泥沼編4話 嘘とウスターソースの愛好家
北部戦線に到着したオレ達は、それぞれの部隊に合流する。オレとビーチャムはもちろん案山子軍団の船、ソードフィッシュへと向かった。艦橋でシオンから戦術タブレットを受け取り、報告書に目を通す。
……負傷者は出たが戦死者はゼロ。予定通り、クリスタルウィドウの援護に徹していたようだな。指揮権はマリカさんに預けておいたが、シオンは要所で独自の判断が下せている。何もかも命令待ちでは、動くタイミングが一歩遅れる。上官の戦術目標を理解し、必要な指示を出せるのが優秀な下士官だ。
「隊長、私は案山子軍団副長として、任を果たせていましたか?」
緊張した面持ちのシオンに笑顔で応える。
「よくやった。ビーチャムも目を通しておけ。これが精鋭部隊ナンバー2のお手本だ。」
「了解であります!副長殿、自分達はチャティスマガオで、弱っちいののお守りで苦労したのであります!なにせ連中ときたら、自発的に動く事さえ出来ないのでありますから!」
ビーチャムは精鋭と一般兵の違いがわかっていないようだな。飛躍的に成長してくれたが、戦歴そのものはまだ浅い。……いや、弱兵を率いて戦ったのは、今回が初めてなんだ。
「ビーチャム、自発的に動いていいのは本物の精鋭だけだ。仮にチャティスマガオ防衛部隊の練度が上がったとしても、自己判断などさせない方がいい。それは戦の流れが読める指揮官と、下された命令の意図を完璧に理解出来る兵士だけに許される芸当なんだ。」
「彼らは"指示待ち兵士"でいた方がいい、そういう事でありますか?」
鍛え上げればどんな兵士も鮫にはなれる。だが、
「ああ。半端な指揮官と半端な兵士が自分の判断で動いたりすれば、"下手の考え、休むに似たり"になりかねない。阿吽の呼吸で連携が取れるのは超一流の部隊だけだ。ほとんどの兵士はその域にまで達しない。」
野球でもそうだが、身体能力だけならプロに比肩するアマチュアはいる。だけどプロとして大成するのは野球脳に優れる選手だけだ。野球も軍隊も個人競技ではない。戦術脳の良し悪しにはやはり個人差がある。
……まあ、プロ野球でも"個人技と身体能力の高さだけで一流になれちまうイレギュラー"はいるんだけどな。アスラで言えば羅候がそれだ。
「アスラコマンド級の精鋭でなければ、"手足がバラバラに動き、かえって混乱を招く"のでありますね!」
「そういうコトだ。ビーチャム、他隊と合同で戦う時はアスラでの常識は捨てろ。チャティスマガオ防衛部隊は論外だったが、スモークターキーズぐらいデキる兵士と組んでもだ。」
「了解でありますっ!隊長殿は"オレ達がおかしなコトをやっているんだ"と仰りたいのですね!」
やはり理解が早いな。そう、軍隊の常識から外れているのはオレらの方なんだ。アスラコマンドなら"自己判断での連携"も可能だし、そうした方が強い。だが並の部隊がオレらの真似をすれば自滅するだけなのさ。
「おーおー、相変わらず教育熱心だねえ。上官だったアタイの指導がよかったかな?」
「自画自賛は感心しないぞ。マリカは元だが、私は今もカナタの師だ。功績を誇るとすれば私ではないか?」
艦橋にやって来たのは緋眼と雷霆、アスラ部隊のベストコンビと謳われる二人だった。
「アルマ、来艦の報告がなかったわよ。」
AIに注意する副長。弁護はしとかないとな。
「テレパス通信で報告は受けていた。ビーチャムが訓示を咀嚼してる最中だったから、気を回したんだろう。」
「
アルマは人口知能ならではの強味を誇った。今度は人間を弁護しとくか。
「代わりに人間はファジーな対応が得意だ。数値化出来ない事象に場当たり的に対処する能力は、時に大きな武器になる。」
「……
「チャティスマガオでもご活躍だったらしいねえ。互いの戦功を祝って祝杯でも上げるかい?」
マリカさん、顔が近い近い!シオンさんが怖い目で睨んでるから!
「マリカさん、アルハンブラを捕らえた時の状況を詳しく教えてください。」
「何か気になンのかい? アタイとシグレで左右から挟んで、案山子軍団に援護させた。いくら魔術師が曲者でも万事休すさ。」
「カナタ、少し待て。五月雨からデータを送らせる。」
シグレさんはハンディコムを取り出し、自分の船に連絡を入れてくれた。ほどなくメインスクリーンに映し出された戦闘報告を見ながら戦況を分析してみる。
「……アルハンブラは
奴の性格からして、格上に挑んでくるとは思えない。それに兵団の目的は"アスラ部隊を南エイジアに向かわせないコト"だ。戦略目標は達成してるのに、なんで前線に出てきたんだ?
「アタイに追い詰められた魔術師は、"投降させて頂きましょう。皆は無事に撤退しましたので"とかほざいていた。部下を逃がす為の時間稼ぎをやってたンじゃないのかい?」
マリカさんに続いてシグレさんが状況を説明してくれる。
「出撃の目的は陽動だったようだ。エースを引き付けておいて、逆サイドからバルバネスとザハト、それにマードックが仕掛けてきたのだが、そっちは司令と三バカが対処した。例によって魔術師はエスケープトリックを披露したらしいが、最強の工作兵には通用しない。私は"逃げの技術を過信したのだ"と思っているが……」
司令が狂犬をあしらい、バルバネスはバクラさんが相手をした。んで、トッドさんとカーチスさんの連携プレーでザハトは戦死か。よく死ぬ野郎だぜ。変態小僧の率いる"バンパイアバット"が半壊し、狂犬の"ヘルホーンズ"も甚大な被害を出した。形成不利と見たバルバネスが撤退し、狂犬もやむを得ず後退。中軍で本隊の朧月セツナが動きを見せたので司令は追撃を見合わせた、か。
「………」
……オレの考え過ぎなのかもしれない。アルハンブラが陽動を仕掛けた後に捨て駒部隊が吶喊、満を持して本隊が動くってのは兵団がよくやるパターンで、今回もそれを踏襲している。しかし、ウチの司令にそんな手が通じると考えるほど、朧月セツナは甘い男ではない気がする……
「マリカさん、祝杯は後で。アルハンブラはどこにいるんです?」
「白蓮だ。イスカが尋問してるはずだよ。」
魔術師の魂胆がどこにあろうと、司令なら大丈夫だろう。とはいえ、探りは入れておきたいところだ。
「シオン、ここを頼む。」
「少尉、私もついて行くわ。記憶装置が必要でしょ?」
南エイジアの戦闘報告書を書き始めていたリリスが、タブレットを置いて立ち上がった。
「相手がアルハンブラでなければ同席してもらうところだが、奴は何をしでかすかわからん。すぐに戻るからお留守番しててくれ。」
艦橋を出たオレは一人でアスラ部隊の旗艦"白蓮"に向かった。
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「よう、不逞集団ナンバー2。また活躍したらしいじゃないか。」
白蓮を訪ねたオレを出迎えてくれたのはシェーファー・モス中尉だった。"ラスティ"モスはSSのナンバー2でもあるので、のっけからこのご挨拶である。
「残念ながらアギトのクソ野郎は取り逃がしたよ。ラスティ、司令はまだ尋問中なのか?」
異名の由来となった錆色の目でウィンクしながらラスティは答えた。
「ああ。"デートの邪魔はさせるな"と言いつかっているから、いくらおまえでも通せんぞ。茶でも淹れてやるから艦橋で待ってろ。」
「茶を淹れるつっても、どうせインスタントなんだろ?」
通路を歩きながら訊いてみると、ラスティは大仰に肩を竦めた。マリノマリア系かと思わせるぐらい、オーバーアクションで喜怒哀楽の激しい男なのだ。
「おいおい、見くびってもらっちゃ困るな。俺はアスラ部隊一の名バリスタなんだぜ?」
アスラ部隊でバリスタの資格を持ってんのは、ウチの
「嘘つけ。こないだガーデンのスーパーで会った時、買い物カゴにインスタントコーヒーが入ってたぞ。」
「どうでもいい事はよく覚えてる男だな。アレはな、俺が監修した新商品をテイスティングする為だよ。」
ラスティはバレバレの嘘をつくのが趣味だ。そして嘘を指摘されると、新しい嘘を上塗りしてくる。害のない嘘だから、みんな楽しんでるけどな。
「シェーファー・モス監修の新商品ねえ。あったとしてもぜってー売れねえ。磯吉さんが"ラスティさんは舌も錆び付いてるんじゃないですかねえ"って嘆いてたぞ。シェフご自慢の自家製ソースの上から市販のウスターソースをドバドバかけるもんだからさ。」
ラスティはどんな食い物にもウスターソースをたっぷりかける悪癖がある。白米だろうと例外ではない。カーチスさんを超える舌バカに、バリスタの資格なんざ取れる訳ねえよな。
「生のミミズを食ってたら、味覚だっておかしくもなるさ。」
「マジで食ったのか?」
「他に食うものがなかったからな。斥候兵あるあるってヤツさ。ボボカはアミメニシキヘビを食った事があるそうだぞ?」
ニシキヘビを丸呑みしてるボボカの姿が容易にイメージ出来てしまった。違和感がなさ過ぎる。
「生のミミズに生のニシキヘビか。斥候兵だけはやりたくねえな。生でいいのはビールだけだ。」
「ボボカはちゃんと焼いたらしいぞ。俺は敵地のど真ん中に掘った穴に潜伏してたから、生で食わざるを得なかっただけだ。」
あー。クリスタルウィドウにいた頃にマリカさんから習ったなぁ。地面に棺桶大の穴を掘って、カモフラージュした戸で覆うねぐらの作り方。ラスティはねぐらから出られなかったから、そこにいたミミズを食ってたのか。任務には厳しい男だから、ライターで炙るコトさえしなかったんだろう。
艦橋で司令を待ってるオレに、ラスティは珈琲を淹れてくれたが、やっぱりそこらのインスタントだった。まあ茶を飲みに来た訳じゃないから、別にいいんだけどさ。
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