宿敵編18話 博打と喧嘩はガーデンの華
「ボーイ、またハッタリなんだろう? そう何度も引っ掛からないぜ。」
バイパーさんは金貨を置きながら、探りを入れてきた。オレは視線を隠すように琥珀色の液体が入ったグラスを掲げる。
「ハッタリだと思うなら最後までついてきたらいい。レイズ。」
大食堂での賭け事は、食堂だけに日常
「……乗ろう。これでフルベットだな。」
ガーデンポーカーは青天井じゃない。レイズは3回までで、レートは勝負前に決める。今日のマックスは1回につき金貨1枚だから、最大でも一勝負3万クレジットしか動かない。ポーカーには金の圧力で潰すという戦法もあるが、3万じゃガーデンマフィアにゃプレッシャーがかからない。必然的に札の読み合いがメインになる。
「いいんですね? この勝負に負けたらマイナス10万で、負け額の上限。オレの勝ちが確定しますが。」
一度に三桁の金額を動かせば、凛誠が動く。逆に言えば、二桁までなら見逃される。ちゃちなギャンブルまで取り締まっていたら、アスラコマンドは全員営倉入りになるからだ。そもそも、憲兵局長のシグレさんも(マリカさんに付き合わされてだけど)賭け麻雀はやってるしな。
「男に二言はない、カードオープン。フルハウスだ、ボーイ。」
だと思ったよ。1枚交換は2ペアからのフルハウス狙いか、スィート4つからのフラッシュ狙いがほとんどだからな。
「残念、勝負ありですね。」
オレはバイパーさんの手札の上に4枚のクィーンを並べてみせた。
「……やられたな。ボーイは本当に、ここぞという時には手が入ってる。勝った回数は俺のが多いのに、勝負に負けてるんじゃ話にならない。」
これで銀貨と金貨の山は全てオレのグラスの隣に引っ越してきた。わりかしポーカーは得意なのだ。
「つまり兄ぃは読み負けしてんだよ。アンちゃんは小さく負けて大きく勝ってる。撒き餌に引っ掛かってりゃ世話ないぜ。」
ビールを飲みながら勝負を見物していた弟に、兄貴は皮肉を返した。
「おまえは俺に負け越してるだろう。偉そうな事言うな。」
「なに言ってんだ、兄ぃ。俺ッチが勝ち越してるっての!」
キング兄弟は口喧嘩からガチ喧嘩に移行するのが早い。一言ずつ応酬しただけで、もう互いの胸ぐらを掴み合ってやがる。
「格闘で俺ッチに挑もうなんざ百年早え!」
「おまえ如きが俺に挑むのは千年早い!」
掴んだ襟ごと投げ飛ばそうとしたパイソンさんだったが、バイパーさんは体を捻って対抗する。掴まれた襟や袖を逆用して投げを打つ技は、次元流合気柔術の得意とするところだが、バイパーさんのは習い覚えたもんじゃない。デートの時のファッションセンスと、修羅場における格闘センスが元々優れているだけなのだ。今着てる服は下品で派手派手しいアロハシャツだけどな。
「やりやがったな、こん畜生!」
床に叩き付けられたパイソンさんはセムリカ人らしい体のバネを利かせて跳ね起き、ボクシングスタイルで拳を構える。対するバイパーさんはボタンの飛んだアロハを破り捨てて、腰を落としながら拳を引いた。ボクシングVS空手、毎度ながら見応えのある兄弟喧嘩だ。こっちの世界じゃ空手ではなく
「シャツを脱いだのは掴み技対策だな。どっちが勝つと思う?」
資産家の三男坊の癖に好き好んで戦場に身を投じた物好き、ダニエル・スチュアート君は、テーブルに腰掛けながら紙幣を置いた。オレは置かれた紙幣の上に、たった今せしめたばかりの1万クレジット金貨を載せる。
「今日はバイパーさんじゃねえかな。のるか?」
ガムをクチャクチャ噛みながらダニーは応じる。
「のった。俺はパイソンに賭ける。」
悪友だけではなく、喧嘩の匂いを嗅ぎつけたゴロツキギャラリーがわらわら集まってきた。もちろん、皆がどっちが勝つかを賭け始める。
「はいはい、張るのはお早めに!今んトコ、バイパーの方がオッズがいいぜ。」
トレイを片手に賭け金を集めるロブ。便利屋はこういう機会を見逃さない。自分は賭けずに少額の手数料をせしめやがるのだ。
「シッ!」
一呼吸で繰り出される三発のジャブ。バイパーさんは前捌きで拳を払いのけながら距離を詰め、前蹴りを放つ。バックステップで蹴りを躱したパイソンさんはまたジャブで牽制しながら、ストレートを放つ隙を窺う。
「絞殺魔を相手に格闘で勝負出来るのは大したもんだな。」
「ダニー、バイパーさんの得意武器はナイフだぜ。近距離戦はお手のものなんだ。」
指をナイフに見立てた手刀の切れ味は、本物のナイフにだって引けを取らない。抜群の動体視力を誇るパイソンさんだから表皮を切られる程度で済んでるが、並の兵士なら手足をスパッといかれるだろう。
そんな感じで何度か一進一退の攻防を重ねたが、実力の伯仲する兄弟だけに、どっちも均衡を破れないでいる。兄弟揃って気は長い方じゃないだけに、どっちかが勝負にいくんだろうな……
「そろそろ本気で行くぞ、パイソン!」
「来やがれ、兄ぃ!」
バイパーさんが矢継ぎ早に繰り出す手刀にジャブで応戦するパイソンさん。白い肌の兄貴と黒い肌の弟の勝負は、リバーシ(オセロ)みたいなものだ。目まぐるしい攻防を繰り返しながらも、一手で全てがひっくり返る危うさがある。
「取った!」
バイパーさんの手刀を見切ったパイソンさんは手首を掴んで引き寄せる。ガーデン随一の握力を誇る絞殺魔に捕まったら、逃れるのは至難の技だ。満を持して放たれたパイソンさんの右フックがバイパーさんの脇腹に刺さったが、同時にバイパーさんの肘打ちがパイソンさんの側頭部を打ち抜いていた。掴まれたのは、わざとだったのだ。
「……マジか……俺ッチのスーパーグレートファイナルギャラクティカフックが直撃してんのに……」
長え名前の必殺技だな。舌を噛みそうだ。
「甘いな、パイソン。東洋には"肉を斬らせて骨を断つ"という諺があるみたいだぞ?」
脳を揺らされたパイソンさんが尻餅をついて、勝負あり。開幕の掴まれ投げがキレッキレだったからな。バイパーさんは絶好調だと読んだ甲斐があった。
「じゃあ遠慮なく貰っとくぜ、ダニー。」
「持ってけ、クソ野郎。ペッ!」
吐き捨てられたガムが床にくっ付く前にサイコキネシスでゴミ箱に誘導する。
「どこにでもガムを吐き捨てんな。シュリがいたら制裁と説教を食らうとこだぞ。」
オレは紙幣を胸ポケットに仕舞い込み、金貨を厨房の磯吉さんにパスした。コインを受け取った磯吉さんは捻り鉢巻きをギュッと締める。
「これで旨いもんでも作れときやしたかい。肉と魚、どっちがいいんで?」
「肉がいい。」
博打と喧嘩の後は肉と酒。これぞガーデンライフだねえ。しかしあの肘打ちは見事だった。バイパーさんが流殿手を使うのは、手刀と肘を重視する格闘技だからか。
───────────────────
「あいよっ!
「オレはいつでも元気だよ。」
グラドサルから帰った後のオレは、元気がないように見えていたか。ガーデンは我が家も同然とはいえ、他人様の目がある。気をつけないとな。
「そうかねえ。ここ数日、元気がねえように見えたんだけどよ。」
「気のせいさ。自販機で酒でも買ってこよう。」
軍事施設にはあるまじきコトだが、食堂の自販機で普通に酒類が売ってんだよな。しかも種類もメチャ豊富だ。ワインにビール、ウィスキーにブランデー、その他色々、高級品から安酒まで大抵のものは揃ってる。
「おっ。もう泡路島の地ビールが入荷してんじゃん。」
ちびっ子ソムリエのリリスさんがいれば料理に合う酒をチョイスしてくれるんだが、今はマイルームで共同事業関連の書類を読んでいる。リリスに要約してもらわないと仕事が進まないってのは問題だが、オレが全部やろうとすると時間を食い過ぎんだよな。
「ほう。雉鳩の赤ワイン煮込みか。なかなかいいものを食しているな。」
不労所得で昼酒を楽しむオレの向かい側の席に、昨日帰投してきた司令が座る。
……落ち着け。いつものように、自然に振る舞うんだ。
「世界各地を飛び回るのも大変ですね。」
「カナタもどこぞにバカンスに行っていたらしいじゃないか。私には土産の一つもなかったが。」
まだ言えませんが土産話ならあるんですよ。とんでもない爆弾だけど……
「ワイン煮込み、食います?」
丸ごと一匹煮込んであるから、かなりの量がある。
「おまえはなかなかの健啖家らしいから、鳥一匹ぐらいで適量だろう。シェフ、雉鳩はまだあるのか?」
この展開を予測していた磯吉さんは、もうコンロの前にいる。
「同じものでよろしいんで?」
「ああ。手早く頼む。カナタ、あぶく銭でビールぐらい奢れ。"悪銭身に付かず"と言うだろう?」
「オーケー。この地ビールはなかなかいけますよ。」
オレはもう一本地ビールを買ってきて、お冷や用のグラスに注ぐ。オーダー通り、手早く饗された赤ワイン煮込みを一口食べた司令は口元に笑みを浮かべた。どうやらお気に召したらしいな。
「これはなかなかの逸品だな。後でレシピを出してくれ。自分でも作れるようになっておきたい。」
「合点承知の助でさぁ。司令は料理の腕も一流だからねえ。」
「一流は少し違うな。正確には"私より料理の上手い兵士など存在しない"だ。」
兵士に限ったのは磯吉さんへのリスペクトかな? 傲慢だけど、気配りの出来る人でもあるんだよねえ。
んで、いつの間にかやって来たリリスがオレの隣の席にちょこんと座る。もう書類の山を登頂したのか。
「イスカ、正確に言うなら"世界で二番目に料理の上手い兵士"でしょ。磯吉さん、小皿をプリーズ。少尉のを分けて貰うから。」
ウェイトレスのリカさんが持ってきてくれた肉球柄の小皿に赤ワイン煮込みを取り分けるリリス。もちろん、自信
「私は錦城
「じゃあアタイは三番なのかい? そいつは承服出来ないねえ。」
マリカさんまで来ちまったか。やれやれ、オレのトラブルセンサーがビープ音を鳴らし始めたぞ。
「料理の腕前は論戦では定まりません。ここは一つ、料理勝負というのは如何ですか?」
「……なんでチッチ少尉がガーデンにいるんだ?」
アンタ、ひょっとして暇なのか?
「なんでと言われましても、取材の為に決まっているでしょう。」
「だったら取材だけやってろよ。平和な楽園に、紛争のタネを蒔くな。」
「天掛少尉、残念ながらもう発芽しているようですよ?」
オレは横目で女三人の様子を窺った。……あかん、三つの視線がバチバチいうとる……
「料理の良し悪しってのは、個人の嗜好も大きいから…」
無駄と知りつつ仲裁を試みたが、やっぱり無駄だった。
「あによ、私と勝負するっての?」 「おチビにキャリアの差ってものを教えてやンないとねえ。」 「いいだろう。胸を貸してやろうではないか。」
はい、ダメー。……こうなったらとばっちりを食う前に、速やかに撤退するしか…
「どこ行くのよ。」 「逃げンな。」 「カナタには審査員でもやってもらおうか。」
袖をリリスに掴まれ、肩をマリカさんに抑えられた挙げ句に、司令から無情の宣告を受ける。こうなるとは思っていたが、やっぱりこうなんのか……
「では司会進行はこの私めが。いやぁ、"軍神"、"緋眼"、"悪魔の子"の料理対決とは興味をそそられますなぁ。
人間の下卑た部分を凝縮したような顔のチッチ少尉は、ペン先を舐めながら含み笑いを漏らした。
さては狙ってやりやがったな、この野郎!デカいドンパチがなくて紙面作りに苦労してるからって、面倒なコトに巻き込みやがって!
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