宿敵編11話 2には名作が多い



煙草を二本吸うまでの間、私は考えを巡らしていた。カナタとシュリ君は、私が口を開くのをじっと待っている。


「……結論から先に言おう。まずすべきは"事実関係の確認"だな。」


そう、これしかない。カナタが人間らしさを失わずに事態を収拾し、アスラ閥の瓦解をも防ぐには、ここから始めるしか手がないのだ。


「教授、事実関係を確認しようにも裏取りには動けないんだ。さっき自分でそう言ったじゃないか。」


"裏取りに動けば司令に察知される"、確かにそう言った。だが、盲点があったのだ。


「ああ、周囲周辺から裏取りするのは不可能だ。しかし、中将に訊くのなら可能だと思う。極秘に彼に会い、事の真相を問い質すのだよ。」


網は彼のに張ってある。つまり、中将本人はノーマークだ。


「なるほど。司令が敬愛する叔父に盗聴じみた真似をする訳がない。あくまで中将を陰謀から守る為のセキュリティネットなんだ。だったら中将本人にあたればいい!」


指を鳴らしたカナタに、シュリ君が疑義を呈した。


「カナタ、中将がしらばっくれる可能性があるよ? 馬鹿正直に"私がやった"って言うものかな?」


「シュリ君、東雲中将は御堂司令が同盟の頂点に立った時に、全てを打ち明けるつもりでいるのだと思う。」


深刻度は違えど、似たような立場の私にはわかる。"秘密を抱えながら尽力し、成就すれば全てを打ち明ける"という考えはな。


「え!?」 「どういうコトだ、教授?」


私は息子とその親友に、考え抜いた思考を開陳してみる。


「彼は覇嘉多はかた市の名門出身で、東雲家の当主でもあるのだ。当然、周囲は妻を娶り、子を作る事を望んだが、彼は頑なに独り身を貫いている。それは"御堂イスカより大事な人間を作らない"という固い意志の現れであると同時に、"自分が御堂イスカに殺された時に、肉親の仇だと恨む人間を作らない"という事でもある……そうは思えないかな?」


「……あり得ますね。中将のお人柄なら、そう考えるのは不自然じゃない。」


シュリ君は彼の苦しい胸の内を慮ったのだろう。苦渋に満ちた表情になった。


「でもそれが事実ならあんまりだ。敬愛する元帥と意見を違え、何度も諫めたけれど聞き届けてもらえなかった。懊悩した挙げ句に"人間の自由意志を守る為"に元帥を手にかけ、娘の司令を守り支えながら今に至る。……中将はどれほど苦しみ抜いた事だろう。心安らぐ時なんてなかったはずだ。」


親友の慨嘆をカナタが引き継ぐ。


「東雲刑部はそういう男だ。彼に私心はない。愛して止まない司令を頂点に押し上げた後に真実を打ち明け、命をも含めた出処進退を委ねるつもりなんだろう。そうであれば、オレ達を相手にしらばっくれたりしない。とうの昔に覚悟は決めてるんだからな。」


なんと不器用で、損な人生を選んだ事か。暗殺という手段の是非は別にして、私は東雲刑部という男を尊敬する。彼の生き様、愛する者への献身は見習うべきものだ。


「カナタ、私が思うに…」


「東雲刑部には天寿を全うしてもらう。刑場の露と消えるなんて冗談じゃない!」


おまえならそう言ってくれると思っていた。それでこそ天掛カナタ、私の息子だ。


「それで、具体的にはどうするんだい?」


シュリ君もカナタと同じ想いのようだな。いい友達を持ったものだ。


「わからん。だが、オレがなんとかする。彼を赦すかどうかは司令次第だ。だけど、苦悩と苦難に耐え続けた中将を処刑するのは許さない。亜父と慕った男を殺せば、一番傷付くのは司令自身だからな。難しいのはわかってるけど、オレは中将も司令も救いたいんだよ。まずは、中将との極秘会談をセッティングしよう。根回し不能の出たトコ勝負になっちまうが……」


「会談の準備は僕がやろう。もちろん同行もするよ。大丈夫!カナタは世界一、ぶっつけ本番、出たトコ勝負に強い男だ。きっと上手くやるさ!」


友の激励があればカナタはなんでも出来る。問えば偽悪的に否定するだろうが、"大切な誰かの為に"が、息子の行動原理なのだ。利己主義の塊だった私から、利他主義を信条とする息子が生まれるなんて、人間とは面白いものだな。きっとこれが隔世遺伝というヤツなのだろう。親父の信念は、私を飛ばして孫に受け継がれたのだ。


「方針は決まったな。では私からもう一つ意見をしておこう。」


「教授にはいいアイデアがあるのか?」


いや、ない。この件を解決するには、カナタの人間力に賭けるしかないと思っている。今から述べるのは苦言だよ。


「火隠段蔵氏の話題が出ないのはどういう事かな? おっと、わかっている。マリカ君には黙っておこうという結論を出したのだろう? だがそれは間違いだと言っておく。」


「マリカさんの気性は教授も知って…」 「そうですよ。マリカ様は…」


「だからこそ話すべきだと言っているんだ。マリカ君はこの件の当事者だぞ。カナタ、未来の嫁すら説得出来ないのに、司令を説得出来ると思うのか? おまえが最初に救うべきは中将でも司令でもない。おまえを愛し、未来を共にすると誓ってくれた彼女だ。……それが"愛"だぞ?」


「……教授、言ってて恥ずかしくならないか?」


正直、滅茶苦茶恥ずかしい。願わくば最後の台詞はスルーして欲しかった……


「恥ずかしいに決まっているだろう!……だが、間違った事は言ってないつもりだ。」


「……確かにな。マリカさんを説得出来ないのに、司令を説得出来る訳がない。シュリ、マリカさんには話すべき…」


「善は急げだ。すぐにマリカ様を呼ぼう。里長様は昨日からホタルと一緒にロックタウンに滞在してる。なんでも飲み会がてら"亭主の躾方しつけかた"をホタルから伝授してもらうんだってさ。」


「そういう話は先に言え!知ってりゃ、ホタルに賄賂を渡しといたんだ!二人はどこにいる!」


……小さい。なんて発想が小さいんだ。父さんは情けないぞ。


「テンガロンハウス。ここでの密談が終わったら、飲み会に合流するつもりだった。」


テンガロンハウス、ロックタウンの人気レストランだな。以前にバートが土産に買ってきてくれたが、あの店の瓶詰めチリコンカーンは絶品だった。ケリーと三羽ガラスに買って帰ってやるか。


「迎えに行ってくる!シュリ、ホタルにも話すで問題ないな!」


「夫婦の間で隠し事はしない、重荷があるなら二人で背負う。それが我が家の家訓だからね。方針がまとまったらホタルには話すつもりだったよ。」


その家訓を実践出来ていたら、私はバツ1にならずに済んでいたのだろうな。ま、元鞘に収まったのだから良しとしておこう。いや、可愛い娘が出来たのだから、離婚して再婚したのは大正解だった。アジトに戻ったらヘンリー氏の墓前で感謝の祈りを捧げよう。


マリカ君に次ぐ俊足を飛ばしたカナタの姿はもう影も形もない。


「カナタが戻るまで、酒でも飲んでいようか。シュリ君は名奉行大吟醸が好みだったね。」


私はキャビネットを開けてグラスを手に取り、床に置いておいた保冷バッグの銘酒をテーブルに置いた。


「教授の好みを当てましょうか。……悪代官大吟醸、ですよね?」


「ビンゴ!よくわかったね。」


「やっぱりカナタと同じでしたか。」


「同じ肉体だから、味の好みも似通るさ。いや、カナタのDNAは私とは違っているのだったな。」


この体はアギトと同一だが、カナタはそうではない。あるべき姿へ変貌……違う。いるのだ。


「似通っているのは、だからです。そうですよね、さん?」


動揺してはいけないと思ったが、酒を注ごうとしていた手は止まってしまっていた。


「……私は権藤杉男だよ。元の職業は大学教授、だからプロフェッサーと名乗って…」


「名門大の教授になれるだけの学識を持っているけれど、元の職業は財務省の官僚だ。最初に会った時から疑っていましたが、今日、確信に至りました。」


「………」


シュリ君が確信しているのなら、誤魔化すのは無理だな。……だが、どうしてバレたんだ? マリカ君が話したのだろうか……


「答えてください。教授の正体はカナタの父、天掛光平さんなんですよね?」


いや、マリカ君は沈黙を守っている。彼女は秘密を漏らすような女性ではない。


「……その通りだ。なぜわかった?」


「当たり前ですが、僕にも父がいます。武運拙く戦死してしまいましたが、父の教えとその眼差しは忘れない。父さんが僕を見守る目と、教授は同じ目をしていました。それで、"ひょっとしたら?"と思ったんです。」


私は父親の目でカナタを見ていたのだろうか? この真っ直ぐな青年を育てた父君と同じ目が出来たとすれば良い事だ。秘密がバレてもシュリ君なら問題あるまい。マリカ君と同じく、話せばわかってくれるはずだ。


「そうか。……隠していてすまなかったね。だが、今はカナタとの関係がこじれる訳にはいかないんだ。」


「わかります。教授も中将と同じ苦しみを抱えているのだと。……ですが、いつかは話さないといけない。」


「もちろんだ。カナタが剣を置く日が来たら、全てを打ち明ける。夫婦揃って、ね。」


「え!? じゃあ教授の奥さんって……」


「カナタの実母、八神風美代だ。私とよりを戻したから、天掛風美代に戻っているがね。愛娘は実の両親とは死別していて、私と別れた後に風美代が再婚したヘンリー・オハラ氏が養女として連れ帰ったのさ。それも数奇な話でね。私の娘、アイリーン・オハラ・天掛は龍眼を持っているのだ。」


「母親だけじゃなくて、義妹も訳アリなんですか!もう無茶苦茶だ。……目眩がしてきた。」


だろうな。だが逃がさんぞ。バレてしまった以上、シュリ君は…いや、シュリ夫妻も共犯だ!


「とにかくマリカ君の説得が終わったら、ホタル君を交えて密談パート2を開く。大丈夫、ターミネーター2もエイリアン2も名作だから、密談パート2も名作になるに違いない。ついでに言えば、ロッキー2も名作だっただろう?」


「どれも名作でしたけど、論拠になってません!メジャーリーグ2はイマイチでしたよ!」


中には例外もあるさ。個人的には悪くなかったと思うがね。


「あれは前作の出来が良すぎただけだ。2も捨てたものじゃないさ。シュリ君、もう諦めろ。キミ達は天掛家の関係修復に尽力する定めにあったのだよ。これはきっと、霊廟から私を見守る親父の導きに違いない。」


「やっぱりこの人、紛う方なくカナタの父親だよ!強引かつ無茶苦茶なやり口がそっくりだ!」


いつもカナタの突拍子もない行動に付き合わされるキミには深く同情する。だが、それはそれ、これはこれだ。


「そんなに褒められると照れるね。」


考えてみれば、シュリ夫妻はカナタ懐柔の最強カードじゃないか。息子との絆を取り戻すのに手段は選ばない。つまり、利用しない手はないのだ。


「褒めてません!まずカナタを放置した事を反省してください!」


「反省も後悔も死ぬほどやったさ。……今、私が欲しいのは"実利"なのだよ……」


「……このクソ悪い顔。カナタが二人いるとしか思えない……」


ヘリに私の体を積んできて良かった。シュリ夫妻には天掛光平の顔で悪い顔をお見せしないとな。



まずは風美代と一緒に"ごめんなさい"から始めてだ、その後にアイリに説得させる。フフフ、私の娘は可愛いぞ。あの愛らしさは一種の凶器だ。情の深い生真面目夫妻だけに抗いきれまい。


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