宿敵編22話 悪知恵の泉
「我が弟子よ、とうとう年貢の納め時だな。」 「悪く思わないでくれたまえ。私も父親だから娘には弱いのだよ。」
師匠と大師匠の二人がかりとか、大人げなさすぎじゃないかねえ。
「まだ弟子と決まった訳じゃあないですよ。今のところは"謎のイカ頭巾"のはずです。」
「なるほど。では不逞集団幹部として捕縛し、宗十郎頭巾を剥ぎ取ってやろう!せいっ!」
シグレさんが正面から、大師匠は常にオレの死角に回る位置取り。継承者コンビはそつも無ければ、隙もない。しかも呼吸までバッチリときてる。右手の刀でシグレさんの攻撃を受け流しつつ、側面から飛んで来る剣を躱してっと。大師匠はパワーもあるから迂闊に受けると体勢を崩されかねない。
「……う~む。死角からの攻撃をまるで見えているかのように躱すね。暗夜行を成就したのは伊達ではないな。」
暗夜行とは次元流の高弟が行う修行だ。深夜の道場内に長さの異なる蝋燭をいくつも灯し、瞑目して座禅。蝋燭の火が消えた瞬間を言い当てる。暗夜行の最終試練は、8尺蝋燭(24センチ、燃焼約8時間)を混ぜた108本の灯火が消えるまで続く荒行で、1本でも当て損なえば当然失敗である。現代において暗夜行を完成させたのは大師匠と師匠、そしてオレの三人しかいない。次元流の歴代継承者の中でも、成功者は数えるほどなのだそうだ。
「あれはマジでキツかった。夜の9時から始まって、朝日が昇るまで集中し続けろってんだから無茶苦茶だ。」
これまでの修行の中でも、そのしんどさは三指に入る。汗をかく訳でもなけりゃ、痛い思いをする訳でもない。地味な修行の極地と言える暗夜行だが、精神的には最高に堪えるのだ。だけど乱戦、多対一の戦いにおいて、気配を肌で感じ取れるほど心強いものはない。
「ほう。謎のイカ頭巾君は次元流を学んだのだね?」
誘導尋問に引っ掛かるとは不覚。
「……と、前世の記憶が言っていました。」
「安心したまえ。捕縛されなければ処罰されない、それがガーデンのルールだからね。」
オレのカウンターをさらなるカウンターで返して来る大師匠。刀を跳ね上げて応戦しようとした瞬間にはシグレさんの刃が迫って来る。オレはやむを得ず、袖口から出した砂鉄の刃で二つの刀を弾いた。
「ふむ。謎のイカ頭巾は磁力操作も使う、と。」
「……通信教育で習ったんです。」
「そんな便利な通信教育があるのなら、私も受講したいものだな。とりゃあ!」
大上段からの打ち下ろしを最小限の動きで躱し、サイドから蹴りを入れる。足を上げて蹴りを受け止めたシグレさんだったが、パワーの差で若干後退した。空いたスペースに踏み込んだオレは、背後に回った大師匠を後ろ蹴りで牽制しながらシグレさんの横薙ぎを刀で受け、空いた左手で軍服の裾を掴んで放り投げた。フラミンゴみたいな一本足でも、ボディバランスは失わない。この体術はマリカさんから学んだ。
天井近くまで放り投げられたシグレさんは体を高速回転させて、小柄を投擲してくる。火隠忍術"独楽手裏剣"、シグレさんも最強の忍者から教わった技はある、か。
バク転して小柄と大師匠の斬擊を躱したオレは、そのままジャンプして荷揚げ用のフックに摑まる。網膜に時間を表示してっと。凛誠の突入から5分経過、そろそろオーケーだな。頼むぜ、ソードフィッシュの頭脳ちゃん。
(アルマ、準備は出来たか?)
自律行動で既に格納庫を出ているはずの陸上戦艦から、アルマはテレパス通信を返してきた。
(
(気乗りしないのはわかるが、他に方法がない。)
(……そうかもしれませんが、私も共犯と見做されかねません。)
(問題ない。アルマの図体を収容出来る営倉なんてないからな。物理的に営倉入りは不可能、つまり、何をやっても
(その論法には疑義を呈しますが、最上位管理権限を持つ団長の
うっし。これで脱出路が開く。んで、脳波誘導装置の範囲をマックスにして、と。
「謎のイカ頭巾!そんなところにぶら下がってないで、尋常に立ち合え!」
尋常も何も、大師匠と二人がかりだったじゃん。
「凛誠の局長殿、それに生活指導委員会の委員長さん、お仲間に念真防御を指示してください。上に向かって、ね。」
オレは足で鎖に摑まったまま、
「おっぱい狂いが本当にトチ狂いましたわね!」
ガトリングガン(ゴム弾使用)の銃口をオレに向けようとしたマリーさんを、シグレさんが制する。
「いや、あの目は……本当にロクでもない事を企んでいる時の目だ。総員、捕り物を中止!上に向かって念真障壁を張れ!」
さすがに察しのいいコトで。
格納庫の天井にビタンビタンとクラスターマインが貼り付く音が聞こえる。コンテナーミサイルとして発射された
派手な炸裂音(音だけはデカくなるよう工夫しといた)を上げて屋根が吹っ飛び、当然ながら破片がバラバラと格納庫内に落下してくる。対テロ戦用に考案した戦術は、当然ながら脱出作戦にも転用出来るのだ。
「屋根ごと吹っ飛ばすとか正気じゃありませんわ!司令に大目玉を食らいますわよ!」
降り注ぐ破片をゴム弾で弾きながらマリーさんは呆れ、憤慨した。
「1番格納庫の屋根は老朽化してますんで、来月には張り替え予定が入ってるんです。解体作業を前倒ししてあげただけですよーだ。」
バララバラバラとローター音が接近中。うむ、時間合わせも完璧ですな。お星様がよく見えるようになった格納庫の中に、脳波誘導で起動し、リモート操作で予定空域に到着した数機の大型ヘリからロープが垂らされる。ヘリに乗り込むには人数が多すぎるが、ロープに摑まって脱出するだけなら問題ない。
「あ、忠告しておきますけど、捕り方の皆さんはロープに摑まらない方がいいですよ?」
「都合のいい戯れ言を!決して逃がしません事よ!……あら?」
マリーさんが垂らされたロープに摑まったが、それは外れのロープだった。だから言ったのに。
「あ~れ~!」
落下したマリーさんをシグレさんがキャッチする。
「ロープに摑まったイカ頭巾には構うな!
ご名答。ストランドで構成する模様に僅かな違いがあるんだけど、初見じゃわかんないはずだ。テレパス通信でビーチャムにも見分け方を教えてやっか。
(……という訳だ。わかるな?)
(オーケーであります。皆に伝達するのであります!)
敵に塩を送ったオレは愛しの特攻党員をハンドサイトで呼び寄せ、高く跳躍して胸に飛び込んできた貧乳天使を抱っこしながらロープに摑まる。
「それでは凛誠&SSの諸君、また会おう!」 「バイバイなの!」
何度抱き締めてもナツメの貧乳はいい感触だなぁ。
──────────────────────────
オレとナツメは歓楽街区の近くでヘリから降下した。低高度飛行ならアスラコマンドにパラシュートなど必要ない。
「あ~面白かった♪」
頭巾を外してネオン街を歩くナツメに軍用コートを掛けてやる。眼福ではあるが、水着もパレオも季節外れだ。
「あれ。遠目でよくわからなかったけど、ナツメは肌色水着を着てたんだな。」
「サービス精神旺盛な党員は生肌だけど、恥ずかしいコだっているから。」
「そりゃそうだな。生乳だと思って見れば、生にも見える。ま、幸せを感じられるなら何でもいいさ。」
立ち止まったナツメはオレの目を真っ直ぐ覗き込みながらウィンクしてくる。
「私が肌色水着を着てるのはね……"生で見せてあげるのはカナタだけ"って決めてるからだよ。」
な、なんて可愛い天使ちゃんなんだ!
「ふふ、カナタがキュンキュンしてるのが鼓動でわかるの。ご褒美にちょっとサービスしてあげるね。はい。」
ちょいとモゾったナツメから、軍用コートの袖口越しに布切れを手渡される。これって……
「肌色水着じゃん!」
「私、早着替えは超得意だから。ちょっと顔を貸してね。」
両手でオレの後頭部をサンドイッチしたナツメは、ニヤけた頬をはだけた軍用コートから覗くお胸にグリグリしてくれる。
「こ、ここは桃源郷なんですか!」
「およよ? "ニップレス付けてるじゃん!"って文句を言うかと思ったのに。」
「これはこれでアリです!」
乳首だけ隠された生貧乳が、たまらなくエッチですから!
「じゃあ"貧乳しか愛せない"って唱和してみよ? さん、はい!貧乳しか愛せ…」
「貧乳しか愛せ…危ねえ!ナチチの奸計に落ちるところだった!」
「ちっ…もうちょいだったのに……」
ったく。油断も隙もねえ。……ん? この近くに変人マスターのやってるダーツバーがあるな。部屋に戻る前に軽く引っ掛けていくか。
「ナツメ、スネークアイズに寄ってくか?」
「うん!ミッドナイトデートだね♪」
腕を絡めてくるナツメをエスコートして、オレは裏通りにあるしなびたバーへ向かった。
シオンはホタルと女子会を開いてる。たぶん、捕り物を終えたコトネが合流した頃だろう。リリスは……リーブラが送ってくれた
リリスにとって唯一尊敬出来る肉親だった"数学界の巨星"、カールハインツ・ローエングリン。話を聞いた限りじゃかなり偏屈な毒舌家だったみたいだけど、孫娘に対する確かな愛情も感じ取れた。
……天才同士は言葉ではなく、棋譜で語り合える。リリスとリーブラが一度も勝てなかった不世出の棋士は、遺した譜面の中で自慢げな笑みを浮かべているコトだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます