宿敵編30話 嘆きの竜騎兵


※このエピソードは24話直後からの続きになります。


「剣狼!おまえと八熾一族はかつて仇なしたお祖父様が憎かった!!だが半世紀も前の恨みを根に持って凶行に及ぶとは許せん!お祖父様は牢獄から解放された時に"八熾の変"については、キチンと詫びたではないか!」


……反論しちゃダメなのはわかってる。けどな、オレだって感情の生き物なんだよ!忍耐にだって限界があるんだ!


「キチンと詫びたねえ。姉さんに命じられて、渋々、嫌々、頭を下げただけにしか見えなかったんだが。オレは眼医者にでも行った方がいいのか?」


政治犯収容所で会った左近の渋面を思い出すと、暗殺犯の肩を持ちたくなる。半世紀前に先々帝のお先棒を担いだ件について、悪いとも申し訳ないとも思っていないのはわかっていたが、それにしたって表情ぐらい作れ。恩に着せる訳じゃねえけど、収容所に立て籠もった看守達と取引して、危害を加えさせずに牢獄から解放してやったのは八熾一族だぞ。


「……そ、それでも詫びは詫びだ!殺していい理由にはならん!」


「そこまで断言するんだ、オレが手を回した確たる証拠があるんだろうな?」


「そ、それは……」


やれやれ、思い込みだけでよくそこまで突っ走れるな。ブレーキの壊れたダンプカーかよ。だいたい、お祖父様お祖父様ってカチ喚いてっけど、兄貴の家督強奪に同調したアンタは、祖父とは微妙な関係だったろうに!


「とりあえず、犯行推定時刻を教えろ。オレと一族の不在証明アリバイを送る。」


「おまえか一族が手を回した刺客という可能性だってある!」


……いくらなんでも、もうキレていいよな? 毒舌世界王座を狙える逸材リリスのトレーナーやってるのは伊達じゃねえぞ!


「ほう。そこまで言うならオレも言わせてもらうが…」


「ツバキ、カナタ君には私から報告すると言っただろう!!」


言葉のカウンターパンチを叩き込もうと振りかぶった瞬間に、雲水代表が通信に割り込んできた。レフェリーが出て来たんならしゃあねえ、赤コーナーまで戻るか。


「ですが雲水様!剣狼がお祖父様を…」


「落ち着くのだ。おまえは誰にあらぬ疑いをかけて罵詈雑言を浴びせたと思っている。カナタ君は御三家の当主で、帝の義弟なのだぞ?」


「義弟などと仰いますが、剣狼の縁者がミコト様の配偶者になった訳ではありません!八熾の不幸に同情された龍姫の温情に甘え、義弟気取りでいるだけの…」


「黙れ!!龍と狼の姉弟愛が見えぬ程、その目は曇っておるのか!この大馬鹿者め、左内君が生きていたら、さぞ嘆くだろう!」


普段は温厚な雲水代表に怒鳴りつけられても、恨み骨髄の女ボクサーは引き下がらない。狂乱の拳闘士はレフェリーと殴り合いを始めた。


「そのお兄様を見殺しにしたのも剣狼です!あの時、助けられたのに!剣狼に勇気があればお兄様は今も生きていたのです!」


本音が出たな。左近は実はどうでもよくて、恨みの根幹はそこなんだろう。本来ならば"照京の昇り龍"が座っていた椅子を、オレが横取りしたと思っているんだ。実際、左内さんが生きていれば、御門グループ副代表に就任し、照京軍総司令の椅子に座っていただろう。そうであればオレが軍監に就任する必要もなかったし、ヒムノン室長をグループのナンバー2として送り込まずに済んでいた。


でもな、そうはならなかったんだ。死人を生き返らせる方法がない以上、早すぎる死を悼みながら、前へ進むしかねえだろうが!


「……おまえを龍姫親衛隊から外すべきだと進言する者は多かったが、私は反対した。だが、私が誤っていたようだね。目の前でこんな無思慮と無分別を見せつけられては、誤りを認めざるを得ない。」


実際に進言したのはオレだけどな。雲水代表が庇ってくれるのは嬉しいけど、おそらく意味はない。彼女にとって全ての黒幕はオレだろうし、親衛隊から排除した件についてはその通りなんだし。


「やはり私を軍学校に追いやったのは剣狼なのですね!」


追いやったっておまえなあ。軍学校は都を守る兵士を教練する学び舎だぞ。こりゃ首席教導官としても不適格なんじゃねえか? だけど配下の竜騎兵の評判はいいしなぁ……


「私の言葉をどう捉えたらそんな結論になるのだね!いい加減にするのだ!」


「軍学校にはそれこそ剣狼が赴任すればいい、武勇だけはあるのだから!その武勇をどうしてあの時、使わな…」


レフェリーと殴り合いながら、赤コーナーにも向かってきたか。言葉のボクシングが下手くそ過ぎだろ。


「……今のカナタさんなら剣聖と守護神を同時に相手取っても戦えるでしょう。ですが、あの時のカナタさんには無理でした。後悔と悲しみを抱いているのが自分だけだと思っているのですか?」


レフェリーの次はコミッショナーが登場ですか。さて女ボクサーさん、一番偉い人にも殴りかかってみるかい?


「ミ、ミコト様……」


「ツバキ、貴方は私の弟を侮辱しましたね? 命懸けで私を守り、血も汗も流してこの島を解放した弟を!」


「それは本来、お兄様の役割で…」


「まだそのような戯れ言を!左内の妹でなければ、その首を刎ね落とすところです!……竜胆ツバキの首席教導官の任を解き、謹慎を命じます。もう貴方の顔など見たくもありません。」


三分割された通信画面の向こうに駆け付けてくる竜騎兵の姿が見えた。遅えよ、主がやらかす前に止めに来いってんだ。


「ミコト様、聞いてください!私は…」


なおも言い募ろうとする女の腕を、胸に飛龍の徽章を付けた中年兵士が強く掴んで画面の前から引き剥がす。


「ツバキ様!大龍君のご命令にお従いくだされ!事を荒立ててはなりません!」


「サモンジ君、事はもう十分に荒立っている。私と言い争いになったぐらいなら取るに足らん事だが、ツバキは龍弟侯にまで、根拠のない誹謗中傷と罵詈雑言を浴びせたのだよ?」


飯酒盛いさはい左文字さもんじ中尉は左内さんの副官を務めていた男で、今でも竜騎兵団の副団長だ。照京動乱の際に先帝と上官を守れなかった責任を取りたいと、自ら中尉に降格を申し出た。額から下唇にまで届く長い傷痕は総督府防衛戦の際、瀕死の重傷を負って昏倒するまで戦った時に負ったもの。おそらく、オレの胸板に刻まれた爪痕と同じく、意図的に残してあるのだろう。


「私がついておりながら面目次第もなく!おいっ、おまえ達!早くツバキ様を寝所へお連れしろ!」


遠慮がちに様子を窺っていた竜騎兵2人が、頭が冷えてやらかしに気付き、放心したツバキさんを介抱しながら通信室を出て行った。


「サモンジ、久しいな。軍学校での活躍は聞いている。"向こう傷"先生の熱血指導は訓練生からすこぶる評判がいいとな。」


オレは胸の四本傷を見る度に魔女の森での出来事を思い起こす。バリーとジャクリーンを助けられなかった無念さと、ローゼに出逢えた喜びを。だけどサモンジ中尉にとっての傷痕は、主君を失った悲しみしかない。


「龍弟侯、どうか、どうにかツバキ様の御無礼をお許しください!飯酒盛サモンジ、一生のお願いにございます!」


コンソールパネルに額を擦り付けて懇願してくる中年軍人。前の主君が極めて英明だっただけに、落差に苦しんでいるんだろうな……


鏡を見る度に昇り龍の死を思い出し、生き残った妹からは毎日のようにオレへの愚痴を聞かされる。サモンジがお目付役として適任なのは間違いないが、何とかしてやらないと不憫過ぎるかもしれん。


「オレは何とも思っていない。だが姉さんが竜胆ツバキの任を解き、謹慎を申し付けた以上は従ってもらう。」


「ハハッ!解任と謹慎以上の処罰は平に御容赦を……」


「それを決めるのはオレではない。帝に言上すべき事だ。」


「何とぞ、何とぞ、龍弟侯からもお口添えを!」


主君の為なら恥も外聞もなしとは、なんともまあ、健気なオッサンだコト。この忠臣に免じて取りなしてやるか。


「姉さん、謹慎は仕方ありませんが、解任までは必要ないでしょう。」 「ミコト様、私からもお願い致します。ツバキが落ち着いたら、私からよく諭しておきますので。」


オレと雲水代表の取りなしは、姉さんに却下された。


「なりません。八熾と御鏡、帝の両輪に対する無礼は、私への無礼と同じ。幼少の頃より存知の者である事を差し引いても解任に値します。市民への献身と、人としての礼儀を学ぶ訓練校で、礼を弁えぬ者が教鞭を執る事など許されません。それは都の未来を担う若者への侮辱なのですよ?」


資格のない者は教壇に立ってはならない。ぐうの音も出ない正論に、オレと雲水代表は反論の余地を見出せなかった。


「ツバキ様は兄君を失った悲しみで、平常心を失われておられるのです。此度の件はツバキ様の落ち度ではありますが、解任、謹慎ではあまりに……」


理で完敗したので情に訴えるしかないサモンジ、だけど姉さんの言うコトが正しいよなぁ。教育ってのは国の根幹だもの。若者との交流が悲しみを癒すかもなんて考えてたオレは大甘だった。学校は傷心をケアする場所じゃない。心身共に健康な大人が、子供達を育む場所なんだ。心を病んでる彼女を配置したのは間違いだった。


「サモンジ、私とて左内の妹を長々と蟄居させるつもりはありません。ですから今はツバキを落ち着かせる事に専心するのです。私は先ほどの事件について、二人と話しますからお下がりなさい。」


「ハハッ!それでは失礼致します。」


三分割画面が二分割になったか。これで事件の話が出来るな。



左近とその一派を恨んでいる者はかなりいるだろうが、やはり八熾と叢雲がその筆頭だろう。八熾ではない以上、残るは……


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