宿敵編45話 座敷わらしの変種かよ



自分が戻るまでに円卓会議を開き、アギトへの対応を話し合え。それが出張先の司令から届いたメッセージだった。出先からリモートで参加すればいいのにと思ったが、司令は相当多忙なようだな。ま、アギトの件はいますぐどうこうって話じゃない。急ぎの用を優先させたのだろう。


大きな円卓の周りに座る部隊長達。幸い、出払っていた者も遠くない場所にいたので、クランド大佐を除く11人がここには揃っている。


会議の始まりを告げたのは、やはりエースのマリカさんだった。指先で煙草に火を点け紫煙を吐いてから、不機嫌そうに口を開く。


「……アギトのクソ野郎は生きていた。アイツは性格はクソ以下だが、腕だけは立つ。対処法は考えておかにゃならンだろうねえ。」


お気に召りの赤ワインを嗜んでいたトッドさんが、前提を質した。


「対処云々の前に、あのアギトっぽいのが本物かどうかの検討をした方がいいんじゃねえの?」


「真贋に関してはカナタに訊いた方が早い。納豆菌はお仕事してるンだろ?」


マリカさんは顎をしゃくって部隊長達の注目をオレに集めた。かつての上官は、司令が不在ならオレが円卓会議を仕切るべきだと思っているのだ。


「一応考えはまとめている。先に言った方がいいか?」


"カナタ、円卓会議の場では敬称も敬語も使うな。十二神将に上下はない。だから上座も下座もない丸テーブルを囲んでいるのだ"


円卓の間に入る前に、シグレさんにそう言われている。これは私の個人の見解ではなく、十二神将の総意だ、とも……


「聞かせてもらおうじゃねえの。オメエは助平だが、オツムは回んだからよ。」


バクラさんは愛用の煙管で陶器の灰皿をコンコンと叩き、話を促した。


「へっ、確かにバクラが考えるよか、マトモな話が聞けるだろうな。」


隣に座っていたカーチスさんが混ぜっ返すと、傾き者は煙管で灰皿ではなくリーゼントを叩いた。


「ではオレの考えを話そう。結論から言えば、本物だと思っている。論拠としてはまず…」


オレが事実に推定を交えた見解を述べると10人の強者はそれぞれ考えを巡らし、仲の良い戦友と意見を交える。場が落ち着いたのを見計らって、"達人"トキサダが議論の前提を確認した。


「カナタ君の述べた通り、牙門アギトは生きていた。その前提で話を進めるべきだと思うが、よいかね?」


最年長で敬意を集めている大師匠の言葉に部隊長達は頷いた。


「……最大の問題は、"誰がアギトを倒すのか"だろう。アギトは放逐の原因となった決闘でシグレに勝っている。」


口数の少ないイッカクさんが珍しく口火を切り、隣に座る盟友のダミアンが頷く。


「……すまない。私があの時、アギトを倒しておけば……」


表情を曇らせたシグレさんに、意外なところからフォローが入った。


「シグレ、恥じる事じゃねえ。勝ち負けなんざどうだっていいのよ。……オメエは守るべき者の為に戦った。ただそんだけの事だろうが。」


スルメを咥えたトゼンさんの言葉に、師は頬を緩ませた。


「そうだな。人生には勝ち負けよりも大切な事がある。まさか戦争中毒ウォージャンキーに諭されるとは思わなかったぞ。」


「抜かせ。結論が出てから四の五の言うのは好きじゃねえから先に答えを言っとくぞ。アギトをれる機会があったら俺は躊躇しねえ。カナタ、それでいいな?」


トゼンさんは、"俺様が負けるはずがねえ"って思い込んでるタイプじゃない。さっき自分でも言った通り、"勝ち負けなんざどうでもいい"のだ。生き死にを賭けたバトルが大好きで、その為だけに生きている。そして趣味の結果で死のうが一向に構わないと考えている、正真正銘のイカレポンチなのだ。


「好きにしろ。勝てばめでたし、死んでも惜しげがない。」


実際、四天王の中でアギトが一番警戒しているのはトゼンさんだろう。蛇の嗅覚スネークセンスで危機を察知出来るトゼンさんに狼眼は通じない。その狼眼を切り札として隠していたアギトだ、何か他にも切っていない手札があるのかもしれないが、どんな奇抜な手であろうが、この人斬りには意味を為さないだろう。


長きに渡る鏡水次元流の歴史の中でも"歴代最強の継承者"と謳われる達人トキサダをして、"ひと言で言えば、魔性の剣技。技の冴えにおいてトゼン君を超える剣客は過去にも未来にもいないだろう"と言わしめた羅刹なら修羅アギトと互角以上に戦えるはずだ。


面白がってその"人斬り羅刹"を鍛えた大師匠が、苦笑しながら意見を述べた。


「フフッ、カナタ君も人でなしの台詞が板についてきたね。……さて、継承位を譲った娘を庇う訳ではないが、雷霆の剣腕は皆も知っての通りだ。仮に私が挑んだとしても、結果は同じだっただろう。」


「シグレはあの時よりも強くなってる!今だったら、勝てるかもしンないだろ!」


友誼を重んじるマリカさんが熱く語ったが、大師匠は冷静だった。


「アギトとて敗北を糧に成長しているかもしれない。1対1で氷狼と戦えるのはマリカ君達、"アスラコマンド四天王ビッグフォー"だけだ。」


達人はオレが言いにくい事を代弁してくれた。もちろん負けん気の強い部隊長達からは反発する者も出る。案の定、アビー姐さんが鋭い目と口調で大師匠に食ってかかる。


「親父っさんらしからぬ弱気じゃないのさ。四天王以外はアギトに勝てない? ンな事やってみなきゃわかんないだろ!」


「アビー君、落ち着いて聞いてくれ。私も四天王でなければ必敗するとは思っていない。しかし、分が悪い事は確かなのだ。人格と剣腕は比例しない。最低の人格に宿った最高の剣腕、それが牙門アギトという男だ。」


「……カナタ、おまえはどう思っているんだ。」


今までひと言も発言しなかったダミアンに問われ、オレは答えた。


達人マスタートキサダと同じ考えだ。」


「……そうか。俺も親父さんとカナタの見解が正しいと思う。俺はアギトを直接は知らない。しかし……戦闘映像を見た限りでは、俺が戦っても勝てないのは確かだ。」


「そりゃオメエはアスラ最弱の部隊長だからな。」 「誰も褐色ビビリに期待なんかしてねえよ。」 「顔だけ野郎は引っ込んでろ、邪魔だ。」


バクラさん、トッドさん、カーチスさんが示し合わせたように折り合いの悪いダミアンに突っかかったので、イッカクさんが三人を目で牽制する。2対3の睨み合いを見かねたマリカさんが言葉で割り込んだ。


「よしな!敵はアギトで身内アスラじゃないンだよ!」


エースだからってマリカさんに任せっぱなしはよろしくない。オレからも何か言っておくべきだろう。


「オレは……オレをここまで育ててくれた先輩達の強さを知っている。だがその上で言わせてくれ。氷狼アギトはオレがる!」


黄金の瞳を輝かすオレに、部隊長達の視線が集まった。


「さっき話した通り、ネヴィルはアギトを龍ノ島の正統な王として同盟領に侵略を企てるだろう。それに天羽の爺様の息子を含めた一族が奴に殺されてもいる。帝を守護する狼として、八熾一族の当主として、剣を牙とし生きる一人の男として、あの卑劣漢の首は譲れない。」


親友ホタルの受けた恥辱を晴らし、恩師に代わって雪辱を果たす。それは惨殺された一族の仇を討つ事でもあるんだ。オレ以上に奴と因縁のある男はいない!


「しゃあねえな。優先権はオメエにあるってのは道理だ。たあいえ、目の前に出てこられたんじゃあ、俺は趣味を愉しむぜぇ。」


普段は制御不能な人斬りトゼンが優先権を認めてくれたので、他の部隊長も納得してくれたみたいだ。後は多対一で戦うケースを想定しておこう。アギトが出て来た時に四天王の誰かがいればいいが、いないからって逃げる訳にもいかない。撤退出来る状況になければ、戦うしかないんだ。


オレは仲間を死なせない。あらゆる状況を考えに考え、備えておかねば……


────────────────────


「カナタ、会議も終わった事だし、軽くらないか?」


円卓会議が終わって部屋を出た時、シグレさんに声をかけられた。


「いいですね。鳥玄にでも行きますか?」


「いや、スネークアイズにしよう。無言のマスターが作るピーナッツベーコンを食べたい気分だ。」


「ああ、あれか。あのマスター、アレンジメニューが上手ですよね。」


「うむ。トーク以外は完璧なバーテンダーだからな。」


そうだ。ガーデンでも古株の師匠なら知ってるかもしれないぞ。


「シグレさん、無言のマスターって名前はなんていうんです?」


「わからない。私もそれを知りたくて、司令に訊いた事があるのだが、"知らんな。名前どころか、いつから居たのか、どこから来たのか、私もクランドも覚えていない。トボけているのではなく、本当にいつの間にかあのバーに居たのだ"だそうだ。クランド大佐など、"怪しさ満開じゃが、敵性人物ではなかろう。古びたバーに宿った座敷童子ざしきわらしの変種だと思えばよい"とか言っていたな。」


えー……それってセキュリティとしてどうなんだろう?


「飲みに行くならアタイも混ぜな。」


オレの腕に絡めようとした姐さん女房(仮)の手をシグレさんが握る。


「おっと。マリカ、今日は師弟の語らいの席だ。部外者はご遠慮頂こう。」


「おいシグレ、アタイをハミにしようってのかい?」


唇を尖らせたマリカさんにシグレさんはニッコリ微笑む。


「たまにはいいだろう? マリカのように寝所に忍び込む訳ではないのだから、大目に見てくれ。」


「……他ならぬシグレの頼みだ、仕方ないねえ。」


マリカさんの扱いにかけては、シグレさんより上の人物っていないよな。師匠と二人で飲む酒か。久しぶりだし、楽しみだ。


「では行こうか、カナタ。」


「ええ。師弟揃って"古びたバーに宿った座敷童子"に会いに行きましょう。」


オレと師匠は司令棟を出て歓楽区画へ向かった。



年齢不詳、正体不明、喋りもしないし笑いもしない。ガーデンにゃ変人が多いが、あのマスターはピカイチだぜ。


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