宿敵編33話 若殿と老僕



死神の送ってくれたえっち映像はなかなかの傑作だった。登場するのが豊満お姉さんばっかりってのは減点ポイントだが、巨乳好きにはたまらん作品と評価出来る。叢雲トーマはセロリとブロッコリーは大嫌いだが、おそらく巨乳好きなのだろう。


……姉さんもかなりの巨乳、そこに活路を見出せないだろうか? アホか、オレは。乳にほだされて解決するような問題じゃないだろう。つーか龍虎の間がこじれてんのは、姉さんと叢雲トーマが問題じゃない。虎を支える一族が問題なんだ。叢雲一族に対して"主君の幸せを考えてくれ"と諭そうにも、今のオレは敵対陣営に身を置いてるからなぁ。


オッパイ大作戦を懐に仕舞い込んだオレは密談室を出て、小座敷に向かった。シズルさんはちょくちょくガーデンに来るから顔を突き合わせたコミュニケーションも取れているが、天羽の爺様は庄を離れる訳にはいかない。オレがロックタウンに来た時には会食でもしといた方がいいだろう。こないだ爺様に会わずにガーデンに帰ったら、"白髪頭を見るのに飽きられましたかな?"なんてメッセージアプリに書き込みがあったし……


小座敷に入ったオレは給仕兵を呼び、酒肴の準備を命じた。んで、メッセージアプリを使って爺様に連絡っと。


"小座敷にいるんだけど、酒でも飲む?"って打ち込んだら、即座に"すぐに参ります(^^)"と返信されてきた。あの爺様、とうとう顔文字まで使い始めたか……


「お館様、御相伴に預かりに参りましたぞ。」


爺様はすぐにやって来た。爺様が寝起きしている庵は下屋敷の庭にあるので、本館に来るのに5分もかからないのだ。


「来たか、今宵は爺様と飲もうと思ってな。さあ、一献。」


突き出しの小鉢には、鮎の腸の塩辛と素揚げした青ジソが盛られている。オレのお気に入りのメニューだ。指し向いに座ったオレと爺様は、悪代官大吟醸を互いの盃に注ぎ合う。公的な場では絶対に酒を注がせない爺様だが、二人で飲む時はオレが年長者への礼を重んじているコトをわかってくれている。


「ご返杯をば。おお、これは"ヒムノンママの特製うるか"ですな。相変わらず旨い、実に酒に合いますなぁ。」


「爺様、これは"ヒムノンワイフの特製うるか"だ。ヒムノンママも可愛い若嫁には秘伝を教える気になったらしい。」


「それはようござった。この珍味が失伝したら、人類の損失ですからのう。」


まったくだ。酒の肴としても秀逸だが、カレーの隠し味にも最適だからな。おっ、次なる一品は"分葱わけぎのぬた"だな。これは爺様の大好物だ。賄い方もよくわかってるじゃないか。


「オレと爺様の好物を交互に出す。それが今宵の賄い方の方針らしいな。」


「では次なる品は桜エビのかきあげですかのう。」


爺様の予想は半分当たりだった。小洒落た皿に盛られていたのは、オレの好物である桜エビのかきあげと、爺様の好物である杜父魚ごりの天ぷらだった。


「杜父魚はいい。見た目はとても旨そうには見えない小さな川魚なのに、実に滋味深い味わいだ。」


酒肴の席だけなら、殿様稼業も悪くねえんだよなぁ。上げ膳据え膳ってやつでさ。


「左様ですのう。天羽家は、八熾家に召し抱えられる前は北陸に住んでおったそうです。儂がとりわけこの魚を好んでおるのは、ご先祖様の故郷の味だからかもしれませんなぁ。」


シズルさんから聞いた話では、天羽家の出身地は日本で言えば金沢あたりになるらしい。


「杜父魚をたんと食べて、滋養をつけてくれ。爺様にはまだまだ留守居役を務めてもらわねばならんからな。」


筆頭家人頭の八乙女家が譜代の家人を率い、次席家人頭の天羽家は外様の家人をまとめる。それが八熾の伝統だ。しかし天羽の爺様は庄を不在にするコトが多いオレとシズルさんに代わって、留守居役を一手に引き受けている。本当は楽隠居をさせてやりたいんだが、爺様に代わる人材が育っていないのだ。シズルさんや牛頭さんが老練さを身に付けるまでは、老骨に鞭打って頑張ってもらうしかない……


「ガラクの粗忽が治るまでは隠居など出来ませぬわい。あの阿呆め、また伸びた天狗鼻をへし折られたようですのう。」


「爺様にも愚痴をこぼしたか。だが、あれに関してはオレの見立てが甘かった。ゲンゴは予想以上のツワモノだったのだ。」


「……良き孫に恵まれた源五郎殿が羨ましいわい。それに引き換えガラクめは、"年下のビーチャムに負けた、新入りのゲンゴに負けた"などと泣きを入れてきおって。」


ゲンさんと爺様は茶飲み友達だ。時折、秘蔵の茶器を持ち寄って、茶会に興じているらしい。


「爺様はどんな説諭をしたんだ?」


「おまえは誰某だれそれに負ける以前に、己に負けておるのじゃ、と言うてやりましたわい。まったく、他人様との土俵に上がる前に、独り相撲ですっ転びおって!」


「土俵に上がる前に独り相撲ですっ転ぶ、か。まさにガラクの欠点はそれだ。何かにつけては"年下が~、新入りが~、才能が~"だ。自分が見えていない者が、他人との勝負に勝てる訳もない。」


「左様。荒野の無法者如きならば、才能だけですり潰せましょうが、本物に混じればメッキは剝げる。ゲンゴ殿に格の差を見せつけられた事は、ガラクにはいい薬になったはずじゃ。お館様、あんな藪猪やぶいのししでも儂にとってはたった一人の孫なのです。どうか見限らないでくださりませ……」


「藪猪……なるほど。周りが見えず、藪の中を直進する猪子か。だが爺様、天羽雅衛門の孫はガラクだけではないぞ?」


「?……儂の孫は他におりませぬが……」


「ここにおる。爺様の目の前に座っておるではないか。」


「恐れ多い事を!お館様は我らの御主君、孫などと仰っては…」


「八熾の子らは皆、爺様の孫だ。オレも例外ではない。ガラクとさほど年も変わらんしな。」


「一族は全員家族と思え。確かにお館様から命じられた事ですが、いくらなんでもお館様まで孫と思えは、ご無体ですわい。」


オレは爺婆に弱いんだよ。爺ちゃん子で婆ちゃん子だったからな。


「爺様と交わす酒杯はおじじへの供養にもなろう。諦めて先代の名代を務めろ。」


「……有難きお言葉。天羽雅衛門、感謝の気持ちを言葉で表せませぬ……」


泣くな、爺様。オレは爺様と飲む酒が楽しいんだ。ただそれだけのコトだよ。


「ハハハッ、孫の前で涙を見せては爺の威厳が形無しであろう。この匂い、次は肉料理だな。オレの好物、軍鶏鍋と…」


「儂の好物、鴨鍋でございますな。」


赤い装束を纏った仲居役の家人が、真中に仕切りの入った鍋を卓の中央に置き、固形燃料に火を点けた。赤装束は八熾一族の女衆が好んで纏い、自らを"赤狼衆せきろしゅう"と称している。


「一つの鍋に二つの味、か。粋なはからいだな。」


「お館様とお爺様が酒肴を共にされておられるのに、小鍋二つでは芸がありませぬ。家族は一つの鍋を囲むものですから。」


微笑みながらオレと爺様の盃に酒を注ぎ、長居はせずに去る仲居。家人衆に一族の有り様を教えているのは爺様だ。やはり、当座は天羽雅衛門に留守居役を任せるしかないな。


「醤油出汁と爺様の薫陶が染みた良い味だ。軍鶏鍋はこうでなくてはな。」


「鴨鍋もご賞味くだされ。儂の薫陶とは、干物爺ぃの乾物出汁と言う事ですかな?」


「干涸らびるのはまだ早い。ガラクみたいに軍鶏じみた血気も困るがな。」


「あれは血気盛んではなく、浅薄短慮と申すのです。……孫めが※木鶏もっけいになる日は来るのかのう。」


猛々しい軍鶏は弱く、木彫り人形のように泰然自若とした軍鶏こそが強い。師匠と大師匠は木鶏なのだろう。オレは……木鶏にはほど遠いな。


「猛々しい軍鶏は、容易にカモられるものだ。爺様、この二つ鍋を戒めとしよう。」


オレは卓上の呼び鈴を鳴らして仲居役を呼んだ。


「お館様は上手い事を仰いますのう。…酒なら十分にありますが?」


「いや、足りぬ。客が増えるようだからな。」


……足音が二つ。一人は馬頭さん、もう一人は……ストロークからして背は高め。規則正しい歩調だから、おそらく軍人だろう。小座敷に呼ばれた仲居役が客人を見て軽く息を飲んだか。つまりはサプライズゲストであり、歓迎されざる人物でもある。歓迎出来るゲストなら仲居役は"ようこそいらっしゃいました"とでも声をかけるはずだからな。


小座敷の襖の向こうから馬頭さんに声をかけられる。


「お館様、どうしても目通りしたいと譲らぬ客が…」


「訪ねて来たのはサモンジだろう。通せ。」


馬頭さんと仲居役の手で左右に開かれた襖の向こうに、片膝を着いたサモンジの姿があった。


好々爺から一転、厳格老爺となった次席家人頭は厳しい口調で用向きを質す。


「お館様を敵視する竜騎兵が何用じゃ?」


「私はそのような…」


「大龍君のお目こぼしをよい事に、竜胆ツバキがお館様を悪し様に言うておるのは一族皆が知っておる!照京動乱の際に助けられた身でありながら逆恨みした挙げ句、※讒誣さんぶを垂れ流すとは許せん!」


爺様には左近暗殺の件で誹謗中傷されたコトは話していない。だが、ツバキと竜騎兵が都でオレを中傷しているのは知っている。姉さんから乞われ、王宮で働いている八熾一族もいるからだ。


「……お怒りはごもっとも。私も竜騎兵には誹謗中傷は慎めと、厳重に注意をしておるのですが…」


副長がいくら注意しようが、隊長がアレでは中傷は止まるまい。


「部下に注意する前に、主をなんとかせぬか!床にこぼれた水を拭き取る前に、壊れた蛇口を止水するのが先であろう!」


「そこまでだ。サモンジの苦しい心中がわからぬ爺様ではあるまい。」


「しかしお館様、此奴らは…」


「爺様、オレがサモンジは客だと認めたのだ。それでも不服か?」


「お館様がそう仰られるのならば。サモンジ殿、客人を廊下で待たせる訳にはゆかぬ。……八熾一族はどこぞの一族とは違って、礼を知っておるのでな。」


人格者の爺様でさえ、こんな皮肉を言うのか。八熾と竜胆の確執は思ったよりも根深いな。


爺様は立ち上がって自分が座っていた席にサモンジを誘い、自身はオレの左席に座り直した。右席は筆頭家人頭の座る場所なので、シズルさんが不在であろうと爺様は座らないのだ。


「それでは失礼仕る。」


遠慮がちにサモンジが着座すると、馬頭さんと仲居役の赤狼は爺様の皿や盃をテキパキと移動させ、応援にやって来た赤狼が、客人の為に馳走の準備を整える。もちろん、女衆は客人と目も合わさない。手早く酒席の準備が完了したので、オレは客人に酒と肴を勧める。


「サモンジ、話は飲みながら聞こう。馬頭さん、饗応役を頼む。」


「ハッ!ではお客人、酒など注がせてくださいませ。」


「いえ、私は馳走になる為に来た訳ではありません。お話だけ聞いて頂ければ十分にございますから、気遣いは無用に願います。」


飯酒盛いさはいの家名を持つ兵が、飯と酒を断ってどうする。招き入れた客人が飲まぬ食わぬと言うのなら、オレも腹を割った話など出来んな。」


「ではありがたく、馳走に預かります。」


まずは一献、酌み交わして、と。それからオレが油断ならない男であるコトを教えてやるか。


「次はそば焼酎を飲ろう。サモンジの好物なのだろう?」


「よくご存知で。」


「次は手土産に、手打ち蕎麦でも持参してもらおうか。蕎麦打ちが趣味で、そば焼酎を愛飲するとは筋金入りだな。やはり祖母が蕎麦屋の娘だった影響か?」


「私の……龍弟侯は見聞がお広いですね。」


前の主には及ばないが、今の主よりは機転が利くな。"私の事を調べたのですね?"と言わなかったのは褒めてやる。だが竜胆左内であれば、おくびにも出さなかっただろう。そして、その妹ならば"私の事を調べたのか!"と憤慨していた。



教授の調査によると、飯酒盛サモンジは主君の妹を盛り立てたいと考えているが、同時に八熾一族と敵対するのはマズいとも考えているらしい。だったら妥協点を探る価値はあるだろう。


※讒誣とは

事実ではない事を言い立てて、他人をそしる事。主君に対して行えば讒言になります。


※木鶏とは

荘子に収められている故事に由来する言葉で、木彫りの鶏のように全く動じない闘鶏の完成形をさす。泰然自若として徳を備えた人は、鎮座しているだけで衆人の範となるという教え。


昭和の大横綱・双葉山は、連勝記録が69で止まった時、「我、未だ木鶏たりえず」と安岡正篤に打電したという逸話があります。この記録は現在も破られていません。


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