泥沼編19話 甦った論客


※前回に引き続き、カプラン元帥が視点のエピソードになります。


悪臭を覚悟して入った部屋には食欲をそそる匂いしか漂っていなかった。"北海の猛将"が腰掛ける椅子は特別製なようだ。


肉食系人類を代表する大男二人の前には皿が山のように積まれ、見ているだけでお腹が一杯になる。


「オプケクル准将、大食い競争はそこまでにしてもらえるかな?」


「勝負に水を差すのは感心せんのう。」


もしゃもしゃと肉を噛み砕きながら、熊髭をさする熊男。この野生児…もとい野生中年は、容貌に似合わず細やかな戦術を弄する。巧みな攻勢戦術と地形を駆使したゲリラ戦、それに海戦指揮にまで長けているのだ。


「頼むよ。ザラゾフ元帥と二人で話したい。」


「いいじゃろ。ザラゾフ閣下、勝負はお預けじゃな。」


オプケクル准将は三元帥を"閣下"と呼んでいる。人食い熊にとって元帥は"軍神アスラ"唯一人なのだ。


"おまえ達など元帥とは認めない"、それがオプケクル准将の本音であり、反骨心なのだろう。恩人の娘である"二代目軍神"ですら、この猛将を完全に手懐ける事は出来なかった。以前、良好ではあるが万全ではない両者の関係につけ込もうとした事があるが、失敗に終わった。二代目軍神より威徳に欠ける私の言う事など、歯牙にもかけない男なのだ。


失敗に終わった調略、しかし何も得られなかった訳ではない。このひぐまが何を重んじているのかはわかった。それは"仁徳"と"島の伝統"だ。龍頭大島林業組合で特別顧問と言う名の用心棒を務めていた木樵きこりがアスラの招聘に応じたのも、初代軍神の後見人が徳望高き王・御門右龍だったからだと聞いた。


オプケクル准将は覇人の過半を占めるやまと人ではなく、龍頭大島の先住民族・コタン人だ。遥か昔、天下を制した初代帝は、不当な扱いを受けてきたコタン人を"愛すべき我がたみ"と宣言し、彼らに倭人と同じ権利を与えて、独自の文化を尊重しながら国家に組み込んだ。コタンの民は帝の恩寵に応え、龍に欠けていた頭となった。初代帝がコタン人との和合を為し得たからこそ、かの島は"龍ノ島"と呼ばれるようになったのだ。


オプケクル准将は伝統を重んじるコタン人。おそらく今は……仁愛の王を擁するドラグラント連邦に心が向いているはずだ。


放屁しながら席を立った熊男と入れ替わるように私は特別製の椅子に腰掛け、ザラゾフと対面した。


バタンとドアが閉まる音が響き、分厚いステーキを食していたザラゾフの手が止まる。


「……さかしい話がしたいなら、アレクシスかアレックスに話せ。」


「さほど難しい話をするつもりはないよ。ザラゾフ元帥と二人で話すのはいつ以来かな?」


記憶を手繰ってみるが、思い出せない。もしかしたら、アスラ元帥の後継を決める三大将会議が決裂してから、二人で話した事などなかったのかもしれないな……


「ワシが覚えておる訳なかろう。…で? 話とはなんだ?」


「キミと私は…いや、三大将は若い頃から仲が良いとは言えなかった。アスラ元帥というカリスマを介して手を結んでいたに過ぎない。」


「ワシは今でも貴様が大嫌いだ。これで満足か?」


「奇遇だね。私もキミが大嫌いだよ。何かと言えばすぐ腕力、無用な争いを引き起こし、アスラに頼まれて、何度後始末に走ったかわからない。」


上から目線は論外だが、下手したてに出てもダメだ。忌憚なく話したいのなら、私も本音を言わねばならない。獅子の眼光が鋭くなり、咆哮の気配を感じたので先手を打つ。


「おっと! "貴様は要領よく立ち回り、美味しいところをかっ攫うだけだろうが!"と言いたいのだろう? その通りだ。確かに私はキミの半分も前線でのリスクを冒していない。」


ザラゾフの欠点を指摘するだけではダメだ。私の非も認め、怒りのボルテージを下げなくてはならない。激昂したら最後、誰の言葉にも耳を貸さなくなる。


「フン!やっと自分が腰抜けの風見鶏だと認めおったか。」


「ザラゾフ、トガはもうダメだ。だが私達はまだ現役、この戦争を始めた当事者として、我々の手でケリをつけなければならない。」


敬称抜きで名を呼ばれたザラゾフは若干、戸惑ったようだった。


「おまえに何が出来るというのだ。お得意のホラでも吹きたいなら、よそでやるがいい。」


"貴様"から"おまえ"に呼び方が変わった。軟化の兆しと見るべきだ。ここを逃してはならない!


「今も昔も、私に出来る事は唯一つ、"勝ち馬に乗る事"だよ。違いがあるとすれば、これまでは落馬の危険がある馬には乗ってこなかったが、これからはそうでもないって事かな。全賭けフルベットすべき、良血馬が見つかったからね。」


「良血馬か。御堂イスカ……ではなさそうだな。」


私達が我を張り合わず、彼女をアスラ元帥の後継として擁立していれば、戦争はとっくに終わっていたのかもしれない。同盟の躍進を支えた三人は、揃いも揃って道を間違えたのだろう。しかし……私達が彼女を信じなかったように、彼女も私達を信じなかった。我々も御堂イスカも、猜疑心に敗れたのだ。


「ああ。誰の事を指しているのかは、言わずともわかっているはずだ。」


「あやつは骨の髄から小市民だぞ。羚厳の孫だから血筋はいいのかもしれんが、渋々貴族をやっとるようにしか見えん。」


「彼は頂点に立つ気などない。この上なく良血な姉上がいるのだから、彼と一緒に担ぎ上げればいいだけだ。」


パーティー嫌いのキミがわざわざ出席するぐらいだ。これまでの経緯から考えても、災害は剣狼を高く評価している。そしてキミは……帝とも仲が良いらしいな? 


「……本気で言っておるのか?」


「本気も本気さ。あの姉弟からは、勝ち馬の匂いがプンプンするのだよ。もし勝ち馬に乗り切れず、落馬したところでそれは私の力不足だ。ザラゾフ、合従連衡だ。私と手を組もう。」


「口先三寸が取り柄の風見鶏がほざく事を、真に受けるほど馬鹿ではないわ。本気だと言うなら腕の一本でも落として見せろ。どこぞの人斬りのように隻腕になったら、世迷い言を信じてやってもいい。」


舐めるなよ? キミが戦場で命を賭けてきたように、私は交渉の場で命を賭けてきた。元帥になってからは保険をかけた調略しかしてこなかったが、かつての私は"決裂すれば死をも厭わず"という覚悟で交渉に臨んでいたんだ!


「災害ザラゾフともあろう男に二言はないな? 腕の一本で話がまとまるなら安いものだ。お望み通り、左腕をくれてやる!!」


私は利き手の爪に仕込んだ単分子モノフィラメントウィップを伸ばし、左腕目がけて振り下ろした!


……腕の半ばまで鞭は食い込んだが、骨にまでは至らなかった。もちろん、手加減などしていない。私とはレベルの違う肉体強度を持つ太い腕が、鞭を止めてくれたのだ。


「何を考えておる!!ワシが止めなかったら、スッパリ切断されておったぞ!」


「なぜ驚く? 腕を寄越せと言ったのはキミだ。」


私の主兵装は、人型災害の豪腕に数ミリしか食い込んでいない。念真障壁も張らずに、肉体の強靭さだけで単分子鞭を止められるとは、恐れ入ったよ。テーブルの対面から一瞬で間を詰める身のこなしの速さも、私とは雲泥の差だ。


「軟弱者が無茶をしおって。……かなり深いぞ。」


ザラゾフは卓上のブランデーで傷口を消毒してからテーブルクロスを引き千切り、慣れた手付きで巻いてくれた。


「ありがとう。キミも止血した方がいい。幸い、テーブルクロスはもう台無しだ。」


「止血? 何の事だ?」


ザラゾフが腕に力を込めると、隆起した筋肉が傷口を塞いでしまった。※トカゲかヒトデの親戚かね、キミは? まったく呆れた男だ。


「フフッ、キミが本当に霊長類なのか疑わしいね。私は約束通りに対価を支払おうとしたのに、キミは受け取らなかった。不履行の責任がどちらにあるかは言うまでもないだろう。……話を聞いて貰えるだろうね?」


本気で腕を落とすつもりだったが、キミが止めてくれるだろうと期待もしていた。たとえ読みが外れたところで、腕を落とせばザラゾフは話を聞かざるを得ない。不用意な一言を発した時点で、私の勝ちは確定していたのだよ。サイボーグアームを手配せずに済んだのは僥倖だったがね。


"生身の腕を落とした後に、機械の腕を取り付けない"とは約束していないから、違約にはならない。話さえ聞いてもらえるなら、何だっていいのさ。これが交渉術だよ、ザラゾフ君。


「さっき、合従連衡と言ったな。……手を組んでトガを潰すという事か?」


「いや。今、トガを潰せば軍の官僚組織が混乱し、機構軍を喜ばせるだけだ。私とキミは大喧嘩をしたんだよ。そして剣狼が止めに入って、事なきを得たのだ。」


より険悪になったと見せかけて、裏で手を組む。あざといやり方だが、私の負傷は本物だ。ザラゾフの拳圧が起こす風で護身用の単分子鞭が跳ね返されたとボヤけば、疑う者はいまい。この男なら実際に可能だろうからな。私が身に付けている指輪には、偽装用の単分子鞭が仕込んである。偽りの主兵装の情報はそろそろ開示してやってもいい頃だ。


出来る刺客ならば、市販品と大差のない単分子鞭はフェイクだと見抜く。本命の武器は別と思わせておいてから、それなりに鍛えた足技を使う。キックボクシングが真の武器だと錯覚させたら、仕込み指輪とは威力もリーチも段違いの魔爪をお見舞いする。この戦法で、私は危機を脱してきたのだ。我ながら、セコくて汚いやり口だとは思うがね。


「馬鹿でもわかるように話せ!みみっちい話は苦手だ。」


「私とキミが手を組んだ事を隠す為に喧嘩の噂を流すのだよ。合従連衡の話を教えるのはカナタ君だけでいい。明日にでも私は"ルシア閥に対抗する為に軍資金が必要だ"とトガに持ち掛け、予算を引き出す。トガ潰しは準備が整ってからだ。理想のタイミングは"機構軍を打倒した直後"だね。」


兎は臆病ゆえに警戒心も強い。だから生き残ってきた。敵がいなくなったと安心した瞬間こそ、狙い目だろう。


「おまえ、本当にコスい男だな。……しかし剣狼は、機構軍を滅ぼす気はないのかもしれんぞ?」


「なんだと!?」


カナタ君は機構軍を打倒する気がない!? あれだけ戦争を得意とする男が!?



……いや、なくはないぞ。剣狼カナタの怖さは"何をやってくるかわからない事"だ。反攻の口火を切り、近年の同盟軍で最大の戦果を上げた男が、実は停戦を模索している。余人ならあり得ないが、彼ならやりかねない……


※トカゲかヒトデの親戚

トカゲの尻尾が再生するのは有名ですが、ヒトデも同様の治癒能力を持っています。

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