宿敵編21話 凛として、誠を貫く者
「局長、あんパンと牛乳をどうぞ。」
鬼の副長、
「もぐもぐ……旨い。やはり張り込みにはあんパンだな。グビグビ……牛乳には蜂蜜がひとさじ、加えてあるのだな。」
料理洗濯を始めとする家事のほぼ全てが副長頼みの局長は、副長の手作りあんパンが大好物であった。薔薇園の憲兵隊を兼任する2番隊"凛誠"は目下、格納区画で張り込み中である。
「ふふっ、では採点をお願いしますね。」
妹弟子でもあるアブミの言葉にシグレは苦笑する。
「勘弁してくれ。もう採点は懲り懲りだ。」
「局長!1番格納庫に怪しげな…いえ、いかがわしい集団が接近しています。」
玄馬ヒサメから報告を受けたシグレは望遠アプリを起動させてターゲットを補足する。
「だいぶ冷え込んできてるのにマイクロビキニとはな……」
破廉恥集団の奇襲を見届けたシグレは嘆息した。
「大丈夫どすえ。昔から"バカは風邪を引かない"と言いますさかいに。局長、踏み込みますか?」
はんなりした口調で毒を吐いた
「まだだ。虚無僧二人が飛び込み、宴もたけなわとなってからさ。」
壬生シグレの師であり、父でもある助っ人剣客がニコリと笑った。
「二虎競食の計だね。局長殿も中々の策士になってきたようだ。しかしシグレ、今回はアビー君に声をかけなくて良かったのかね?」
「声は掛けました。ですが"今回はパスだ"と断られまして。おそらく自分の写真が殿堂入りしている事を知って、気を良くしているのでしょう。」
「先ほどのコンテスト会場でトッドさんを相手に"おまえさぁ、アタシの写真をこっそり手に入れたらしいじゃないか。ん~、なんとか言ってみな?"と、絡んでいましたわね。二人ともムキになって言い合いを始めて、まるで中学生のような微笑ましいやりとりでしたわ。」
「アブミ、中学生はテーブルを叩き割らないし、壁に弾痕を空けたりもしない。もしそんな中学校があるとすれば、学級崩壊どころではないぞ。」
真面目くさった顔でシグレは返答し、ハンドサインでコトネにインセクターを飛ばすように合図した。異名兵士"
「局長、後学の為に聞きたいのですが、どうして今夜、不逞集団の集会があるとわかったのですか?」
教授の御礼を先渡しするかのように、ヒサメは笹の葉で包まれたおにぎりを上官に差し出した。つくね入りの特製おにぎりもまた、シグレの好物なのである。
「むぐむぐ……あんパンもいいがおにぎりもいいな。甘辛く味付けされたつくねが、白米の旨さを引き立てている。なぜ不逞集団の動きを読めたのかだが、簡単な話だ。コンテストの最中に、アクセルがそっと席を外すのが見えた。それでピンときたのだよ。」
局長大好きのアブミとヒサメは、どちらが口の端に付いた米粒を取るか牽制し合う。その間隙を縫うように、コトネがそっと緑茶の入った水筒をシグレに手渡した。彼女がおっとりしているのは外見だけで、中身は相当にしたたかなのだ。あんパン、おにぎり、お茶でそれぞれに加点したカタチである。
「なるほど。カナタ君は詭計を得意とする軍人だ。"虚と思わせて実、実と思わせて虚"ならば、今夜こそが危ない。そう読んだ訳だね?」
達人の言葉に雷霆は頷く。
「はい。そしてアクセルの後を追うように、ビーチャムの姿も消えていました。キンバリー・ビーチャムはカナタが"自分に似たタイプの兵士"と評するだけあって、上官から策略の要諦も学んでいます。彼女なら敵対組織の動きを読んで、不意を打とうと画策するはず。ですから我々も出動する事にしたのです。」
「局長、最重要捕縛対象"おっぱい狂い"が重要捕縛対象"アホ毛&ソバカス"に
瞳にインセクターから送られてくる映像を映したコトネの報告を受け、シグレが動き出す。
「そうか。アブミ、対面の格納庫で待機中のマリーに連絡を。父上、最重要捕縛対象には私と二人でかかりますよ?」
「うむ。鏡水次元流の前・現継承者が相手ならば、
「……時は満ちた。総員抜剣!薔薇園憲兵局"凛誠"、出動するぞ!」
山型模様の袖口、背中には「凛」の一文字。2番隊専用の軍用コートを纏った軍団は、先陣を切って走り出した局長の後に続く。"凛として、誠を貫く"ゆえに凛誠と名乗る隊士達は、風紀の乱れを許さないのだ。1名の不心得者(しかも幹部隊士)を除いて、だが……
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「うりゃりゃりゃりゃあ!も一つオマケにうりゃあ!」
迫る白刃…じゃねえな。刃を潰した訓練刀だから。ラッシュの速さなら機構軍の"
「速さは申し分ないけど軽いぞ。速さ一辺倒じゃなくて、緩急や強弱もつけろって。」
シグレさんから何を学んでんだよ。緩急と強弱の巧みさじゃガーデン随一の剣客に師事してる意味がねえだろ。
「うっさいわ!速さは全てを凌駕すんねん!とりゃあ!せいっ!」
息もつかせぬ怒濤の連擊を受け流しながら、要所で返しの刃を入れてみたが、ジェット気流を巧みに使ったナチチの党首は見事に躱してのける。"燕剣"サクヤはその異名通りに、攻防に渡って"速さ"を武器にしているのだ。ハンドスピードならガーデンでも5指に入るだろう。
とはいえ、"剣も速いが気も早い"ってのが欠点なんだよな。
「このままではラチがあかんわ。エッチ君、ウチのとっておきを見せたるで!」
だからぁ、わざわざそれを言っちまうのがアカンのやて。サクヤのやる気は偉い人が乗るモビルスーツの角みたいにピンと立った髪でわかる。しっかしわざわざ頭巾に穴を空けてまでアホ毛を誇示するかね。
「これから"必殺技を出します"なんて宣言するから、おまえはアホのコなんだよ。」
「いっくでー!!此花流奥義、飛燕八蓮華!」
右から四連、左から四連、前は六蓮華だったのに成長してるな!右は刀で、左は逆手抜きした脇差しで防御っと。
「今や、幹事長!」 「了解であります!」
奥義で全力防御を強いて、念真髪で体を絡め取る。……読まれてなければ上手くいったかもな。ビーチャム、軍服の袖口に付いてるジッパーが開いてるのを見落としただろう?
「髪が!…しまったであります!」
絡み付こうとしていた念真髪は、磁力の刃で切り裂かれていた。飛燕八蓮華とは恐れ入ったが、六蓮華の時と同じ欠点を抱えているな。すなわち、全力加速の攻撃後は回避が遅れる!
「せいっ!」
オレは脇差しを投げ捨てながら掌底を放ち、瞬時に肘を曲げて肘打ちも見舞う。夢幻一刀流無刀術・
「あうっ!!そんな技を持っとったんかーい!」
派手に吹っ飛ばれてコンテナに叩きつけられたナチチ党首はダウンするまいと踏ん張ったが、意に反して片膝を着いてしまった。手加減はしてやったが、打撃技としては最高峰の威力があっからなぁ。
「掌底での寸勁、内から響く打撃が効力を発揮するまでの僅かな間に肘での直接打撃……コンマ数秒のタイムラグを利用した内外二重の打撃技とは驚きであります!!」
央夏流に言えば寸勁だが、夢幻一刀流では透擊と呼ばれる。鎧通し→通し→透し→透擊と言葉を変えていったのだろうと爺ちゃんは秘伝書の解説で述べていた。
「幹事長、バトンタッチだ。片腕とはいえ凄腕のサイボーグを相手するのはしんどいだろうが、俺が勝負してみたい。」
「了解であります!」
切り替えの速い娘は即座にヘアネットでダメージを負った党首を上部通路に釣り上げて退避させ、巨漢虚無僧にバトンを渡した。
「格闘家の意地ってか。まあいいだろ。来な、小娘。胸を貸してやっからよ。」
制圧棒で手招きするイカ頭巾に、若き(つーか17歳の)幹事長が挑む。
「望むところであります!」
同志イカーチスとのバトルは
「……助平集団幹事長よ、なぜ納刀する?」
刀を納めたオレに虚無僧は問うてきた。
「徒手での戦いをご所望なんでしょ?」
水平に構えた右腕をヘソの下あたりに、少し曲げた左腕を右側頭部のちょい前にかざして虚無僧に相対する。
「その型は夢幻一刀流無刀術、"巴の構え"だったな。ならば六道流の王道、"豪破の構え"でお相手しよう。……フフ、おまえはもう、相手の土俵で戦えるまでに強くなったのだな。」
指を軽く曲げた左手を大きく突き出し、脇に引いた右手の指はコの字型……六道流のストロングスタイルで勝負するつもりだな。相手にとって不足はない。
「……ゆくぞ。」
「……こい。」
左手を突き出したまま、摺り足とは思えない速さで迫る巨漢。変則的な動きで左右に揺れる左手に惑わされるな。ヒットマンスタイルは右腕の振り子運動で幻惑させながらフリッカーを打ってくるが、六道流は突き出した左手の動きで幻惑しながらリードストレートを打ってくる。
「はあっ!せやっ!」
最速、最短で打ち込まれる左拳。六道流は古武術だけど、元の世界の格闘技なら
…!!…両腕を内で巻いた!来るぞ!
「六道流、連環擊!」
連環擊ってのは早い話がチェーンパンチだ。一撃必倒のイメージが強い"豪拳"イッカクだけど、それは並の兵士が相手なら腰の入った重擊を容易に当てられる高い技術を持っているだけ。
「……俺の無呼吸連打をこうまで捌けるのか……」
互角と見做した相手にはこの技を使ってくる。ハンドスピードを極限まで高めようとも、イッカクさんの拳は十分重い。ガードを固めて距離を詰めれば肘が、バックステップで距離を取れば長い足の蹴りが飛んで来る。両手を上下に構え、即応性に優れる巴の型で相対したのは、連環擊を警戒していたからだ。
拳、拳、拳、肘、拳、拳、肘、そして頭突き。合わせるのは頭突き、一番速度が出ない技だからな!
「せいっ!」
編み笠を両手で挟んで巴投げ!普通の敵なら首を捻じ曲げるのも容易いが、イッカクさんの首は頭よりも太い。どう鍛えたらそんなぶっとさになるのか不思議でしょうがねえよ。
投げ飛ばされたイッカクさんは空中で錬気し、念真重力破を放ってきた。牽制+空中での態勢立て直しに重力破の反動を利用したのだ。サイドステップで重力破を躱した分だけ、着地を攻めるのが遅れた。イッカクさんは着地前に上体を捻っている!
「六道流、旋渾擊!」
捻った上半身+錬気+自前の豪腕による特大フック。最強の矛には最強の盾で応じる!
「夢幻一刀流、十字守鶴!」
刀術でも無刀術でも、重ねて受けるこの技が我が流派最強の防御技だ!交差させた両腕は、最強の拳を受け止めた。……最初にこの技を見せてもらった時は、ピンポン球みたいに吹っ飛ばされたっけな。
「……見事だ。旋渾擊を受けられたのは始めてだぞ。」
そりゃ普通は避けようとするだろう。そこらの重量級なら、お空の彼方まですっ飛ばせる威力がある。
「次からは避ける。……もっかいやってみろと言われたら自信がない。」
さて、受けたはいいが、ここからどうすっかな。
「御用改めである!大人しく縛につけ!」 「不逞集団の皆様、指導のお時間ですわよ!」
……マジか。凛誠にSSまで参戦してきやがった。
「どうします、助っ人の先生?」
「特別営倉ならともかく、貧相な方の営倉はかなわん。勝負はおあずけだ。」
拳を引いた虚無僧は、もう一人の虚無僧の元へと走り、脱出を開始する。
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