泥沼編21話 臣に信を置き、真の臣と為す
「カプランに娘がいたとはな。しかもなかなかの器量よしではないか。」
最も到着が遅れたゲストは、紳士淑女に囲まれたサプライズゲスト、ジゼルジーヌ・カプラン嬢を眺めやりながら、その容貌を評価した。突如現れた元帥令嬢は、夜会の主役になっている。
「司令には及びませんが、かなりの美人と言えますね。」
「世界一に及ばないのは当然だ。私の衣装を見て、
これ見よがしにお胸を強調しやがってからに。司令は自慢のルックスも武器に使いやがるから始末に悪い。
「オレのサイドブレーキを引いたら、止まるどころか暴れ出します。司令が鎮めてくれるんですか?」
「知り合いにいい医者がいる。特に仮性包茎の施術に定評があるらしい。紹介状でも書いてやろうか?」
オレは包茎じゃねえ!……たぶん違うと思う……違うんじゃないかな……少し覚悟はしとこう……
「遠慮しときます。自前の至宝刀に研ぎ師は要らないんで。」
「鞘だけ立派で、中身は竹光なのだろう?」
「中身も立派です!見せてあげたいぐらいですよ。」
「見ずとも知っている。ヒビキが言うには"アギトとは
……ヒビキ先生、センシティブな個人情報を漏らすのは良くないですよ? しかしアギトの奴、モノは小さいのか。次に会ったら"短小野郎!"と罵ってやろう。
貴族や高官に囲まれた令嬢に父親が近付き、その手を引いてオレ達の傍までエスコートしてきた。並んで歩く親子の姿からはわだかまりなど感じられず、念願叶ってという雰囲気が醸し出されている。存在は秘匿されてきたが、愛情は注がれてきた御令嬢なのだろう。
「御堂少将、天掛特尉、紹介しておこう。娘のジゼルジーヌ・カプランだ。」
父から紹介されたお嬢様は、優雅に一礼してみせた。
「ジゼルジーヌ・カプランです。御堂少将、天掛特務少尉、父がお世話になっております。どうかジゼルとお呼びくださいませ。」
書類上では母親の姓のままだろうけど、それも今夜までだな。明日には正式な親子になっているはずだ。
「御堂イスカだ。ジゼル嬢はどんなお仕事をされているのかな?」
「まだセリス女学院の学生ですの。ですが卒業したら父の仕事を手伝いたいと思っています。私がどれだけ力になれるかは、わかりませんけれど。」
「良い心掛けだ。私も叶うものなら父の仕事を手伝いたかった。ジゼル嬢、この男は悪名高いのでもうご存じだろうが…」
「まあ!悪名だなんてとんでもありませんわ!もちろん龍弟公の御高名は存じ上げております。年は私と二つしか変わらないのに、龍ノ島解放戦を大勝利に導かれるだなんて、ご立派ですわ。帝もさぞかし、頼りにされている事でしょう。」
オレと二つ違い。って事はジゼルさんは二十歳なのか。セリス女学院は四年制だから卒業まで後二年だな。
「天掛カナタです、よろしく。二年後には軍の同僚ってコトになりそうですね。それとも元帥の私設秘書官かな?」
「来年には卒業ですの。飛び級で進学致しましたから。」
はいはい、ここにも飛び級野郎、じゃねえ。飛び級女子がいましたか。名門女子大に飛び級で進学ねえ。三流私大を中退したオレへの当てつけかよ。ちゃんと卒業するつもりだったんだが、突然
セリス女学院は確か全寮制だったっけ。俺も二十歳の頃は、
「お見それしました。カプラン家は才媛を得たようで何よりです。」
「これほど見目麗しい御令嬢を隠していたとは、カプラン元帥もお人が悪い。俺…コホン!私はテムル・カン・ジャダラン。剣狼カナタの友、いえ、
テムル総督の畏まった物言いなんて初めて聞いたぞ。姉さんの前でも、もっとざっくばらんだった癖に、一人称まで改めやがって。
「貴方が"中原の蒼狼"と名高いジャダラン総督……お写真では拝見しておりましたが、実物はもっと凛々しいのですわね!」
見え見えのお世辞にのぼせて、まんざらでもない顔をするんじゃない!見ろ、後ろでアトル中佐が苦笑してんぞ。無駄とは思うがテレパス通信で苦言を呈しておこう。
(
(おい、友よ。今、とんでもない蔑称で俺を呼ばなかったか?)
ニュアンスって、口にしなくてもちゃんと伝わるもんだねえ。
(気のせいです。美人と見るやデレデレするとは情けない。テムル総督は女癖が悪いようだと姉さんに報告しておきます。)
(女癖に関してだけは、カナタに言われたくないぞ!アレックスを見習って早く身を固めてくれと、部族の爺婆どもが
誰が邪魔してるって? オレは弟として当然の義務を果たしているだけだっての!
(たりめえだ、こん畜生!オレに勝てる奴じゃなければ姉さんを渡せるワキャねーだろ!)
最大限に妥協しても、オレと互角にバトれる奴までだ。残念ながら、テムル総督は互角とまではいかない。人格と人望、親の代まで争っていた部族まで束ねる統率力は尊敬しちゃいるがな。
「……あの、ジャダラン総督、天掛特務少尉。楽しそうなお話を、ぜひ私にもお聞かせくださいませ。」
控え目に話しかけてくるジゼルさん。睨み合いながら足を踏んづけ合ってりゃ、内緒話もバレるわな。
「御堂少将、話がある。少し時間をもらえるかね?」
やはりカプラン元帥は関係修復を考えている。オレは司令を視線で促したが、前向きな姿勢を見せてはくれない。
「日を改めてもらいましょう。帝の勅使が到着したようだ。」
到着したのではなく、控室で待たせていたんだ。司令が勅使より後に到着したとなれば、いらぬ猜疑心を招く。
カプラン元帥と災害閣下は水面下で手を結んだ。両元帥と折り合いの良くない司令との関係修復を図る為には、直接交渉が理想だったが、やむを得ん。当面はフラム閥やルシア閥とのパイプ役は、オレがやるしかなさそうだな。
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帝の勅使として派遣されてきたのは竜胆ツバキ、その随員は"新竜騎"だ。飯酒盛サモンジがレイブン隊の隊長に就任するにあたって、竜騎兵は再編されるコトになった。レイブン隊は御門グループの私設軍だから、再編を主導したのはCEOの雲水代表だ。
大尉に昇進したサモンジ率いる古参兵が"竜騎兵"を名乗り、新参者には別な名を名乗らせる。代表から編成プランを提示された
"カナタ君、腐った果実の毒は箱全体に広がるものだ。試しに新参者に自分達の部隊名を考えさせてみよう。それで答えがわかるはずだよ"
雲水代表がツバキ直属の新参者達に仮提案を行うと、"真竜騎"という名称が答申された。昇り龍の指揮下で戦ったコトがない者が、
壇上で待つオレのところへ規則正しい歩みでやってきた勅使は、片膝をついて書状を掲げる。
「王弟殿下、帝の挨拶状をお預かりして参りました。代読をお願い致します。」
新参どもの増長は問題だが、救いはツバキさんが
挨拶状を受け取ったオレは、ツバキさんに立つように促した。
「御役目ご苦労。さあ、立って来賓の方々に一礼を。」
「公爵、帝の勅使であるツバキ様が代読されるのが筋ではありませんか?」
ツバキさんの右隣に控えていた青年が、立ち上がるなり意見してきた。
「なんだおまえは?」
「私は
名乗り始めた側近をツバキさんが一喝した。
「アラト、控えよ!それに公爵ではなく、
「ハッ!」
アラトはオレにではなく、ツバキさんに頭を垂れて引き下がった。バカが、魂胆はもっと上手く隠せ。それじゃあ見え見え過ぎるだろうが。
「殿下、どうかアラトめの無礼をお許しください。まだ陪臣になってから日が浅いゆえ、所作を弁えておらぬようです。」
「オレも王族としての所作など弁えていない。そこはお互い様だろう。」
鯉門アラト、やはりおまえが新竜騎の起爆剤だな。ツバキさんをもう一度破滅の道に追いやる者がいるとすれば、それはきっとおまえだ。
雛壇の上からオレが目一杯よそ行きの声と態度で挨拶状を読み終えると、隣に姉さんの姿が立体投影される。通信演説に先だって、わざわざ挨拶状をオレに代読させたのは"誰が帝の名代なのか"を来賓にアピールするという姉さんの意向なのだ。
「ご来賓の皆様、弟が主催する夜会にようこそお出でくださいました。開催の挨拶は弟が済ませた事とは思いますが、私からも重ねて…」
お言葉を拝聴し終えた後に、姉さんからの引き出物が会場内に運び込まれる。オレはツバキさんに目配せして、ついて来るように促した。敏感に空気を察した錦城大佐が、ツバキさんの後に続く。
別室に入った三人、先に口を開いたのはオレではなく錦城大佐だった。
「ツバキ、アラトを信用するな。ああいう手合いを何と言うか知っているか? 腰巾着と言うんだ!」
"竜胆ツバキには厳格な兄が必要だ。優しく厳しい実兄がいなくなった以上、優しいだけの兄貴分だった俺が代役を務めるしかない"と錦城大佐は言っている。昇り龍亡き今、誰よりも彼女の身を案じているのは麒麟児なのだ。
「し、しかし一威様。鯉門アラトは鯉沼少将の遠縁でもありますし、無碍に扱う訳にも参りません。新竜騎で一番腕が立つのもアラトなのです。」
鯉の字を冠す鯉門家は照京の名門、鯉沼家に連なる。
「鯉沼少将は"新土は腕は立つが、親父と違って事の軽重も、
「は、はい。……殿下はどう思われますか?」
さっきの振る舞いを見てわからないのが、見る目のなさなんだよ。来賓の目の前で主催者に意見してどうする!もちろん、コトが重大であるならば衆人の前での諫言もやむなしだが、あれはツバキさんへのご機嫌取りだ。トウリュウが言う通り、コトの軽重がわからない提灯持ちなんだろう。
「錦城大佐と同じ意見だ。ツバキさん、良いコトばかり言う者を信用も重用もしてはダメだ。」
「私がアラトのみならず、新竜騎をしっかり導かなかればいけませんね。肝に銘じます。」
ウチの
「耳に心地良き言葉は聞き流し、耳に痛く響く言葉にこそ、耳目を澄ませ。
「龍書伝・開祖論、初代帝のお言葉です。」
「そうだ。先帝は初代帝の教えを守れなかったからああなった。ツバキさんもオレも、先帝の過ちを他山の石とし、自分への戒めとしよう。」
情理を尽くして忠告するが、同時に"おまえに御し切れるのか?"という猜疑心も頭をもたげる。
「はい。竜胆の名を穢しては、お兄様に顔向け出来ません。」
殊勝な顔で頷くツバキさん。まだ危険な兆候は見えないな。だが信用するには早過ぎる。少なくとも、見る目のなさは変わっていない。
臣に信を置き、真の臣と為す。ツバキさん、それは自身にも適用されるんだぞ? 帝の陪臣でいられるかどうかは、自分次第なんだ。間違っても、姉さんを裏切るな。……もし裏切れば、狼が牙を剥くコトになる。
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