泥沼編2話 うつけと落ち目は英雄に



「もちろん、竜騎兵の派遣にあたっての経費は全てこちら持ちだし、彼らにはしかるべき地位と権限も与える。聞けば教導官としても有能らしいからね。この街に限らず、シティガーダーの練度はお察しの通りだ。即戦力としてだけではなく、戦力の底上げにも協力してもらいたいのだよ。悪い話ではないと思うが、どうかね?」


悪い話ではない、ねえ。悪い事を考えている奴の常套句だよな。ドラグラント連邦との関係強化ってのもあるだろうが、何か他に狙いもありそうだ。話を持ち帰るって手もあるが、このぐらいのコトだったら、オレの一存で決めてしまってもいいだろう。


「わかりました。飯酒盛いさはいサモンジを頭に、竜騎兵を派遣するコトにしましょう。」


「竜騎兵の指揮官は竜胆大尉ではなかったかね?」


「彼女には尚書令と特別公使の仕事があります。尚書令は内輪の話ですが、公使は対外折衝にあたる役目ですからコロコロ変える訳にも参りません。長く対外交渉にあたってきた元帥閣下ならおわかりでは?」


口髭を撫でるカプラン元帥は即答しない。やはり竜胆の思慮の浅さにつけ込んで、何か企んでいたのだろう。


「竜胆大尉も帝の近習を続けたいはずです。もし彼女を指揮官として派遣しろというご意向ならば、この話はなかったコトに。」


元帥は"竜騎兵"と条件を付けたが、こっちにも条件を付ける権利がある。派遣そのものは了承して、そちらの顔は立てたはずだ。あくまで竜胆の赴任に拘るなら、話が流れるだけさ。


「……昇り龍の右腕だった飯酒盛中尉が赴任してくれるのならば問題ない。天掛特務少尉、私はドラグラント連邦との友好関係を強化したいと考えている。今後ともよろしく頼むよ。」


「帝もそうお考えです。竜胆大尉の随員を除く竜騎兵を速やかにこの街へ赴任させましょう。」


差し出された右手を握ってこの一件は成立した。カプラン派は有能な軍教官アグレッサーを得、オレは竜胆と竜騎兵の引き離しに成功した。これは双方に利のある話だ。


とはいえ、派遣する前にサモンジには諸々の注意を喚起しておかねばな。だけど裏切りの心配はない。実直誠実な飯酒盛サモンジは甘言に乗らないし、金銭で籠絡出来る男じゃないんだ。


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握手を終えたところで、外から歓声が聞こえてきた。かなりいい防音機能が施されているはずの部屋だけど、そこは地方都市のレベルってコトか。


「Kも帰ってきたようだね。」


元帥はテラスのガラス戸に歩み寄り、大きくドアを開けた。当たり前だけど、一際大きな歓声が室内に流れ込んで来る。


「そのようですね。」


元帥に続いてテラスに出たオレは、白馬に騎乗して凱旋パレードを洒落込むKの姿を目に捉える。観艦式以来だが、相変わらずいけ好かない野郎だぜ。


……何かが引っ掛かる。この違和感はKから感じてるんじゃない。何か、何か不自然なコトがあったんだ。歓声がうるせえな、考え事をしてんだから少し静かに……!!……そうだ!完全適合者のオレでも、ガラス戸を閉じた状態では、歓声は僅かに聞き取れただけだったんだ。なのに、先に音に気付いたのは元帥だった。


聞こえない振りは一番難しい。聴覚がないように装っていても、爆音が聞こえれば咄嗟に反応するのが人間だからだ。今のは咄嗟にではなく、うっかりだろうが、元帥が異常に耳がいいコトは間違いない。


「………」


試そうとも思わなかったが、ここは鏡水次元流・想刃の出番だ。想念の刃で斬りつけてみろ!……やっぱり斬れるイメージが湧かない!


さっきの握手で騙された。剣を使う男の手ではなかったからだ。しかし、カポエラのようにほとんど手を使わない格闘技もある。この男は"弱い振りをしている強者"なんだ!


「……そうか、キミは次元流の高弟でもあったな。私とした事が油断したよ。うっかり歓声に反応してしまったのはミスだが……本当に抜け目がない。」


オレに背を向けたまま、カプラン元帥は自嘲した。どの程度の腕かはわからないが、背中越しでも想刃を感じ取れるレベルにはあるようだな。


眼下の景色を眺めるのをやめたカプラン元帥はオレと目を合わせながら、また自嘲した。


「私の腕を過大評価はしないでもらいたいね。異常にいいのは耳だけで、腕前の方はそこまででもない。そこらの異名兵士に負けるつもりはないが、完全適合者には遠く及ばないのだ。そうでなければKなど飼うものかね。天掛特務少尉、この事は内密に頼むよ。」


多芸多才な"日和見"カプランは、武芸にも通じていた。しかし本人が言っている通り、一流止まりなのだろう。そうでなければ超一流を必要としない。この男の武芸は、危機が迫った時の保険なのだ。


……なるほど、腑に落ちたぜ。以前に偽りの暗殺計画でブラフをかけた時、吝嗇兎トガはあわあわしたままだったが、カプランはすぐに平静を取り戻した。耄碌した兎よりも胆力があるだけではなく、そんじょそこらの暗殺者なら寄せ付けない自信もあったからだ。


「わかりました。他言しないと約束しましょう。」


もう一つわかった。この男の耳なら会話出来る距離の人間の心音を聞き取るコトが可能だろう。ポーカーフェイスが得意な人間でも、緊張したり痛い所を突かれれば心音は早くなる。カプラン元帥は交渉の際に耳の良さを活用してきたに違いない。


「剣にかけてかね?」


「ええ。この光輪天舞にかけて。」


オレが束頭を指先で叩いて見せると、世渡り上手で多才な元帥はニッコリ笑った。


「安心したよ。バーター取引としていい事を教えよう。トガ元帥はキミが思っているより力を保持している。」


「ボロ負けして領地をごっそり削られたのにですか? そりゃ算盤勘定が得意な人材は豊富に抱え込んじゃいますが…」


「その人材を活かした金融資産が彼の力の源泉なのだよ。同盟が発足して間もない頃は、照京からの援助が頼みの綱でね。しかし機構軍を相手に喧嘩するには到底足りない。そこでアスラ元帥は一計を案じた。元帥とザラゾフ大将が戦術的に躍進し、トガ大将は勝利を見越して投機に励む。そして増えた軍資金でまた勝利する、という訳だ。プラスαとして、私が硬軟を織り交ぜた交渉を行い、洞ヶ峠を決め込む都市を味方につけた。これが同盟を拡大、成長させた方程式なのだよ。」


なるほど、理に適っている。ザラゾフ夫人が懐かしんでいたように、初期の同盟は理想的な役割分担が出来ていたんだな。


「で、アスラ元帥亡き後は利殖そのものに励み出した訳ですか。」


「そうなるね。私の目から見て兎我忠冬とがただふゆは、頂点には立てない男だ。悲しむべき事に、本人だけがそれをわかっていない。私とトガ元帥の違いはそこだろうね。」


名より実を取る男なのはわかっていたが、カプラン元帥は頂点に立つ気がないのか? これも駆け引きの一環かもしれないが……


「カプラン元帥なら頂点に立てそうに思えますが。」


「心にもない事を言うのはよしたまえ。戦術は心もとないが、交渉術なら自信がある。私に世辞は通じないし、おだてにも乗らない。抜け目がないのにどこか抜けた雰囲気があり、腕も弁も立つ。キミは……若き日のアスラ元帥に似ているよ。」


世界を支配する機構軍に立ち向かった英雄に似てるとか冗談だろ。それこそ過大評価だ。昇華計画への傾倒はいただけないが、御堂アスラが英雄の中の英雄だったのは間違いない。同盟の三英傑、ザラゾフ、カプラン、トガをまとめて齟齬を生じさせなかっただけでも偉大な業績なんだ。


「冗談でしょう。アスラ元帥に似ているのは、娘の司令です。」


司令の多岐に亘る圧倒的な才能こそ、英雄の中の英雄だったアスラ元帥の再臨に相応しい。


「……御堂少将はアスラ元帥とは違う。キミは"軍神"アスラと会った事がないのに、なぜ似ているのは御堂イスカだと言えるのだね?」


「た、確かにオレはアスラ元帥とは会ったコトはありませんが、司令の圧倒的な才能こそが英雄の再臨だと考えるのが自然でしょう。」


「オレ、ね。どうやら本音を引き出せたようだ。では私も本音を言おうか。圧倒的な才能、それが軍神アスラの本質ではない。彼の副次的要素に過ぎなかったんだよ。」


「副次的要素、ですか?」


「その昔、リグリットの貴族学院に何でも出来るが何をやっても一番になれない男がいた。神難の麒麟児や案山子軍団の便利屋のようなタイプと言えば理解しやすいだろう。彼らと違うところは、一番になれない口惜しさから世を拗ねて、遊び暮らしていた事だ。貴族学院の"口先男"、それが若き日のジョルジュ・カプランだった。今は"日和見"などと呼ばれているようだが、有難くない別称で呼ばれるのは若い頃から変わらぬものらしい。」


放蕩者らしく噛み煙草を嗜んでから、元帥は話を続けた。


「そして貴族学院の問題児は、士官学校の問題児と出会った。もちろん、出会った場所は公序良俗に反するところだよ。」


「賭博場、それとも娼館ですかね?」


聞かなくていいコトなんだけど、興味本位で聞いてしまった。


「想像に任せる。ある日、御堂アスラは貴族学院の問題児と兵学校の、リグリット近郊の衛星都市に左遷されて来た主計係を集めて"世界を相手に喧嘩しようぜ!"なんて言い出したのだ。思わず笑ってしまったよ。」


カプラン元帥は"超問題児"と"うだつの上がらない"を特に強調した。


「東雲中将と火隠段蔵マスターニンジャも同席していたんですか?」


「もちろんだとも。ザラゾフ訓練生はああいう男だから、"おまえがやらんなら俺がやろうと思っていたんだ!"とすぐに計画に乗ったが、私とトガ中尉は迷った。御堂アスラが突拍子もない事を言い出すのはいつもの事だったけれど、世界を相手に喧嘩するというのは機構軍に反旗を翻すという事だ。第一、私はトガ中尉とは初対面だったのだよ。」


初顔合わせの場で世界を相手に喧嘩します宣言かよ、無茶苦茶だな。アスラ元帥って人はぞんざいなんだか細心なんだかよくわからん。どっちも持ち合わせていたんだろうけど、それにしたっていきなりそんな計画を持ちかけられたら誰だって困惑するだろう。


「結局、私もトガ中尉も御堂アスラに賭ける事にした。大貴族の子弟だった私は食うには困らないが世間を見返したかったし、トガ中尉に至っては左遷先で冷や飯を食い続けるしかない身だったからね。最大のネックは攻撃衛星群を無力化する方法だったが、天才ハッカーでもあった御堂アスラはカール・ハインツ・ローエングリン博士の算出した数式を利用して、衛星の防御プログラムの解析に成功していたのだ。」


ここでリリスの爺様が登場するのかよ!当時から天才数学者だったんだろうけど!


「ローエングリン博士は反逆計画を知らずにアスラ元帥に協力したんでしょうか?」


自己進化する人工知能"リーブラ"の設計者で、攻撃衛星群の防御プログラムの解析にも一役買うとは、まさに"巨星"だよなぁ。偏屈な天才に会ってみたかったぜ。


「どうだろうね。知らなかったとは思うが、知っていても面白がって協力しそうな変人ではあったよ。元帥は照京総督の御門右龍氏から後見の約束まで取り付けていたし、当時は世界統一機構の統治に反感を持つ都市も多かった。だから一見、無謀に思える計画にも、成算は十分にあったのだよ。私とトガ中尉とザラゾフ訓練生は、蜂起の時を待ちながら得意分野に磨きをかけた。そして自由都市同盟を設立した元帥は、私達に自分に次ぐ地位を与え、仕事をのだよ。」


「そりゃその為にスカウトした訳ですからね。……あっ!」


「御堂アスラと御堂イスカは違うと言った意味がわかっただろう。二代目軍神は何でも一人でやる、やれてしまう。才能の塊だった御堂アスラにも同じ事は出来たかもしれない。だが、彼はそうはしなかったんだ。」


「……司令にも信じて頼る仲間がいます。決して一人ではありません!」


「見解の相違だね。私には御堂イスカは、東雲刑部以外は信じていないように思える。猜疑心を友にしている私やトガ元帥の同類だ。」


「………」


「話が長くなったね。さて、我々も現在の味方で将来の敵を出迎えてやろうじゃないか。」


そう言ってカプラン元帥は歩き出した。オレは何も言わずに後に続く。



……この男は、どうしてオレにこんな話をしたのだろう? 本音だったのか、それとも籠絡する為の話術なのか……

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