宿敵編42話 やっちまったな、オレ(二重の意味で)



ドレイクヒルホテルのスィートルームで目を覚ます。隣で寝ていたシオンの姿はなく、変わりに淹れたての珈琲の匂いが漂ってきた。


「おはよう、。…コホン、。」


湯気の立つティーカップを載せたトレイを持ったシオンが寝室に入ってきた。起きたのに気付いてオレの分も淹れてくれたのだろう。


「モーニングカフェとは有難いね。」


「トーストを焼きますね。それともルームサービスでも頼みますか?」


「いや、食べたいものは別にあるんだ。」


下着しか着てないシオンが悪い。オレはサイドテーブルに一口啜った珈琲を置いて、金髪美人をベッドに引っ張り込んだ。


「あっ!ま、待って!まだ体が火照ってる気がするの!だから…」


「もっとして欲しい、と。了解しました。」


「違いますっ!ああん♡ ダ、ダメっ!あ、朝からそんな……んんっ♡……えっち!隊長はえっち過ぎですっ!あああーーー♡」


下着を脱がせて延長戦開始だ。オレは結構タフでえっちなんだよね。


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「ハァハァ……もう……ダメって言ったのに……」


毛布に包まったシオンは延長に次ぐ延長戦でお疲れみたいだ。


「ごめん、しんどかった?」


「……大丈夫……でも30分だけ二度寝しますね。あな…隊長はその間、座禅でも組んで反省してください。わかってましたが、いくらなんでもえっちの度が過ぎます。」


二人の時は"あなた"でいいと思うけどなぁ。とりあえずシオンは寝かせてあげて、自分で珈琲でも淹れ直そう。


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珈琲カップを片手にバルコニーに出る。朝日が黄色い……いや、輝いてるな。さて、座禅は組まないにしても反省はしよう。いくら大好きだからって、さっきは張り切り過ぎた。事後に"……気絶するかと思いました"なんて言われちゃダメだよな。女の子には優しくしたいのに、えっちの時は滾る獣性が紳士であるコトを許さない。……だって狼なんだもん。


「う~む。狼らしく生きると誓ったが、獣になれって意味じゃないよなぁ。我ながら困ったもんだ。」


……童貞貴族を卒業した時も無茶苦茶しちゃってボヤかれたけど、オレは反省を活かせない男らしい。マリカさんだって初……おっと、これは"考えただけでも殺す!"と警告されてる極秘事項だったな。


「とりあえず全員嫁計画は一歩前進だ。……とはいえ、二重の意味でやっちまったのかもしれんよな……」


マリカさんともえっちしたのは話してないからな。薄々勘付かれてるような気もするんだが……


とにかくだ。心をがっちりホールドされてるんだから、いずれこうなる。他のコトはともかく、女の子に関してだけは妥協しないと決めたんだから、計画成就を目指すぞ。


おや、ナイトガウンのポッケに入れてるハンディコムが鳴ってるな。画面なんか見なくても、誰からかかってきたのかはわかってる。


「アロー、カナタですが…」


「おはようカナタ。いい夜だったんじゃない?」


「最高だったね。ありがとう、ホタル。この策士さんめ。」


新妻策士は電話の向こうで笑いを堪えているようだ。


「カナタの為に策を弄した訳じゃないわ。私とシオンは同い年の親友だから、頼みを聞いただけ。泥沼に嵌まった気分はどう?」


愛の泥沼ですか。まあ自分から足を突っ込んだんだ。自業自得、まさに業のお陰で得したな。


「ムツゴロウみたいに泥の中が快適な生き物だっているし、オレもそうらしい。知ってるのはホタルだけか?」


「もちろんよ。旦那様やマリカ様にも話してないから、修羅場になっても知らないわよ。」


修羅場や土壇場はいつものコトさ。問題ない。


「乏しい甲斐性を振り絞ってなんとかするつもりだ。午後の手打ち式には夫妻で出てくれるんだろ?」


「いくらサンピンさんの弟子だからって、任侠用語を多用しないの!友好式典と銘打たれてるんだから、正式名称を使いなさい。」


友好ねえ。竜胆と新参竜騎兵にそれが出来るかどうかは、はなはだ疑問なんだが……


「友好式典、ね。……出来ると思うか?」


「……出来て欲しいと願ってるわ。出来ないのなら、潰すか放逐するしかなくなるもの。」


ホタルは誰にでも優しい良妻だけど、火隠の上忍でもある。忍者らしく、シビアな一面もあるのだ。


「そうだな。いくら彼女が直情径行でも、姉さんの顔を潰す愚は犯さないだろう。」


確信はない。彼女の考え、いや、は誰にも読めないんだ。ないものは推し量れない、竜胆ツバキの感情の嵐は、突発的に発生する竜巻のようなものだ。


「でも、ツバキさんを公職に復帰させるのは、私もシュリも反対よ。これは友人としての意見でもあるけれど、照京貴族としての見解でもある。公爵として、どう考えてるの?」


「雲水代表から、"ツバキの公職復帰については、私に一任して欲しい"と言われたので任せている。復帰させるかどうかは、代表の腹一つだな。」


「……そう。雲水代表にはきっと考えがあるのでしょう。当事者のカナタが差配するよりいいかもしれないわね。」


「そう思ったから任せた。友好式典の主賓はザラゾフ元帥だ。竜胆が何かやらかしたら姉さんだけではなく、閣下の顔も潰すコトになる。人間災害は姉さんほど優しくない。次期当主は知らんが、サモンジと古参の竜騎兵はそれを十分わかっているはずだ。」


手打ちが済めば、竜胆ツバキが正式な竜胆家当主に就任する。立場が人を変えてくれればいいんだが……


「ふふっ、いっそ盛大にやらかして、閣下に捻り潰されれば、後腐れがないのかもね。」


怖いコト言うなあ。これがシュリの言ってた"暗黒ダークホタル"か。マジで腹黒いぞ。


「潰す必要があればオレが潰す。閣下の手を煩わせるような重大案件じゃない。」


経緯はどうあれ、これは八熾と竜胆の問題だ。ザラゾフ家を巻き込む訳にはいかない。いくら閣下の"喧嘩上等"な気質をわかっていてもだ。


「カナタが元帥を気に入ってるのが、電話越しでも伝わってくるわ。きっと元帥も同じなのでしょうね。同盟軍最高位の将官が、直々に殴り合ってくれるのだもの。」


初めて会った時は、"シジマに資金提供した黒幕め、今に見てろよ"とか思ってたんだけどなぁ。


「だといいがな。友好式典が終わったら、姉さん主催の誕生会だ。礼装手袋を屋敷に送っておいたから、使ってみてくれ。スリーサイズを教えてくれるなら、今度はドレスを贈るけど?」


「手袋と気持ちは受け取っておくわ。スリーサイズを知ってる男はシュリだけでオーケー。親友であろうと内緒よ。」


「そりゃ残念。うひひ、昨晩はシュリにねっとり測ってもらったんだろ? ベッドの上で身体測定するなんて…」


「もう!スケベ中年になるのは十年早いわよ!」


あらら。電話を切られちゃった。


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二度寝から起きてきたシオンと一緒にルームサービスの朝食を摂る。策士の新妻は、自分達も泊まっているコトにして、かなりの分量をあらかじめホテル側に伝えておいてくれたのだ。


トーストにはジャムをたっぷり塗る主義のオレは、昨晩と今朝の運動で消費したカロリーを補充する。


「あなた、唇にジャムがついてます。」


オレの口の端のジャムを人差し指で拭き取ったルシア美女は、指を舐める。唇を拭かれるのも、"あなた"って呼ばれるのも小っ恥ずかしいが、シオンさんって超可愛い。


「うむうむ。協定通り、二人きりの時はそう呼んでくれ。」


朝食を食べながら、オレとシオンはいくつかの協定を結んだ。呼び名はその一つだ。


「あなたこそ、ちゃんと協定を守ってくださいね。案山子軍団の副長である間は、私達の関係は内緒です。副隊長は、部下に公正でなければなりません。上官と特別な関係にあると隊員が知ったら、公平性を疑われます。」


オレが三人娘を好きなのは、隊員にはバレバレだと思うけどなぁ。


「オーケー。そう言えばマリカさんと出掛けた二人は八熾屋敷に帰ってるんじゃないか?」


「ホタルがマリカさんを自分の屋敷に招いてるので大丈夫です。あの三人が夕方から遊びに出掛けたら、日付が変わるまで帰りません。まだ空蝉屋敷で寝ているでしょう。友好式典は午後からですので。」


リリスは子供なんだけどなぁ……まあ保護者同伴だからいいってコトにしとこう。


「朝食を終えたら屋敷に戻ろう。式典前に雲水代表が訪ねてくるコトになっている。シオンも同席してくれ。」


ダーはい。話すのは竜胆ツバキの公職復帰についてですね?」


「それはオマケみたいな議題だ。本命は"停戦に協力してくれる中立都市の動向"についてさ。」


カムランガムランみたいに、保護料という名目で搾取されている大都市は多い。和平が実現すれば、保護料は撤廃か大幅削減を期待出来る。だから人道的にも経済的にも、中立都市のほとんどは停戦を望んでいる。両陣営の武力制裁を恐れ、声を上げられないでいるだけだ。



和平を実現し、功績を盾に公職から引退。そしたら好きなコ全員嫁にして、のんびり遊んで暮らすぞ。暇潰しにヒャッハー狩りぐらいはやってもいいが、それ以上はご迷惑被る。


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