跋扈編10話 貴公子VS熱風公



「痴れ者めが、もっと踏み込んでこい!」


業を煮やした公爵は叫ぶ。炎も風も剛剣も、いまだ涼しい顔の敵手に届かない。


ロドニーは攻勢戦術に長じた指揮官で、個人戦闘でも熱風の如き猛攻が得意スタイルだ。最前線に出て来たKと一騎打ちに持ち込んだまではよかったが、熱風公は幾重にも張られた分厚い念真障壁の奥にいるKに触れる事が出来ないでいた。適合率99%、限りなく完全適合者に近いロドニーの攻撃を完封可能なシールド、まさに脅威の防御力と言える。


「王者が下郎と剣を交えるとでも思ったのかい?」


多重重力障壁を再構築しながらKは冷笑する。並の兵士なら一枚剥ぐのも難しい重力障壁だが、ロドニーの猛攻は表層のシールドを破壊していた。Kは中層のシールドを表層に押し出し、手前に新たなシールドを展開する。リンゴを3つ用意し、差し出したリンゴの皮が剥かれたら、新しいリンゴを手元に置く。敵に無限の皮剥きを強いるのがKの基本戦術なのだ。


「引き分けを狙う姑息者が王者を名乗るな。古今東西、威風堂々と勝利する者を王と呼ぶのだ。」


ワイルドな風貌のロドニー、外見だけは貴公子然としたKは好対照な組み合わせのように見える。いや、本当に好対照であろう。公爵家に生まれながら身分よりも実力を重んじるロドニーに対し、貧民街に生まれたKは何よりも血統と権力、それに金銭に拘る。生まれも育ちも考え方も正反対な二人であった。


「僕がいつ引き分けを狙っているなんて言ったのかな? 僕はただ、キミの能力を観察していただけなんだよ。二系統のパイロキネシスを操る兵士は珍しいからね。だけど期待外れだった。……もう死んでいいよ。」


ガンベルトのような腰帯からソケット状の武器が何体も射出され、4枚の羽根を広げて回転する。これがKの専用武装、"竹トンボドラゴンフライ"である。ロドニーの周囲を囲んだ竹トンボは、矢継ぎ早に念真砲を浴びせた。風を巻きながら砲撃の雨を避けるロドニー、攻守は逆転したかに見える。


「猪口才な。子供の玩具でこの俺を殺せるものか!」


「蜂の巣になる前は、みんなそう言うのさ。どこまで持つのか見ててあげるから、せいぜい足掻くんだね。」


絶対防御で身を守りながら、竹トンボで敵を仕留める。これがKの必勝パターンであった。しかしKがこれまで仕留めてきた名のある異名兵士と比しても、ロドニーの力量は抜きん出ている。颶風を纏う回避術を駆使しながら、Kの周りを旋回するように動く。手傷を負いながらも、深手は決して負わない技術は見事であった。


「ほらほら、どうしたんだい? 逃げるばかりじゃ"熱風公"の名が泣くよ?」


死角に回られないように体の向きを変えながらKはロドニーを挑発した。見るからに気が短そうなロドニーが、一か八かを選択するように誘導しているのだ。捨て身の攻撃を仕掛けてきたロドニーを竹トンボと剣の挟み打ちで仕留める。勝利のイメージはほぼ固まっていた。


だが、ロドニーの底が見えたと判断するのは早計が過ぎる。攻撃しか取り柄がない男では、災害ザラゾフを相手に善戦など出来ないのだ。


「勝ち誇るのは早い。貴様に竹トンボがあるように、俺にはこれがある。」


両手で持っていたバスタードソードを右手に持ち替え、空いた左手で腰から特異な形をした短剣を引き抜くロドニー。大きな丸い鍔を持つこの武器"マインゴーシュ"は、またの名を"レフトハンドダガー"といい、防御に秀でる。いや、防御の為に考案された武器なのだ。


「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる、とは実戦を知らぬ者が言う台詞だ。実際には下手な鉄砲はいくら撃っても当たりはせぬ。」


左手のダガーで念真砲を殴り捨てるように弾くロドニー。颶風を纏った回避術に念真障壁、それにマインゴーシュの三重防御。これでは竹トンボだけでロドニーを追い込むのは難しい。双方が攻め手を欠くこの状態は、将棋で言えば千日手に近しいであろう。


「そこそこ堂に入った戦技だね。ロードリック式の特性はマインゴーシュを使った防御にあるようだ。キミは生まれる家を間違えたんじゃないか?」


長剣二本を操る攻撃特化のナイトレイド式、大盾を構えて防御を固めるヴァンガード式、ロードリック式はその中間あたりに位置する流派だ、Kはそう判断した。


"剣聖"クエスター、"守護神"アシェス、"熱風公"ロドニー、この三者の中で最も性格が穏やかな騎士はクエスター・ナイトレイド卿である。攻撃特化の剣術を操る者が最も温厚とは、確かに生まれた家がおかしいのやもしれない。


「生まれる家を間違えた、か。確かにそうかもしれんな。まあ貴様のように芥溜ごみために生まれるよりはマシだろうよ。」


見透かしたかのように叩かれる憎まれ口。ロドニーはKの過去を知っている訳ではないが、当てずっぽうでもない。彼の眼球に搭載された戦術アプリでKの上背を測定すると、公称よりも3cm低いと判明した。異名兵士名鑑ソルジャーブックの背丈を盛る輩は見栄っ張りに決まっている、と至極当たり前の考えに至っただけなのだ。


「キミは公爵家の生まれではあるようだけど、どこかで下賎の血が混じったみたいだね。」


整形し、高く細くした鼻に皺を寄せながらKは呟く。"芥溜めの生まれ"という罵詈雑言は、ロドニーが考える以上にKの痛い所を突いていた。


"……僕は混じり気のないロイヤルブラッド、真の貴公子なんだ。いや、こんな男や剣狼が公爵というのなら、僕はコイツらより上の王子に違いない。そうだ、そうに決まっている!……そうか、失われた王家を復活させるのが、僕に課せられた使命だったんだ"


Kはまた自分に嘘をつき、残り僅かな母親の思い出を心の奥底に投げ捨てる。貧しい娼婦であったKの母は、惨めな境遇を慰める方便として、自分は貴族の娘だと思い込んでいた。


"自分は本来、こんなところで燻っている女じゃない"、弱い女の言い訳、嘘は息子にも伝播し、皮肉にも彼女の記憶を風化させてゆく。おおよそ貴族らしい振る舞いとは無縁だった母親との思い出など、Kにとっては邪魔でしかないのだ。


「下賎とは笑わせてくれる。石器時代に貴族がいたのか?」


侮辱されたロドニーだったが、そこらの貴族のように激昂したりはしなかった。熱風公は普通の貴族とは違う価値観を持っている。


「Kよ、人に高貴も下賎もない。力のある者が貴族を名乗り、ない者を下賎と呼ぶに過ぎぬ。……重んずるべきは力!力こそが正義!世界の真理なのだ!」


"もし血統が正義であるのならば、俺がザラゾフに負けるはずがない。没落した男爵家に生まれた男が、名門公爵家の当主を打ち負かす、あの敗北こそが"力こそ正義"である事の証明。俺はあの男を超える"正義"を手に入れる!"


ザラゾフに負けた事は、ロドニーにコペルニクス的転回をもたらした。あの日以来、力の信奉者となったロドニーは、妄執の権化であるKに猛攻を仕掛ける。その身に颶風を纏い、燃え盛る剣を振りかざしながら……


「無駄、無意味、無価値だ!僕の絶対防御を破れる者などいないんだよ!」


口角泡を飛ばし、応戦するK。余裕がなくなれば地金が出る。かたり貴族の悲しさと言ってしまえばそれまでなのだが……


いまだ無傷のKとは違い、ロドニーはいくつか手傷を負っていた。しかし手傷と引き換えに竹トンボの攻撃を見切りつつもあった。そしてロドニーには考えがあった。闇雲に猛攻を仕掛けた訳ではないのである。


「今だ!」


背後の竹トンボが砲撃を集中する瞬間を気配で察知し、颶風を使った回避術で避けるロドニー。当然、竹トンボから放たれた念真擊は対峙していたKに向かう。しかし、専用兵装の攻撃力をKの重力障壁は上回っている。シールドで弾けば痛くも痒くもない、それが砲撃だけであれば、だが……


「どりゃあああぁぁぁぁ!!」


ロドニーは砲撃の着弾と同時に渾身の複合攻撃を浴びせた。相打ちじみた砲撃で第一のシールドを半壊させ、最大火力のパイロキネシスで第二のシールドもろとも破壊。最後のシールドは己が剣で打ち破る。Kのシールド再構築は世界最速級ではあったが、これでは間に合わない。最後の砦である自らの剣で身を守るしかなかった。


「捉えたぞ、K!ここがおまえの墓場だ!」


「小癪な!高貴なる剣の前に散るがいい!」


交錯する剣と剣は、双方の脇腹を抉った。しかし、ロドニーの傷はKよりも深い。最後のシールドを砕きながらの一撃では、浅手を負わすのが精一杯だったのだ。しかし、舌打ちしたのはロドニーではなく、Kだった。


「ちぃっ!!」


初めての出血を強いられたKは、全力で後退する。戦機を見るに敏なロドニーはKを追わずに滞空する竹トンボを烈風で切り裂いた。慌てて下がるKは専用兵装の精緻なコントロールは出来まいと考えての行動である。


「ドラゴンフライの予備はあるのだろう? 早く飛ばしたらどうだ?」


ガンベルト風の腰帯に挟まれているのが全てなら、あと半分だ。どうにかして残りの竹トンボを壊せれば、Kは手で念真砲を放ちながら、剣戟に応じるしかなくなる。そうなれば勝機も出てくるだろう。ロドニーはそう考えていた。脇腹の傷はかろうじて内臓に達していなかったが、かなりの深手。主の一騎打ちを見守る騎士達は、熱風公が不利だと考えていたが、実はそうでもない。


「そう焦るなよ。待っててあげるから脇腹の傷に止血パッチを貼るといい。僕は大した傷じゃないけど、血で汚れるのは嫌いだ。貴族は身だしなみが大事、キミも貴族なら騎士道に則った提案は受けておくべきじゃないかな?」


浅手と深手なら、止血させない方が有利なのは明白。指揮官の見せた余裕に勢いづくノーブルホワイト連隊だったが、彼らも知らない事がある。Kにとって、微細であろうとは深刻な問題なのだ。


"……頼む。キミの方が深手なんだ。僕に止血パッチを貼らせてくれ……"


激痛を顔に出さないように懸命に取り繕うK。宝石を散りばめたブレスレットに仕込んだモルヒネを投与し、バイオメタル兵の基本機能"アドレナリンコントロール"を最大に利かせても、常人に倍する痛みが襲ってくる。Kはリリスや死神と同じ"念真力過剰体質"であったが、彼らと違って"痛覚過敏体質"でもあった。バイオメタル兵なら特に気にしない程度の浅手であっても、動きを阻害する程の痛みに悩まされるのである。天性の戦闘センスを持ち合わせているKだが、それは痛みに弱い体質を補う為に授けられたのかもしれない。


さらに悪い事に、超人兵士培養計画の副産物として"傷の治りの遅さ"まである。Kが受けた程度の傷など、超再生の固有能力を持つ"不屈の"ヒンクリーや、その息子である"鮮血の"リックなら、ものの5分で塞がってくれる。しかし、Kの治癒能力は"重度の糖尿病患者より遙かに劣る"のだ。オマケに失った血液の補充まで遅いので、Kは常に輸血の準備をしておく必要すらあった。



極端に打たれ弱い体と引き換えに得た絶対防御、それがKという兵士なのである。

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