宿敵編38話 災害VS剣狼
都に到着した一行は八熾屋敷に荷物を置いて、それぞれがお出かけする。オレはもちろん姉さんのいる公邸へ向かった。龍の紋章が刻まれた円卓を囲んでお茶会。帝専用の談話室にいるのは姉さんとオレ、それにシュリ夫妻だ。
「カナタさん、お料理コンテストの翌朝に"毎日姉さん"の感想を忘れましたね?」
のっけからそれですか。あの日は朝早くに左近暗殺事件の一報が入って、返信どころじゃなかったでしょう。そもそもレフェリーにまで殴りかかった女ボクサーを止めたのは、コミッショナーの姉さんでしょうに。
「カナタ、"毎日姉さん"ってなんなんだい?」
シュリのげんなり顔、あまり聞きたくないなら、聞かないでくれないか?
「モーニングコールの一種だ。毎朝決まった時間に姉さんから映像が送られてくる。」
そしてオレには、映像への感想返信が義務付けられているのだ。
「ミコト様がせっかく映像を送られているのだから、感想ぐらい返しなさいよ。カナタはホントに無精者なんだから。」
「ホタル、御門の龍姫が"
あれはマジでビミョーだった。似てなくはないんだが、決して上手とは言えず、本家同様、面白くはないんだが、本家と違ってバカバカしさもない。お清楚美人が似合いもしない女芸人をやってる姿は、痛々しさすらあったと思う。
「ミコト様がジョニーさんの物真似!? ウソでしょ!」
「嘘ではありません。ジョニーさんの物真似は、ひジョ~ニィに難しいですわね……うふふ、傑作……」
あかん。姉さんもしっかりガーデンに毒されとる。どんだけ薔薇園は毒性が強いんだよ……
「カ、カナタ、毎回そんな映像なのかい?」
寒い駄洒落で寒気を感じたのか、シュリの表情が硬くなってんな。
「もしそうだったら、オレは鉄格子付きの病室に入ってる。ほとんどは癒し映像だよ。御門家伝統の龍の舞いとか、慰問で覚えた手話とかお歌だ。」
「だったらいいじゃないか。癒されるだろ?」
「だから不意打ち回との落差が激しいとも言える。こないだなんか、バスタオルを巻いた姿で画面に映り、"今、朝のシャワーを浴びたところです♪"ってタオルをポイしたんだぞ。もちろん下には龍紋入りビキニを着ていたから、オレは盛大に肩透かしを食らった。リアルにずっこけたのは生まれて初めてだったよ。」
「……マリカ様にはしっかり報告しておきますからね?」
「あらホタルさん、貴方は照京貴族なのに私を裏切ると仰るのですか?」
帝のお言葉であろうと、ホタルの堅物ぶりは変わらない。
「私は火隠の上忍でもありますから。」
「でもマリカ様だって、"毎日姐さん"みたいなものだから、お互い様じゃないかなぁ……」
目覚めたら忍者姉妹におっぱいサンドされてましたってのも、よくある光景ではある。もちろんリリスも一緒にいる。そしてシオンにフライパンで(オレが)殴られる。なんとも理不尽な話だ。
「お館様!」
談話室に元気なちびっ子狼が入ってきた。もちろん、狼の護衛対象も一緒だ。
「久しぶりだな、ライゾー。また背が伸びたか?」
「はいっ!射場ライゾーは成長中ですっ!兄者も一緒なんですよね!」
「オレの影武者をやってるトシは明日、都に到着予定だ。甘えるのは暫し待て。」
背格好が似てるトシは、まだダミールートを飛んでいるはずだ。
「甘えません!僕は八熾の狼ですから!」
身の丈は半人前でも、一人前の台詞を吐くようになったな。それでこそ狼の血族だ。
「当主様、ツバキさんとの一席ですが父が差配していますから、ご心配なく。」
イナホちゃんの顔立ちが大人びて見える。雲水代表はもう政争を娘に見せているようだが……まだ中学生のイナホちゃんがそんな世界に踏み込まねばならんとは、この星はやはり歪だ。
「心配などしていない。御鏡雲水が請け負ったのなら、その時点で話はついている。」
「はい。ですが人の心は移ろい易いもの。特に…」
"竜胆ツバキは"と言おうとしたイナホちゃんを姉さんが目で制した。彼女にチャンスを与えると決めたのは姉さんだ、八熾も御鏡も帝の意向を重んじるべきだろう。
「ではミコト様、シュリの筋トレがありますので、私達は失礼致します。」
シュリ夫妻が立ち上がった席にちびっ子狼と鷹の御令嬢が着座する。
「シュリさんは相変わらず勤勉ですね。今日ぐらいはトレーニングもお休みでいいのでは?」
「姉さん、"街に買い物に出るから荷物を持って"という意味ですよ。」
「あらあら、シュリさんも大変ですね。」
「可愛い妻の為なら、荷物持ちぐらいお安い御用ですよ。じゃあカナタ、また後で。」
こういう台詞をしれっと言える男前になりたいもんだ。オレには似合わないだろうけど。
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オレが都に到着する前日に、左近暗殺事件の詳報が照京政府から発表されていた。市民は"国賊をテロリストが殺し、テロリストは政府が処分した"と受け止め、事件を冷静に見ているようだった。
優雅な所作で紅茶を飲むザラゾフ夫人が、暗殺事件の所感を述べる。
「死んだ国賊よりも生きている英雄の方に興味があるのは当然ですわね。古都は王位継承の話題で持ちきりで、竜胆一派の事件なんて誰も見向きもしていませんでしたわ。」
ライゾーとイナホちゃんが御鏡屋敷に帰った後、入れ替わりで公邸を訪ねて来たのはザラゾフ一家だった。アレックス大佐と若奥様は公邸職員にサンドラちゃんを見せびらかしてるらしく、談話室に来たのは元帥夫妻だけなんだけど。烈震さんは何しに来たんだよ、まったく。
「ザラゾフ夫人、オレは英雄なんかじゃありません。」
「青二才、ワシの女房の意見が気に入らんのか?」
凄むなよ閣下。ただでさえ怖い顔してんだからさ。
「あなた、帝の御前で弟君を青二才呼ばわりは失礼でしょう。家ではとっくに若僧や青二才ではなく、剣狼と呼んでいらっしゃるのですから、外でもそう呼ばれては?」
災害閣下から一人前のお墨付きを頂きましたか。素直に嬉しいねえ。
「いやいや、王弟殿下と呼んだ方がよくはないか? クックックッ、こやつが殿下!こんな間の抜けたツラで、王弟殿下ときおったか!のう帝、こんな珍事をこの島では"ヘソで茶を沸く"と言うのだったか? ガッハッハッハッハッ!!」
「笑い過ぎだ爺ィ!砂鉄パンチをお見舞いすんぞ!」
目尻に涙を浮かべながら大笑いしていた災害男は、ハーフマントを翻しながら立ち上がった。
「面白い!受けて立とうではないか!」
「あなた、お遊戯がなさりたいなら中庭で。帝はどちらにお賭けになられますか?」
「もちろんカナタさんですわ。」
「龍姫の許可も出た事だし、素手
災害閣下と素手ゴロか。実はオレもやってみたかったんだよな。軍神以上と評する者もいる豪の者に挑める機会なんてそうそうない。
「いいだろう。地位も階級も関係ナシ、男と男の殴り合いだぜ、閣下。」
「言うまでもないわ。戦場で肩書きがなんの役に立つ。ワシは人間を剥き出しにする血みどろの闘争が好きでたまらん!」
普通の人間なら乱世なんかにゃ生まれたくないもんだが、閣下はあらゆる意味で普通じゃない。困った人ではあるんだが、この人型災害をオレは気に入ってるんだよねえ。
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中庭を囲む建屋の窓には公邸の職員、警護兵が鈴なりになっている。完全適合者同士のビッグマッチだ、そりゃ見たいわな。
「アレックス!ギャラリーが怪我をせんようにしっかり動けよ。帝よ、庭園中央の噴水だが、水を止めろ。間違いなく壊れる。」
やる気満々だな、閣下。オレも燃えてきたぜ。
「おう。親父は存分に殴り合え。」 「閣下、ご心配には及びませんわ。」
フワリと浮いて庭園端っこの石像の上に立つ"烈震"アレックス。姉さんは職員に命じて噴水を地下に引っ込めさせた。代わりに自動砲座がせり上がってきたが、これでも閣下は壊しそうだな。
「剣狼、ルールは武器の使用禁止のみだ。異存はあるまい?」
「砂鉄は武器に含まれるのかい?」
「ガキの遠足でバナナがおやつに含まれるのか? 使え使え、ワシは一向に構わん。」
大雑把で豪快な爺ィだな、まったく。砂鉄で剣を作るかもしれねえってのに。いや、閣下はオレも真っ向勝負をしたがっていると見抜いている。ご期待に応えようじゃねえの。
「ではこの庭石が地面に落ちたら勝負開始だ。」
アレックス大佐は石像の上から重力を操作し、胸の高さまで庭石を持ち上げた。広い庭園の真ん中で対峙したオレと閣下は合図を待つ。
重力操作を解除された庭石がドスンと芝生に落下する音。さあどう出る、災害ザラゾフ。
「徒手も相当なものだな。
「閣下もな。ま、若輩者から仕掛けるのが礼儀だ。いくぞ!」
左右にステップしながら距離を潰……体が重い!これが世界最高強度の重力操作能力か!
「ほう、思ったよりも動けるではないか!そこらの有象無象とは馬力が違うと褒めてやる。」
重力の
お返しに飛んできた前蹴り、ヒラリと躱したオレは特注軍靴の上に立ち、チッチッチッと人差し指を振る。
「小癪な真似を。だが蹴り足の上に立たれたのは初めてだ。これが龍ノ島の狼、剣狼カナタか。」
「閣下が戦場では敵無しなのは当然だな。これ程の重力磁場なら、並の兵士じゃ近付くコトすら不可能だろう。」
「挨拶は終わった事だし、本気でやり合うか!ワシの拳を受けてみい!」
元帥ストレートから元帥アッパー、カニ挟みで腕を取りながら両手を地面に着き、背転投げだ。宙に投げ出された元帥は重力操作でブレーキをかけ、反転しながら襲い掛かってくる。馬場さんよりデカい足での稲妻キック、マトモに受けたら火星まですっ飛ばされそうだが……あえて迎え撃つ!
一瞬で錬気しながら足の爆縮を使い、真正面からではなく蹴り足を横から薙ぐように回し蹴りだ!閣下、ガタイがないからって甘く見んなよ? オレの蹴りだって、突進してくる装甲車を横転させられんだぜ!
巨体を支える極太の足を回し蹴ったが、それでも勢いは止まらず、閣下の蹴りがオレの脇腹に命中する。フフッ、災害閣下の全力キックが装甲車以下ってコトはないだろうと、念真重量壁を形成しといた甲斐があったな。それでもダメージを殺し切れないのは流石と褒めるしかねえが……
「ファーストヒットはワシだのう。しかし錬気と念真重量壁の形成……それに殺戮能力の付与を同時にこなしおるとは器用な奴だ。」
着地した閣下は両腕を組み、満足げにオレを見下ろしてきた。正確にはその3つに加えて、爆縮もやったんだけどな。
"ったく、小賢しさを極めてやがるな。真面目な話、戦闘時における
「閣下の皮膚装甲がどんだけ厚いかは知らないが、オレの蹴りは効いたろ? なんせ、貫通しちまうんだからな。」
蹴りが当たる瞬間に、込められるだけの狼眼パワーを爪先の装甲板に付与した。チャージが一瞬とはいえ、そこらの雑魚の蹴りとは威力が違うんだ。
「クックックッ、相打ちという事にしておいてやるか。……余興とは思えん程、楽しくなってきたぞ。血湧き肉躍る闘争こそ、我が生き甲斐だ!」
「気が合うな。オレも楽しくなってきたところだ。」
腕組みを解き、固めた拳を構えた偉丈夫に、開いた両手で巴を作って立ち向かう。さあ、今度はそっちから仕掛けてきな。
……存在を知った時は、"絶対に出くわしたくねえ"と思っていた
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