宿敵編23話 無愛想と無表情



ダーツバー"スネークアイズ"には先客がいた。白雨の異名に恥じず、水も滴るいい男と、豪拳の異名に相応しく、マグナムスチールより硬い拳を持つ男が。


「ダミアン、カクさん、やっほ!」


コートの裾を翻したナツメはピョンと跳ねてカウンター席に座り、オレに"隣の席に座れ"と手招きしてくる。


「……ナツメ、助っ人は今回限りだぞ。」


クールにグラスを傾けたダミアンに、ナツメは笑って応じる。


「それはどうかな~?」


「……困った娘だ。」


オレがナツメの隣に腰掛けると、マスターが無言でシェーカーを振り始める。名人芸を披露してからカウンターの上に静かに置かれるカクテル。


「クレイジーポエマーか。今夜は大師匠まで乗り込んで来て参ったぜ。」


「達人と雷霆の連携攻撃を器用に躱していたな。受けも巧いが避けも速い。カーチスに回避技術を教えてやったらどうなんだ?」


麦焼酎が好きなイッカクさんは行きつけの店に、"泰山"のボトルをキープしている。今夜もお気に入りの銘柄を烏龍茶で割って飲んでいるようだ。ロックじゃないのはさっき運動して消費したカロリーを補充する為に、厚切りのハムステーキを食しているからだろう。肉料理の時は烏龍茶割りが合うって言ってたからな。


「リーゼントサイボーグはお遊びのイベントだから戦闘用の義足をつけてなかっただけです。ジェットローラーを使った回避術は相当なもんですよ。マスター、次のカクテルは…」


「………」


マスターはカウンター上のボトルを手に取り、シェーカーに注ぐ。バクラさんが考案したオリジナルカクテル、"ストロングフィスト"は麦焼酎にトニックウォーターを混ぜて作るのだ。


「俺にも同じものを貰おう。"アンフレンドリー"を除けばバクラカクテルはどれもいい出来だ。素行不良の傾き者だが、そこだけは褒めてやってもいい。」


"無愛想アンフレンドリーダミアン"はただの塩水。どストレートな皮肉もあったもんだ。


「オレもハムステーキを焼いてもらうかな。部隊長相手の連戦でカロリーを消費しちまった。」


「俺のを分けてやろう。インセクター越しに見ていたのだが、サクヤを吹っ飛ばした技は夢幻一刀流の奥義なのだな?」


マスターから無言で渡されたフォークでハムステーキを刺し、マスタードをたっぷり塗りつけてから頬張る。


「……もしゃもしゃ。ええ、透破重肘は無刀術の中では最高難度の技の一つです。六道流で言えば内気掌から肘打ちに繋ぐ。」


イッカクさんはカウンターの縁に掌底をあて、即座に肘打ちに繋いで見せた。だけど、まだ遅い。


「こんな感じか?」


「それじゃあただの連続攻撃だ。内気功が炸裂するのと同時に肘打ちが当たらないと威力は倍加しません。」


「では手本を見せてもらおうか。」


椅子から立ったイッカクさんは腰を落として身構えた。


「いいですよ。透破重肘の難しさは、巻き藁相手に訓練しても意味がないところです。内圧と外圧が同時に作用したかは、生身が相手でなければわかんないですから。」


この技が完成したのはガード屋のウォッカが鍛錬に付き合ってくれたからだ。


「サクヤには左手で打ったようだが、俺には利き腕でこい。」


「そのつもりです。イッカクさんの防御力は部隊長でも随一ですから。」


純粋なタフさならアビー姐さんだろうけど、イッカクさんには手練の技もあるからな。


「……せいっ!」


交差したぶっとい腕に透破重肘を打ち込んでみたが、イッカクさんは半歩後退しただけだった。やはりサクヤとは重さと堅さが違う。


「これは……効くな。加減してこの威力か。」


ナツメからウィスキー瓶を防衛しながら、ダミアンが盟友に話しかける。


「見ているだけで難易度の高さがわかるが、徒手空拳技が本業のイッカクなら真似られるだろう?」


イッカクさんは太い首を左右に振った。


「無理だな。俺向きの技じゃない。」


一本の腕で掌底と肘打ちを同時に打たないといけないからな。体格がある人間には不向きな技だ。


「イッカクさんは一撃必倒の打撃技を既に持ってます。無理に習得する必要もないでしょう。」


「とか言いながら、連環擊はパクったのだろう? ついでにやってみろ、完成度を見てやる。」


オレは毛糸を巻く時のような感じで両腕を構え、回転させるように連打を放つ。イッカクさんは拳打をガードしながら憮然とした顔になった。


「本家の俺より回転数が高いとは驚きを通り越して呆れる。……文句なく合格だが、拳と肘だけで頭突きは混ぜないのか?」


本家よりも回転数で優るが、威力で劣る。オレ流連環擊はそんなところだろう。


「オレのタッパだと相手の顎へ向かって打ち上げる頭突きになる。打ち上げ頭突きは連携に組み込むのには向かない。それにオレの頭突きはイッカクさんほど威力がありませんしね。」


172センチは兵士としては決して大柄じゃない。2m近いイッカクさんなら、大抵の相手には打ち下ろしの頭突きを放てるだろうけど……


「パクりながらも自分向きにアレンジは加える訳か。恐れいった。」


「お師匠、ここでしたか。」


スネークアイズにやって来た客はイッカクさんの愛弟子、"無表情"マットだった。


「コリりんがバーに来るなんて珍しいね!」


ナツメから可愛らしい愛称で呼ばれたマットは僅かに口をへの字に曲げた。


「コリりんってのは俺の事か?」


「マット・コリガンが他にいるの?」


「いないが……お師匠、修練の場に弟子を置いていくなんて酷いじゃないですか!せっかく虚無僧衣装も用意していたのに!」


……あれが修練の場かねえ。しかしマットまで虚無僧コスプレするつもりだったのか……


「フフッ、すまんすまん。急な助っ人要請だったのでな。夜の早いおまえを起こすのが躊躇われた。まあ座れ。」


釈明しながらイッカクさんは席に戻り、友のグラスに酒を注ぎながらダミアンが忠告する。


「マットは少し遊びを覚えた方がいい。修行一辺倒では人間の幅が広がらんぞ。」


「師匠やダミアンさんに遊んでる印象はないですが……」


「そうでもない。俺も若い時分は盛り場に入り浸っていたものだ。」 


イッカクさんもダミアンもまだ30にはなってないから若者の部類だろうに。"豪拳"イッカクがマットぐらいの年の頃の話なんだろうけど。


「意外だな。剛直武人のイッカクが盛り場通いとは。」


友の放埒を知ったダミアンが含み笑いを漏らした。一々絵になる男だな、こん畜生め。


オレも席に戻ってマスターにカクテルを注文する。


「マスター、無愛想ダミアンを無表情マットに。」


悪巧みに乗ったマスターは若き武道家の死角でシェーカーを振り、グラスを差し出す。


「……ぺっぺっ!おいカナタ、これは塩水じゃないか!」


塩水を飲まされても表情を変えないのは立派だよ。無表情を超えて鉄面皮だな。


「文句はバクラさんに言えよ。ん? また客が来たな。」


「いや~参った参った。アブミさんのしつこいのなんの、撒くのに一苦労だぜ。」


汗塗れでバーに入ってきたダニーは、マスターにトスされたおしぼりで額の汗を拭う。アブミ隊は最後に空域を離れたヘリをジェットパックで追っかけてたっけ。その執念には頭が下がる、銭形警部といい勝負だ。


「ご苦労様。2番格納庫にジェットパックがあるのを忘れてたな。」


とはいえ使われてる格納庫の装備品まで動かす訳にもいかんからな。


「しゃあねえよ。殿しんがりってのはそういう役回りだ。おや、真面目一徹のマット君が夜遊びとは珍しい事もあったもんだな。マスター、泡の出る麦茶をくれ。喉がカラカラだ。」


立ったまま渇いた喉をビールで潤したダニーに席を勧めようとしたが、また闖入者がやって来た。この足音は……


「カ~ナ~タ~!!やっぱりここだったか!」


古式ゆかしい忍者装束に鉢金まで巻いたシュリはオレを目がけて一直線、わりかし本気で振り下ろされた訓練刀をなんとか脇差しで受ける。


「おい待て!いきなりなんなんだよ!」


「それは僕の台詞だ!僕の中隊はこんな深夜に叩き起こされて、格納庫の屋根にビニールシートを張る羽目になったんだぞ!文句を言おうにも司令ときたら"お友達の後始末は任せたからな"とだけ言って電話を切っちゃうし!」


それで大原部長みたいに血相を変えてオレを探してたのか。たぶんいの一番にスケアクロウの部隊詰め所に駆け込んで"カナタはどこだ!"とでも叫んだんだろうなぁ……


「それはそれは、ご苦労様でした。屋根の張り替え工事までに雨でも降ったら面倒だもんな。」


「摘発から逃れる為に屋根をクラスターマインで吹っ飛ばすとか無茶が過ぎる!」


自分の教えた火薬術を悪用されたら、そりゃ憤慨もするか。


「まあまあ。後始末は終わったんだろ?」


「まだだ。……元凶の始末が残ってる。」


友よ、据わった目で怖いコトを言わないでくれ。


「そう言えばシュリカナとダニは同期会を結成していたな。」


「イッカクさん、ダニじゃない、ダニーだ。」


玄武岩で出来た彫像みたいな武道家は、しれっと抗議を受け流した。


「細かい事は気にするな。マットも三人と同い年だ。同期会という名の飲み仲間に入れてやってくれ。」


「お師匠、俺は別に…」


渋るマットにダニーの上官が、あんまりな台詞で口添えする。


「師匠の言う事を聞いておくといい。ダニーはともかく、シュリカナからは学べる事もあるだろう。」


「ダミアン、それが可愛い部下に言う台詞かよ?」


ダニーは拗ねてみせたがダミアンは取り合わない。


「フッ、おまえのどこに可愛げがあるのやら、だ。」


クールな男は長髪をかき上げながら優雅にグラスを傾ける。しゃれっ気でやってるんならまだしも、この色男はこういう仕草を素でやるから始末に悪い。ローゼの兄的騎士、クエスター・ナイトレイドは金髪碧眼の男前で正統派美男子って感じなんだけど、ダミアンには国籍不祥のエキゾチックな色気があるんだよな。


「マット、オレらはしょっちゅうつるんで飲んでるけど、たまには参加してみたらどうだ?」


「……ま、まあ、たまになら……」


「決まりなの。今夜は私が華を添えてあげるね!」


シュリが目配せしたのでオレ達は頷いた。いっせーの~…


「「「「未成年は飲酒禁止!」」」」


「ぶー!真面目×2はともかく不真面目×2がそんな綺麗事を言っても説得力皆無なの!」


ぶーたれる天使ちゃんの手を取ってテーブル席に移動する。ほれ、野郎ども、ついてこいよ。



同期会(といっても士官学校や訓練校は出ちゃいない)に新メンバーが増えた。さっそく歓迎会でも開きますか!


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