宿敵編19話 ガーデンお料理コンテスト
一般人なら自炊派と外食派なら前者のが多いだろう。これが兵士の話となれば比率は逆転する。とりわけこの薔薇園では特にだ。ゆえにピークタイムの大食堂は混雑しているのだが、今夜は混雑どころじゃない。立ち見っつーか立ち食い、立ち飲みの暇人どもがひしめき、むさ苦しくて暑苦しい馬鹿騒ぎをしてやがる……
「札付き軍人の皆様、グルメスタジアムことガーデン大食堂へようこそ!待ちに待った"ガーデンお料理コンテスト"の幕が切って落とされます!司会進行は同盟軍広報部所属、ドリノ・チッチが務めさせていただきま~す!」
待ちに待ったじゃねーわ。今日の昼に、その場のノリで決まったんだわ。しかも煽った張本人がマイク片手に上機嫌で司会やってんじゃねえ。蝶ネクタイごと首を絞めてやろうか……
オマケに悪ノリに便乗しやがった兵站部が、即興で作った宣伝ポスターをガーデン中に貼り出しやがったせいで、一大イベントみてえになってんじゃねえかよ。こんなお遊びに本気になるバカばっかりいてどーすんだよ。オレ達は軍隊だぞ!
「では審査員の紹介を始めましょう!"料理は無理だが、味は分かるぞ"、薔薇園憲兵局長・壬生~シグ~レ~!」
「大きなお世話だ!」
オレの隣に座ってる師匠が、大声でツッコミを入れた。こんなアホなイベントに、シグレさんまで駆り出すコタァないだろうに……
「よく審査員なんて引き受けましたね。」
「……マリカに騙されたのだ。"旨いものを食わせてやるから"と呼び出されて、これだ……」
嘘は言ってないんだけど、だまし討ちではある。よくよく考えれば、マリカさんってシグレさんを結構振り回してるよな。
「料理と言えばこの人、ガーデン大食堂料理長・山海~磯~吉~!」
「磯吉さん、職場放棄は感心しないよ?」
昼間の
「開催が決まってからすぐに、冷製メニューをイヤほど仕込んどきましたんで、問題なしでさぁ。」
紋付き袴まで着込んで張り切ってんじゃねえわ。どんだけお祭り好きなんだよ。んで、隣に座ってんのは……
「主婦歴ウン十年、武器屋もこなす剣銃小町店主・山海~小町~!」
「あらやだあらやだ!オバチャン、こんな派手な雛壇は苦手なんだけどねえ。」
ノリノリですやん。そんな派手派手しい着物でおめかししといて、苦手もクソないもんだ。
審査員はオレとシグレさんに、磯吉さんにおマチさん。さらに友情出演とやらの茂吉さんと、どう見ても公平な審査をしそうにないクランド大佐、んで唯一マトモそうなヒムノン室長か。シグレさんも本来なら良識枠なんだけど、親友のマリカさんを贔屓しそうだよなぁ。こりゃリリスにとっちゃアウェーだぞ。……まてよ? オレはリリス贔屓だと思われてるってコトなのか?
贔屓枠3人と中立枠4人、だったら最初から中立枠だけでやれや!
「さあ、いよいよ美人シェフ三人の入場です!皆様、盛大な拍手でお迎えください!」
おい、カクテルライトまではいいにしても、スモークまで焚くのかよ。さては工作班まで悪ノリしてやがるな?
頭が痛くなってきたオレを尻目に、
「いよっ大統領!」 「こりゃまた別嬪さん揃いだねえ!」 「俺も審査員をやりたかったぜぇ!」
大人二人で少女を挟んでご入場か。……マリカさん、蜘蛛の刺繍が施されたセクシーコックコートなんて持ってたんですね。……違う。食堂の端っこで旦那と一緒にディナーを楽しむホタルに手を振ったところからして、急遽作らせたに違いない。リリスはゴスロリ風コックコートでバッチリめかし込んでるし、司令は胸元と背中、オマケに太股まで露出したコックコート?でスケベ野郎どもを魅了してるし、やりたい放題だな。
「イスカ、それは本当にコックコートなのか?」
「マリカが言うな。胸元の開き具合は私以上だろう。」
「色仕掛けでギャラリーを味方につけようだなんて、さもしいわねえ。」
皮肉を飛ばし合う千両役者三人は、食堂の真ん中まで並んで行進。万雷の拍手を浴びながら腕組みした司令は、マリカさんに宣戦を布告する。
「いよいよだな。マリカ、いくら友でも手加減はせんぞ。私は負けるのが大嫌いでな。」
「はん。創作魚料理をメインディッシュのテーマに据えたのは勝ちたいからだろ? アタイにミートソースパスタを出されちゃ困るって訳だ。」
マリカさんのミートソースパスタは誰もが唸る絶品だからな。ホタルがこっそり教えてくれたんだけど、あのミートソースパスタを誰にも食べさせないできたのは、"最初に振る舞うのはアタイの男"だと決めていたからなんだそうだ。その話を聞いた時、オレはとっても幸せな気分になりましたとさ。
「ま、せいぜい張り切って私の前座を務めなさいよ。勝負が始まれば誰が主役なのかは、一目瞭然なんだから。」
負けず嫌いの女(と少女)が揃い踏みか。……こりゃ健闘を称え合って終わりとかにゃならねえんだろうなぁ……
「調理時間は一時間!作って頂くメニューは、
大した時間もなかったってのに、よくこんだけの準備をしやがったもんだ。手の込んだ立体映像を見てハイタッチしてんのは技術班の連中だな。……この基地にはバカ騒ぎの好きなおバカちゃんしかいねえのかよ。
名女優二人と天才子役は、けれん味たっぷりに調理を始め、チッチ少尉は大仰な身振り手振りで実況する。喋りも上手けりゃ、審査員兼解説の磯吉さんに話を振るタイミングも絶妙。もう広報部なんぞ辞めて、民放で司会者でもやれ。
手捌きのいい料理人の仕事ぶりはエンターテイメントたり得ると証明したチッチ少尉のお陰で、あっという間に一時間が経過し、いよいよ審判の時が来た。
前菜、スープ、主菜と手を凝らし、アイデアを駆使した料理が饗されてきて、舌を楽しませてくれる。審査員じゃなけりゃあ、美女の作ってくれた美食を楽しむだけで済んでるってのに……
しかも総評ではなく、食した品目ごとに順位札を上げなきゃいけねえから、料理人どもの視線が痛い。
マリカさんとリリスを嫁にしたいオレとしてはやっぱり、司令の料理を一番低くしちまうコトになるんだが……司令、コピった狼眼で睨むのはヤメて。殺戮パワーを発動させなきゃいいってもんじゃないです……
「それでは天掛審査員、主菜に順位札を置いてください!」
チッチ少尉、覚えてろよ。針の
「……カナタ、私が執念深いのは知っているな?」
司令の主菜に三番札を置こうとしたオレを、ギラついた目で脅す司令。
「審査員を恫喝するのは反則だと思います。」
司令が執念深いのは知ってるけど、リリスだって執念深いし、マリカさんは怒りっぽい。こうなるのがわかっていたから、審査員なんざやりたくなかったんだよ……
しかしこの勝負、な~んか違和感を感じるんだよな。最後の品であるデザートが運ばれてきたし、脳に糖分を補給してから考えるか……
ん? なんでデザートが饗されるタイミングが、オレだけワンテンポ遅いんだ? もう他の審査員は食べ終わって……しまった!!
「お~っと!なんという事でしょう!現在の順位は全員が横並びです!勝負の行方は天掛少尉がデザートに付ける順位に懸かっています!」
違和感の正体がわかった!それは、
チッチ少尉に促されるままに札を上げていたが、磯吉さん、おマチさん、茂吉さんの評価は必ず後回しになっていた。促されもしないのに司令に一番の札を上げていたボウリング爺ぃの行動なんて誰でも読める。
陰謀に気付けども、時既に遅し。満面の笑みを浮かべたチッチ少尉がオレにマイクを突き付けてくる。
「さあさあ天掛少尉、デザートの順位をどうぞ~!」
してやられた。……チッチ少尉と談合した山海夫妻と茂吉さんは、狙って点数調整をしてやがったんだ。シグレさんは途中で陰謀に気付いたに違いないが、弟子を見捨てて保身に走ったのだろう……
「……シグレさん、気付いてましたよね?」
非難がましいオレの視線から目を背ける師匠。師弟愛はどこへ行ったのだろう?
「さ、さあ。何の事だ?」
残り籤は貧乏籤。アホなイベントの勝敗を押し付けられたオレに、負けず嫌いな女どもが迫ってくる。
「少尉、わかってるわよね?」 「カナタ、お仕置きはイヤだろ?」 「まさかとは思うが、基地司令である私を敗者にしたりはせんだろうな?」
……こういうのを"八方ふさがり"……いや、"万事休す"っていうんだろうな。誰を選んでも地獄が待ってる。
「いやはや。カナタ君は任務でも遊びでも、キーパーソンになる定めなのだねえ。」
「室長、論評してないで助けてください。」
「君子危うきに近寄らず、という至言があるからね。私は先人の叡智を大事にする男なのだよ。」
「ガーデンナンバー3、先人の叡智を大事にする前に、部下を大事にしませんか?」
「カナタよ、上げる札によってはナンバー3どころか、ナンバー1とナンバー2を敵に回すのじゃぞ。そこのところはわかっておるのじゃろうな?」
審査なんぞしてない
「……あ、あの~……全員優勝とか……ダメですかね?」
「少尉!これはガキンチョの徒競走じゃないのよ!」
世間一般じゃ11歳は立派な子供だろうに。負けず嫌いの勝ちたがりはこれだから困る。
「カナタ、自分に素直になりゃいいのさ。アタイに一番を付けたくて、手がウズウズしてンだろ?」
マリカさん、居心地の悪さに尻がムズムズしてるんですが……
「おい、私に絶一文字を抜かせるなよ?」
もう※鯉口を切ってるじゃねえか。殺る気満々かよ……
守護天使の降臨を祈り始めたオレに、珍しく神様が救いの手を差し伸べてくれた。
(カナタ、足の爆縮だよ。)
ナツメさん、マジ天使!よおし、上から蜘蛛の糸が垂れてきたぞ!
一瞬で意図を理解したオレは、椅子に座ったまま足に力を集中。札を選ぼうとする動作をフェイントにして視線を誘導し、隙を突いた全力の爆縮で真上にジャンプした。最速の跳躍で瞬時に天井間際まで到達すると、完璧なタイミングで天井板が外される。オレの手を取って脱出口へ導いたナツメは、反対の手で煙玉を投下する。
「こっちです、隊長!」
天井板に張られたワイヤーの先には、ウィンチを操作するシオンの姿があった。オレはナツメを抱えながら砂鉄でフックを作り、ワイヤーにぶら下がる。貧乳の感触を楽しみながら、巨乳のクッションにキャッチされるとは、まさに地獄に仏だぜ。
「シオン、ナツメ、あんがとな。マジでどうなるかと思ったぜ。」
「ふふっ、隊長は本当に世話が焼けます。お上品な料理はもう沢山でしょうから、部屋に戻ったらピロシキを作ってあげますね。」 「私はオムレツを焼いてあげるの!」
「嬉しいけど、まさか…」
「順位をつけろなんて言いませんから。」 「ピロシキならシオンが一番、オムレツなら私が一番なの。」
シオンのルシア料理は言うまでもないが、卵料理に特化したナツメも、オレ好みのオムレツを焼いてくれるんだよな。
こうして虎口を脱したオレは、ほうほうの体で自室へと逃げ帰った。
ふう。一時はどうなるかと思ったぜ。だが、今夜はまだイベントが控えている。お料理コンテストが異常に盛り上がっているのを確認したオレは、会場にいた同志アクセルとテレパス通信で相談し、臨時党大会の開催を決定したのだ。
フフッ、まさか凛誠も、一夜に二つのイベントがあるとは思うまい。同志ギャバンがセクシーコックの写真を撮っていたし、久しぶりの臨時党大会も盛り上がるぞぉ!
※鯉口を切る
刀を僅かに鞘から抜いて、すぐさま抜刀出来るようにする事。
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