宿敵編28話 世界一短いメッセージ



「兵馬は鷺宮衆を連れて化外への退避計画の策定、ミザは都の情勢に探りを入れろ。平八郎と丈ノ進は郎党と共に化外を除くセーフハウスの確認作業だ。弾正、おまえは残れ。」


下知を受けた一族は髑髏の仮面を被り、三々五々に散ってゆく。大まかな指示さえ受ければ的確に動ける精鋭達に迷いはない。


広い畳ノ間に残ったのは叢雲討魔と轟弾正ただ二人。


「申し訳ありません。俺はこうなる事がわかっていながら、価値も能もない雑魚どもを始末して溜飲を下げに走りました。」


「もう言うな。野武士か山伏みたいな面構えで神妙ぶられても気色が悪い。」


「山伏は酷えですよ。ま、俺の場合は山伏っつーより※山師なんですがね。」


無頼な口調に戻った男は、いつもの調子でニヤニヤと笑った。


「山張りが得意なおまえの事だ。ただ殺して帰ってきました、ではないのだろう?」


亡き母、叢雲永遠に"猪口才ちょこざいも極めれば一つの芸"と言わしめた弾正の機転をトーマは高く買っている。この曲者が手ブラで帰ってきたはずがない。


「土産という訳ではありませんが、こんな物ならありますぜ?」


弾正は懐からハンディコムを取り出し、再生ボタンを押した。


"皆、よく聞いてくれ。儂も色々方策を考えはしたのじゃが……やはり"君側の奸"を討つより他あるまい"


録音機には左近一派が雲水の暗殺を企てている様子が記録されていた。


「フフッ、やはりそんな悪巧みを談義していたか。小悪党の考える事は昔も今も変わらんな。弾正、でかしたぞ。これを活かせるか否かは、姫次第だがな。」


「若は差配なさらないので?」


「禍を転じて福となす、と言うだろう。今回の件は試金石だ。鳳凰の鉤爪の研磨に使える。」


「では相談役返上は本気ではないのですな?」


「本気だ。おまえの計算高さは計算に入れていたが、それが俺の買い被りであれば、本当に面倒な事態になっていただろう。俺は欲張りでな。こうなった以上は戦団の引き締めと、指導者の育成を一度にやりたい。英明な君主は蟻の一穴につけ込めるものだ。」


家人の責を自らが負う度量と、あらゆる事象を奇貨とする狡猾さ、さすがは"叡智の双璧"と謳われた奥方様の忘れ形見よ、と弾正は心底感心する。少なくともこれ以降、若の意向に逆らう者は出ないだろう。後はあの可愛らしい姫様が事態を収拾出来るかだが……


「熟練の登山家は、小さな窪みに指をかけて断崖絶壁をよじ登れますからねえ。」


「窪みが必要か?」


「……普通は。」


オーバーハングした滑らかな岩石に指を突き刺しながら登攀出来るのは若ぐらいです、と弾正は思ったが、口にはしなかった。


────────────────────


「あ~ん。はむはむ……」


レーネのお膝に座ったまひるちゃんは、好物のパンプキンパイを食べさせてもらってご満悦だ。可愛らしい少女忍者の大好物はお肉と甘い物。肉料理は血の滴る物を好み、気配りシェフのミザルさんの手で生肉料理や血のソースで味付けされた物がよく供されている。彼女がととさまと慕う里長、蟲兵衛ちゅうべえさんも似たような食性らしい。


蟲兵衛さんはうじの化身、まひるちゃんはヒルの化身を自任する蟲術こじゅつ使いだけに、使役する生物に食性が似通るのだろう。地走じばしり忍軍上忍の蝦蟇王がまおうさんは、昆虫料理しか食べないって噂だし……


……ん? 蝸牛かたつむりの従卒、太郎ちゃんと花子ちゃんがデスクに広げた新聞紙の上からボクを見上げてるけど……


「二人ともどうしたの?」


(僕達もおやつの時間なの!) (この新聞、読み終わりましたか?)


え!? 新聞紙を食べるの!


「太郎と花子は蝸牛でつから、セルロースを分解するのが楽しいのでつ!姫姉たま、ミルクで新聞紙を濡らしてあげてほしいのでつ!」


バイオメタルアニマルはカロリーを摂取出来ればなんでもいい。そして弱点食材さえも克服している。太刀風は※玉ねぎたっぷりのハンバーグでも喜んで食べてるし。でも、種族としての食性を忘れる訳ではないらしい。噂をすれば影、漆黒の忍犬に跨がったキカちゃんが執務室に入ってきた。聴覚のみならず嗅覚も優れたクノイチは、パンプキンパイの匂いに惹かれて駆け付けてきたのだろう。


「レーネ様、キカにもパンプキンパイ頂戴!」


「はい。キカちゃんもまひるちゃんも、食いしん坊さんですね。」


ボクの従姉妹、マグダレーネ・ベルギウスは順調に成長している。復権したはずの父親はまたよからぬ事を考え、政争においては一枚上手の父の手で再度失脚した。宮廷から追放されてはいないけれど、現在は冷や飯食らいに甘んじている事だろう。もちろん、レーネがベルギウス公のとばっちりを受けないように父には掛け合っておいたので、何も問題はない。レーネはボクに不測の事態が起きた時には、薔薇十字を率いなければならない身だ。指導者候補の身の安全には万全の心配りをしなければならない。


薔薇十字に来てから広い世界を知った娘は、懲りない父親には呆れているみたいで、ベルギウス公が失脚した事を告げても、"お父様も懲りませんね。きっと乗馬の際に学習機能を落とされたのでしょう"と嘆息しながら呟いただけだった。


「ローゼ様もパンプキンパイをどうぞ。ミルクティーも淹れますね。」


……レーネはボクより女子力が高いんだよね。特にミルクティーを淹れる腕前は、あのミザルさんが感心するぐらい上手い。


「ありがとう。紅茶がとてもいい香り。」


淹れてもらったミルクティーを新聞紙に垂らすと、柔らかくなった紙を太郎ちゃんと花子ちゃんははみはみし始めた。


「リリスちゃんってホントに綺麗だよねー。キカ、憧れちゃうな~。」


キカちゃんはお兄ちゃん謹製のパンプキンパイを頬張りながら、ハンディコムの待受画像に見入っている。カムランガムランで停戦交渉をした時に、将棋で勝った見返りとしてリリスちゃんから貰った(というより奪った)ものだ。チェスでは負けたから、キカちゃんも自分のプライベート写真を進呈したらしいけど、たぶんリリスちゃんに言わせれば"押し付けられた"になるのだろう。


パンプキンパイのお裾分けを貰った太刀風も待受画像に見入ってるけど、視線の先が微妙にズレてるような……


疑問を感じたボクは席を立って、キカちゃんのハンディコムを覗き込んでみる。疑問はすぐに氷解した。写真の中のリリスちゃんは、純白の忍犬にベンチ座りしていたのだ。


「綺麗なコだね、気になる?」


「……ガウ。(……可憐でござるな。) …!!…ガッ、ガウガウ!(…!!…だ、断じて懸想などしておりませんぞ!)」


……ははぁん。太刀風だって男の子だもんね。可愛い忍犬は気になるよねえ?


「ボクは懸想なんて言ってないよ? 火隠最強の忍犬だから気になるだろうな~って思っただけ。」


犬だから赤面は出来ないけど、太刀風が人間だったらきっと顔を赤くしてるんだろうな。


「ガウガウガウ!(雪風殿は成犬前から火隠忍犬衆筆頭に選ばれた天才犬との噂!) ガウガウガウ!(同じ忍犬として気になる。そ、それだけの事にござる!)」


うんうん、とっても早口だね。可愛いなぁ。


「ふふっ、そういう事にしておいてあげるね。」


凛々しい黒狼犬と可憐な白狼犬、ボクとカナタの歩む道が交われば、太刀風と雪風の道だって交わるはずだよね♪


「賑々しいお茶会だな。……姫、ヒンメル卿からメッセージが届きました。」


入室してきたギンの為に、レーネが紅茶を準備する。天国ヒンメル卿とは、掛カナタを指す隠語だ。


「そうですか。卿はなんと?」


「それが……メッセージは"?"の一言のみなのです。」


?だけ……いくらなんでも簡潔過ぎない? ボクに読み解けって事なんだろうけど、過大評価が過ぎるでしょ!ボクはカナタみたいに脳内で納豆菌を培養なんかしてないんだからね!


でも考えてみよう。謀略話となれば、姫様スイッチをオンにしないと!


「……意味が掴めませんね。」


「掴めないのは当然だ。それは俺に宛てたメッセージだからな。姫、返信は"〇"だけでいい。」


珍しく足音を立てずに現れた少佐が、ボクに返信内容を教えてくれた。


「ギン、少佐の仰る通りに返信を。」


「はい。それでは。」


紅茶を飲み干したギンは事情も訊かずに部屋を出た。ギンも少佐の指示に間違いはないと確信しているのだ。


「レーネ、キカちゃん達と一緒に中庭ででも遊んでいて。」


付き合いもそれなりの長さになれば、雰囲気で思考を読めるようになるものだ。腹の底は誰にも読めない少佐だけど、ボクと二人だけで話したがっている事ぐらいならわかる。


「はい。皆さん、行きましょう。」


レーネは引率の先生のように蝸牛コンビを肩に乗せ、ちびっ子二人と忍犬を連れて部屋を退出した。


少佐がソファーにどっかりと座ったので、私も対面に腰掛ける。


「意味を教えて頂けますか? 簡潔過ぎてサッパリわかりません。」


「?="おまえか?"と訊いてきたから、〇="そうだ"と答えたんだ。」


セロリ&ブロッコリー殲滅同盟は気が合うだけではなく、思考能力も釣り合っている。カナタはシンプル過ぎるメッセージでも少佐なら理解すると確信し、少佐はあっさりその意図を察した。戦国の世に勇名を馳せた八熾牙ノ助と叢雲豪魔も阿吽の呼吸で知られる仲だったけど、現代の狼虎も同じらしい。


「背景の説明を。私の知らない情報がありますね?」


「その説明に参上したんだ。まず、俺の不徳を詫びておかねばならん。すぐにニュースがもたらされるだろうが…」


少佐から事情の説明を受けた私は考え込んでしまった。これは非常によろしくない事態だ。でも、兵馬さんや弾正さんを責める気にはなれない。原因を作ったのは、竜胆左近とその一派だ。


そして少佐は、とんでもない事を言い出した。


「…という訳だ。姫、部下の統制も出来ない者が相談役など務められん。……俺は役職を辞する事にする。」


「そんな!!」


少佐が相談役を辞任する。そんな事はあってはならないし、そうなれば薔薇十字は崩壊する。戦略、戦術、政略、謀略を考え、戦場においては不動のエース。少佐あっての薔薇十字なのだ。


……落ち着いて、私。カナタから教わったでしょ。"窮地に立った時こそ、心の腰を落とせ"って。



そう、ヒントはカナタだ。少佐とカナタはよく似ている。カナタに二面性があるのなら、少佐にだって二面性があるはず。……わかった! 今、私は、参謀からリーダーとしての資質を試されているのだ。



※山師とは

山野を歩き回って鉱脈を探したり、立ち木の売買をする職業。一般的には山師のように投機じみた冒険をする人を指します。詐欺師のような意味合いで使われる場合もあり、このエピソードの弾正は自らを食わせ者だと言いたいようです。


※犬と玉ねぎ

普通の犬が玉ねぎを食べると中毒を起こしてしまいます。読者様もご存知の事だとは思いますが、意味不明だとマズいので念の為。



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