宿敵編35話 王位継承権第一位
足音を忍ばせて寝所に近付く者の気配で目を覚ます。この呼吸は馬頭さんだな。
パイプベッドで眠るのに慣れたオレだけど、下屋敷ではタイムスリップしたみたいな和装の部屋の布団で眠る。科学技術は地球より進んでいる世界なのに、この星の人々は伝統文化をえらく重んじている。封建主義や世襲がまかり通っているのと無関係じゃなさそうだけど。
「……馬頭さん、起こしに来るのが早いよ。」
「もう8時です、お館様。」
昨夜もなんだかんだで楽しく飲んでたからな。10時までは寝たい……
馬頭さんはオレの枕元にミネラルウォーターと小型テレビを置いて、そっと部屋を出ていった。……ミネラルウォーターはわかるが、なぜ小型テレビ?
「この度、照京市民議会は満場一致で、天掛彼方に王位継承権を授与する決議を採択しました。私は御門宗家の当主として、この島の王権を持つ君主として、議会の採択を承認します。宗家の子が産まれれば序列は変わりますが、現状では王位継承権第一位は弟という事になります。市民の皆様もご存知の事だとは思いますが、四代前の八熾家当主の妻は御門宗家の姫、ゆえに天掛彼方も御門の血を引く有資格者なのです。現在、御門宗家の血を引く者は私唯一人であり、私に変事があれば後継問題が生じます。これは戦乱の世である事も踏まえての、為しておくべき危機管理なのです。」
寝耳に水の演説で一気に目が覚めた!王位継承権とか聞いてねえ!
「王家の血を引く貴族は、公爵となるのがグローバルスタンダード。我が国も世界基準に歩調を合わせ、八熾彼方に公爵位を授与致します。しかしやみくもに世界基準に迎合するのではありません。照京の歴史に燦然と輝く御三家の伝統も重んじます。どう重んじるかは後で述べる事にします。」
議場の演壇で美声を披露する姉さん。身に纏う伝統衣装も最上の礼に則ったもので、オフィシャル中のオフィシャル宣言であるコトを全身で体現している。
「先に隠された歴史を紐解きましょう。今から半世紀前の事です。八熾の先代当主、八熾羚厳様は我が祖父、左龍の暴政を目の当たりにして"このままでは蜂起した民衆の手で御門家は滅ぼされ、二千年以上も紡がれてきた龍の血統が途絶えてしまうかもしれぬ"と憂慮なさいました。そこで御門家の玄孫でもあった羚厳様は一計を案じ、都から遠く離れた地の隠れ里で子をもうけ、御門の分家とされたのです。その家こそが天に掛ける橋を意味する"天掛家"、剣狼カナタの本当の生家なのです。」
姉さんの演説を拝聴していた議員達から"おおっ!!"と驚愕の声が上がった。そりゃ
「弟が八熾家の当主でありながら、天掛の姓も名乗っているのには、そういう理由がありました。天掛彼方は偉大な祖父の創始した家名を捨てる訳にはいかなかったのです。弟は八熾の変から逃れた羚厳様の妹君、八熾シノ様の息子とされていますが、真実は"先代当主・八熾羚厳様の直孫"なのです!」
嘘とまことを巧みに混在させた話だな。天掛家は爺ちゃんの系譜に連なる家ではあるが、計算して作られた家ではない。しかし、平安時代から御門の分家ではあったのだ。教授が物部の爺ちゃんから教えてもらった秘話では、天掛家の祖、
爺ちゃんは自分がなぜ、天掛翔平の体に宿ったのかを不思議に思い、天掛家のルーツを探ったのだろう。そして無二の親友にだけは、調べた史実を話しておいた、といったところか。もちろんオレは、教授から聞いた天継姫の悲譚を姉さんには話しておいた。そして姉さんは、オレの経歴を完璧に糊塗する為に、虚実を織り交ぜた話を作り出したのだ。
「ここで同盟軍各位に、深く陳謝致します。致し方ない事情があったとはいえ、弟は軍への入隊志願書に虚偽記載を行いました。入隊志願書に記された情報を元に、天掛彼方特務少尉のルーツを探っているジャーナリストの皆様、弟の真実はそこにはありません。故郷とされている衛星都市で弟を見聞きした者がいないのは当然なのです。誰も知らぬ隠し里で育った弟は軍に入って己を鍛え、天翔る狼となるべく懸命に戦った。私はそんな弟を誇りに思います。」
幾人もの記者が幼少期の剣狼のエピソードを掘り出そうと動いていたが、何も掴めていない。オレはそこにいなかったのだから当然だ。帝への忖度から記事にはしていないが、オレの経歴を疑う者も出ているはず。だから姉さんは先手を打ったのだろう。
「私は王位継承権を得た弟の公的な身分を定めておこうと思います。御三家である八熾家は伝統に則り、侯爵号を有します。そして羚厳様が龍の血脈を保つ為に創始された天掛家を、御門家の正式な分家とし、公爵号を授けます。八熾彼方は天掛彼方でもあり、両家の当主を兼任する、そうご理解下さい。弟が妻を娶り、二人の子を為せば綺麗に両家分立が可能でしょう。うふふ、弟の女性関係は一部では有名なようですから、たぶん問題ありません。」
懸命に苦笑や失笑を堪える議員達。姉さん、そこで笑いを取りにいかなくていいから……
「天掛家は御門の分家として帝の補佐や助言を行いますが、領地と実権は持ちません。宗家の危急に備えるのが主な役割です。八熾家は有力貴族として市政にも携わり、実権も有します。これが私の考える危機管理であり、世界基準と我が国の伝統を両立させる制度設計でもあります。市政を預かる議員達よ、私の提案に賛成ならば起立を。」
議員達は我先にと起立する。はいはい、全会一致、全会一致。もう勝手にしやがれ!
「提案が受理された事を嬉しく思います。弟を"龍弟侯"と呼ぶ者も多いようですが、今後は"龍弟
はいはい、みんなで拍手喝采。発音は一緒だし、よかったね。
場が静まったのを見計らって、議長席の雲水代表が議員達に呼びかける。
「帝の後見人を務める身として、私からも提案したい。龍弟公には法的にも御門命龍様の弟になってもらった方がよろしかろう。なんといっても、王位継承権第一位を有するお方なのだからね。さほど難しい法案ではないから今日中に骨子を固めて、明日午前の議会で"王位継承に関する特例措置法"を審議にかけられると思う。後見人の私を先帝の名代とし、命龍様と龍弟公に姉弟縁組をして頂くのだ。」
なーにが、"さほど難しい法案ではないから、今日中に骨子を固める"だ。もう法案は仕上がってんだろ。これは雲水代表の差し金……違う。姉さんが発案し、雲水代表が計画を立てたんだ。たぶん、教授も一枚噛んでいるだろう。
教授は"王位継承の問題は早めに解決しておかねばなるまい。現状では、帝を亡き者とすれば、王位を巡って混乱が生じるはずだ、などと考える不埒者が出ないとは言えん"とか言ってたからな。それを聞いた姉さんは、手を講じる事にしたんだ。
「お館様、帝のお言葉を拝聴するのに、パン
ウッキウキな様子の爺様が顔を出したので、オレは黙って布団に包まる。一人にしといてくれ。
「ご老体、お館様の身繕いはまだか。一族各家の代表はもう大広間に集まっておるぞ。」
シズルさんもウッキウキだな。そんなにオレの不幸が喜ばしいのか。いや、法的にも姉さんと姉弟ってのは嬉しいんだけど、王位継承権が厄介過ぎる。だけど"心優しい帝を亡き者にすれば、性格の悪い弟が王位を継ぎ、容赦なく報復してくる"ってのは、姉さんの安全に寄与するんだよなあ。
本日も元気一杯のシズルさんは、威勢よく布団を引っぺがす。
「王弟殿下ともあろうお方が、パンツ一丁で芋虫みたいに丸まらないでください!」
「……まだ決まってないもん。議会は明日だもん……」
「お館様、あの流れを御覧になって、今さらひっくり返るとでもお思いですか?」
絶対無理やわ。龍ノ島の王である姉さんの威徳は絶大で、民政への過渡期でもある現在では、議会よりも強い権限を持っている。こりゃ"オレの好きなコ、全員嫁計画"をアシストしてもらったと前向きに捉えた方がよさそうだな……
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いつまでパンツ一丁で芋虫みたいにゴロゴロしている訳にもいかない。シャワーを浴びて礼服に着替えたオレは
「お館様が隠れ里で育ったというお話は、まことなのですか?」 「シズル様と儂にはお教えくだされ。」
シズルさんも爺様も、オレは"氷狼"アギトの双子の姉が産んだ子だと思っている。牙門姉弟が、八熾羚厳の妹・牙門シノの子ではなく、羚厳の実子だったコトも知っているのだが……今回の話は寝耳に水だったはずだ。
「事実だ。すまぬ、姉上に口止めされていたゆえ、口外する訳にもいかなかったのだ。」
歴史改変っつーか、設定変更だな。オレは隠れ里で育った八熾羚厳の直孫だ。ま、日本という隠れ里で育った孫なのは本当だ。嘘が少なくなってよかったよ。……戦乱が終わったら、真実を話すから待っててくれ。
「そうでしたか。!!……ではお館様のご両親も!」 「
「……死別した。あまり話したいコトではないゆえ、子細な事情は聞かないでくれ。」
「……はい。天界にいらっしゃる大殿様、我ら家人衆が若様を支えますので安らかにお休みください。」
立ち止まったシズルさんは手を合わせ、爺様は頭を垂れた。
「早くにご両親を亡くされたお館様のご胸中、お察し申す……」
死別したなんて嘘をついてすまない。ま、地球にいた頃からオレの存在なんて、両親の中では死んでいたし、今は本当に死人になっているだろう。突然死した孤独な青年、それが天掛波平の生涯さ。だけど生まれ変わったオレ、天掛彼方の生涯は違う。波瀾万丈な冒険活劇の末にハッピーエンド、にする予定だ。
「気にするな。オレには新しい家族も頼りになる仲間もいる。さみしくなんかないさ。」
大広間に敷かれた畳の上には、右列に譜代の家人衆、左列には外様の家人衆が鎮座していた。オレは一段高い上座で胡座をかき、右列の最前部にシズルさん、左列の最前部に爺様が座って準備完了だ。
「お館様、此度の慶事、八乙女静流が家人衆を代表して祝いの言葉を申し上げまする。まことにおめでとうございます!」
シズルさんが音頭を取ると、集まった家人衆が"祝着至極にございまする!"と祝辞を述べて一斉に頭を垂れた。
「うむ。正式な身分は姉上から直接お伺いするが、皆は天掛、八熾に仕える陪臣という形式になるであろう。公爵号は照京の長い歴史にもなかった尊称だ。皆の者、姉上の大恩を忘れてはならんぞ。」
「「「「「ハハッ!!」」」」」
ポケットの中のハンディコムが震えてる。…やっぱり姉さんか。オレがハンディコムを取り出すと頷いた牛頭さんがスッと動き、上座の背後に大ディスプレイが降りてきた。通話をディスプレイに転送して、と。
「八熾の衆、久しぶりですね。」
オレがディスプレイに向かって一礼すると、家人衆もそれに倣う。
「姉上、このような大事な話は、事前に相談して欲しいものです。」
「あら、相談していたらいい顔をしたのかしら? "ヤダヤダ面倒くさい!"と駄々をこねて、姉さんを困らせていたはずです。」
そりゃそーかもしんないけどさー。だからって不意打ちをかますのもどうかと思いますよ?
「否定はしませんが。近い内に都に戻りますから、愚痴は覚悟してください。」
「耳掻きでもして待ちましょう。ところで、八熾屋敷に左文字が訪ねて来ているはずです。竜胆家も祝辞を述べたいでしょうから、広間に呼びなさい。家人衆も異存はありませんね? 序列はハッキリしたのですから。」
そうか。姉さんの狙いはそこにもあったのか。大したものだと兜を脱ごう。
「ハハッ!馬頭丸、左文字殿を呼んで参れ。礼を欠いてはならんぞ。」
一族みんなでウッキウキだからな。竜胆との確執は、大事の前の小事になってくれた。
姉さんは積極的に動きはしないが、
危機管理と八熾への恩賞と竜胆の赦免、三つの難題を一手で解決してしまうとは、さすが姉さん、としか言い様がないな。いや、後見人として媒酌の労を取る御鏡家の権威も増したから、一挙四得の妙手だ。
※作者より
外伝&設定資料集に「僕の師匠は元マフィア」を投稿しました。主人公はザラゾフ家に仕えるあの少年です。ぜひご一読ください
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