宿敵編29話 至上命題と努力目標



私が試されているのはわかった。ではどうするか?


少佐は二面性を持つ。部下の所業に責任を取る、私の指導者としての器を測る、どちらも本気だ。対応を間違えたら、少佐と亡霊戦団は姿を消すに違いない。


さあ、カナタ。私に力を貸して。カナタ式思考法を駆使すれば最適解、もしくは現状打破の方策が見つかるはず。こういう場合に必要なのは……至上命題マストオーダー努力目標エフォートゴールを分ける事だったね。


至上命題は……少佐と亡霊戦団は手放せない、だ。これは薔薇十字の存亡に関わる、絶対に妥協出来ない点。


努力目標は……照京政府との関係悪化を避ける、だろう。後々の和平交渉を考えれば、当然の事だ。


そして少佐は叢雲家の家人が左近を暗殺した事を隠すつもりはない。狼との信義を守りたいし、それにしらばっくれたところでカナタなら見抜くであろうと読んでいる。友情を大切にしたいという情緒的判断と、バレる嘘ならつかない方がいいという合理的判断の混在化。それが少佐の心情だ。


だけど、少佐が守りたいのは狼との友情であって、照京政府への体面ではない。これが突破口にならないだろうか?


「少佐、辞任の是非を考える前にいくつか訊きたい事があります。よろしいですか?」


「構わない。何でも訊いてくれ。」


「照京政府ではなく、照京政府との信頼関係が毀損されないのなら、事を公にする必要はない。私はそう考えますが、少佐はどう思われますか?」


「同意する。そんな方法があれば、だが。」


うん、そうでしょうね。……そうか、当事者の少佐は方法を知っていても実行出来ない。だから私に期待しているのだ。そして、その方法を教える訳にもいかない。そんな事をすれば、私は少佐の振り付けで躍る操り人形になってしまう。私を指導者として大切に思っているからこそ、口を出さないのだ。


方法があるのはわかった。だったら必ず探し出して見せる!


……復讐を主導したのは兵馬さんだろう。私が少佐から秘密を打ち明けられてからは、亡き奥方様から受けた恩やその人柄についてよく話してくれた。叢雲永遠さんへの忠義が誰よりも厚い兵馬さんだけに、少佐の命令に背いてでも復讐を完遂したのだと考えるべきだ。


そしてそんな兵馬さんの心情を汲んで手助けした者がいる。それは言うまでもなく、弾正さんだ。発案と実行は兵馬さん、準備とサポートは弾正さん、それが鷺宮衆の基本戦術。そして、轟弾正は少佐をして"曲者"と言わしめる知恵者だ。稀代の戦略家に曲者呼ばわりされる野武士が、無策で事に挑むだろうか?……そんな事はないはずだ。


ではなぜ弾正さんの持ち帰った何かを少佐は提示しないのか。それは、その何かが答えに直結しているからだ!


「少佐、私は"曲者"弾正が手ブラで帰ってきたとは思えません。何か材料があるのではありませんか?」


「……そう言えば弾正は、こんな物を持って帰ってきたな。」


ポケットから取り出されたハンディコムを手渡される。ハンディコムには、襲撃直前まで左近とその一派が話していた謀議の様子が収められていた。


「あらあら。左近氏はクーデターを企てていたようですね。御鏡議長を暗殺しようとは大それた事を。どんな国でも体制転覆の企ては死に値する重罪、仁君を擁する照京政府と言えども例外ではないはず。」


リングヴォルト帝国での反逆罪は、本人どころか親族までも罰せられる。首謀者はもちろん銃殺刑だ。


「この証拠を照京政府に送るだけで左近は死刑、一派は投獄だ。……普通なら、な。」


「ミコト様のお優しい性格では、未遂で極刑まではお命じになられないでしょう。ゆえに兵馬さん達は実力行使に踏み切った。」


大龍君が"神祖の再来"、"稀代の仁君"と称えられているのは我が事のように嬉しい。ミコト様は将来の義姉ですもの。


「そんなところだろう。」


テロリスト、私の解釈では義賊は、照京政府に宛てて、彼らの罪状を収めた証拠品を提供するかもしれませんね。彼らの企てを知ったヒンメル卿は、必要な手立てを講じてくれるでしょう。これで少佐の化外アウトサイドでのバカンス計画はご破算になるかと思いますが?」


左近一派は照京のプラスにはならず、むしろマイナスに働く集団だった。つまり、照京政府は痛痒を感じていない。手段と目的だけが問題なのだ。ならば、目的をすり替えるまで。


「ヒンメル卿も気の毒に。ま、義賊の背後に可愛い姫君の姿が透けて見えるなら、やってくれるだろう。」


必要な材料を提供して後始末は相手側に委任。カナタには悪いけれど、これで至上命題はクリア、努力目標は完全ではないにしても達成のはず。事前通告もなく、都で荒事に及んだという点だけはどうにも出来ない。


「浮気した罰です。ヒンメル卿にも汗をかいて頂きましょう。」


私の心を鷲摑みにしておいて、ナッちゃん達とイチャイチャしているのだから当然の罰です!


「姫、ヒンメル卿の私生活に関しては、色々と諦めた方がいいように思うがね。なんというか、運命宿命って事で。」


「………」


人事だと思って気楽な事を言ってくれますね。もしそうなっても……そうなるような予感がヒシヒシとするのだけれど、正妻の座は譲れませんから!私にだって帝国皇女としての体面があります。正妻でなければアシェスとクエスターだけではなく、辺境伯や老師が黙っていない。欲張りな私は、自分の幸せと家族の祝福が欲しいのです。


「そのハンディコムは俺がヒンメル卿に送っておこう。姫が正妻レースに勝てる事を祈っておくよ。」


私の内心を見透かした参謀の虎は、ハンディコムを受け取ると席を立った。


「御鏡家は心を映す鏡を持つと言われていますが、少佐もお持ちなのですね。」


「手鏡を見ればいい。そんな怖い顔をしてれば、阿呆にでもわかるさ。」


壁に掛けてある装飾鏡をそっと覗いてみる。……怖っ!龍の島の伝統芸能に出て来る般若みたいな形相になってるよ!こんな顔してたらカナタにドン引きされちゃう!



……あまりに怖い自分の顔にビックリして、姫様モードが解除されちゃったよ。


─────────────────────


「鳳凰は神虎の信頼に応えたようですな。祝着至極と言っておきますか。」


アジトに戻った虎を待っていたのは、"四人目の猿"こと猿尻赤衛門だった。


「赤衛門、戻ったばかりで悪いが、すぐにロックタウンへ飛んでくれ。このハンディコムをヒンメル卿に届けるのだ。」


「承知。少佐、シルクハットが三日月に取引を持ちかけた模様です。」


"魔術師"ことアルハンブラ・ガルシアパーラはシルクハットと片眼鏡モノクルを愛用しているが、一般的にはシルクハットという俗称は、ロンダル閥を指している。三日月とは"最後の兵団ラストレギオン"、兵団を率いる朧月刹那の紋章が"月を背負う龍"だからだ。


「取引だと?……その顔からして、内容までは掴めなかったようだな。」


「残念ながら。相当に入念な工作が行われているらしく、奥まで踏み込むのは危険と判断しました。わかったのは、巨額の秘密資金がシルクハットから三日月へ送られたという事だけです。」


「巨額の秘密資金……つまり、シルクハットは三日月から高価な買い物をしたという訳だ。……ふん、そういう事か。」


「少佐には取引の内容がおわかりなのですな?」


「ああ。おそらく、だがな。」


「ヒンメル卿にハンディコムを届けた後に、リリージェンでの諜報を再開します。内容がわかっているなら裏付けも容易…」


赤衛門は任務続行を申し出たが、虎は首を振った。


「必要ない。裏を取っても意味がない話だ。フフッ、ネヴィルの焦りもわからんでもないが、"ババを高値で売り付けられた"なんて事になりかねんだろうな。」


「ババと言いますと、ババ抜きのあの鬼札ババですか?」


「そう、その鬼札だ。だがネヴィルは七並べのババだと思っているのだろうよ。」


「ババ抜きでも七並べでも、最後までババを持っていたら負けですが……」


「過程が違う。ババ抜きのババは只の邪魔者だが、七並べのババは止められたカードを吐き出させる役割を担う。鬼札は出し所によっては、停滞した状況を打開する切り札にもなるのさ。」


「危険な鬼札ではあるが、切り札にもなり得る、ですか。"狂心王"のお手並み拝見ですな。」


「本人は"雷光王"とか"界雷王"と自称しているぞ。少なくとも、異名兵士名鑑ソルジャーブックにはそう記されている。」


「機構軍最強の雷撃能力の保持者ですから、界雷かいらいではあるのでしょう。まあ、まかり間違っても傀儡かいらいになる御仁ではありますまい。」


「それなりの能力を持たねば、ロードリック公ロドニーやオルグレン伯は従わんからな。」


「ロンダル閥には、マッキンタイア侯マーカスもいますが?」


「マッキンタイアはしゃかりきになっているようだが、ロドニーやオルグレンには及ばない。知恵と武勇の双方でな。だがネヴィルも、失脚したはずの"智将"サイラスがこんなに早く復活してきたのは計算外だろう。焦りはそれが原因だ。」


アリングハム公サイラスは南エイジアで大戦果を挙げ、劇的に名声を回復させた。金の使い処を知るサイラスは勝ち取った利権を惜しげもなくばら撒いて中小派閥に貸しを作り、束ねた力でネヴィルに対抗し始めたのだ。


「もう利用価値がなくなったと切り捨てた手駒に手を噛まれるとは、間抜けな話もあったもので。」


「閉じる世界と開く世界って奴さ。有能な指導者とは、例え今は敵であろうと、有為な人物とは手を結べる準備をしておくものだ。不要と断じた者は容赦なく切り捨てるネヴィルは閉じる世界の王、開く世界に生きる姫君は、人脈という鍵で未来への扉を開こうとしている。」


「……少佐、開くべき扉が見えているのに開こうとしない者は、賢者と愚者のどちらになります?」


「………」


虎は答えられなかった。物真似猿が誰の事を指して言っているのかが、すぐにわかったからだ。


「出過ぎた事を言いました。ですが我々土雷衆は、恩人の幸福を願っています。」


機構軍の暴虐に我慢を重ねながら手を貸していた土雷衆の先代里長は、里のあるべき未来を考え、ついに手を切る決断を下した。ところが運の悪い事に手切れを通告した後に病状が悪化し、土雷の里は窮地に陥ったのである。そんな彼らを救ったのが、桐馬刀屍郎と名乗る前の死神だった。彼は最後の兵団やスペック社に働きかけ、里への武力征伐を阻止した。それ以来、土雷衆は恩に報いる為に死神に付き従っている。


"機構軍とは敵対せず、さりとて市民に対する暴虐にも付き合わない。あの男なら先代の望んだ「忍びの道」を用意してくれるだろう"、里長名代となった三猿長兄の言葉は正しかったのだ。


「……俺が我意を通せば、一族が不幸になる。だが赤衛門、おまえの気持ちだけは有難くもらっておこう。」


「……はい。」


自分ではこの神虎を救う事が出来ない。猿尻赤衛門は己が歯痒かった。


「近い内に機構軍と同盟軍は震撼する事になるだろう。ネヴィルは高笑いするだろうが、その笑みはいずれ凍り付く。……※※という劇薬は副作用も甚大だからな。」


「※※ですと!まことですか!」


思わず問い返した赤衛門だったが、彼の上官は見る者によっては予言者にしか見えない程の知謀の持ち主である事を思い出した。



"時代はまた動こうとするのか、それも寒い方角に向かって……"、暗澹たる気持ちと機密資料を抱えた"四人目の猿"は、ロックタウンへ向かった……


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