泥沼編16話 隻眼の蛟(ミヅチ)
夜会を主催する、と言ってもオレには大してやるコトはない。凄腕儀典係である貝ノ音兄弟に準備を命じれば仕事は終わったも同然だ。
「お館様、会場はどうなさいますか?」 「兄者、会場はここに決まっているではないか。」
寂助の言う通り、普通ならリグリットドレイクヒルで決まりだろう。侘助は政治的にそれでよろしいのですか、と言いたいようだ。
「シャングリラホテルも候補に入る。侘助はそう言いたいのだな?」
「はい。お館様と司令殿が蜜月関係にあると内外に示す為にはその方がよろしいかと。」
夜会は極めて政治的な場だ。会場がどこであったかでさえ、非常に大きな意味がある。
「兄者の言う事もわからないではないが、お館様は王弟殿下でもある。まず立てねばならぬのは、姉君のお顔、お立場ではないか?」
「任侠の世界なら身内よりも、よその一家との義理事を優先させるもんだが……」
渡世の義理事についてはサンピンさんに習ったんだよな。博打のついでに覚えちゃっただけなんだけど……
とある組の代貸(一般的には若頭と言われる組のナンバー2)だったサンピンさんは、組長の娘が撃たれた日の朝、病院ではなく、数年前の抗争で亡くなった叔父貴の法要に顔を出した。
"親父が病院に張りつかなきゃならねえってんなら、代貸のアッシが義理を果たさなきゃならねえ。代紋は違っても、叔父貴は親父の五分の兄弟分だったお方でやす"
組の幹部達は"お嬢さんの命が危ねえって時に呑気に法事に顔を出すたぁ、代貸は何を考えてるんだ!"と責め立てた。古参の幹部を差し置いて、組のナンバー2に抜擢されたサンピンさんへの嫉妬もあったのだろう。
しかし、さすがサンピンさんが親と慕って盃を下ろしてもらった組長は器が大きかった。
"代貸は身内のゴタゴタより渡世の義理を重んじた。それでこそ
「お館様!話を聞いておられますか!」 「八熾家は任侠一家ではありませんぞ!」
ガミガミお説教されながらでも考え事が出来るのは、オレの数少ない取り柄だ。そうでなければ、小言が趣味って
「おっと。スマンスマン。とある侠客の悲しい過去を思い出していたんだ。」
「ほう。とある侠客とは?」 「やはりサンピン殿ですかな?」
「まあな。オレのその筋の師だけあって、何があっても渡世の筋は曲げない人なんだよ。」
「それは聞いてみたいものですな。」 「左様。興味がございます。」
ベラベラ話すのもなんだが、サンピンさんが"男の中の男"であるコトは、二人にも知ってもらいたい。
「三鎚一は男の中の男。これは同じ世界にいたウロコさんから聞いた話なんだが…」
オレは組長の代理で法要に出席したあたりから話を始め、その後の顛末も話した。
組長の娘を襲撃した相手はわかっていた。以前から揉めていた桐嶋組の仕業に違いない。まずサンピンさんは"お嬢さんの警護"を任されながら、しくじった組員・清治を幹部の末席から若中へ降格した。清治がお嬢さんといい仲でなければ、ヤキの一つも入れていたかもしれない。なにせ護衛役の伊達男は、桐嶋組と揉めてる最中だってのに、二人きりで街へ出掛けていたからだ。清治は見映えは良くても、腕と度胸は大したコトはない。お嬢さんのお気に入りだから護衛役に選ばれていただけだったのだ。
身内の処分を済ませたら戦争の時間だ。後に"
跡目を継ぐのは当然、代貸の三鎚一であるべきだった。しかし組の幹部達は、サンピンさんが賭場であった喧嘩沙汰の事情聴取で不在だったのをいいコトに、"組長は
筋目を弁えない強突く張りどもとは一線を画す実力のあったサンピンさんは、血の雨を降らして跡目を継ぐコトも出来た。だけど男を見る目のないお嬢さんに"ハジメさん、お願い!あの人に跡目を譲ってあげて"と懇願され、黙って身を引き、流れの博徒になったのだ。
「アウトローの世界とはいえ、無情な話ですなぁ……」
侘助がしんみりと溜息をつき、寂助は小首を傾げた。
「しかし、看板と大黒柱を一度に失って、組が保つのですかな?」
「保つと思うか?」
双子の執事は揃って首を振った。そう、保つ訳がない。
「三鎚一が去った後の
「……自業自得ですな。」 「まこと、我らの頭領がお館様でよかった……」
「絶体絶命の姐さん、だけど命だけは助かった。もちろん、売り飛ばされた訳でもないし、誰ぞの妾にされた訳でもない。任侠の世界から身を引いて、一般人として暮らしている。」
「おや。アミタラ様の御加護でもありましたかな?」 「兄者、我らが奉ずるのはアマテラス様ですぞ。……お館様、まさか…」
「三鎚一は男の中の男だと言っただろ。舞い戻ったサンピンさんが敵対組織に※ナシをつけたんだよ。"刀堂の
「……はぁ……それはそうでしょうが……」 「……なんともはや……侠客の生き様とは不器用なものですな……」
刀堂組は解散し、組員は足を洗って堅気になった者もいれば、よその組と縁を持つ者もいた。ウロコ隊の何人かは、元刀堂組だ。だからウロコさんはそこらの事情をよく知っていた。軍に入って仲間になるとは思ってなかっただろうけどな。
「サンピンさんは恨みつらみは脇に置いて、三代目から受けた恩に報いた。なかなか出来るコトじゃない。」
オマケに司令にスカウトされてアスラに入ったのはいいが、最初の上官がアギトだからな。オレがサンピンさんだったら、絶対に辞表を叩きつけてる。おおかた、昔の弟分か子分の免罪を条件に入隊したから、辞めるに辞められなかったんだと思うが……
「興味深い話を聞き終えたところで、極道ではなく士道を重んずる我らとしては、どちらを会場に選ぶべきですかな?」
侘助が話を本題に戻したので、オレは少し考えてから返答した。
「やはりドレイクヒルだろう。大龍君はドラグラント連邦の最高権威にあらせられる。第一にお顔を立てねばならん。」
姉さんは軽々に都を離れられないが、リモートで来賓に挨拶はされるはずだ。であるならば、会場はドレイクヒルでなければマズい。司令がそのうちシャングリラで夜会を開くだろうから、オレが帝の名代として出席する。これで司令の顔も立つだろう。
「カプラン元帥とザラゾフ夫人には別口からご入場頂くとして、司令殿にどんな待遇を用意致せば……」
思案する侘助。一卵性双生児で顔のそっくりな弟も、鏡に映したかのような思案顔になる。
「階級は少将でも、元帥や元帥夫人と同列に扱わねば角が立ちそうですな。」
「とはいえ、それではルシア閥やカプラン派の来賓が"軍の序列が云々"と言い出すかもしれんぞ。……お館様はどう思われますか?」
階級と実力の不一致ってのは、こういうところで問題になるんだよな。両軍揃って、歪な組織だぜ。
「よきにはからえ。」
実際に使ってみると、思ったよりもダメ殿っぽいな。
「お館様、これは八熾家主催の夜会ですぞ。」 「左様。真剣にお考えくだされ。」
「よきにはからえって言ってんじゃん!細けえコトはいいんだよ!考えてもみろ!
「……兄者、公爵が侯爵と侯爵夫人を招いたという体を取りましょう。階級を考えるとそもそもがデタラメな話です。」
「うむ、そうするよりあるまい。」
尻がムズムズしてきたぞ。自覚はしてるが、オレは社交界には不向きな人間なんだ。
「じゃあ後は任せたからな。オレはナツメと遊びたいし、リリスを愛でたいんだ。」
物言いたげな双子を置いて、オレは二人がいる遊戯室へダッシュした。
カタッ苦しい夜会に備えて、心に栄養を補充しとかないと。リリスを膝に乗っけて、ナツメとテレビゲームで遊ぶぞう!
※ナシをつける
話をつける。揉め事を解決する、の意。任侠の世界でよく使われます。
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