判断するのはオレだけど、そこに至る過程は全てリリスがまとめている。三流政治家と有能秘書の関係だな。


「私の手間が計算から抜けてるわね。少尉、これは私への借りなんだからね。そして借款には利息がつく。当然よね?」


……ミ〇ミの帝王並みの高金利っぽいよなぁ。小悪魔とはいえ、悪魔と契約したんだから、当然ちゃ当然なんだが……


「返しきれるんですかね、それ?」


「現世で取り立て切れなかったら、あの世であろうと取り立てるまでよ。私からは絶対に逃れられないわ。」


逃れる気もないから問題ありません。フフッ、小悪魔ちゃんと躍りたい気分だな。


「もうこんな時間か。そろそろダンスタイムだな。ちょいと踊ってみますかね。」


「少尉ってズッコイわよね。」


「狡いのは否定しないが、何の話だ?」


「ダンスの話よ。抜群のリズム感で上手く誤魔化してるだけで、技量そのものはそう高くもないでしょ?」


バレてーら。天才リリスはダンスも上手いんだけどなぁ。


「シュリとホタルは爵位を得てから二人で特訓してたが、オレはああはなれない。」


「あの二人は特訓を名目に、夫婦でイチャついてただけよ。」


バッサリですね。ま、武者小路実篤が作中で述べた通り、"仲良き事は美しき哉"さ。


「誰がイチャついてるって?」 


耳敏い親友が小言を言いにやってきた。もちろん、女房殿も夫の加勢に現れる。


「あんまりじゃない? 私とシュリは照京貴族として恥ずかしくないように励んでいるだけよ。」


親友夫妻は男爵夫妻ではなく、男爵バロン女男爵バロネスが結婚したカタチだ。つまり領地は別にあって、男爵パワー×2がその実態。新興の有力貴族となれば、よしみを結びたい貴族や資産家には事欠かないので、この夜会でも大忙しだった。


独身狼と未来嫁、忍者夫妻の談笑?に若獅子と若嫁が参加してきた。


「二人の男爵はそろそろ後継者作りを考えた方がいいぞ。子供はいい。ウチのサンドラは世界一可愛いからな!」


ザラゾフ夫人の言によると、アレックス大佐は愛娘だけではなく、子供全般に優しいらしい。判断基準の第一が"強いか弱いか"では困ると、夫人が教育したお陰だろう。ちなみに"夫はもう手遅れ"だそうだ。


「あなた、お二人はしっかり家庭を営んでおられるのですから問題ありませんわ。」


ニーナさんはジゼルさんと談笑しているテムル総督の姿を眺めながら微笑んだ。会場に流れる楽曲が変わり、ダンスタイムの始まりを告げる。


「お嬢様、お手を拝借。」


オレはちっちゃな淑女の手を取ってダンスの輪に加わる。いつも一緒だから変化を感じにくいが、初めての作戦で出逢った頃より、ずいぶん背が伸びたよな。


「少尉、あれ見なさいよ。サモンジって見た目通りの武骨ちゃんなのね。」


無理だろうなとは思っていたが、サモンジのダンスはヒドイものだった。パートナーのツバキさんは姉さんの側近から、上流階級の嗜みは心得ている。上手くフォローしてもらってアレなんだから、ビギナーどころの話じゃない。


ダンス下手なサモンジに代わってチャティスマガオに赴任するカレルは、恩人であり妻のドネ夫人と踊っている。カプラン元帥は不毛な政略結婚を終わらせ、チャティスマガオの新市長にドネ夫人を、南エイジア先遣防衛部隊長官の椅子をカレルに充てる粋なはからいを発表した。夫妻は協力して、街の発展と防衛にあたるのだろう。


親友夫妻、アレックス大佐とニーナさん、ドネ夫人とカレルの息はピッタリ合っている。意外にダンスが上手いテムル総督と、文句なくダンスが上手いジゼルさんはこれからどうなるのかな?


錦城大佐と士羽総督はお嬢様方に囲まれて大変そうだ。独身で男前、戦争にも強い有力者だからそりゃ人気もあるわな。戦上手ではない鮫頭総督は麒麟児や尾長鶏に比べれば人気は落ちる。本人もそれはわかっているのだろうけど、あからさまな人気の差に憮然顔だ。


「リリス、ちょっとカナタを貸せ。」


優美そのものな動きでダンスの輪に入ってきた司令は、巧みにリリスと入れ替わる。


「しょうがないわね。私は鮫ちんとでも踊ってあげようかしら。」


鮫ちん……ぜってーナツメのネーミングだな。フレンドリー過ぎるネーミングを得意とするナツメは、オレが暇潰しに持ってきていたクソ…もとい、不遇ゲーの"ドリーム・ギャラクシアン(通称ムギャー)"をクリアすると息巻き、パーティーそっちのけで部屋に篭もって遊んでいる。バグこそ少ないが"現実となった悪夢"とか、"バッドドリーム"なんて酷評されたゲームだ。今頃、ゲーム機本体がぶっ壊されてるだろうな。


「一介の兵士だった男が、たった二年で大化けしたものだな。」


オレと違って小手先の誤魔化しなど必要ない、完璧なダンスを披露する司令に論評される。


「ほとんど姉さんのお陰ですけどね。」


「違う。おまえが御門ミコトを帝位に引き上げたのだ。全ての始まりは"天掛カナタが存在したから"なのだぞ?」


まーた過大評価かよ。御門家の権威は龍ノ島では絶大なんだ。先帝・我龍と先々帝・左龍は、その権威を活かせなかっただけ。姉さんみたいな仁徳があれば、誰もが自然と龍旗の下に集うのさ。


「全ての始まりは御門からです。姉さんがいなければ、オレは龍ノ島を奪還しようなんて思わなかった。」


「ほう? では不服という訳か?」


意地の悪い受け取り方をするなぁ。姉さんを擁立し、司令が差配する。そういうプランだとわかってるだろうに!


「姉さんと司令は同じ目的地に向かっている。オレは仁君と英雄の歩みを支えるだけだ。」


英雄の娘であり、自身も英雄である司令は何を考えているのだろう? 出会った時から腹の内を見せない人ではあるんだが……


踊りながら、司令にそっと耳打ちされる。



「……カナタ、私を裏切るなよ?」



疫病草えやみぐさ

竜胆(リンドウ)の古名。カナタが"もナシ"と言ったのは、竜胆の別名が"いやみぐさ"だからです。前述の"萎れた花"とは竜胆ツバキを指しています。


※一字拝領

偏諱授与とも言い、主家にあたる人間から一字を頂き、名に冠する事。戦国大名の最上義光は元服する際、室町将軍の足利義輝から義の字を授与されています。作中の世界では帝から竜の字を賜るのが武家最大の栄誉とされています。竜胆家も元は鈴堂りんどうでしたが、帝から竜の字を賜り、姓を改めています。龍の字は帝か御門家の血族にしか使用が許されていません。カナタが龍弟公の尊称で呼ばれているのは、八熾羚厳の曾祖母が御門家の姫でその血を引き、現帝のミコトが使用を認めて(というより、積極的に推奨して)いるからです。

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