宿敵編43話 忌まわしき生還



シオンの操縦するヘリでドレイクヒルを発ったオレは屋敷で礼装に着替え、友好式典の会場である総督公邸に向かった。


控えの間で待機していると、八熾から出向している公邸職員がオレを呼びに来た。


「我らが公爵、私について来てくださいませ。」


式典まではまだ時間がある。雲水代表は"式典の前に和解を済ませておくべきだろう"と言っていたから、たぶんそれだな。


「わかった。竜胆はもう来ているのか?」


「公爵よりも後に到着などしたら、我らが黙っていません。」


そりゃそうだ。公邸職員に先導され、龍の間までやってきた。うやうやしく開けられたドアを潜って室内に入ると、椅子に腰掛けた姉さんとザラゾフ夫人、それに雲水代表が待っていた。もう片方の当事者である竜胆とサモンジは着座を許されず、立ったままだ。


「サモンジ、カナタさんに椅子を。」


王の威厳を漂わせる姉さんに一礼したサモンジは椅子を運んでくる。椅子に座ったオレは足を組み、竜胆の様子を観察する。一瞬だけ視線の合った竜胆だったが、すぐに力のない目を伏せ、うなだれた。


……威勢だけはよかった眼力が見る影もないな。かなり心が弱っている。姉さんから叱責され、偉大な兄の築いた名門が風前の灯火であるコトを理解したようだ。重い空気が支配する室内で、雲水代表が口を開いた。


「ツバキ、おまえは連邦王国樹立の立役者である龍弟公にあらぬ疑いをかけ、いわれのない誹謗中傷を浴びせた。何か申し開きがあるかね?」


床に片膝を着いた竜胆は、頭を垂れて返答する。


「……ありません。祖父の死に動揺していたとはいえ、私の短慮、不見識は明白。いかなる処罰を受けてもお恨みは致しません。」


思ったよりも殊勝だな。主の後ろで平伏しているサモンジがうまく説き伏せたというコトか。ま、相当な馬鹿でも、今の竜胆家がまな板の鯉だと気付くだろう。オレがどうこうって以前に、帝の不興を買ってしまったのだからな。


「それだけですか? 処罰云々よりも先に、私の弟に言うべき言葉があるはずです。」


様子を見ていた姉さんが龍の目になって詰問すると、竜胆の頭がさらに下がった。


「龍弟公、先段の無礼は平に御容赦を!竜胆ツバキは心から反省しております!」


移ろい易い心で反省されてもなぁ。……いや、悪い意味で芯は通っているのか。兄の恨みは晴らさずにおかぬ、彼女の行動原理はそこに集約されている。そこは変わっちゃいるまい。今は心が弱っているかもしれんが、時を経れば元に戻るだろう。


「カナタさん、公衆の面前で罵倒されたのならば厳罰は必至ですが、幸いな事にあの一件は表沙汰にはなっていません。竜胆ツバキは祖父の喪に服す為に休養という事になっているのです。……左近暗殺の誤解は解け、ツバキも深く反省しているようですし、ここは姉である私の顔を立ててはもらえませんか?」


姉さんにまで頭を下げられては我意を通す訳にもいかない。それに今、竜胆に厳罰を下せばサモンジ達も道連れだ。


「いいでしょう。だが竜胆、次はないぞ。もし同じコトをやらかしたら、今度は容赦しない。」


威圧交渉は好きではないが、相手によっては使わざるを得ない。


「……重々承知しております。公爵の寛大なお心に感謝するのみです……」


席を立ったザラゾフ夫人が竜胆の顎を掴んで上を向かせた。怯えた目の女を夫人は氷窟から垂れる氷柱のような視線で射貫き、警告する。


「今の言葉、しかと聞きましたわ。竜胆とやら、公爵は"次はない"と警告されたのですよ? もし己が吐いた言葉を忘れ、立会人である私の顔を潰してご覧なさい。公爵が手を下す前に、ザラゾフ家が貴方を捻り潰して差し上げます。陛下、それでよろしいですわね?」


おお、怖え。さすがは災害閣下の女房だ。普段は上品な貴婦人でも、凄んだらそこらの異名兵士よりよっぽど迫力があるぜ。


「いかようにも。ツバキ、事の重大性が理解出来ましたね? また同じ愚行を犯せば、待っているのは破滅です。」


「は、はい!心を入れ替え、帝に尽くします。……それが許されるのならば、ですが……」


後ろに控える侍従の拳に少し力が入った。それが許されるのならば、という台詞はサモンジの入れ知恵だ。公職復帰を前提にしている竜胆の甘さをテレパス通信で戒めたな?


まあいいだろう。彼女にしては反省した方だ。どこまで続くかはわからんにしても、な。


「弟よ、竜胆ツバキの公職復帰を許しますか?」


「構いませんが、帝の御前で帯刀は許しません。そうでないなら御随意に。」


姉さんの前で帯刀が許されているのは、オレと親衛隊だけだ。


「カナタ君、ツバキには尚書令兼特別公使を命じようかと思っているのだ。それで良いかね?」


尚書令とは帝への上奏文を管理する役職で、近代に入るまでは重要な御役目だった。近代に入ってからは上奏は面談で行われるから、由緒はあってもさほど重要な役割ではない。そして特別公使は勅使ではない。帝が感謝の意を伝える為に派遣する外交官だから、コトが終わってからの仕事しかない。どちらも親政を左右する立場ではないのだ。もちろん、どちらの御役目も帝の御前で帯刀は許されていない。


「雲水代表がそうお考えならば、それで良いかと。」


連邦加盟都市からの感謝状を帝に届け、帝の礼状を持って各地を表敬訪問する。実権はゼロだが歓待はされる。そんな名誉職なら、彼女にも務まるだろう。公使の随員となる新参竜騎兵にとっても悪い話ではないはずだ。


「決まりですね。二人とも、私の前で手を取り合いなさい。遺恨を流し、共に歩むのです。」


姉さん、オレは歯牙にもかけちゃいないんです。……本音と危険性は後から言えばいいか。


「龍弟公、私はこれより拝命した御役目に励み、都の発展に尽くすつもりです。」


そうかい、だが肩肘張って励む必要なんてないんだぜ。礼式だけ守ってれば、務まる仕事なんだからな。ま、竜胆は幼少の頃から王族と一緒だったから、礼法だけは弁えているだろう。雲水代表も考えたものだな。


「帝の礼状を届ける公使は、帝と同じ扱いを受ける。慢心なきよう務めてくれ。」


立ち上がったオレと竜胆は握手し、手打ちは済んだ。……仮初めの和解にならなきゃいいがな。


───────────────────


竜胆とサモンジは退出し、雲水代表もザラゾフ夫人を式典会場へエスコートする為に部屋を出た。姉さんは肩の荷が下りたのだろう。尊顔に安堵の色が見える。


「姉さんはホッとしています。ツバキもようやく道理を弁えたようですね。」


「それはどうですかね。停戦交渉が本格化すれば、どうなるかわかったものではありません。」


「えっ!?」


「停戦=薔薇十字との共存です。仇と恨む剣聖を討てないとなれば、竜胆の心中に巣くう勘気の虫が騒ぎ始めるかもしれない。」


「……ツバキは仇討ちを諦めないというのですか?」


「左内さんを助けられなかったオレをあそこまで恨んでいたんです。兄を手にかけた剣聖への怒りは推して知るべしでしょう。姉さん、一つだけ忠告しておきます。竜胆が"二人きりで会いたい"、そう言ってきたら、それは裏切りのサインです。」


どんな役職で復帰させても構わないが、姉さんと面会する際には帯刀を許さず、必ずメイド長かレオナさんを同席させる。それが事前協議で雲水代表に出したオレからの条件だった。竜胆の腕では刀があってもメイド長には及ばないし、刀がなければレオナさんにも絶対に勝てない。勘気を起こしても姉さんを害するコトは不可能なのだ。


「ツバキが私を裏切るなんて!あり得ません!」


幼少の頃から一緒だった近習を信じたい気持ちはわかる。だが、あり得ない話ではない。勘気の虫とはそれだけ厄介な寄生虫なのだ。


「オレを信じてくれるなら、オレの言葉も信じてください。親衛隊を同席させないで会いたいとテレパス通信で伝えてきたなら、もはや幼少の頃から一緒に育った近習ではなく、何者かに調略された走狗なんです。……いいですね?」


竜胆が脅威になるのはその一点のみだ。強く念を押しておかねばならない。


「……わかりました。弟の忠告を心に留め置き、忘れぬようにします。」


これでいい。オレも彼女が心を入れ替えてくれると信じたい。だが、全幅の信頼を置ける相手ではないと納豆菌が警告しているんだ。納豆菌はオレに、オレは姉さんに警告する。戦乱の世を生き抜くには必要な処世術だ。


───────────────────


友好式典はつつがなく執り行われ、最後に御門、御堂、ザラゾフが共同出資する合弁会社の設立が発表された。代理を寄越す予定だった司令もなんとか時間を作って来訪し、式典に参加してくれたので、一安心だぜ。


サプライズもあった。嬉しい事に式典は昆布坂少年の改心から始まったのだ。ザラゾフ夫人は朧京攻略戦の際に帝国が屍人兵を使った事を糾弾し、少年がオレを恨む経緯を包み隠さず列席者に話した。そして昆布坂少年を会場に招き入れて、逆恨み(夫人はそう断言した)を謝罪させ、列席者全員をその証人としたのだ。


オレはもちろん全てを水に流し、少年にザラゾフ家に尽くすように伝えた。昆布坂少年には賢夫人が付いているし、少年本人も利発さを評価されている。竜胆と違ってこちらは信用していい。帝から和解の証として銘刀を賜った少年は感涙し、一件落着だ。


無事に式典も終わったコトだし、司令と久しぶりに飲もうかな。


「司令、合弁会社の設立記念に、磯銀あたりで祝杯を上げませんか?」


会場を後にする司令の背中に声をかけてみたが、振り返りもせずに返事が返ってきた。


「すまんが忙しい。祝杯はまたにしよう。」


つれない返答だけを置いて、司令はそそくさと会場を後にする。なんだかよそよそしいなぁ。忙しいのは知ってるけど、軽く飲む時間もないのかよ。一応、政治的な意味もあったってのに。


「おい剣狼、磯銀ってのはなんだ?」 「照京一の老舗料亭だよ、親父。」


司令を交えてザラゾフ一家と会食しときたかったんだがな。まあいい、機会はまたあるだろう。


─────────────────────


式典の終わった夜、雲水代表とオレがホストになって、ザラゾフ親子と宴席を設けた。賢夫人は若奥様を伴って、ドネ伯爵と一緒にドレイクヒルホテルでパーティーを開いている。ザラゾフ家では人脈作りは女の仕事なのだ。


雲水代表は宴席に筆頭家老の設楽ヶ原長久の息子、宗久を伴っていて、彼をザラゾフ師団で修行させて欲しいと申し出て快諾された。なんでも宗久は重力操作の希少能力を持っているらしく、その道の第一人者であるザラゾフ親子の指導を受けさせたいとのコトだった。


重力操作は元素系では最もレアな能力だ。使い手が少ないだけに指導出来る者も限られる。強い指揮官を育成したい御鏡家と、政務を取り仕切る家老の一族からレクチャーを受けたいザラゾフ家の思惑が一致。両家の繋がりを深めたい照京にとってもいい話だった。


都での仕事を終えたオレはガーデンに帰投し、公爵からゴロツキに戻った。ゴロツキだけに、朝酒も飲む。早朝演習もあるから大食堂の朝は早いのだ。民業を圧迫しないように、夜は早仕舞いするけどな。


「もう!また朝っぱらからお酒なんか飲んで!シオンに言い付けるわよ。」


ヒムノンワイフの特製うるかを肴に朝酒を呷るオレに、委員長シュリの妻である風紀委員ホタルが小言を言ってきた。


「毎日姉さんへの感想を打ってるから、小言は後にしてくんない?」


夫妻と一緒に帰ってきたんだが、ゴロツキどもからは"堅物夫婦なんざ、もっと都でゆっくりさせとけよ"って文句を言われた。小言の多い二人のいない間に羽を伸ばしていたんだろうな。


「ミコト様もマメね。今朝はどんな内容だったの?」


「閣下とのタイアップ企画だった。題名は"空飛ぶ姉さん&元帥"だ。」


「……ザラゾフ閣下って結構お茶目なのね……」


意外なコトにな。おいおい、閣下。姉さんを頭上でクルクル回すんじゃない。龍ノ島の最高権威なんだぞ。


「ルシア人最強の男がこれだからなぁ。閣下の麾下に剽軽な兵士が多いのも頷ける。」


「あら、今朝は悪代官じゃないのね。辛口のお酒みたいだけど…」


徳利とっくりの口に鼻を近付けたホタルは酒の薫りを嗅ぎ分けたようだ。


「ああ。これは北陸の銘酒、十四代・龍魂だよ。雲水代表からもらったんだ。」


「それって十四代帝から龍の字の冠する事を許された幻の銘酒じゃない!そんな超高級酒を朝から飲んでるの!」


「ゴロツキどもに見せびらかしながら飲もうと思ってね。物欲しげな目で見てる野郎ども、欲しかったら腕尽くでこい。オレは誰の挑戦でも受けるぞ?」


司令は留守、マリカさんは同じ酒を雲水代表からもらってる。トゼンさんは安酒しか飲まない。フフッ、いくら強者揃いのガーデンとはいえ、完全適合者じゃなきゃなんとでも出来るぜ?


「相変わらず性格が悪いわね。」


「もちろんさ。だから生き残ってる。だけど、野郎には厳しいが女の子には優しくする主義なんだ。それが人妻であってもね。」


「一杯もらっちゃおうかなぁ……」


よし、風紀委員は買収出来そうだぞ。銘酒の魔力は恐ろしいぜ。


「……番組の途中ですが、臨時ニュースをお伝えします。」


大食堂の中央に設置されている大型ディスプレイの映像が連ドラからニュースに切り替わった。またテロでも起きたのかねえ。振り返って背後の画面を見ようって気にはならないな。どうせ碌でもないニュースに決まってんだから。


「お待たせ。どんなお味がするのか楽しみだわ。」


お猪口を持って戻ってきたホタルに銘酒を注いであげる。薫りを楽しんでから利き酒をしようとしたホタルだったが、手にしたお猪口を落としてしまった。切れ長の美しい目が、驚愕で見開かれている。オレは反射的に背後を振り返った。画面には、見たくもなかった男の姿が映っている。オレによく似た忌まわしい顔が……


「俺の名は牙門アギト、かつては同盟軍に所属していた。しかし同盟の非道、悪辣さに厭気が差して機構軍に亡命し、今日に至る。機構軍の将兵達よ、聞いて欲しい。正義は諸君らの側にあり…」


アギトの野郎、生きていやがったのか!!


全身の血が沸騰しそうになったが、戦慄わななく声で我に返る。当たり前だ、ホタルはアギトのせいで死をも選びかねないほどの心傷を負わされた。ショックを受けないはずがない!


「……そ、そんな……ウソよ……アギトは死んだはず……」


あのクソッタレが!ホタルを二度も傷付けやがって!


「ホタル!!」


駆け付けてきたシュリが身を震わせるホタルを優しく抱き締めて慰撫する。


「…シュ、シュリ……私……私は…」


「大丈夫、僕が付いてる。何も心配いらないよ。さあ、一緒に部屋へ戻ろう。」


愛する女を抱き上げたシュリは、オレに目配せしてから画面の中の餓狼を睨み付けた。夫妻が去った後、ディスプレイの前には人だかりが出来て食堂内は騒然となる。大抵のコトには動じないゴロツキどもも、さすがにアギトが生きていたという事実には戦慄しているようだ。ヤツの強さを知っているだけに、驚愕も大きいのだろう。


牙門アギト、世界違いのオレの叔父は生きていた。そしてオレは、血を分けた叔父を殺すコトになるのだろう。ヤツだけは、ホタルを傷付け、八熾の名を汚した餓狼だけは生かしておけない。



黄金の瞳を受け継いだ男として、ヤツの始末はオレがつける。……爺ちゃん、許してくれ。


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