跋扈編3話 白亜の巨城で渦巻く野望
白亜の巨城はその名の通り、史上最大の広さを持っていた。もちろん城郭を形成する壁は高く、堀も深い。一人で城にやって来たアギトは城兵二人に先導されながら、無闇に広い城内を進んでゆく。
謁見の間では金と宝石に彩られた玉座に座ったネヴィルがアギトを待っていた。当たり前の話だが、玉座は数段高い位置に設えてあり、ネヴィルはアギトを見下ろす事になる。座していなければ、190センチを超える背丈を持つネヴィルは、自然とアギトを見下ろすカタチにはなるのだが……
「大佐、国王陛下の御前だぞ!平服しないか!」
左右に居並ぶ陪臣達の中で、最年長と思われる老臣から咎められたアギトだったが、膝を着こうとはしなかった。建前でも方便でも、二度と膝を屈するのは許せないのである。
「俺は陛下より、"正式な極東王"と認められている。王が王に膝を着く必要はあるまい。」
ネヴィルは飼い犬の増長を咎めようかと思ったが、かろうじて踏み止まった。陪臣全員を信用は出来ない。表向きには"龍ノ島を暴君の手から解放する"という名目を掲げているのである。ここで無理矢理膝を着かせては、"島を植民化します"と宣言するようなものだ。
"あらゆる都市国家はロッキンダム王朝の属州である"と宣言し、支配するのは世界を制覇した後でなくてはならなかった。
「皆、静まれ。余はどこぞの皇帝と違って寛大な王だ。」
いつでもどこでもライバルを落とさねば気が済まんらしい、アギトは氷狼の異名の通りに冷ややかにパトロンを評した。咎められる事が大嫌いなアギトは、不満顔の老臣に向かって説教までしてのける。
「聞いただろう。寛大な王の陪臣らしく、少しは心を広く持つのだな。」
血の気の多いロードリック侯ロドニーや、プライドの塊であるマッキンタイア侯マーカスがこの場にいなかった事がアギトには幸いした。かたや血の気、かたやプライド、あまり前向きではない分野が高い二人は、揃って政治勘が低い。低レベルの争いではあったが、ロッキンダム王ネヴィルは前述の二人よりは、政治勘を持ち合わせていた。
「…………」
主君よりも遙かに高い政治勘を有するオルグレン伯リチャードは厳しい目をしてはいたが、沈黙を守っている。極東の支配権を確立する為にアギトを傀儡にするアイデアは伯爵が考えたものだった。
"アリングハム公サイラスを冷遇してはいけません。短兵急な搾取は、ノルド地方の隷属化を進める障害となるでしょう"
若い頃から白髪が目立ち、今では年齢に相応しい白髪頭となった伯爵の忠告を軽んじて、島の北部に不安要素を抱え込んでしまったネヴィルは、今度は素直に献策を聞き入れたのである。
沈黙を破った伯爵は、主君と傀儡予定の男に言葉を選びながら呼びかけた。
「陛下、
未来の、とわざわざ言及したのは"まだ何の戦果も上げてもいない。思い上がるな"という警告であり、臣下の自分について来させるのは、主君を最後に入室させる為だった。言外に、"序列は弁えているな?"と意味を込めたのである。
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「陛下はまだ来られないのか?」
談話室でネヴィルを待つ二人、先に痺れを切らしたのはやはりアギトだった。軍事においてはリチャードを上回るアギトだったが、政治においては老練な伯爵が上である。もし、この場にいたのが氷狼ではなく剣狼であったなら、"勿体をつける為にわざと待たせているのだ"と看破し、揺さぶりの一つでもかけていただろう。
「陛下は忙しい身だ。待つのが不満か?」
待たせておいて、心の内を探る。苛立ちを隠せないアギトの様子は、宿老リチャードの警戒心を上げるには十分だった。
「伯爵、俺とて忙しい。編成したばかりの連隊を一刻も早く戦力にせねばならんのだ。」
「兵も金も、どこから出ているのか考えろ。膝を折れとは言わんが、王朝の家臣から反発されるのは好ましくない。」
政戦両略に秀でた"智将"サイラスの離叛を招かなければ、あるいはリチャード直属の部下で切り札だった"処刑人"ケリコフが健在であれば、危険な餓狼を利用する必要もなかった。サイラスへの冷遇、ケリコフへの抹殺指令、どちらももっと強硬に反対しておくべきだったと、リチャードの心に後悔がよぎる。しかし、積年のライバルであるガルム閥に対抗する為にも、台頭してきた兵団や薔薇十字を牽制する為にも、今はこの男が必要なのだ。
幸いな事にガルム閥はロンダル閥よりも弱体化している。将官二人と極東の植民都市群を失った皇帝に比べれば、北部に不安要素を抱えただけのロンダル閥の方がダメージは小さい。計算高いサイラスは、まだ表だってロンダル閥への敵対心を露わにしていないからだ。形式上は派閥に留まり、様子見を決め込んでいる。
「待たせたな。それでは会合を始めようではないか。」
焦れたアギトが腰を浮かそうとする寸前に、"界雷"ネヴィルが談話室に現れた。アギトやリチャードよりも豪華な肘掛け椅子に王が腰を落としたと同時にアギトが口を開く。
「陛下、預かった兵の中で"見込みがない者"を10人ばかり、研究所へ送る事にした。問題ないな?」
キリングクロウ連隊の生殺与奪は我にあり、そう約束しての連隊長就任であった。
「いいだろう。しかしアギトよ。おまえにペルガモン研究所の差配まで任せた覚えはない。勝手に研究開発の優先順位を変更するな。」
ペルガモンとは研究所の建てられた島の名前である。
「秘術の解明よりも秘薬の開発が先、現状を考えれば当然ではないのか? それとも剣狼をはじめとする同盟の完全適合者どもの相手は陛下がやるとでも?」
「アギト殿、"権限のない事柄に関しては、その場で決めずに上申せよ"と、陛下は仰っておられるのだ。」
掣肘の色が濃いリチャードの言葉に、アギトは不承不承ではあったが頷いた。パトロンの機嫌を損ねて財布の紐を締められても面倒だと、自分を納得させたらしい。
「わかった。以後は上申する事にする。」
ネヴィルはアギトの殊勝に見える態度に満足したらしく、鷹揚に構える。
「それでよい。さて、今後の戦略だが、南エイジアで遊撃作戦を行いながら兵力の拡充を図る事とする。指揮はロドニーが執り、おまえはその補佐だ。」
「補佐しようにも、俺の言う事を聞かねば意味がないが?」
"熱風公"の異名を持つロードリック公ロドニーは火炎と颶風、二種のパイロキネシスを使えるロンダル島の大貴族である。戦闘能力は申し分ないがとにかく短気で、幾度かの戦術的敗北は全てその堪え性のなさが招いていた。
「ロドニーには余から言い含めておいた。攻め時はもとより、引き時については特におまえの意見を聞くように、とな。」
「だったらいいのだが。遊撃作戦はいつから始めればいい?」
「それこそ、秘薬の試作品が出来てからだ。氷狼が出現したとなれば、アスラコマンドが出張ってくるかもしれぬからな。」
それ見ろ、だから急を要するのは秘薬なのだとアギトは思ったが、目を光らせているリチャードの手前もあり、黙っておく事にした。代わりに口にしたのは別の事である。
「あくまで遊撃、でいいのだろうな? 南エイジアに根を張っているのは兵団と薔薇十字、それにサイラスの一派だ。"智将"は一応、ロンダル閥に席を置いているが面従腹背なのだろう?」
遊撃作戦への参戦を命じられたサイラスは言葉だけは丁寧に、"軍団の再編中につき、後方支援しか出来ません"と返答を寄越したのである。無理強いすれば派閥を抜ける口実を与えるだけ、ネヴィルもそれはわかっているので強くは出られなかった。
「業腹だが、サイラスは以前のようには言う事を聞かぬ。リチャード、南エイジアで彼奴らのおこぼれに預かった中小派閥の協力は得られそうか?」
ネヴィルは腹心に聞いてみたが、リチャードは首を振った。
「色よい返事は返ってきません。煉獄殿の口添えがあれば別かもしれませんが……」
「……そうか。余から煉獄に話をしてみよう。余の要請であれば、口利きのついでに兵団の部隊長ぐらいは寄越すだろう。」
ガルム閥に対抗する為に兵団と手を結んだネヴィルであったが、この先もずっと共闘するつもりはない。リチャードに忠告されるまでもなく、朧月セツナの強さと危険さはわかっていた。アギトに秘薬を使わせてでも斃させる相手は、煉獄かもしれないと思っているぐらいである。
"ロドニーめが完全適合者になれば、兵団に頼る必要もなくなる。あれはロッキンダム王家の外戚だけあって、武の才能は図抜けておるからな"
ネヴィルは心中で算盤を弾いた。"熱風公"ロドニーの適合率は99%に達しており、既にネヴィルを超えている。27歳という年齢を考えても完全適合者になれる可能性は高い。初期値は低いが伸びが良い、ロドニーの右肩上がりの成長曲線は、あのケリコフ・クルーガーと酷似していた。
体の乗り換えが可能な完全適合者を両翼とし、世界を制覇する。最後にアギトとロドニーを噛み合わせて共倒れさせればよい、これが腹心リチャードの立てたプランであった。
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