跋扈編8話 戦局を俯瞰する者



あえて奇襲地点を読ませて、迎撃に出てきたKを討ち取る。アギトはその為の作戦を練りに練った。戦歴を見る限りではKは凡将ではない。攻撃地点を読ませるのは難しくないが、自分が率いる挟撃部隊の存在まで読まれてはマズい。


まずロドニーとKを噛み合わせ、ロドニーが勝てばよし。負ければロドニーを逃がして手負いのKを自分が始末する。最悪なのはロドニーが戦死し、Kも取り逃がす事だが、アギトはその可能性は低いと踏んだ。Kの追い足よりも颶風を纏えるロドニーの逃げ足の方が早く、仮にも適合率99%の熱風公ならば、貴公子にそれなりの消耗は強いるはずだからだ。消耗した完全適合者に、最強の完全適合者である自分アギトが戦いを挑めば負けるはずがない。


既に布石も打ってある。この遊撃戦においてアギトはロドニーを前面に立てて、自分は一切表に出ていなかった。これには二つの意味がある。こんな局地戦で自分の部隊キリングクロウを消耗したくないというのが一つ、もう一つは同盟軍に好戦的なロドニーの単独行動だと思わせる為である。


"古巣の馬鹿どもは、熱風の影で氷狼が牙を研いでいるとは思うまい"


ロドニーに防御戦術を仕込みながら微細な戦果を上げさせ、業を煮やした同盟軍が送り込んできた精鋭部隊と名のある敵将を討ち取る。それがアギトがこの作戦に臨むにあたって描いていたプランだった。


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侵攻して来る敵には籠城という手を打つ事も出来る。要塞化した都市で防御に徹すれば兵数、兵質の差を補う事も出来るし、なにより無理な野戦を挑んで負けるよりは遙かにマシだ。しかしながら、今回ばかりはそうも出来ない事情があった。南エイジア地方は先ほどの戦役において大敗を喫し、領土をかなり削られている。敗残兵の士気は低く、中小都市の指導者の中には機構軍への帰順を考えている者もいるに違いない。こんな情勢でロドニーに好きに暴れられては、寝返りを促すようなものである。


同盟軍はロドニー遊撃隊を早急に排除し、都市間の物流ラインを回復させなければならなかったのだ。敵軍にではなく物流ラインにダメージを与えるというアギトの戦略は確かに同盟軍、というより南エイジアでの領土をかろうじて維持しているカプラン元帥の焦りを誘っていた。


陥落させる気のない嫌がらせの攻勢で都市を疲弊させ、周辺都市からの増援が到着する前にサッと兵を引く。そして派兵により手薄になった物流ラインを攻撃し、物資の枯渇を強いる。もちろん本気で落とす気がないと都市側が判断し、増援を要請しなければマンパワーによるゴリ押しで攻略にかかるつもりであった。だが、アギトは"それはない"と読み切っていた。兵団と薔薇十字に奪われたトガ領が防波堤になっていたお陰で、戦火に晒される事がなかったカプラン派の中堅都市には腹の据わった指導者はいない。我が身可愛さに増援要請をするに違いないとわかっていたのだ。


焦る元帥が差し向けた刺客、Kはアギトの誘導通りにその戦略を読み、次なる攻撃目標を予想する。Kが凡庸であれば的を外したかもしれなかったが、幸か不幸かKはアギトの期待に応える戦略眼を持っていた。こうなれば両軍の激突は必至である。


カプラン派の中堅都市であるチャティスマガオ市郊外で交戦を開始した両軍だったが、双方に一つずつ読み違えがあった。


機構軍、アギトの読み違えとは、Kが"敵の狙いは挟撃にある"と見抜き、備えの部隊を配置していた事。


同盟軍、Kの読み違えとは別働隊の指揮官が氷狼とは思っていなかった事である。


この読み違えにより命を賭けたタイムアタックが生じた。


アギトはとにかく目の前の敵を迅速に撃破して主戦場へ向かわねばならない。Kの相手は今のロドニーでは厳しいと考えていたし、そもそも挟撃が完成しなければ泥沼の消耗戦になる。消耗戦になれば敵地に侵攻している自分達の不利は明らかだった。


一方のKも悠然と構えてはいられない。主戦場にはノーブルホワイト連隊及び、カプラン派の中では比較的マトモに戦える部隊を駆り出してきているが、挟撃部隊への対応はチャティスマガオ市の都市防衛部隊シティガーダーを向かわせていたからだ。勝てはせずとも足留めだけ出来れば十分だと考えていたのである。しかし、抜群のマンパワーを持つ氷狼が率いる精鋭部隊が相手では、あっという間に足留め部隊は瓦解し、挟撃が完成しかねない。


頭蓋内に埋め込まれた爆弾から解放されたばかりのアギトとKは、互いの首筋に匕首を突き付け合うような事態に親指の爪を噛んだ。二人はイラついた時に見せる癖も同じだったのである。


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爪を噛む二人の完全適合者をよそにロドニーは気楽なものである。なにより彼は戦争が大好きで、戦術にも戦闘にも才能があった。いざ戦となれば、思う存分戦うまでである。


臆病さの欠片もなく最前線で剣を振るうロドニーの元に通信兵が駆け付けてくる。


「少将閣下!別働隊から通信であります!」


「そうか。皆、"日和見"カプランの部下にしてはまあまあ出来る手合いだ。油断するな!」


下がらせまいと包囲してくる敵兵を火炎で払いのけ、ロドニーはうやうやしく差し出された通信機を手に取った。


「アギト、後どのぐらいで到着するのだ?」


「公爵、少しだけだが予定変更だ。」


並の指揮官ならアギトの声音と台詞に不吉さを感じ取ったのだろうが、ロドニーはそんなタマではない。毛ほども動揺する事なく、平然と返答する。


「何があった?」


「同盟軍は挟撃に備えていた。だが大した部隊ではない。すぐに蹴散らしてそちらへ向かうから、俺が来援するまでは防御に徹しろ。」


Kとやらは挟撃を読んでいたか、心中で呟くロドニーはうなじに冷たさを感じた。


"……これはさらに悪い事が起きると考えた方がいい。うなじに冷たさを感じた時は碌な事が起こらぬ"、思い切りの良さと豪胆さが取り柄のロドニーは彼らしい決断を下す。


「防御陣形は好かぬ。来援が遅れるのならば、単独で敵を殲滅すればいいだけだろう。攻撃こそが最大の防御、我が騎士団の本領は炎の攻勢と疾風の機動にあるのだ。幸い、彼我の戦力も釣り合っているようだしな。」


苦手は避けて得意戦術を取る。この決断は理に裏打ちされているようではあったが、実際はただの勘である。


「待てロドニー!俺の言う事を…」


通信機を握り潰したロドニーは、風を纏って再び最前線へ身を躍らせた。


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ロドニーが攻勢戦術の名手ならば、Kは防御戦術の名手である。烈火の如き攻勢に転じてきた機構軍をいなしながら戦線を再構築し、逆擊の機会を窺う。一進一退の攻防が繰り広げられ、赤茶けた大地は斃れた兵士の鮮血でさらに赤く染まってゆく。早急な撃滅が必要な同盟軍が防御陣形、時間を稼げばいいはずの機構軍が攻撃陣形を敷くというあべこべな戦況だったが、戦う兵士達は疑問を感じるいとまはない。懸かっているのは己の命なのだ。


「……攻勢に転じてくれたのは好都合だけど、思案のしどころだね。」


ロドニーのみならず、Kもまた、決断を迫られていた。抑えに回らせた都市防衛部隊の先手が瞬殺され、別働隊の指揮官が"氷狼"だと判明したからである。


「どう致しますか、K様?」


強さよりも美しさで採用した副官メリアドネにKは答えた。


「別働隊に氷狼がいるなら、シティガーダー程度じゃ長くは持たないだろう。ロドニーとアギトに挟撃されたら面倒だ。例え彼らが二人がかりでかかって来ようと僕は負けないけれどね。」


「もちろんです。貴方は今までかすり傷一つ負わずに敵を退けてきた勇者、誰が相手でも敵ではありません。」


かすり傷一つ負わずに敵を退けてきた、メリアドネの言葉に嘘はない。しかし、彼女にも知らない事があった。……Kは"無傷で勝たねばならない男"なのである。


「僕が出るしかないね。ロドニーを討ち取ってしまえばアギトも退くだろう。」


過美な装飾が施された純白の軍用コート、通常品よりひときわ長い裾を翻しながらKは最前線へと歩き出した。


平時にはシークレットブーツを履いて足を長く見せているKだったが、戦場では実用性の高い軍靴を使用している。ゆえに異名兵士名鑑ソルジャーブックに記載されている公称身長、175cmより3cmほど背は縮んでいた。


伸縮素材を使ったシークレットバトルブーツの製作を開発部に命じていたが、この戦いには間に合わなかったのである。


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アギトとKの読み違いは一つ、そして二人も知らぬ読み違い、予期せぬ伏兵が戦場には潜んでいた。二人の読み違いを読んでいた者がいたのである。


「雑兵どもが!消え失せろ!」


一刻も早く主戦場へ向かわねばならないアギトは陣頭指揮を執りながら、殺意を具現化する目でシティガーダーを睨み殺してゆく。しかし逃げ惑う雑兵の中から一人のフード男が躍り出て氷狼に飛び掛かった。あまりに鋭いその剣筋は、氷狼の背筋をも凍らせる。雨避けのフードの中から覗く目は、人間ではなく蛇を思わせた。


「やっと会えたなぁ、ええおい?」


邪魔な軍用コートを脱ぎ捨てて、片肌を脱いだ刺客。両肌を脱げなかったのには理由がある。刺客にはのだ。


「き、貴様は……大蛇トゼン!どうしてここに!」


アギトが最も会いたくなかった男、"人斬り"トゼンはニタリと笑った。


「ンなこたぁどうだっていいだろうが。……ま、合点がいかねえまんまじゃ心おきなく殺し合えねえか。グダグダ説明すんのは面倒だからひと言で言うぞ。オメエはカナタより頭が悪い、わかったか?」


「剣狼の差し金か!」


「おうよ。カナタの奴ぁよ、"オレが始末をつける"って譲らなかったんだがな。そこはそれ、先輩風を吹かして無理くり引っ込ませた。おい氷狼、感謝しろよ? 俺とカナタの二人がかりでもよかったんだからなぁ。」


もしそうであれば、アギトは逃げ出すよりなかった。いかに自信家のアギトでも、完全適合者を二人同時に相手取っては勝つ自信などない。例えドーピングに頼ろうとも、だ。


顔にはおくびにも出さず、心中で胸をなで下ろしながらアギトは答える。


「おまえも剣狼も馬鹿だ。千載一遇の好機を逸した。」


「そうかい。……だがよぉ、昔馴染みを痛めつけてくれたテメエだきゃあ、俺が殺らなきゃ気が済まねえ。」


人斬りの脳裏に幼い頃の壬生シグレの顔がよぎる。人の命を屁とも思わぬ羅刹にも、思い入れのある人間はいるのである。




主戦場では熱風公と貴公子、場所を変えて氷狼と人斬りは相見あいまみえる。それは貴族と自称貴族、そして修羅と羅刹の決闘であった。戦局を俯瞰した天狼は、まだ姿を見せていない。

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