跋扈編4話 看板に偽りあり



私達の娘だけあって、アイリはかなりのゲーマーだ。お勉強と剣の鍛錬が終わればすぐにディスプレイの前に座って遊び始める。


「お父さん、羊頭狗肉ってどういう意味?」


賢い娘は漢文の読み書きまで覚え始め、独学もしているようだ。文科省にいた訳ではないが、"子供の間に基礎教養を学ばせるべき"というのが私の持論で、カナタにしたようにアイリにもそうしている。


「羊頭を懸けて狗肉を売る。看板に偽りあり、という意味だよ。」


「あー、ゴーショー〇ンが宇宙Bなのとおんなじだね。主題歌で"宇宙スペースナンバー1"って歌ってるのに、実は得意じゃないんだもん。」


ゴーショー〇ンは地上戦がメインで、宇宙で戦ったエピソードは2話しかない。キチンと戦歴を検証すれば、やむを得ない扱いだと思うが……


「アイリ、ゴーショー〇ンの宇宙適正はAでしょ?……パイロットのシ〇ゴがBなだけよ。」


例によってアイリにおやつのドーナツを持ってきた風美代がヘビーゲーマー的なツッコミを入れた。


「シ〇ゴしか乗れないんだから、ゴーショー〇ンも実質宇宙Bだもん!」


アイリの指摘は実に正しい。名目と本質の違いがわかってきたようだな。


機体が適正Aであろうが、搭乗者がBであれば低い方が適用される。そしてゴーショー〇ンはシ〇ゴ率いるグッドサ〇ダーチームの専用機、カナタと同じ肉体で異世界生活をスタートした私が、カナタの強さに遠く及ばないのと似ているな。ロボットとパイロットを素体と転移者とすれば……


クローンボディ12号:異世界適正A 憑依人格・天掛波平:異世界適正A 

クローンボディ17号:異世界適正A 憑依人格・天掛光平:異世界適正B 


と、いったところか。両者は一体な訳だから、総合評価をしてみるとだ。


融合体・天掛彼方の現在:完全適合者にして兵士ピラミッドの頂点

仮憑依・風美光明の現在:準適合者どまりでアスラ部隊の中隊長級


こうなる。……適正が違うだけで、ここまで差が出るのか。まあカナタは12号の体に魔改造を重ねて完全な別人にしてしまっているのだが……


「あなたからも言って頂戴。頭と鋏は使いよう、ゴーショー〇ンだって運用次第で宇宙でも戦えるんだから!」


「私は当該のゲームを未プレイでね、アイリが遊んでいるのを後ろから見ていただけなのだよ。つまり、発言する権利がないのだ。」


妻と娘、どちらにも肩入れ出来ない場合は、逃げを打つに限る。家庭の平和を守るコツが掴めてきたかな。


「見ていたなら十分…」


おっと、妻に食い下がられる前に、話の方向性もずらしておこう。


「ところで風美代、ゴーショー〇ンは"戦国魔神"と冠しているが、あの作品に戦国要素があるのか? 登場人物の苗字はそれっぽいが、他には戦国らしい設定やストーリーはなかったように思うのだが……」


「グッドサ〇ダーチームは真田ゆかりの九度山くどやまから取った名なのでしょうね。あなた、あの時代のアニメ作品に細かいところを指摘するのは野暮よ。」


追撃を逸らしておいてから撤退する。戦場の基本だ。


「煙草が吸いたくなったから書斎に行くかな。バート、子守り役はバトンタッチだ。」


3時の珈琲を飲みにリビングに入ってきた相棒と拳を合わせてから私は書斎に向かった。


「ねえねえバート!"戦国魔神ゴーショー〇ン"と"宇宙魔神ダイケ〇ゴー"が戦ったらどっちが勝つと思う?」


「アイリはドリームマッチが好きですね。そうですねえ、私が思うに…」


我が家の"大魔神"は、復讐を終えてからは怒り面を封印し、穏やかな顔だけを見せている。いい事だ。


─────────────────────────


書斎の安楽椅子に座って紫煙をくゆらす。この世界の銘柄では、"スカルストライカー"が私の好みだ。しかし本日のチョイスは"ピースメイカー"、思いっきり思考を凝らしたい時には、両切り缶入りのこの銘柄に限る。


……牙門アギト、私の異母兄は生きていた。このニュースがもたらされた時には家族や仲間を動揺させない為に、"誰であろうがカナタの敵は私の敵だ。皆、奴を私の血縁者などと思うな"と言っておいたが……それでいいのだろうか……親父は……兄弟相剋の地獄をどう思うだろう?


八熾羚厳は悲しむに違いない。しかし、どうあってもカナタとアギトは共存出来ない。詳しい事情は聞いていないが、アギトはカナタの親友のホタル君に酷い仕打ちをしでかし、義憤に駆られたカナタの師、"雷霆"シグレに生死を彷徨う重傷を負わせた。さらには八熾の宿老である天羽雅衛門の息子や家人衆を惨殺している。


この三点でも殺すに値する大罪だが、アギトのパトロンであるネヴィルが先帝の詔勅を偽造し、奴を"真の龍ノ島の王"だと表明した。大龍君の正統性を否定し、簒奪を企てる者を誅するのが天狼の使命。カナタは公人としても私人としても、アギトからケジメを取らねばならない立場なのだ。


……親父、すまない。異母兄アギトは世界に厄災を振り撒く男、殺す以外に方法はない。カナタと私が、奴の掲げた偽りの看板ごと、その野望を叩き折ってやる!


覚悟を決めたなら考えろ。私の武器は肉体ではなく知謀だろう?


「……また悪い事を考えていたな。教授、鏡を見ろ。アイリが見たらドン引きしそうな兇悪なツラをしているぞ?」


全く気配を感じ取らせずに書斎に入ってきたケリーは、書斎机に置いてある空気清浄機のスイッチを入れた。


「実兄を殺す算段をしているんだ、悪い顔にもなるさ。ケリー、率直な意見を聞きたい。ケリコフ・クルーガーなら牙門アギトに勝てるか?」


凄腕兵士が両切り煙草を咥えたので、指先に灯した火を差し出してやる。黙考する男は、短くなった煙草を灰皿に押し付けてから答えた。


「……やってみないとわからんな。ずいぶん前にも同じ事を聞かれたんだが、やはり答えは変わらん。」


ずいぶん前……機構軍にいた頃の話か。ケリーはロンダル閥の重鎮、オルグレン伯リチャードの編成した直属部隊に所属していた。あの老伯爵も(当時の、ではあるが)同盟のエースを抹殺出来ないか検討したようだな。


「真っ向勝負では勝敗が見えない。つまり、奴に何らかのハンデを負わせてやる必要あり、か。」


「カナタなら勝てるだろうがな。なにせ、準備万端のこの俺に勝ってるんだ。"ケリコフ・クルーガーが天掛カナタと再戦したら勝てるか?"という質問だったら、答えは"ノー"だ。完全適合者は兵士の上澄みだが、上澄みの中にも上下がある。」


「息子の手を煩わせない為の策謀なのだ。勝手に頓死させるのが最良さ。」


私の意見はケリーの共感を得られなかったらしい。口を開かずとも顔を見ればわかるようになってきた。


「教授、それは違う。最良は"天狼の手で餓狼を始末させる事"だ。因果を清算する意味でもな。」


これは策士と兵士の価値観の相違だろう。違う価値観との共存は私がカナタに教えた事、当然私も守っている。


「アギトは政治は素人かもしれないが、軍事はプロ中のプロだ。決してカナタに真っ向勝負を挑んではこない。賭けてもいいが、ド汚い手を使ってくるぞ。」


価値観が違ってもいい、そして議論を戦わせるのもいい。いけないのは武力に訴える事、力の行使は"話が通じず、不当な干渉を止めない者"に対してのみだ。話が通じなくとも、こちらに干渉しない存在であれば放っておけばいいのだから。地球にも北センチネル島のような治外法権区域は存在した。


「それでもカナタは負けんよ。教授の息子は"特攻:外道"のパッシブスキルを持ったゲス殺しなんだ。ゲス野郎は奇跡が起こっても剣狼には勝てない。俺は無神論者だったんだが、最近転向してね。カナタはこの世のゲスとチンケを滅ぼす為に、天照神アマテラスが召喚した男に違いないな。」


おやおや、究極の現実主義者がえらく考えを変えたものじゃないか。


「外道特攻を備えた狼か。ケリーもアイリのゲーム好きに毒されてきたらしいね。」


「地球のアニメにもな。大人と子供がコーラスする主題歌はいいものだ。」


「ああ、あの時代には多いね。独唱ソロより合唱コーラスが多かったのは"税率が違うから"という理由だったと聞いたが。」


詳しく調べた訳ではないから間違っているかもしれないが、ビールと発泡酒のようなものだったのだろう。昔のお仲間は"税を徴収する事"にだけは熱心だったから、すぐに発泡酒の税率を引き上げてしまったが。まあ第三のビールは酒税法の抜け穴を突いた商品で、その性質は限りなく脱法に近い。それでも庶民の反発を招いたのは、財務省が"取り立てる事にだけ熱心で、肝心の使い道がなってない"と思われたからだ。


当事者の一人として弁明すれば、"どんなに苦心し、工夫した税法でも、必ず不満は出てしまう"ものだ。しかし官僚だった頃の私もそうだったように"増税する側(政治家や高級官僚)の既得権はそのままで、国民には負担をお願いする"のでは説得力など皆無。省庁再編に伴い、大蔵省から財務省に名称が変更される時に見せた必死の抵抗、あのエネルギーを自己改革に用いていれば、反感をかなり抑えられていただろう。


大衆は賢い。少子高齢化が進む日本では負担増が避けられない事ぐらいは承知している。大多数の国民は"負担増"を嫌がるのではなく"不公平"が不満だったのだ。今考えれば当たり前の話だな。李下に冠を正さず、隗より始める、ドラグラント連邦はそんな国にしてみせるぞ。


「……税率ねえ。そんな世知辛い理由があったのか。結果として良い歌が出来たのだから、よしとしておくべきなのだろうな。」


「そう、結果良ければ全て良し、さ。」


「アギトを頓死させられるならそれに越した事はないか。とはいえ、それは教授といえど至難の業だぞ。地球と違ってこの星では、優れた個人は国家の網すら潜り抜けるんだからな。」


ケリーの言う通り、確かに難しい話だ。下手に謀略を仕掛けて地下にでも潜られたら、極めて優れた個の力を持つアギトを仕留めるのはより難しくなる。奴が表舞台に出てきたのは、好機と捉える事も出来るのだ。



同じ優れた個であるカナタの意見も聞いてみた方がいいだろう。こと戦闘に関してならば、私よりも数倍上手なのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る