泥沼編14話 安酒の繋ぐ安くない絆



嘉島製鉄所の一件は無事に解決した。お仕事の後はリラックスタイム、海鮮居酒屋"わだつみ"の座敷席で祝宴だ。


「二の矢、三の矢まで放たなくて済んで何よりでしたね。」


残業を免れたチッチ少尉は、運ばれてきたタコ刺しに嬉しそうに箸を伸ばした。


「まったくだ。頭がお春なお坊ちゃまは今頃、お爺ちゃんに説教されてんだろうな。」


蟹味噌を舐めながら飲む悪代官大吟醸は実に美味だ。これが勝利の味ってヤツかねえ。


「気候が温暖だと脳内のお花畑が賑わうものね。ナツメ、私は蟹足をほじったりしてあげないわよ?」


三人娘の末っ子は、末っ子気質な次女を甘やかさない方針のようだ。


「ぶー!シオンならやってくれるのにー!」


ナツメさん、こっちを見ない。オレだって蟹足をほじくるのは得意じゃないんだ。


……む、この重量感のある足音。ゲストが到着したようだな。


「いたいた。警部、ここですよー!」


襖を開けて登場したのはボイル刑事だった。


「あら、トド刑事じゃない。久しぶりね。」


ラビアンローズデパートで起こったテロ事件の人質と、解決に尽力した刑事さんは久しぶりに再会した。


「お嬢ちゃんは一段と別嬪さんになったなぁ。それに引き換え、俺ときたら皮下脂肪を溜め込むばっかりだよ。」


旧交(というほど古くはない)を温める為に呼んだジャスパー警部は、オレの顔を見て苦笑した。


「お招きに応じて参上したぞ。しかしおまえさんは会う度に出世してるなぁ。今や王家の一員なんだって?」


「姉さんにご無体されましてね。二人とも座って座って。揃ったところで乾杯しましょう。」


大人ビール×3と子供ビール×2、メロンソーダ×1で乾杯し、初対面の人間は挨拶を済ませてから世間話などを始める。


「……という訳で、殿下の引き立てで私も広報部でいい顔が出来るようになりましてね。」


殿下はよせよ。マジでやめて。その呼び方は総督府の人間だけで十分だから。


「チッチさんが羨ましいねえ。世渡り下手な警部のせいで、俺は未だに平刑事。哀れ極まる薄給の公僕だってのに……」


宴は始まったばかりなのに、抹茶アイスを3つも頼んだ巨体の刑事が嘆息する。もちろん、デザートにもアイスを食べるんだろう。下戸のボイル刑事は、刑事部屋に専用の冷凍庫を持ってるぐらいのアイス好きなのだ。


「なんでもかんでも俺のせいにするな。刑事部長に叱責されてる時にドーナツ食って屁をこいたのはおまえだろう。」


放屁男がここにもいたか。屁に関してはケクル准将には及ばないだろうけど。


「ジャスパー警部、窮屈な捜査を強いられてるなら、所轄を変えてみますか? 照京市警になら顔が利きますよ。」


「ありがたい申し出だが、遠慮しておくよ。……俺はこの街が好きなんだ。いいところばっかりじゃないが、悪いところばっかりでもない。生まれ育った街の"いい"を増やして、"悪い"を減らす事に生き甲斐を感じてるんでな。」


硬骨漢を絵に描いたような警部は権力におもねるコトも、権力にすがるコトも良しとしない。こういう職人肌の刑事がクビにならずにいるのだから、この街も捨てたものじゃないらしい。


「お孫さんは相変わらずの乗り物好きですか?」


「ああ。車やバイクのオモチャが大のお気に入りだ。大きくなったら白バイに乗るかもしれんなぁ。息子とは喧嘩ばっかりだが、孫とは仲良くやれそうだ。」


ジャスパー警部と息子さんは不仲って訳じゃない。喧嘩ばっかりというのは、息子さんが刑事事件専門の弁護士だからだ。息子さんとも仲がいいボイル刑事の話じゃ、彼が弁護士を志した理由ってのは"父親を尊敬しているからこそ、違う生き方で一人前の男だと認めてもらいたい"からだそうだ。


同僚が逮捕した容疑者がシロだと思った時に、こっそり息子さんに弁護を依頼したコトもあるそうだから、口喧嘩が絶えなくても警部の本心は明らかだろう。刑事と弁護士、時には敵となる関係でありながらも、心は繋がっているんだ。


──────────────────


日付が変わったので、オレは未成年二人を連れてホテルへ戻るコトにしたが、チッチ少尉と刑事二人は意気投合したらしく、二次会を催すようだ。気が合ったのも本当に違いないが、ギブ&テイクも期待してのコトだろう。


広報部きっての武闘派でもあるチッチ少尉は同盟領、特に首都に潜り込んだ工作員への対処も任務としている。そして工作員は、犯罪組織と連携しているコトが多い。法に触れたり、正規の手段で入手出来ない機材を確保する為には、イリーガルな人間とのコネが必須だからだ。どんな分野にもアンテナを広げようとするチッチ少尉には、はみ出し刑事だが有能なコンビと伝手を持つメリットがある。


刑事二人のメリットはもっとシンプルだ。チッチ少尉は広報部のエース、歩く情報源だからな。聞かれたらなんでも教えたりはしないが、チッチ少尉だって凶悪犯は嫌いだ。出せる範囲の情報を提供してくれるだろう。テロリストや連続殺人犯シリアルキラー、サラリーマン刑事には手に負えないヤマを追うコトが多い二人にとって、頼れるコネになるはずだ。


「リリスも泳ごうよ!」


ペントハウスにはプールが付き物で、ここも例外ではない。食べたら動く、動けば食べるを基本ルーティンにしているナツメは、ペントハウスに引き揚げてくるなり水着に着替えてプールに飛び込んだ。水辺の殺し屋ゲンさん仕込みの水練はかなりなもので、泳ぎの速さはオレに次ぐ。水中戦なら案山子軍団ナンバー2だろう。


「パス。ホント、ナツメは元気ねえ。」


プールサイドの長椅子に寝そべったリリスは、指を鳴らしてペントハウス専属のコンシェルジュを呼んだ。すると色の薄いサングラスをかけた黒服がすぐにやってきて、ドリンクのオーダーを承る。


「公爵のオーダーはございますか?」


「しこたま飲んできたから…いや、軽いツマミとビシャモンビール、それにオールドエイジを頼む。」


PCの起動を脳波で感じる。隠し部屋のコンピューターに通信が入ったようだ。だったら、素面しらふで話す必要がある。


「すぐにお持ちします。」


「一時間後だ。先にを済ませねばならん。」


"ちょっとした商談"は隠語で"重要な謀議"を指している。ここの黒服は全員、教授直属の部下だから、これで通信傍受への警戒態勢を上げてくれる。


「承知しました。しかしオールドエイジとは、公爵の御趣味も変わりませんね。」


オールドエイジは大衆酒だ。ウィスキーとしては一番安い部類で、元の世界で言えば"開拓時代アーリータイムズ"みたいなものだろう。


「権威や地位を得ても人間の本質は変わらない。嗜好もまた然りだ。」


アーリータイムズがアメリカ産であるように、オールドエイジはアトラス共和国で産まれた酒だ。故郷を懐かしむカーチスさんがたまに飲むので、オレもその影響で好むようになった。普段は徹底したビール党の"鉄腕"カーチスが、故郷のウィスキーを嗜む時に見せる切ない目。値段は安いかもしれないが、兄貴分との絆は安くない。


開拓者の子孫がオールドエイジを嗜んでいる時、その心には何を思い浮かべているのだろう? 栄華を誇った古き良き時代オールドエイジ故郷ふるさとか、驕りの招いた破局で不毛の地と化した今の姿なのか……


こんなくだらん戦争はサッサと終わらせて、この星に緑を取り戻す事業に着手しなければ。"母なる星に緑を取り戻す為に(自分達以外の)人類を撲滅する"なんてイカレたポリシーでテロを繰り返す環境保護原理主義者エバーグリーンは大嫌いだが、赤茶けた星をそのままになんてしておけない。


酔った頭でもっと未来のコトだけを考えていたいが、目の前の現実に対処せねばならない。オレは呑む蔵クンを起動させてアルコールを抜き、プールサイドから屋内に入る。


早足で邸内を進み、ひんやりとしたワインセラーに入ったオレが所定の手順を踏むと、棚がスライドして扉が現れた。脳波誘導で扉を解錠し、隠し部屋の椅子に座る。PCの出すシグナルが、通信相手が司令であるコトを告げてきた。オレは呼吸を整えてから通信を繋ぐ。


「カナタ、夜分遅くにすまんな。少し話しておくべき事がある。」


ちっともすまなさそうな顔じゃない司令は、いつものように煙草に火を点けた。


「首都の夜は長い。ついさっき、居酒屋から帰ったところですよ。」


……頼む。話ってのは脱獄の件であってくれよ……


チッチ少尉は軍内に高度なアンテナを持っている。だから極秘情報である"魔術師の脱獄"も発生直後に知り得たんだ。居酒屋にいる時にテレパス通信で話したが、"おそらくですが、司令は私が知っている事を知らないでしょう"と言っていた。それはつまり、"オレも知らない"というコトだ。



水を向けるのは簡単だが、それではダメだ。この水は、司令から流れてこなきゃならない命水なんだから……

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