泥沼編17話 初めての夜会
「戦場に出ればクソの役にも立ちそうにない気取り屋どもがわんさかおるのう。これでは機構軍とのドンパチも泥沼化するわい。」
災害ザラゾフはガタイもデカいが地声もデカい。
着飾った特権階級の前でこんな台詞を吐けば、普通はタダでは済まないが、特注の特大タキシードを着込んでいるのが人型の災害であれば問題ない。この豪傑の
「閣下、そういうコトは小声で言うか、心の内に留めておいてもらえませんかね?」
来賓の貴族や有力者達がオレに挨拶したそうに様子を伺っているが、閣下の暴風域に入るのは躊躇われるらしく、遠巻きに眺めているだけだ。客にしてみれば、夜会に災害が発生しているとは思わなかっただろう。もちろん、オレも思わなかった。閣下のパーティー嫌いは有名なのだ。
「嘘は言うておらんだろうが。ワシならこの会場をもれなく
「ここには
災害閣下はオレの背中をバンバン叩きながら豪快に笑った。
「ガッハッハッ!青二才めが、言うようになりおったな。」
困った人なんだが、嫌いにはなれない。閣下はトゼンさんと一緒で、ある種の潔さがあり、粋な男でもある。
そんな閣下と世間話などしていると、暴風域を恐れない大柄の客が一人、背丈に見合わない短い足の豪快歩きで近付いてきた。
「久しぶりじゃのう、閣下。ところで"戦場ではクソの役にも立たない気取り屋"にワシは入っておらんじゃろうな?」
オプケクル准将は挨拶の締めに、プッとオナラをした。ケクル准将の麾下にいたコトがあるマリカさんが言うには"屁こき熊は屁が臭い時ほど好調だ"って話だから、今夜は絶好調と見ていい。
「フン。人食い熊が似合いもせんタキシードなど着込みおって。故郷の川で
タキシードが似合わないのはお互い様だろうに。手脚がここまで太い男は珍しい。仕立屋も苦労しただろうな。
「魚よりも肉がええのぅ。剣狼、小洒落た料理ではなく、ガッツリ食えるもんはないのかの?」
屁の臭いなど意に介さず、大きなトレイを持った侘助が現れた。
「オプケクル准将、"
「おおっ!これは旨そうじゃのう!与一の蜂蜜で味付けされとるとは嬉しいわい!」
「ワシも腹が減ったわ。おい剣狼、なんぞあるか?」
「元帥閣下にはビーフストロガノフを用意しております。さあこちらへ。」
侘助は優雅な身振りで巨漢将官二人を
「ケクルと一緒に飯など食えるか。屁の味しかせんだろうが。」
「ご心配には及びません。別室には、強力な空気清浄機を内蔵した"オプケクル准将専用肘掛け椅子"を準備致しております。」
侘助の言葉にピクンと反応した軍人が何人かいた。たぶん、ケクル准将の部下だ。オプケクル師団の旗艦、"
「じゃあの、剣狼。肉がワシを呼んでおる。閣下、ワシと大食い勝負でもしてみるかね?」
「面白い。獅子の紋章にかけて、肉の食い比べで遅れは取らんぞ。」
獅子と熊の食い比べかよ。パーティーなんかほっといて、見物に回りてえ。
巨漢二人が別室に去った後、ザラゾフ夫人が息子夫妻を伴って挨拶に来てくれた。
「夫とオプケクル准将は食べ物で釣る、に限りますわね。」 「猛獣使いの基本だな。」
母子揃ってヒデえコト言うなぁ。細君のニーナさんも笑ってるし……
「旨い食事は饗応の基本ですよ。ニーナさん、サンドラちゃんは誰かに預けられたのですか?」
「京司郎とグラサン軍団が付いておりますから心配ありません。天掛公爵、お招きありがとうございます。ふふふ、お父様まで付いて来られるとは思いませんでしたけれど。」
「親父ときたら、普段はパーティー嫌いな癖に"なんだ、ワシは除け者か? 気晴らしに統合作戦本部で暴れてもいいのか?"なんてダダをこねやがって。剣狼、親父は
閣下が暴れたら本部は壊滅しちまうよ。わざわざ夜会の為に首都まで来てくれたのは嬉しいけどな。
「よお、出来の悪い戦友。悪たれライオンに不釣り合いな奥様と母君は相変わらずお美しい。」
テムル総督が到着したか。腹心のアトル中佐は苦笑しながらザラゾフ夫人と若夫妻に会釈した。
「剣狼、中原の田舎者まで招待したのか。おいテムル、好物の
それがあるんだよなぁ。八熾家儀典係に隙はない。
「俺が田舎者ならおまえは粗忽者だろうが。名門貴族のお母上の血が薄かったようだな?」
アレックス大佐がザラゾフ家の血が濃いコトは誰も否定出来ない。容姿は夫人に似てるんだけどな。
「なにおう!俺より士官学校の成績が悪かった癖に!」
「またそれか!他に自慢出来る事がないのか、スカタン!」
顔を合わせた途端に喧嘩かよ。仲がいいほど喧嘩するってのは、このお二人の為にあるような言葉だ。
「あなた、テムル総督、喧嘩がなさりたいなら外で。他のお客様に迷惑ですわ。」
ザラゾフ家の良心回路である若奥様の取りなしで、若獅子と蒼狼は口論しながら固めた拳を解いた。
おっと、また旧知の客が来訪したようだ。
「肉食獣を同じ檻に入れたカナタ君にも責任があると思うがな。月花様は神難から離れられんから、名代として参上したぞ。」
麒麟は肉食じゃありませんね。"神難の麒麟児"と称される超器用貧乏は、泡路島の諸都市を統括する
「お久しぶりです、龍弟公。麒麟児の付録として参席させて頂きます。」
鮫頭総督は軍事には疎いが、執政官としては有能だ。照京の人材で言えば、雲水代表によく似ている。
「鮫頭総督、よく来てくれた。卿の叔父、鮫頭銀次郎氏はローゼ姫に庇護されて穏やかに過ごされているようだ。」
「よかった。叔父には大層世話になりましたから、壮健でいて欲しいものです。おっと、同盟子爵としては問題発言ですね。」
神難(大阪)と神楼(神戸)の間で上手くバランスを取りながら、本島と龍足大島との交易の中継港となり、地場産業の発展にも励む。内海のバランサーとして島の財政を潤す男は"小判鮫"と呼ばれている。言葉だけ聞けば蔑称のようだが、巨大都市に密着しながら小判を生み出すのだから、言い得て妙でもある。
「意に沿わぬ旗の下で生まれた男が、自分の手で仰ぐ旗を選んだ。卿に恥じるコトなど何もない。」
機構軍統治下で
新帝の治世は"和を以て貴しとなす"が基本路線だが、ノイジーマイノリティには長々と付き合わない。文句しか言わない少数派に拘泥していると、"決められない政治"になってしまうからだ。
(幼なじみのギンも帝国衛士隊に取り立てられていますから、私も安心です。)
穏やかに微笑んだ鮫頭総督は本音をテレパス通信で伝えてきた。総督はドラグラント連邦と薔薇十字が交戦しないコトを知っている。彼も停戦派で、志を同じくする仲間なのだ。
長い尾羽をあしらった髪飾りを付けた長髪の男が輪に加わる。
「悪天候のせいで到着が遅れました。殿下、お招きありがとうございます。」
「伊織さん、殿下はやめてくれって言ってるじゃん。っと!ようこそ、が先だったな。」
「帝が"天掛彼方は
生真面目だけどユーモアもある。ちょっとシュリに似てるかもしれない。
「ジョニージョークは尾羽刕まで浸食したのか。汚染力がパねえ。」
姉さんに対する忠誠心が一際篤い伊織さんは雲水代表の覚えも良く、照京と尾羽刕の交易は活発になっている。もちろん尾長鶏は、麒麟児や小判鮫とも仲がいい。"照京の雲鷹"御鏡雲水がまとめ役になり、"神難の麒麟児"、"泡路の小判鮫"、"尾羽刕の尾長鶏"がガッチリと手を組む。神楼は司令の領地も同然だから、都の周辺都市は万全だ。
「アレックス大佐、ジャダラン総督、その節はお世話になりました。故郷が尾羽刕人の手に戻ったのも、お二人の尽力があればこそです。」
尾長鶏は若獅子と蒼狼に深々とお辞儀する。位は高くなっても腰は低いままなのが、伊織さんのいいところだ。
「俺の事はアレックスでかまわん。」 「テムルと呼んでくれ。俺もアレックスも固い物言いは苦手でな。」
オレ、アレックス大佐、テムル総督が"堅苦しいの苦手組"で、伊織さんと鮫頭総督は"堅苦しいの得意組"か。錦城大佐は"どっちでもいける人"だな。
「同盟を代表する次世代のリーダーが集っているようだね。旧世代の遺物も仲間に入れてもらえるかな?」
若者の輪に参加してくる壮年。カプラン元帥はこのタイミングを見計らっていたのだ。有象無象ではなく、真の実力者だけが集まった時に、スッと話に入ってくる。こういう芸当は、災害閣下やケチ兎には出来ない。
ザラゾフ家の次期当主、"烈震"アレクサンドルヴィチ・ザラゾフ。
中原で支配域を伸ばす、"蒼狼"テムル・カン・ジャダラン。
神難の薔薇姫が誇る懐刀、"麒麟児"錦城一威。
統治能力は折り紙付きの、"小判鮫"鮫頭小次郎。
隠忍自重の日々に耐えた、"尾長鶏"士羽伊織。
……確かに錚々たる面々だ。アレックス・テムルラインと、錦城・鮫頭・士羽ラインを繋げ、大きな弧を描く。それがこの夜会の眼目でもあった。交渉上手のカプラン元帥は"台頭してきた新世代とコネを作っておきたい"のだろう。
その本命は……テムル総督だな。己の師団を持ち、中原の各部族に号令をかけられる蒼き狼と共闘出来れば、旧トガ領に挟撃をかけられる。北エイジアを奪還出来れば、フラム閥の拠点である南エイジアは前線から遠ざかるって寸法だ。
夜会とは親睦を深めるだけの場ではない。話術と権謀術数を駆使し、己の政治的立場の強化を図る場でもあるのだ。
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