宿敵編13話 英雄殺しの小市民
たぶん男の子だろうという根拠は簡単だった。長い歴史のある火隠忍軍には幾人かのクノイチ頭領がいたが、全員が男の子を授かったから、という話だったのだ。
「アタイもカナタも日々を大切に生きてる。だからアタイらの子にも何気ない日々を大切にしながら生きて欲しいと思ってね。それで日々人、さ。もちろん火隠の血を引く子だから、
気が早い姐さん女房殿は上機嫌でそう宣った。日々を大切に生きる人、ゆえに日々人か。孫が誕生するまでには、私が祖父だと名乗れるようになっていたいものだ……
「マリカ君、まだ見ぬ我が子の命名由来を解説する前に、今現在、絶体絶命の亭主を救うのが先ではないかね?」
マリカ君との婚前交渉が発覚したカナタはシュリ夫妻にとっちめられている。まあ嫁入り前の里長様に手を出したのだから咎められるのは当然だな。
「シュリ、ホタル、そのあたりで勘弁してやンな。元はと言えばアタイが誘惑したンだからさ。」
「誘惑に乗る方にも問題があります!」 「マリカ様にも後でお話がありますから!」
「やれやれ、頭が固いのは直ンないねえ。ホタルだって、こっそり見せてやった"房中秘伝書"を真剣に読み込んでただろうに。」
「マ、マリカ様!!シュリには内緒って言ったでしょう!」
房中秘伝書……色仕掛けだって立派な忍術ではあるか。笑えないのは日本の政治家にも、外国のハニートラップに引っ掛かって国を売る輩がいた事だな……
「房中秘伝書は先々代が封印されたはずです!禁を解かれたのですか!」
「シュリ、お
こんな超美人に房中術まで使われたらカナタはイチコロだな。なんと羨ましい……スマン、風美代。私は妻一筋に生きるからな。
「それは屁理屈で…」
「……シュリ、術を使っちゃダメ?」
可愛らしく赤面した新妻に、朴念仁が抗える訳もない。
「い、いや。里長のマリカ様が禁を解かれたなら仕方ない。屁理屈だって理屈のうちだし……」
「……ムッツリ夫妻がここにいるぞー。いやらしいんだー。」
息子よ、なぜ自分から火に油を注ぐのだ。せっかく鎮火しかけていたというのに……
「まだ生きていたか!」 「カナタ、雉も鳴かずば打たれまいって諺は央球にもあるのよ!」
「や~らしんだ~やらしんだ~♪
頼むから、子供が出来るまでには大人になって欲しい。そもそもがだな、新妻にエッチな技を教えたのは、その里長様だぞ?
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楽しい酒を飲んでいると時間が過ぎるのも早い。そろそろ頃合いだな。内緒話にはテレパス通信、これがあれば官僚時代に楽が出来ていたな。答弁に窮する政治家先生もさぞ欲しがるに違いない。
(マリカ君、口実を付けてカナタを連れ出してくれないか?)
(なンでだい?)
(シュリ君に私の正体がバレた。妻と一緒に"ゴメンなさいタイム"を始めようかと思う。)
(わかった。シュリもそういうところは勘がいいねえ。)
瓶に残った酒を一気飲みしたマリカ君は、カナタの肩を引き寄せながら芝居を始めた。
「酒がなくなっちまったねえ。カナタ、テンガロンハウスで飲み直そう。あそこは明け方まで開いてるからさ。」
「教授は外に出られません。ハブるのは悪いですから、オレが酒を買ってきますよ。」
「いや、私はそろそろ限界だ。マリカ君と二次会でもやりたまえ。私はシュリ夫妻と少し話がある。終わったら夫妻にも合流してもらうから。」
「話があるならオレも聞くよ。」
「サンブレイズ財団に関する細か~い話なのだが、聞きたいかね?」
カナタは予想通り、逃亡態勢に入った。実務と雑務は不得意分野なのだ。
「さあ、マリカさん。テンガロンハウスに行きましょう!」
「おう。シュリ、ホタル、今日は朝まで飲むよ。」
テンガロンハウスが閉店したら、ロックタウンに所有する別荘で三次会を開くつもりのようだ。酒豪で知られる"烈震"アレックスに完勝しただけはあるな。まさに底なしの蟒蛇ぶりだぞ。
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サンブレイズ財団の理事でもある二人には、本当に打ち合わせたい事がある。妻子が到着するまでの議題には事欠かない。
「とりあえず話しておきたい案件はこれぐらいかな。妻子が到着したようだから本題に入ろう。ホタル君、先に"申し訳ない"と言っておくよ。」
振動するハンディコムに返信を打った私は席を立った。本来の体に宿り、妻子と一緒に話をしよう。
「教授、何かあったんですか?」
今は心配してくれているが、事情を知ったら怒るだろうな。マリカ君のようにいきなり殴りにはこないだろうが……
「これからあるのだ。少し待っていてくれたまえ。準備をしてくるから。」
バートは妻子を護衛しながら、コールドスリープポッドも持って来てくれている。別室でアイリに心転移の秘術を使ってもらった私は、家族を連れて密談室に戻った。
「シュリ君、ホタル君、これが私の本当の体だ。家族を紹介しよう。妻の天掛風美代と、娘のアイリーン・オハラ・天掛。それに相棒のバートラム・ビショップだ。」
天掛光平として、本来の体で、大切な家族を夫妻に紹介する。
「天掛風美代!? じゃあ貴方はカナタのお母様なんですか?」
「はい。シュリさん、ホタルさん、カナタと仲良くしてくださってありがとう。」
妻は礼を言ったが、ホタル君の顔は
「もう察しているだろうが、私は天掛光平。カナタの父だ。」
「子供を見捨てておいて、父を名乗るのですか。そんな権利があるとでも?」
情愛の深いホタル君が嫌悪感を抱くのは当然だ。ホタル君の半分も情のない私だって、少し前の自分にはどうしようもないぐらいの嫌悪感を抱いているのだから。
「ホタル君が嫌悪感を持つのは当然だと思う。負の感情を持ったままでいいから、私の話を聞いて欲しい。死病を患うまで自分の過ちに気付かなかった男がいる。その男は…」
アルコールをアプリで分解してから着座した私は、家族の物語を夫妻に語った。
一つ残らず、全てを聞き終えた二人は互いの顔を見やった。
「……シュリはどう思うの?」
「"今は話せない"、教授の判断は正しいと思う。カナタは頭がいいだけに、考えすぎる面がある。中将の件だけでも悩みが深いのに、これ以上負荷をかけたくない。」
「そうじゃなくて、シュリは天掛夫妻をカナタの家族だと認めるのかって話よ。」
「ホタルは認めたくないみたいだね。」
「当たり前でしょう!今さらムシが良すぎない? 教授はカナタが自分と同じ高校に入れなかったからって、お金だけ出して放置したのよ!風美代さんだって物心もつかない息子を置いて家を出て、再婚したパートナーから説得されてもカナタに会おうとしなかった!それが今になって"家族に戻りたい"なんて冗談じゃないわ!カナタにはもう新しい家族がいる!ハッキリ言って"お呼びじゃない"のよ!」
ホタル君がここまで感情を露わにするのは珍しい。それだけ怒りが深いという事だ。
「ホタルさんの言う通りね。私も光平さんも、人の親として間違っていたわ。」
「自覚がお有りでしたら、カナタの前には出ないでください。英雄になった息子を影ながら見守るだけに留めるべきだわ。」
怒りの収まらないホタル君をシュリ君が宥めてくれる。
「ホタル、自分の家族とどう向き合うのかは、カナタが決める事だよ。」
「でも!この人達はカナタを捨てたのよ!」
「ホタルと同じ気持ちが僕にもないでもないさ。でも、どうする事がカナタにとって一番いいのかを、僕はずっと考えていたんだ。照京攻略戦を境にして、カナタは少し変わったように思う。」
「カナタが変わった? 私はヘンテコなところも好きだけど、元から変わり者でしょ?」
ホタル君はカナタの変人ぶりも好ましく思っているのか。本人が聞いたら喜びそうだな。
「ハハハッ。カナタは小言の言い甲斐のある、同盟屈指の変人だね。でも"成長する変人"でもある。戦闘能力だけではなく、人間としても成長してるんだ。僕の記憶違いでなければ、照京攻略戦以降のカナタは、例の枕言葉を言わなくなった。」
「……言われてみればそうね。以前は"嫌いな親父だったが~"を口癖にしていたけど、最近は言わなくなったわ。何があったのかしら?」
そんな口癖があったのか。まあ冷血親父の自業自得ではある。
「攻略戦で、出世の為にリリスを研究所に送ったノアベルトを捕虜にしただろう? キッドナップ作戦が終わった時のカナタは"もしリリスの親父を見つけたらオレが殺してやる!"って激怒していたけど、実際には彼をまともな収容所に送ってやった。ちょっと変だろ? リリスに唾を吐いたギャバン少尉を半殺しにしたカナタは、身内を酷い目に遭わせた人間を決して許さない男なのに。」
「じゃあリリスがカナタに頼んだのかしら?」
「だと思うよ。実際のところリリスは、自分の父親がどうこうよりも、カナタが両親を憎み続ける姿を見ていられなかった。だから、自分が範を示して諭したんだろう。そういうコなんだ。」
だとすればリリス君には感謝しかないな。まあ私達の事などどうでもいいが、カナタが過去に縛られるのが我慢ならなかっただけ、なのだろうが……
「カナタはリリスのおだてには弱いものね。いつも上手く転がされてるわ。じゃあカナタは両親を許すつもりなのね?」
「そうなら席を外させてないよ。僕の考えでは、まだ許す気にはなってない。もう会う事もない両親を憎み続けるのはエネルギーの無駄、ぐらいに考えているんだ。それでも格段の進歩だけど……」
「シュリはどんな結末がカナタにとって一番いい事だと考えてるの?」
「両親と和解し、妹の存在を知る事だ。僕は人間とは"過ちを犯す生き物"だと思っている。でも同時に"許し許され、高め合う生き物"だとも思う。もちろん、取り返しのつかない過ちだってあるさ。でも天掛夫妻はそうじゃない。カナタは他人事には凄く敏感で、どんな労をも厭わない。そしてお節介を焼かれた他人は、カナタの仲間や家族になっていくんだ。」
ナツメ君やシオン君がそうだったな。いや、ヒムノン室長や半殺しにされたギャバン少尉だって同じだ。カナタは自分事より他人事に必死になる人間なのだ。
「ええ。よくわかるわ。私もカナタにお節介を焼かれた一人だもの。……今のカナタは仲間や家族のように、自分を大切にしていない。シュリはそう言いたいのね?」
「うん。今は人の事に必死だけど、いずれ気付く。天掛カナタが"自分自身を救う時"が、必ず来るんだ。自分を救い出せたなら、両親を許せるはずだ。僕の友は"英雄殺しの小市民"にして"器の小さい大器"だからね。」
英雄殺しの小市民、器の小さい大器、か。空蝉修理ノ介とリリエス・ローエングリンは、カナタの理解者の双璧だな。
"我を生みしは父母なれど、我を知るのは修理ノ介
※中国の故事
古代中国の名宰相・管仲と、その親友・鮑叔の友情を「管鮑の交わり」と言う。斉で後継争いが起こり、違う王子を補佐していた管仲と鮑叔は、心ならずも敵味方に別れてしまった。争いに敗れ捕縛された管仲だったが、鮑叔は斉王に即位した主君に頼み込んでその命を助けたばかりではなく、自分よりも重用させた。宰相として国を発展させた管仲は、最大の理解者である親友を"我を生みし者は父母、我を知る者は鮑叔"と評した。
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