跋扈編15話 ボールはそちらのコートにある



※主戦場の様子からエピソードは始まります。


「止血など必要あるか!敵に情けをかけられるぐらいなら死んだ方がマシだ!」


Kの申し出を拒否したロドニーは、出血に怯む事なく風を巻いて旋回を再開した。


「じゃあ失血死すればいい。僕は見学でもさせてもらおうかな。」


余裕顔を崩さないKだったが、内心では舌打ちしていた。


"これだから野蛮人は嫌いなんだ。感情的で不合理。素直に申し出を受ければいいものを……"


竹トンボを逆用しての障壁破壊には驚いたが、同じ手は二度喰らわない。あんな奇手を使ったという事は、ロドニー自身も単独での障壁破壊は不可能だと考えている証拠だ。ならば警戒を怠らずに、止血パッチを貼るべきだろうか?


ダメだ。そんな事をしたら"僕は打たれ弱いです"と喧伝するようなもの。敵にも味方にも、僕の無敵を疑わせてはならない。思い直したKは痛みに耐えながら予備の竹トンボを飛ばし、守りを固める。


対するロドニーはシールドの突破ではなく竹トンボの撃墜を模索し始めた。竹トンボを全て失えば、Kはシールドの奥に引っ込んではいられなくなる。あくまで勝とうとするのであれば、だが。


的が多い間に幾つかは撃墜したが、的が減れば守る方も楽になる。残り5つになってから竹トンボを堕とせず、ロドニーに失血のダメージは蓄積しつつあった。しかしKとて99%もの適合率を持ち、颶風と火炎を自在に操るロドニーを5つの竹トンボで仕留める事は不可能。脇腹の傷さえなければ勝負を賭ける手もあったが、今のKは激しい動きに不安があった。


「公爵!」 「K様!」


膠着した状態を打破したのはKでもロドニーでもなく、ハモンドとメリアドネだった。目付役と副官から、別働隊の前に剣狼と人斬りが現れ、進軍が止まった事を告げられた両者はそれぞれに考えを巡らす。


「剣狼と人斬りが来援したのか。別に助けなんて必要なかったんだけど。熱風公、まさか引こうだなんて思ってないよね?」


引けよ、早く引いてくれ。本音と真逆の台詞を口にしながら、Kはロドニーの逆張り気質を刺激する。


「公爵、こいつに勝っても剣狼と人斬りがやってくる。そうなると面倒だぜ?」


Kと利害が一致しているハモンドは言葉を選んで説得にかかった。


「アギトがなんとか抑えるだろう。ここで勝てば問題あるまい!」


撤退嫌いのロドニーからは案の定な答えが返ってきたが、はいそうですかと答える訳にもいかない。"鷲鼻"ハモンドは戦争中毒ではなかった。


「勝ったところでチャティスマガオの攻略は無理だろう。街を取れないならグズグズしてられねえ。カプランがアホじゃなければ、退路に軍を配置しようとするはずだ。俺は日和見野郎に包囲されてお手上げなんざ御免だぜ。遊撃部隊は十分な戦果を上げた、潮時だろうよ。」


ハモンドはロドニーの"強者を好む性格"につけ込んだ。強者を好む男が最も嫌う事は、軟弱者に負ける事である。舌先三寸で出世したカプランはその典型であろう。


「……確かにな。K、勝負は預けたぞ。」


「僕は無駄な争いが嫌いだ。引いてくれるなら追わないよ。」


もっと格好よく、威勢のいい台詞を言いたかったKだが、ロドニーの勘気に触れて撤退話がおじゃんになっては都合が悪い。局地戦を全体で見れば同盟軍の敗北に違いないが、負けたのは自分ではない。ここでロドニーを討ち取れば同盟の勝ちと言えなくはないかもしれないが、カプランの為にそんなリスクを犯す義理は皆無だった。


利害の一致した機構軍と同盟軍は主戦場での戦闘を切り上げ、負傷兵の収容を開始する。


──────────────────────


「剣狼、確かに我々の指揮権は卿に移譲されている。だが理不尽な命令には従えん!防衛部隊が戦える状態かどうかは見ればわかるはずだ!」


疲労困憊の防衛部隊長官だったが、天幕の中に入ってくるなりがなり立てる。


「弱味を見せたらつけ込まれる。だいたいアンタらに整然と撤退するなんて出来るのか?」


シティガーダーを再編しながら布陣を差配する剣狼は、長官を見もしないで意見を却下した。


「ハッ!いっちょ前に文句が言いてえならそれなりに戦ってみせろってんだ。オメエらはよぉ、俺らが来なかったらボロ負けして敗走してたんだろうが!」


床に敷かれた茣蓙ござに寝そべってカップ酒を舐めていたトゼンが嘲笑し、長官は鼻白みながら反論した。もちろん、トゼンと目は合わせずに、だ。


「助力には感謝している。卿らの働きで敵軍に痛撃は浴びせたが、我々の受けた被害の方が遙かに大きい。まともに戦えるのがターキーズだけでは、敵軍が再度攻勢に出て来たら持ち堪えられないぞ。」


「攻勢は来ない。来てくれたらもっけの幸いなんだがな。」


剣狼の言葉は長官には理解不能だった。


「キリングクロウに勝てるというのか?」


淡い期待は現実主義者の冷徹な言葉で木っ端微塵に砕かれる。


「勝てないが足止めは出来る。アギトは戦線を奥へ引き延ばされれば詰むとわかっているはずだ。だから張り子の布陣であっても攻勢には出て来れない。だが奴はアホみたいにプライドが高いからな。もしかしたら意趣返しを優先させてくるかもしれん。そいつを期待しているんだ。」


「だから撤退せずにここに留まると言うのか!正気とは思えん!」


「長官、今は目先の小さな負けを覚悟してでも、餓狼を討ち取る可能性に賭けるべきなんだよ。もちろんカプラン元帥の許可は得ている。」


「懸かっているのは私の…いや、部下の命なんだぞ!卿がドラグラント王を僭称するアギトを討ちたい意向なのはわかる!しかし、それはそっちでやってもらおう!我々は関係ない!」


「なるほど。シティガーダーの任務はチャティスマガオ市の防衛、そう言いたい訳だな?」


物分かりのよさそうな顔で答えた剣狼に安堵した長官は、我が意を得たりとばかりに返答する。


「そういう事だ。主戦場のロドニー隊は既に撤退を始めている。我々は立派に任務を果たしたのだ。」


柔和な顔から肉食獣の顔に変わった剣狼は、初めて長官の方に顔を向けた。


「立派に、ねえ。あの体たらくでか? 実戦経験が不足しているのは仕方ない。だが明らかになのはどういう訳だ!安全地帯でのんべんだらりと禄を食んできた穀潰しが大口を叩くな!アンタらがそんな有様だからオレ達が出張ってきたんだろうが!」


狼の弾劾に長官は反論材料を探す。しかし、数に劣る敵軍に完敗を喫する寸前であったのは事実であり、上手い言い訳は出来そうになかった。


「そ、それは……」


「カプラン元帥は方針を転換した。これからは実力本位で人材を登用するそうだ。このままだとオレは"チャティスマガオ市防衛部隊は長官を含めて役立たず"って報告書を提出する事になるんだがな!」


「ま、待ってくれ!戦わないとは言っていない!」


「指揮官が不安げな顔をするな、士気に関わる!さっきも言った通り、十中八九、アギトは攻めて来れない。もし攻めて来たら後退しながら戦線を引き延ばせばいいだけだ。張り子すらしたくないってんならオレはそれでも構わん。アンタが自分で撤退の指揮を取れ。オレ達は陣払いして北へ向かう。」


剣狼の後ろで話を聞いていた修理ノ介が、やんわりと脅しに加わる。


「でもそうなったら、長官は非常にマズい立場に置かれますね。数に劣る敵に完敗を喫しそうになった挙げ句、防衛戦なのに敵軍よりも先に撤退した無能極まりない指揮官の汚名を甘受する事になるでしょう。僕がカプラン元帥だったら解任を考えます。長官職だけではなく、軍からの解任を、ね。」


「戦う!命を賭けて戦うとも!卿らは布陣の差配を続けてくれ!私は各隊に檄を飛ばしてくる!」


痩せ我慢と空元気を総動員した長官は、大股歩きでテントから出て行った。


「はん!現金なオッサンだぜ。テメエの首が危ういとなったら急にやる気を出しやがって。」


呆れるトゼンはチーズ鱈の小袋を噛み切り、白蛇と一緒にカロリーを補給する。


「トゼン、指揮車両に医療ポッドがある。傷を癒しておけよ。」


「こんなもん、唾でもつけときゃ治らぁ。だいたいよぉ、十中八九、アギトは来ねえんだろうが。おうカナタ、来ねえってんならこっちから出向いてやるってのはどうだ?」


「それが出来るならやってる。まったく、弱兵の指揮がここまでしんどいとは思わなかったぜ。ターキーズ以外の連中と来たら、何から何までなっちゃいない。アギトと明日葉を討ち損ねたのは残念だが、三人始末した事でよしとしておかねばならんさ。」


己の為にも盟友の為にも、ここで勝負を賭けたいのは山々であったが、シティガーダーがあまりにも弱すぎる。大隊長三人を討ち取ったとはいえ、アギトが精鋭部隊キリングクロウを再編し、損耗を覚悟で攻勢に出て来たら勝ち目がないのはカナタが誰よりもわかっていた。奇襲が成功したのは、助っ人の存在をアギトが知らなかったからなのだ。



手早く張り子の布陣を整えたカナタ。ほぼ同時に、アギトも部隊の再編成を終えていた。くして、選択権という名のボールは機構軍のコートに投げ込まれる。

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