宿敵編34話 排除か共存か



「ここからは手酌で飲る。席を外せ。」


少し酒食が進んだところで馬頭さんに席を外させる。オレが寄せる信頼と、サモンジが信用するかはイコールではない。人払いは配慮であり、相手への呼び水でもある。


「はい。ではお客人、どうぞごゆっくり。」


足音が聞こえなくなったところで本題に入るか。


「お館様、儂も席を外した方がようございますか?」


「いや、爺様も聞いておけ。サモンジもその方が都合がよかろう。八熾と竜胆のいさかいを避けたいと願っているのなら、の話だが。」


「私の用向きはまさにそれ、八熾と竜胆の対立を避ける手立てをご相談に参ったのです。」


サモンジは状況を甘く考えているようだ。まずは釘を刺しておこう。


「ならば問題は解決したな。」


「解決……ですか?」


「サモンジ、諍いとはな。喧嘩の意味合いで使われる場合もあるが、厳密には言い争い、口論のコトを指すのだ。オレは諍いを避けたいのだが、おまえは対立を避けたいと言う。ハッキリ言っておくが、八熾と竜胆に対立などない。」


「し、しかし、現に両家の間には軋みが生じているのです!このままでは対立を超えて敵対になりかねません!」


言葉の意味を飲み込めないサモンジを、爺様が揶揄する。


「もう酔いが頭に回ったらしいのう。クックックッ、対立だの敵対だのと笑わせおる。そんなものは"力量が見合った者同士"で起きるものじゃよ。」


八熾の古狸はオレの意向を汲んで、悪役を演じてくれた。この手の駆け引きなら爺様はサモンジよりはるかに上手だ。


「………」


「意味が飲み込めたようじゃのう。これは自慢で言わせてもらうのじゃが、お館様がドラグラント連邦成立の最大の立役者なのは衆目の一致するところ。八熾の天狼は、連邦王国を統べられる大龍君の義弟にして、一騎当千の完全適合者なのじゃ。軍を率いては負けを知らず、士羽総督やジャダラン総督のような国家元首とも親交がある。して、竜胆家の孫娘は、どのような武や功をお持ちかね? "絞殺魔"パイソン殿に惨敗するところはしかと見させて頂いたが。ああ、ついでに言えば、爵位も侯爵と子爵じゃったのう。」


オレの口から言えないコトをスラスラ悪い顔でのたまう爺様。残ってもらった甲斐がある。この恫喝だけは本人が口にしても効果がない。事実であっても自慢しいの嫌な奴で終わるだけだ。


「ツバキ様は我ら竜騎兵を率い、解放戦で武功を上げられました!もちろんその功は龍弟侯には及びませぬが、決してなんの功績もない訳ではありません!」


「ほうほう、それはそれは。しかしのう、龍ノ島解放戦でそれなりの武功は立てたにしても、指揮を執られたのは麒麟児殿じゃろう?」


かろうじてでも、あの頑迷女の手綱を取れるのは、左内さんの親友だった錦城大佐いっちーだけだからな。当たり前だが竜騎兵の指揮権は麒麟児に預けた。


「竜騎兵は大隊です。連隊指揮官の下で戦うのは当然でしょう。」


「儂とした事が、話を逸らしてしもうたな。サモンジ殿、いかにおヌシが主を庇おうとも、八熾と竜胆に力の差があるのはわかるはずじゃ。」


「………」


「偉大な兄を失のうた悲しみはわかる。じゃがのう、お館様を恨むのは筋違いじゃ。そもそも竜胆ツバキが剣聖や守護神と互角に戦える腕ならば、お館様とて苦渋の決断をせずに済んでいたかもしれぬじゃろうが。」


「主を死なせてしまったのは、私の責任なのです。私が守護神めに敗れなければ、もっと時間を稼げていれば、左内様は脱出出来ていたものを……」


サモンジの向こう傷は、守護神に付けられたのか。総督府防衛戦では、竜騎兵の半数近くが戦死している。主君と手塩にかけて育てた部下を殺された怒りは、相当なものだと思わねば……


この男は決して無能ではない。いや、指揮官としても兵士としても、すこぶる有能だ。瀕死の重傷を負って捕らえられ、情報を聞き出す為に手当てされた。九死に一生を得た後は独房に閉じ込められたが、見事に脱獄したばかりか生き残った竜騎兵まで救出して、共に地下活動レジスタンスに転じている。


守護神アシェスへの怒りが、心の骨髄にまで達していれば、オレの目指す未来への妨げになるかもしれん。


剣聖クエスターを呪い殺すレベルで憎むツバキと、守護神アシェスに主君と部下を奪われたサモンジを……どうすべきか?


……殺せ……この男もツバキも、いずれ邪魔になるぞ……心の声はそう囁く。サモンジは有能なだけに危険だ、提灯持ちしか芸がなかった左近とは違う。だけどオレは……それでもオレは……


「サモンジ、ツバキの怨恨に同調している者はどのぐらいいる?」


最後まで共存を諦めない。ボタンの掛け違えが悲劇を招くのは重々わかっている。だからいざとなったらツバキもサモンジも排除すると覚悟は決めた。そう覚悟を決めたんなら、そうならない努力も出来る。心にシミを残さない為に、やれるだけやってみるまでさ。


「え、怨恨などと……そのような大仰な話では…」


「言いたくないなら言わずともいい。主が短慮を起こさないように、しっかり見張っておくのだな。」


交渉の場においては、"別にどっちでもいい"という態度を見せるのも有効な手だ。特に今回のような場合にはな。話のとっかかりが切れて困るのは、オレではなくサモンジだ。


「……龍弟侯が左内様を見捨てたと思っている者は2~3人でしょう。幼少の頃よりツバキ様にお仕えしてきた者に限られるはずです。」


正確には3人だ。よし、サモンジは嘘をついていない。頼むから嘘はつくなよ? 竜騎兵の思想や動向は教授が調べ上げている。オレが知りたいのは"おまえが信用出来るか否か"なんだ。


「竜騎兵の半数は動乱後に加わった者だ。彼らは竜胆家の家臣ではない、八熾との遺恨は面倒なのではないか?」


息をするように嘘をつく、我ながらなかなかの悪党ぶりだな。


「総督府防衛戦で半数を失いましたが、新たに入隊した者には戦死者の縁者もおります。生き残った古参兵より問題なのは、その新兵達なのです。」


ああ、そうだな。昇り竜の心を知らず、身内の得ていた地位(親衛隊)に恋々とする連中が、頑迷女を迷走させている。


「なるほど。"竜胆左内とさほど面識がない者"が問題な訳か。」


「はい。左内様は生前、我らに向かって"カナタ君は「龍を守護する狼」だ。彼こそが、都の未来を切り開く鍵になる"と何度も諭されました。そのお言葉に重きを置く古参の竜騎兵は、龍弟侯に反感を持っていません。」


本来ならば竜胆家が座っていたはずの椅子を、八熾家に奪われたと思っている者は、昇り竜と付き合いの浅い者に限られる。教授はそう分析していたが、当たっていたようだな。


「謹慎中の主君はどんな様子だ?」


「……かなり落ち込んでおられます。大龍君からあそこまで厳しいお言葉で叱責された事がございませんので……」


功臣の妹でなければ首を刎ね落とすところだとか、もう顔も見たくないとか言われた訳だからなぁ。


「それでオレの意向を確認に来たのか。"詫びを入れたら水に流すか"を知りたいのだろう?」


「大龍君からお話を聞いておられるのですね!」


「聞いていないが、姉さんの心はわかるさ。竜胆ツバキは謹慎中だが、表向きは休養というコトになっている。許してやりたい気持ちはあるが、やらかしたコトへのケジメはつけさせねばならん、といったところか。で、おまえがわざわざ屋敷を訪ねて来たのは、オレが詫びを受け入れなかったら困るからだ。その根回しに来たのだろう?」


サモンジは足を運んで頭を下げ、誠意を見せた訳だ。現在、竜胆家の家督は宙に浮いている。当主に返り咲いた左近が死んだのだから、本来は唯一の血族であるツバキが家督を継ぐところなのだが、姉さんの逆鱗に触れてしまった。祖父を失った孫娘が休養するのは不自然ではないが、このまま姉さんの怒りが収まらなければ、家督相続が認められずにお家断絶となる可能性もある。サモンジが一番恐れているのはそれだ。


左内さんの立てた大功を、クーデターを目論んだ左近が台無しにしたからな。お家断絶の沙汰が下っても市民は"やむなし"と思うだろう。竜胆左近はもちろん、竜胆椿も"照京の昇り竜"竜胆左内ではないのだ。


「……仰る通りです。大龍君は極秘に私を呼び出され、謹慎解除と家督相続の条件として、龍弟侯への陳謝を挙げられました。また、ツバキ様の公職復帰に関しても、全て龍弟侯の出す条件を受諾せよとのご意向です。」


謹慎を解除するにしても、首席教導官への復帰はありえないな。家督の相続は認めて公職から追放するのがよさそうに思えるが、竜騎兵の半数が不満をさらに溜め込むだろう。


「サモンジが竜胆家の未来を憂いているのはわかった。彼女も詫びを入れるつもりではいるのだな?」


別に詫びなんぞいらんが、姉さんが必要だと考えているのなら尊重せねばならない。


「もちろんです!主の存念をお訊ねになられたという事は、ツバキ様をお許しくださるのですね!」


卓から下がって平伏するサモンジ。喜ぶのは早い、まだ思案中だ。


「少し考えるコトにする。竜胆も今は詫びを入れる気になっているかもしれんが、いつ心変わりを起こすかわからんしな。」


「ツバキ様は真摯に反省なさっておいでです!そこはご理解くだされ!」


おまえがそう思いたい気持ちはわかるが、オレは信用出来ない。あの女はいずれやらかす、そういう前提でモノを考えざるを得ない。そもそもがだな、許される前提で下げる頭を詫びとは言わん。贖罪は、結果を問わずにやるものだ。


「爺様、聞いた通りだ。判断するのは少し先になるが、どっちに転んでも家人衆の取りまとめは任せる。」


「ハッ!爺めにお任せを!」


「サモンジ、今夜は屋敷に泊まってゆけ。オレと二人で話したいなら薔薇園で待てばよいものを、わざわざ居心地の悪い下屋敷まで訪ねて来た心意気は殊勝だったぞ。」


「私が思っていたよりも、竜胆が疎まれている事が確認出来ました。八熾の家人衆にすれば、当然でしょうな。お家を再興し、龍ノ島を解放した御主君を、我らの主が目の仇にしておるのですから。」


「昇り竜の生き様に、竜騎兵も倣うのだ。飯酒盛サモンジと古参の竜騎兵が帝に真の忠誠を捧げるのなら、決して悪いようにはせぬ。必ず身の立つように計らうからな。」


「ハハッ!有難きお言葉!なにとぞそのご慈愛を、我らが主にも注いでくだされ!」


あの女がまたやらかしたとしても、サモンジと古参の竜騎兵を道連れにはさせん。この男と信頼関係を構築し、主家と帝のどちらかを選ばねばならぬ仕儀に相成った場合には、必ず帝を取らせてやる。


「堅い話はここまでにして、ゆっくり飲もう。ここでうまく懐柔しておけば、後の話がスムーズにいくかもしれんぞ?」


「またそのようなご冗談を。」


「とりあえず、昇り竜の思い出話など聞かせてもらおうか。麒麟児殿から聞いた話とは違った逸話が聞けそうだ。」


左内さんへの義理立てとして、サモンジと古参の竜騎兵は守る。偉大な兄と精神的には他人な妹の方も、またやらかしたところで、命までは奪わない。



竜胆と竜騎兵が、姉さんに刃向かう愚行に出れば、容赦はしないがな。帝に仇なす者を滅ぼすのが、我ら八熾の役目だ。


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