跋扈編2話 ドSなドMは身持ちが固い



先に明日葉を駐屯地へ帰したアギトは与えられた別荘で余暇を過ごし、英気を養ってから帰投した。新任の連隊指揮官を出迎えたのは、"鷲鼻"の異名を持つ手練れの兵士である。


「ようやく戻ったな。大佐殿は酒と女に塗れた余暇をお過ごしだったようだ。」


イボ付きの大きな鼻をヒクつかせた副連隊長は皮肉げな顔のまま、アギトに敬礼する。


「それは洞察か? それとも自慢の鼻がそう言っているのか?」


アギトは最後の兵団ラストレギオンから"鷲鼻"ハモンドを引き抜いていた。本当は同じ4番隊に所属し、指揮能力はハモンド以上と評価していた"イカレ女クレイジービッチ"ドーラが欲しかったのだが、彼女には"おまえじゃ"と断られたのである。


「両方だな。大佐、もう少しマシな中級指揮官を増やした方がいい。俺の地位を脅かさない程度の手練れなら最高だ。監査役の月龍は無理でも、ドーラとコットスを引き抜けていれば、だいぶ話が違っていたのだが……」


鷲鼻は、かつての同僚を"自分より下"と見做しているらしかった。もちろんそんな思い上がりに黙っているアギトではない。イカレ女の指揮能力は鷲鼻よりも上だと判断したのはアギト自身なのだ。


「もし、クレイジービッチを引き抜けていれば、副連隊長の徽章はおまえのものではなかった。あの女の風貌には騙されたよ。てっきり"強い男になびく女"だと思っていたのだがな。」


強い男が好き、だから靡かなかったんじゃないのか?、とハモンドは思ったが、アギトの勘気を直撃しそうな事を口にするほどバカではない。軽口は叩くが禁句は内に秘める、鷲鼻はアギトが思っているよりも狡猾な男だった。これは良い方の計算違いと言える。


「女は見かけによらない、と言うからな。薔薇十字のお姫様みたいに、ナリは小便臭くても侮れない女もいる。大佐、引き抜きに関しては諦める必要はない。完全適合者"氷狼"が戦場で強さを見せつければ、ドーラの気も変わるかもしれん。」


ハモンドは禁句の代わりに気休めを言ってみたが、本音では無理だろうと思っている。鷲鼻は元同僚ドーラの過去と性癖を知っているからだ。


風貌と服装、それに言動と行動までが"典型的なドS"に見えるドーラだが、実は"屈折したドM"で、"嬲ろうとして返り討ちに遭い、徹底的に嬲られる事"を至上の悦びとしていた。ただ彼女は強く、腕自慢の荒くれ男を嬲ろうとしたら造作なく嬲れてしまったので、秘めたる欲望を満たせずにいただけだったのである。


しかし、とうとうクレイジービッチの願いが叶う日が訪れた。悪事の傍ら、趣味でSM嬢をやっていたドーラは相棒の"凶獣ビースト"コットスとつるんで、何処からか流れてきた新顔の商売敵、"狂犬マッドドッグ"マードックに挑んだのだが、圧倒的暴力の前に返り討ちに遭い、衆人環視の中で嬲られた。野次馬だけではなく、叩きのめされ地に這う相棒が見ている前で晒した痴態は、ドーラに"失禁させる程のエクスタシー"をもたらしたらしい。最高の愉悦が忘れられないドーラは身も心も"狂犬"の虜になっているのだ。


"暴力の信奉者"であるコットスもマードックの類を見ない圧倒的暴力に魅せられ、絶対の忠誠を誓っている。強者の戦いに性的興奮を覚える"天才にして変態"の煌月龍ファン・ユエルンも狂犬をいたく気に入っており、ヘル・ホーンズの結束は案外固い。そういう訳で、アギトの招聘に応じたのは実利主義のハモンドだけであった。


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「お戻りになられましたか、アギト様。」


連隊宿舎の最奥でカードに興じていた4人は主の姿を見ると立ち上がった。チップと一緒にサイドテーブルに置かれていた報告書を手にした副官の明日葉は、新任連隊長にうやうやしく捧げてみせる。本来は副連隊長を務めるハモンドが副官を兼任しても良いのであるが、アギトは副長と副官を分けている。ハモンドには忠誠心が、明日葉には戦闘能力が不足しているように思えたからだ。


「ケチな賭け事など程々にしておけ。これからキリングクロウ連隊は、世界を相手に賭けに出るのだからな。」


まず連隊を師団にする事を考えねばな、世界を統べるには相当数の兵がいる。独立したばかりのアギトには信用出来る配下が不足していた。同盟時代から行動を共にしているのは明日葉達4名、真夜中の騎士団で配下となった者を含めても50を少し超えるに過ぎない。


「そうですねえ。ところでアギト様、世界を獲った後なんですが、を俺にくれませんか?」


4人の中でも一番の女好きである余部の言葉にアギトは首を捻った。


「あの女とは誰の事だ?」


「アスラにいた頃に4人で輪姦まわしてやった女ですよ。今は人妻になってるみたいですがね。」


「ああ。灯火…空蝉ホタルか。追放されるとわかっていれば、愉しんだ後で殺しておけばよかった。」


お人好しの馬鹿女と侮っていたホタルが、"世界最高のインセクター使い"であったと知ったのは、アスラ部隊を追放された後だったのである。もし、彼女がインセクターを持っていれば、アギトはともかく腹心四人組の誰かは殺されていたに違いない。


「そりゃあ勿体ないでしょう。」 「そうですよ。あんな名器は滅多といねえ。」 「いやというほど女を喰ってきましたが、あの小娘よりもいい味の女はいなかった。」


余部だけではなく、今河と昨邑までが首を振って口を揃えた。余部が4人と言ったのは、明日葉は乱暴に加わらなかったからである。倫理観から手を出さずにいた訳ではない。戦傷で男性器の機能を喪失している明日葉は、加わろうにも勃たなかっただけである。


「俺は見ていただけなんだぞ。あまり殺生な事を言うな。」


「だったら今度はおまえも加われ。体を乗り換えれば、※一物いちもつも復活するのだからな。」


「それも有難いですが、俺には権力の方が魅力的ですな。」


「わかっている。俺が世界を手に入れれば、おまえ達にも巨大都市の一つはくれてやろう。そこで能力を発揮すれば、さらに加増もしてやるぞ?」


「夢のある話ですな。命を賭ける甲斐があります。」


明日葉はギリギリ巨大都市の長が務まりそうだが、他の三人は中堅都市の統治も難しいだろう。それなりの強さと忠誠心、それが今の腹心達の取り柄だとアギトは考えていた。


"問題ない。不老をダシにすれば、優れた人材などいくらでも釣れる。龍ノ島、もしくは確固たる根拠地を手に入れた後、敵対陣営から調略を兼ねて引き抜けばいいだけだ。今に見ていろ、竜蜥蜴め。引き抜くのはおまえの部下からだ"


真夜中の騎士団にいたアギトは、最後の兵団が一枚岩どころか、不和の塊である事を知っていた。アマラにナユタ、それにアルハンブラのような例外を除けば竜蜥蜴への忠誠心など持ち合わせてはいまい。しかし、アギトの思惑に反し、セツナに女として執着しているオリガや、盟主としての力量を認めている黒騎士など、決して靡かない者は他にもいる。横の連帯は無きに等しいが、縦の連携はそれなりに取れているのだ。世界浄化計画に加担している彼らには、不老の誘惑も通じない。


「アギト様、"白亜の巨城チョークキャッスル"から通信が入りました。"今後の事を打ち合わせたい"だそうです。」


卓上パソコンの画面にオペレーターが映り、ロンダル閥本営からの通信内容を告げてきた。


「わかった。丁度いい、俺も元帥に話しておきたい事がある。」


兵団の本質も世界浄化計画の存在も知らないアギトは、急いで人身御供モルモットの選別を終え、"界雷"の待つ白亜の巨城へ向かった。今はパトロンの機嫌を損ねる訳にはいかないのだ。


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ネヴィル・ロッキンダム元帥とゴッドハルト・リングヴォルト元帥は、機構領ではライバル関係にある。最大派閥を率いるゴッドハルト、第二派閥を率いるネヴィル、野心に富んだ王族生まれの元帥という類似点がある二人だったが、異なる点もあった。例えばその居城だ。


皇帝となったゴッドハルトは伝来の王城に少し改修を加えただけに留めたが、ネヴィルは即位したと同時に世界最大の城の建造に取りかかった。現在、"白亜の巨城"と呼ばれている彼の本拠である。虚栄心の強いネヴィルはゴッドハルトよりも、いや、世界の誰よりも巨大な城を構えたがった。もちろん、巨城を建造する為には巨額の費用が必要で、爵位を持たぬ王国の臣民は臨時徴税に苦しむ事となった。


白亜の巨城建造のニュースは帝国にも届き、"国威高揚の為、帝国にも同規模以上の城を"と進言した側近のスタークスにゴッドハルトはこう答えた。


"愚かな王が即位した際に何を始めるか知っておるか? 華美で過度な造営、だ。中味のない王ほど、豪華な王宮に住みたがる。脳筋王ネヴィルもその例に漏れなかったようだな"


嫌がらせにおいてはネヴィルより遙かに上手のゴッドハルトは、用意させていた冊子をスタークスに渡し、読むように命じた。その冊子には古今東西の失敗例が収めてあり、新皇帝の言葉が歴史から学んだものである事を知ったスタークスは、率直な感想を述べた。


"冒頭の事例は白眉ですな。古代央夏に城の大きさを競う二つの大国があった、しかし、両国の眼中になかった小国は城ではなく人に資力を注ぎ込み、育てた兵で二つの大国を滅ぼした"


古代の話と笑えない。現代の事例として、とある都市国家では首長と議会が対立し、各々が管轄する庁舎ビルの高さを競い合った事例が掲載されていた。もちろん、どちらのビルももれなく不良債権化し、国はその処理に手を焼いている。


安全な本拠地に巨城を構えても意味がなく、国力を損なうばかりである。地球の歴史を知らないゴッドハルトは小田原城の例は知り得なかったが、本拠地で敵を迎え撃つ時点で戦は負けだと考えていた。


賢明な王は"本拠地に敵を寄せつけない為に国力を使う"、用兵は不得手でも、戦略に関してならゴッドハルトは英明さを備えている。


"白亜の巨城とやらの建造が後戻り出来ぬ段階まで進んだ時に、この冊子を帝国の全臣民に配布しろ。いくばくかの金券を添えてな"


為政者としてならネヴィルより数段上のゴッドハルトはそう言い、出来の悪い比較対象を梃子に自分への支持を集める手を打った。


この策にはもう一つの意味がある。こうしておけば、"帝国の版図が広がった後、すなわち未来の自分も造営に凝れない"のだ。自意識の肥大化に備えて手を打っておく、即位した頃に持っていた初心を忘れなければ、皇帝は龍ノ島を失わずに済んでいたかもしれない……



兵の使い方ならネヴィル、金の使い方ならゴッドハルトに軍配が上がる。"天は二物を与えない"という言葉は、大国の王二人には当て嵌まっているようであった。


※一物とは

ご存知とは思いますが、男性器の事です。最近は見かけない表現なので念の為。

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