宿敵編32話 情報操作も必要悪



ハムステーキ定食の大食い合戦を始めた若手二人の前に丸めた紙幣を転がしてから、報復の犠牲者が座る席に近付く。


「よお、チッチ少尉。タラコみたいな唇しちゃってどうしたんだ?」


陽気に声を掛けてやったのに、チッチ少尉は遠慮なく毒づいてきた。


「タバスコジュースを一気飲みすれば、こんな唇にもなるでしょう!あれから10日も経ってるのに、わりかし執念深いんですね!」


ああ、オレはわりかし執念深いんだよ。ま、チッチ少尉が毎朝起床後にトマトジュースを一気飲みする習慣があるコトはナツメの調査ですぐにわかったんだが、世界一辛いタバスコを取り寄せる時間も必要だったんでね。


もちろん調査のお礼は余分に取り寄せた凶悪調味料スペシャルタバスコだ。しかし見事なタラコ唇だねえ。真っ赤な髑髏マークに恥じない凶悪な辛さ、激辛女子のナツメが、自分用に取り分けた皿以外にはかけないように注意しねえと。


ん? ハンディコムから着信音が。このメロディは……ロックタウンの私書箱に届け物があったようだな。薔薇十字からの荷物、おそらく差出人はセロリとブロッコリーが嫌いなあの男だ。


?と〇のやりとりで、叢雲家(の家人の誰か)が左近を暗殺したコトはわかった。都のマスメディアはかまびすしいが、殺された連中の評判がよくなかった上に、政府が"調査中という名目で静観"を決め込んでいるので、さほど根拠のない話を面白おかしく垂れ流すに留まっている。


「チッチ少尉は今日の夕刻に、ここを発つ予定だったな?」


「ええ。明後日にシュガーポットで行われる、大規模演習を実況する予定です。……こんなタラコ唇でね。」


「実況の仕事は若手に譲ってやれよ。ちょっとした相談があるんだ。」


「私も若手です。まだ27です。それに実況の仕事も好きなのです。ですから相談事は却下します。」


「そっか。特ダネがあるんだが、他の広報部局員にでも渡すよ。激辛ジュースの詫びをしようと思ってたんだが、実況の仕事も大事…」


背中を向けたオレの手をガッチリ掴むチッチ少尉。実況も好きだが、特ダネはもっと好きな男なのだ。


「……本当に特ダネなんでしょうね?」


「オレがガセを掴ませたコトはないはずだが?」


「確かに。で、特ダネってのはどこにあるんです? ソースがなければ報道という料理は作れない。」


「ロックタウンだ。すぐに行くか?」


「もちろんです。特ダネがあるなら地の果てだろうが、地獄の底だろうが行くまでですよ。」


前から思ってたけど、チッチ少尉って官製報道主体の軍広報より、民放向きの人材だよな。平和になったら退役して、"エド・サリバン・ショー"ならぬ、"ドリノ・チッチ・ショー"でもやればいい。……これってマジメに悪くないプランだよな。取材も司会進行もトークも上手いチッチ少尉なら、視聴率を稼げそうだ。


────────────────────


肩書きが増えるに連れてヘリでの移動が多くなった。今搭乗している「天狼ヘブンズウルフ」は御門グループ航空部が開発した戦闘ヘリで、オレの専用機になっている。この新鋭機に爆破工作を仕掛けるコトは出来ない。自重を記憶していて、起動した時に変化があれば警告してくれるからだ。安全装置はそれだけではなく、登録された整備兵以外が近付くと自律機能が働いて空に逃げる機能までついてる。細かなセキュリティーシステムはまだあるのだが、当然ながらこの傑作機の量産化は見送られた。コストが掛かり過ぎるからだ。


アスラ元帥がヘリで移動中に事故死(公式発表)しているだけに、航空部は細心の注意を払ってくれたのだろう。……いや、事件の真相を知っている姉さんが、移動の安全を考えて、特に注意を払わせたのかもしれない。


「チッチ少尉はヘリの操縦も出来たんだな。」


ロックタウン行きの新鋭機を操るチッチ少尉、その腕前はなかなかのもんだ。ひょっとしたらオレより上手いかもしれん。


「仮にも突撃取材で名を上げたのですから、このぐらいは当然です。最前線のレポートで取材していた部隊が全滅、たった一人で命からがら脱出した、なんて事もありましたからね。バイクや車はもちろん、ヘリでも船でも動かせますよ。潜水艦だけは無理ですが。」


「それはそれは、お見それしました。チッチ少尉、あそこだ。」


副操縦席から八熾の庄の真ん中にある下屋敷を指差すと、チッチ少尉は頷いた。


「了解。八熾屋敷のヘリポートを視認しました。着陸態勢に入ります。」


下屋敷の庭に着陸したヘリから降りたオレ達を、牛頭馬頭兄妹が迎えに出て来た。


「牛頭さんは念の為、屋敷周辺を哨戒してくれ。馬頭さんはチッチ少尉を密談室に案内だ。」


「ハッ!哨戒の後は本館から人払いを行います。」 「承りました。チッチ少尉、こちらです。」


兄妹に屋敷を任せ、オレは市内に向かう。


「チッチ少尉、少し待っていてくれ。特ダネを回収して戻るから。」


「了解です。」


単独で街に出向いたオレは、郵便局に併設されている私書箱コーナーへ向かう。ズラッと並ぶロッカーの右上の角が、ダミー企業の私書箱だ。ダイヤルは付いてるがそれもダミー、実際はオレが手のひらを扉にあてないと開かない。顔が丁度入るぐらいのロッカーの中にはさらに仕掛けがあり、特殊な網膜認証装置が仕込んである。網膜を映すだけではダメで、さらに黄金の狼眼が必要なのだ。開ける方法はもう一つある(狼眼は要らないがひたすら面倒なのだ)が、それはオレと薔薇十字側の宅配人しか知らない。つまり、セキュリティは万全なのだ。


ロッカーの奥にある隠し扉を開くと、中には映像ソフトのパッケージが入っていた。タイトルは……"オッパイ大作戦"か。スパイ大作戦じゃねえのかよ。オレが言うのもなんだが、死神さんも好きだねえ。


ブツを手に入れたオレは屋敷に戻り、密談室で待っていたチッチ少尉と一緒にメモリーチップを再生してみる。


「よいではないか、よいではないか。そらそら回れい!」


時代設定がようわからん衣装の男が、芸者っぽいお姉さんの着物の帯を掴んで独楽みたいに回し始める。


「あ~れ~~!ご無体な♡」


帯がクルクル……これがかの有名な舞妓回しだろうか? 


「……天掛少尉、まさかこれが"特ダネ"じゃないでしょうね?」


これはこれで特ダネなんだけどな。とはいえ、えっち映像鑑賞会にここまで手間はかけないよ。


「少し早送りしてみるか。……いや、先にパッケージをよく調べよう。」


オレは"オッパイ大作戦"のパッケージを手に取って、砂鉄のナイフで切り目を入れてみる。案の定、極薄型のメモリーカードが隠してあったな。


「こっちが本命らしい。さっそく再生だ。」


隠されたメモリーカードには、左近とその一派がクーデターを企てている様子が収めてあった。……死神め、これを使ってオレに情報操作スピンを仕掛けろっていうんだな?


「……なるほど。これは確かに特ダネ、ですね。」


「チッチ少尉、捏造報道は得意か?」


「もちろんですよ。同盟広報部の主な仕事ですからね。」


聞いてて悲しくなってくる現実だな。


「オレは左近一派の暗殺事件は早めに沈静化させちまいたい。風化もしてくれりゃなおいい。彼らには何の価値もないし、言い方は悪いが、寄生虫の除去が済んだとすら思っているんでね。頼めるか?」


「他ならぬ天掛少尉からの依頼とあらば。……筋書きプロットはこうです。機構軍の統治下にあった照京に"憂国志士団"という抵抗組織が実在しました。機構軍の役人だけではなく、地元の協力者やその家族まで狙うレジスタンスだかテロリストだかわからない連中です。しかし、彼らは榛総督の摘発によって壊滅した。」


文民とその家族まで狙ったのならテロリストだろう。そんな連中が壊滅したってのは市民にとってはいいコトだ。そしてオレにとっても都合がいい。


「使えそうな話だな。」


「ええ。彼らが壊滅した事を市民は知りません。いえ、私以外は知らないのです。仕事熱心でもなければ調査能力もない同僚達は、革命政府の行った事業や作戦には興味を持たなかった。広報部でそれを調べたのは私だけです。榛総督に提出された作戦記録は私が入手、保管していますし、摘発にあたった兵士達は総督の連座で刑死しています。ここまでがファクトですね。」


壊滅したが、その事実は知られていないテロリスト集団。チッチ少尉は情報工作に使えるかもしれないと思って抱え込んでいたんだな。さすがは情報戦のプロだ。


「ここからがフェイク。憂国志士団はまだ存在していた。照京が解放されたので活動を停止しただけだったのです。そんな彼らが、国を内から腐らす政治屋ダニどもが跋扈していると気付いた。協力者の家族にまで手をかけた彼らが容赦する訳もない。かくて、左近とその一派は憂国志士団によって暗殺された。そして"都を腐らす害毒は始末した。我々は再び荒野に帰り、都を見守る事とする"という犯行メッセージが出される。」


「グンタに命じて適当なヒャッハーどもを狩らせよう。彼らが憂国志士団だったんだ。もちろん、機密作戦だったがゆえに、詳細な作戦内容は公表しない。"憂国志士団は解放前に無辜の市民を殺害した犯罪組織である。数日前、治安当局は彼らが都で議員暗殺事件を起こしたと断定出来る物証を入手。協力要請を受けた軍はテロ組織を追跡し、潜伏していた荒野で壊滅させた"とだけ発表すればいいだろう。」


「照京政府の公式発表の次に動くのが私ですね。情報統制に協力していた同盟軍広報部は、事件が無事に解決したので、テロ組織から送られてきた犯行声明と、左近一派の謀議を公表する、と。フフッ、完璧ですね。ではそのセンで動きましょう。……これは好奇心で聞くのですが、天掛少尉は"真の実行犯"をご存知なのですね?」


「ノーコメントだ。」


「私は軍の広報部にいた方がいいのでしょうね。……知りすぎた民間人は早死しますから。」


「記者が真実を追求出来る世を創る為の方便とでも思ってくれ。綺麗事を口にしながら他人や他社を追及し、自分や自局の不祥事には大甘なんてジャーナリストがオレは嫌いだが。」


「天掛少尉、そんな輩はジャーナリストではありません。頭にか、語尾にをつけるべきです。」


自称ジャーナリストにジャーナリスト気取り、か。チッチ少尉もなかなかに手厳しい。


「そうだな。だけど、そんな連中でも好きなコトを言える世界が望ましい。机上の空論がメディアに躍る世界こそが、平和な世界さ。」


生き死にが切迫した国にそんな余裕はない。隠し子を作ったキャスターが自分のコトを棚に上げ、芸能人の不倫や政治屋の汚職に深刻顔でコメントするぐらいの世界がオレには丁度いいのさ。


「そんな世界になったら、民放で冠番組を持ちたいですね。」


「そうするといい。チッチ少尉なら、売れっ子司会者になれるぜ。なんならオレがスポンサードしようか?」


「是非お願いします。そうそう、スポンサードだけではなく、第一回のゲスト出演もよろしく。それでは私の野望実現の第一歩として、照京へ飛びますか。」


メモリーチップを持ったチッチ少尉は密談室を出て行った。一人になったオレは事後処理に瑕疵はないかと黙考する。


(お館様、チッチ少尉がお帰りになられましたが、警戒を解除してよろしいですか?)


おっと、牛頭さんへの連絡を忘れていたな。


(ああ、通常に戻せ。だが、密談室には誰も近付けるな。)


(了解しました。考え事をされるのですな。)


(そんなところだ。)


牛頭さん、ゴメン。考え事はもう終わったんだ。でも邪魔はされたくないんだよねえ。



オレは壁掛けテレビに死神が送ってくれた"オッパイ大作戦"のソフトを差し込み、ソロ鑑賞会を始めた。


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