宿敵編17話 過去を捉え、現在を生き、未来を選ぶ



「オレの正体、ね。話せる範囲で構いませんか?」


中将に話すというコトは、司令の耳に入る可能性を考えておかねばならない。おそらく話さないだろうと思っているが、そんな思い込みが暗殺事件の真相からオレを遠ざけていたんだからな。司令を信用しない訳じゃないが、地球の存在を知ったら、アクセスする方法を探るはずだ。司令はともかく、探索にあたる諜報員まで信用出来ない……


何があろうと、この星に"核"は持ち込ませない。核廃棄物を産まない炎素があるから、エネルギーとしては価値がない。だが、兵器としてなら有用なんだ。唯一の被爆国を故郷に持つオレとしては、核兵器の存在は疎ましい以外の何物でもない。それに司令が地球の存在を知れば、教授が異邦人であるコトも察してしまうだろう……


「無論だよ。カナタ君にはカナタ君の都合があるはずだ。」


「端的に言えば、八熾羚厳は生きていた。オレは遠い国で暮らしていた羚厳の孫です。」


「八熾の変から逃れていたとは信じ難い話だが、真実なのだろう。死んだと思われていた羚厳氏だが、実は都から落ち延びていて、家庭を持った。そして孫のカナタ君はなんらかの秘術を用いて実験体を依り代にした。もしくは偶然そうなってしまった。そういう理解でいいのかな?」


「そういうコトです。黄金の狼眼は当主の証であり、当主が健在な間は宗家の血を引く者といえども顕現しません。アギトが黄金の狼眼を持ち得なかったのは、爺ちゃんが存命だったからです。ま、どのみちヤツには顕現しなかったとは思いますがね。黄金の狼が外道に宿るとは思えないんで。」


「なるほど。御三家の持つ神器は一子相伝、一度に二つは顕現しないという訳か。それで御鏡宗家は元帥のお母上が都を出るのに猛反対したのだな。彼らは神器が外に流出する可能性を恐れたのだ。」


そして御鏡宗家が恐れていた通りになった。現在、聖鷹眼を持っているのは、御堂家の主である司令だ。司令のお婆ちゃんは宗家の秘密を知らなかったか、知っていてもなお、御堂家先々代との駆け落ちを選んだ。おそらく聖なる鷹は抜群の器量と力量を持って生まれた息子、御堂アスラに宿り、元帥の死後は父と同等の才能を持つ司令を宿り木に選んだのだろう。


「そんなところでしょう。オレの正体に関しては、こんなものですかね。」


「驚きはしたが、納得もしたよ。カナタ君が羚厳氏の実孫である事は、イスカにも黙っておく。それはいずれ、キミの口からイスカに話すべき事だ。」


「……そうですね。ではオレの正体に関する話はここまでにして、聞かせてください。中将は何を望んでおられるのですか?」


「私の願いはただ一つ、"イスカを新たな世界の指導者にしたい"だけだ。」


「司令が世界を導くリーダーになった後は?」


「……イスカに全てを打ち明け、自刃する。英雄二人の命を奪い、戦争を泥沼化させた責任が、私如きの命で償える訳もないが……」


教授の推察通りだったか。だけど自刃なんてさせない!中将が死んでも、司令は救われないんだ。


「告白してから自刃するコトが解決になるとは思えませんね。中将はそれで満足かもしれませんが、司令が癒えるコトのない傷を抱えるだけです。」


シオンやナツメは、今も悪夢にさいなまれる夜がある。オレは一生を賭けて二人の傷を癒したいと思ってるけど、救済の日なんて来ないかもしれないんだ。司令まで悪夢にうなされるなんて冗談じゃない!……何より、ここまで苦しみ抜いた男に、そんな最後を迎えさせたくない。


「では墓場まで持って行けと言うのかね?」


「それじゃあ司令が救われない。御堂イスカは、ずっと父の仇を追い続けるコトになる。……心に憎しみをたぎらせながら、ね。」


オレは両親への憎しみを捨てた。建設的ではないコトがわかっていながら、抱え続けた憎しみをだ。……憎悪という名の呪縛、負の感情に縛られたまま生きるのは、自分が苦しいから。


「……そうかもしれん。ならば私はどうすればいいのだね?」


下手をすればオレは一生、"心のかせ"に気付けなかったかもしれない。でも、リリスが気付かせてくれた。……あの優しい小悪魔が、オレの心を自由にしてくれたんだ。


「中将、オレは実の両親を憎んでいました。ですが憎しみは捨てられても、わだかまりまでは消せません。……少なくとも今は。」


両親がいたからこそ、オレは存在出来た。そのコトには感謝するべきだってわかってるし、そのつもりでいる。でも親父と母さんに直接会えば、オレの口からは感謝の言葉ではなく、罵倒が飛び出てくるかもしれない。……まだ自信が無いんだ。見放され、置いて行かれた傷口が疼くから……


「………」


「でも、こうも思うんです。今は無理でもいずれは……オレがもっと幸せになれば……"生命いのちをくれてありがとう"って言えるって。祖父、八熾羚厳から教わったコトがあります。"人を許すのは難しい。何より自分が幸せにならなければ、真の赦しを与える事は出来ぬ"、爺ちゃんの言葉の意味が今ならわかる。」


「……自分が幸せにならなければ、真の赦しを与える事は出来ない、か。実に"八熾の天狼"らしいお言葉だね……」


「中将は罪滅ぼしの為に司令を見守り、育ててきた。でも、贖罪が全てなんですか? そんな訳ない!中将と司令を見ていればわかる!東雲刑部は御堂イスカに持てる愛情全てを注ぎ、夢を託した!その気持ちに嘘はないんだ!……事件の真実を知り、注がれた愛情も真実であったコトを知る。世界を変革するという夢を叶えた司令なら、きっと真実を受け止められるでしょう。」


真実のみが司令を救える、オレはそう思う。この気持ちもまた真実なんだ。


「イスカの夢を叶えてから真実を打ち明ける。だが自刃はするな、イスカの為にも生きろ、と言うのだね?」


「そうです。司令が暗殺事件の真相を知れば"よくも私を謀ってきたな!血で贖え!"と激昂するでしょう。だけど時間が経てば、"注がれてきた愛情も真実だった"と気付くはずだ。……誠実に過去を捉え、懸命に現在いまを生き、より良き未来を選べ。過去と現在と未来の全てに向き合うコトは難しいものですが、英雄である御堂イスカなら、きっと出来る。」


"人を許せる人間になる為にも、自分が幸せになれ"は、尊敬する爺ちゃんの教え。


"誠実に過去を捉え、懸命に現在いまを生き、より良き未来を選べ"は、憎んでいた親父の教えだ。


愛憎を別にすりゃあ、どっちもいい言葉だぜ。ま、親父の方は"自分で実践してんのか?"って嫌味を言ってやりたいがね。……憎しみは捨てられても、わだかまりを捨てらんねえオレは、やっぱ器が小せえなぁ。


「過去の捉え方も、現在の生き様も、未来に目指すべき道も、人の意志が……自由な心が決する。……カナタ君の言いたい事はよくわかった。私はイスカを支え、その夢を叶えた後に真相を打ち明ける。だが、自刃はしない。赦される日は来ないかもしれないが、私は生きる。イスカと……私自身の為に。」


「そうしてください。事件の真相は公にしない方がいい。司令が頂点に立ったのを見届けた後見人は引退し、静かに余生を過ごす。世間は不自然には思わないでしょう。」


これがオレの出した答えだ。司令が一時の感情に囚われて、中将を死に追いやろうとするのなら、オレが止めてみせる。赦しを与えるか否かは司令に委ねるが、中将の命を奪わせる訳にはいかない。意味のない報復は、必ず司令自身に跳ね返ってくるだろう。


「マリカ君はそれで納得出来るのかね? 理由はどうあれ、私はキミの父親を殺した男だ。」


大事なのは部外者のオレの納得ではなく、当事者であるマリカさんの納得だ。マリカさんは固くオレの手を握り締めてから答えた。


「アタイは天掛カナタを誰よりも信じてる。……中将、一つだけ聞かせてくれ。親父は昇華計画に賛同していたのか?」


「昇華計画が危ういものだとは認識されていた。しかし、"俺は昇華計画ではなく、アスラを信じる。もし俺やアスラが間違っていたら、マリカが道を正すだろう"と仰っていたよ。」


「親父のクソ馬鹿野郎が!!いくらアタイでも、昇華計画が発動しちまったら、どうにも出来ないだろうが!」


握られた指先を通して、マリカさんの激情が伝わってくる。火隠忍者は炎と"人"を尊ぶ。マリカさんがオレを信じてくれるように、"忍者の頂点マスターニンジャ"も友を信じたのだろう……


「シュリ、ホタル、オレの出した答えは間違ってないか?」


「正しいか間違っているかは、僕達にはわからない。でも…」 


シュリの言葉をホタルが補う。


「カナタらしい答えよ。私もシュリも火隠の忍、炎と人を尊ぶ。カナタの信じる道なら、私達も信じるわ。」


「友の信じた道に殉じた親父に悔いはなかっただろう。だが、アタイらは先代のようにはならない。アタイらが信じるのは"信念の塊"でも"稀代の英雄"でもなく、迷いもすれば後悔もする"小さな人間"だ。カナタ、今回そうだったように、迷ってもいいし、考えあぐねて誰かに相談してもいいんだ。おまえには友や仲間がいるんだから。」


「そうするよ。オレは一人じゃ何も出来ないから。」


マリカさんはオレの頬に唇を寄せてから述懐した。


「……親父は道を誤った。友情を尊ぶあまり、自分の考えをおざなりにしちまったンだ。アタイらは違う。友情や愛情を盲信しない。天掛カナタを信じるのは、出した答えに納得しての事だ。」


オレは英雄でも偉人でもなく、小さな人間だ。だけど、小さな人間でも世界を変えるコトは出来るはずだ。友や仲間がいるんだからな。


オレの考えたアスラ元帥暗殺事件の解決法は、最良の答えではないのかもしれない。だけど、司令と中将を救う道はこれしかないと思ったんだ。迷いながらだろうと、信じた道を歩むしかない。


「中将、言うまでもありませんが、オレ達の来訪は極秘にしてください。オレが言った通り、ここには一人で来ましたか?」


この解決法の問題は……司令が頂点に立つ前に、自力で真相に辿り着く可能性があるってコトだ。今のところ、司令は中将を微塵も疑っていない。注がれた愛情と無私の献身が、カモフラージュになっているからだ。


「……大丈夫だ。この会談は決して外には漏れない。」


よし。ヒントがなければ、いくら頭脳明晰な司令でも中将に疑いは持つまい。オレが真相に辿り着けたのは、第三者的な立ち位置にいたからだ。心理的に距離があったからこそ、全体像が見えた。至近距離にいる司令は、かえって気付けないはずだ。



大丈夫、司令は暗殺事件の真相追究よりも、権力の掌握に力点を置いている。追究は権力を掌握してからでも出来るが、権力の掌握にはタイミングがあるからだ。……とりあえずは一安心、かな?


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