跋扈編13話 殺しの美学



「テレパス通信で忙しいのはわかってるが、気合い入れなきゃオメエは死ぬぜぇ?」


隻腕の不利などものともしない人蛇は、魔性の技で餓狼を攻め立てる。"技の切れなら世界一"と剣狼に言わしめる剣腕はアギトにとっても予想以上だった。記録映像では見えない恐ろしさは、この人蛇と斬り合わねばわからないのだ。


「大きなお世話だ。隻腕の割にはやる、と褒めてやろう。」


右から襲ってきた刃が同時に見えるほど早く左からも襲ってくる。脇差しを使う技も多い夢幻一刀流を極めたアギトは二本の刀を巧みに使って攻めを凌いだ。


「シャアァーー!」


鞭のように振られた左袖と右手の刀を屈んで躱したアギトは、間合いを潰して体当たりを喰らわせる。派手に吹っ飛んだトゼンだったが、ただでやられる男ではない。吹き飛びながら繰り出した爪先蹴りがアギトの顎にヒットし、首を跳ね上げた。


トゼンの肋、アギトの顎骨にヒビが入る。ここまで与えたダメージは五分、両雄の実力は伯仲しているように見えた。


(大佐、射出準備完了だ!)


待ちに待った明日葉からのテレパス通信、アギトは間髪を入れずに座標を指示した。捨て駒の到着まで後30秒、守りを固めて凌げばよい。


攻めっ気を無くしたアギトの剣法に罠の匂いを嗅ぎつけたトゼンだったが、そんな事を気にする男ではない。二刀を盾に凌ぐ相手を突き崩すべく、さらなる攻勢を仕掛ける。


「……機構軍じゃ棺桶の宅配サービスまでやってんのか。ええおい?」


轟音と共に地面に突き立った十数個のカプセルは、確かに棺桶に酷似していた。


「ご名答、と言いたいところだが、貴様は墓地に埋葬されるような男ではあるまい。討ち死にするか野垂れ死ぬかだ。」


ブシュゥと水蒸気のような気体を発散しながら鉄の扉が開く。這い出てくる者を見るまでもなく、中身の予想はついていた。


「カッコつけるな、馬鹿。俺が※さぶくて援軍を呼んだだけだろうが。」


トゼンに弱点があるとすれば、"範囲攻撃を持たない事"だろう。二人の周囲を囲むように連なる棺桶から這い出た屍人兵は、前傾姿勢で殺到してくる。同僚のマリカであれば火炎で薙ぎ払うところであるが、トゼンは己が刀で斬るしかない。人斬りトゼンは文字通り、"人を斬るしか能が無い男"なのである。


「死人の剣法の相手は屍人が似合いだろう。遠慮なく殺し合え。」


「ボケが!逃げんじゃねえ!」


トゼンは逃げる背中に軍靴に仕込んだ小柄こづかを投げたが、アギトは屍人兵を盾にして防ぐ。小柄が深々と胸に刺さったが、屍人兵は何事もなかったように襲ってきた。


(トゼンしゃん、コイツらただのゾンビじゃないでしゅよ!)


ベルトポーチから顔を覗かせた白蛇が人蛇に注意を促す。羅候の副長・蛇鱗くちなわりんが"あのバカを一人にすると何をしでかすかわかったもんじゃないから"と賢い子蛇ハクをお目付役として同行させておいたのである。


「見ればわかる!ハク、手出しすんじゃねえ!」


口から念真砲を吐いて援護する白蛇は、テレパス通信で毒も吐いた。


(蛇に手なんてある訳ないのでしゅ。ひょっとしなくても、おバカさんでしゅか?)


「オメエこそ約束を忘れやがったのか!俺の愉しみを邪魔すんじゃねえ!」


(ボクは"あのド外道との決闘は邪魔しない"と言っただけでしゅ。約束は破ってないでしゅよ?)


ハクにしてみれば"ド畜生にも劣るド外道"を相手に尋常に勝負するなんて馬鹿げていた。だいたい自分はトゼン(もしくはウロコ)の使い魔みたいなものなのだから、悪びれずに使役すればいいのだ。知能が劇的に進化したとはいえ、そこは蛇。狩りとなったら徹底的な合理主義者、もとい、合理主義蛇なのである。


「オメエは本当に口の回る畜生だな。小賢しいったらありゃしねえ。」


(お褒めに預かり恐悦至極でしゅ。)


小賢こざかしくて口賢くちさかしい白蛇は、屍人兵を念真砲で迎撃しつつ観察する。


……元から薬漬けのゾンビでしゅが、コイツらはさらに特殊な薬物を投与されてるようでしゅね。運動量の一番多かったゾンビが吐血しながら倒れまちた。きっと心肺能力の臨界強化に耐えられなかったんでしゅ。棺桶に入れて射出し、扉が開く前に薬物を投与。そこまでするって事は、コイツらは放っておいてもじきに死ぬはずでしゅ。


まさかロンダル秘密開発室も、同じ機構軍が生み出したレプタイル型バイオメタルに新兵器"臨界クリティカル屍人兵ゾンビソルジャー"の弱点を見抜かれるとは思ってもいなかったに違いない。ハクをバイオメタル化したのは"生体工学の最高権威"と名声を博す百目鬼兼近どうめきかねちか博士であったが、その博士が見ても驚く成長ぶりである。


分析を終えた白蛇は情報を伝えたが、トゼンはアギトを追おうとも時間稼ぎをしようともしなかった。まこと彼らしい理由で、である。


(トゼンしゃん、アギトを追わないんでしゅか?)


「スモークグレネードにワイヤーガンまで使って逃げに徹したアギトにゃ追い付けねえだろう。俺に不意打ちが通じないのはわかっているはずだが、伏兵ぐらいは配置してるだろうしな。」


(だったらボク達も引くべきでしゅ。コイツらはトゼンしゃんの足には追い付けないし、放っておいても死ぬんでしゅよ?)


「だからこそよ。コイツらはな、元はそれなりに腕が立つ兵士だった。薬に殺されるぐれえなら、俺に殺された方がマシってもんだ。……ハク、オメエも羅候なら"殺しの美学"は理解しとけ。」


己の美学が命じるまま、無用な戦いを続けるトゼン。その兇刃で首を刎ねられた屍人兵の一人が、倒れる前に片手を立てた。片合掌かたがっしょうに見える動作は偶然なのか、死して戻った意識が為せる技なのかはわからない。


(殺しの美学、でしゅか。……ボクには難しい理念でしゅ。)


本能重視の霊長類と、理性重視の爬虫類。対極に位置する者ほど気が合ったりするものだが、トゼンとハクはその典型かもしれない。


─────────────────────


ワイヤーを打ち込む手頃な木がなくなったアギトは地面に降り立った。着地の時に感じた違和感は、蹴り上げられた脛が腫れてきたからだろう。鞭のようにしなる蹴りは、時間の経過と共に被弾部を腫れさせるのだ。トゼンが追ってきた時に備えて脚力を温存していたが杞憂に終わったらしい。安堵したアギトは大きく息を吐いた。


……右翼の今河と左翼の昨邑が通信に応じない。られたと見ねばならんな。


冷静で冷酷な判断を下したアギトの退路は二つあった。一つは無人の道。もう一つは中衛から両翼を援護する余部隊と合流する道である。考えるまでもなく、選ぶのは後者であろう。両翼と中央から撤退する隊員も余部隊との合流を目指しているのだから。しかし、アギトが選んだのは迂回路でもある無人の道だった。


右翼にいたはずの剣狼カナタがまた姿を消したのが引っ掛かる。普通に考えれば中央で暴れているトゼンの援護に回ったと考えるべきだが、剣狼は奇襲、奇策を得意とする。中衛を狙って来る事も十分あり得るのだ。ならばこそ余計に余部隊に合流すべきなのだが、アギトの考えは違った。明日葉以外はそう惜しい人材でもない。余部を狙って来るのなら迂回路こそが近道だ。そう考えたのである。


トゼンと交戦していなければ、アギトもカナタと雌雄を決する好機と捉えたかもしれない。剣狼は厄介な案山子軍団スケアクロウを率いてはいないからだ。しかし、無視は出来ないダメージを負い、臨界屍人兵も投入してしまっている。カナタの剣術の疵とプロトタイプのドーピング剤、それに最後の切り札、アギトに手札はまだあったが、乾坤一擲の勝負を賭けるのは今ではないと自分を納得させた。兵団に喫した手酷い敗北はアギトを慎重に、悪い言い方をすれば臆病にさせていたのだ。


決断したアギトはガンベルトに挟んだ小型無線機を取り出し、後方の陸上戦艦を経由して主戦場にいるハモンドに通信を入れた。


「ハモンド、店仕舞いだ。公爵をうまく撤退させろ。」


こんな命令をされたら鷲鼻とて、たまったものではない。熱風公は素直に言う事を聞く相手ではないのだ。


「あの脳筋をどうやって!もうKと交戦してるんだぞ!」


「なんとかしろ!こういう場合に備えておまえを主力部隊に同行させたのだ!」


通信を叩き切ったアギトは迂回路を走りながら、矢継ぎ早に次の命令を下した。左翼の兵は余部隊と合流、右翼と中央の兵は迂回路から明日葉隊との合流を目指させる。左翼には急遽編成されたが能力は高そうなターキーズとやらがいて追撃は必至。ならば中衛の余部隊と合流させて捨て石にすべきだ。右翼と中央にはそんな精鋭はいない。瓦解寸前まで痛めつけられたシティガーダーにまともな追撃など出来まい。アギトの読みは当たっていた。


走りに走って明日葉隊と合流したアギトは、陸上戦艦から右翼と中央の兵に細かく撤退ルートを指示し、連隊の立て直しを図る。捨てるべきものを捨てた以上、拾えるものは少しでも多く拾わねばならない。


「アギト様!ターキーズってのが追撃を掛けて来ました!至急、増援を!」


余部から悲鳴にも似た報告を受けたアギトは、奮戦を促した。


「増援が既に向かっている。余部、撤退してくる左翼部隊と合流しながら徐々に後退。だが戦線は維持するんだ。わかったな!」


一歩も引くな、と言っても無理なのはわかっている。だから一見、遂行出来そうな命令を出しておく。捨て石が事実に気付く時は、死ぬ時でいい。



アギトはオペレーターに"余部隊からの通信は無視しろ"と命令してから医療ポッドに向かった。信じるものは己のみ、ならば一刻も早く傷を癒さねばならないのだ。


さぶ

任侠用語で、怖い、ビビってるの意。

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