宿敵編10話 地下霊廟の密談



「お父さん、どうしてゲームをするのに方眼紙がいるの?」


ゲーミングPCの前に方眼紙を置いた私に、娘は首を傾げた。


「マッピングをする必要があるからだ。私は覚える気になれば丸暗記出来るが、アイリには無理だからな。」


架空空間を冒険し、方眼紙を埋めてゆく作業はさぞ楽しいのだろうな。私の人生に大いに寄与してくれている記憶力だが、趣味の世界の楽しみを一つだけ奪ってしまった。


「オートマッピングがあるから問題ないよ~。」


娘よ、レトロゲームの怖さがまだわかっていないな。そんな親切機能が搭載されるようになったのは後の話だ。


「マ〇ト&マジックにそんなものはない。ウィザー〇リィにもだ。」


「え~!なにそれめんどくさーい!」


「不親切と感じる間はまだまだだな。やり甲斐と思えるようになってこそ、レトロゲーマーだ。マッピングが嫌なら、今日はプール・オブ・レ〇ディアンスでもプレイしようか。」


プール・オブ・レ〇ディアンスはキャラクターグラフィックのダサさを除けば、とてもいいゲームだ。本当にグラフィックだけはなぁ。……正直な感想を言えば、私が描いた方がマシなんじゃないかと思ったのは、後にも先にもこの作品だけだ。ドット絵云々以前の問題で、元のデザインがかなり酷かったのだろう。


「マッピングは要らないかもしれないけど、不親切さならいい勝負だと思うわよ? 魔法が回数制だし、回復させる為に鍵の掛かる部屋で所定の時間を経過させないといけないし。一番のサプライズは、最強魔法が悪臭スティンキングの雲クラウドだったって事かしらね。あれって斜め上にかけ辛いのが玉に瑕だわ。」


父子の語らいに参加した妻が自家製ジャムを載せたミルフィーユパンケーキを差し入れてくれた。


「キミはプール・オブ・レ〇ディアンスまでクリア済みなのか……」


「正確には続編のカース・オブ・アジェア・ボ〇ドまでクリア済み、よ。」


レトロゲーマーとしての妻にはまるで隙がないな。


「さっそくキャラクターメイキングやるねー!……お父さん、このゲームってキャラのお顔がとても残念なんだけど……」


醜男醜女ぶおとこしこめは個人の主観かもしれんが、デッサンもおかしいからな。


「ルウとライスは旨いが、福神漬けは不味いカレー。それがこのゲームに対する私の評価だ。」


「じゃあ福神漬けを避けて食べればいいのよ。作成したキャラクターの顔グラフィックはオフに出来るわ。」


そんな機能があったのか。名作だけに、やはり配慮が行き届いている。


「プレーヤーのイマジネーションに期待し、名前のみの表記に留めたウィザー〇リィは大正義だったな。」


「……このゲーム、グラフィックだけはザ〇スのスタッフに担当して欲しかったわ。」


まったく同感だが、メーカーが違うから無理だろう。


「ザ〇スのグラフィックはクォリティーの高さが異常だからな。あの時代なら革新的だったはずだ。」


「ええ。ミリカ嬢のお顔を見て購入を決めたユーザーも多かったらしいわ。私が感動したのはメカニカルデザインの方だけど。」


「うむ、メカニカルデザインも秀逸だったな。」


「それも当然ね。後の彼は多くの大作ロボットアニメの製作に携わり、あのテッカ〇ンブレードのメインデザイナーを務めた方でもあるのだから。アマチュア高校生の時代から、才能の片鱗を見せていたのよ。」


大物デザイナーが黎明期に手掛けた作品だったのか。だがアマチュアの高校生が製作スタッフだった事に驚きはない。あの時代はゲームソフトを"家族だけで製作"していた事すらあった。


「キャラクターデザインとメカニカルデザインが際だった名作、か。まあザ〇スのミリカ嬢も凄かったが、私が感銘を受けたのはイ〇スのリリア嬢だな。PC8801mkⅡMHの画面の中から(当時としては異常な滑らかさで)こちらを振り返るリリア嬢を見て、"大人になったら、思う存分PCゲームを遊ぶぞ!"と子供心に誓ったものだ。」


「あら、だったらお義父様と一緒に遊べば良かったのに。」


親父の奴、こっそり買ってやがったのか。私には"おまえにPCゲームはまだ早い"なんて言っておきながら!


「……あの日……家族でデパートに行った日の帰りにお袋がプンスカしていた理由がわかった。仮にも神職が、ゲームキャラクターにぞっこんになって衝動買いすれば、不機嫌にもなる。」


おや? ゲーミングではないPCの着信音が鳴ったぞ。……雲水代表だろうか?


席を移動してメールを開いた私は、久しぶりに出掛ける事にした。暗号電文の送り主は息子カナタだったのだ。


「あなた、何かあったの?」


「あったらしい。"直接話したいコトがあるから、ロックタウンまで来てくれ"だそうだ。もちろん、ミルフィーユパンケーキを頂いてから出掛けるがね。」


ロックタウン行きを計画していたから丁度いい。予定を少し前倒しすれば事足りる。


「そうしましょう。新しい旅行鞄が早速役立つわね。」 「お父さんのもアイリのもあるんだよー!」


待て。連れて行くなんて一言も言っていない。


「遊びじゃないんだ。風美代とアイリは留守を頼む。」


「お義父様に会いたいのはあなただけじゃありません。ね、アイリ?」


「そうだよ!アイリのおじいちゃんなんだから!」


親父の墓は、羚厳公園に造営された八熾家霊廟だ。家族揃ってお参りするのがいいかもな。


「連れて行けない理由もないか。親父も喜ぶだろうし。」


私はゲーミングチェアをリビングの壁上に取り付けられた神棚の前まで持っていき、祀ってあった桐の小箱に手を合わせてからポケットに入れた。これは天掛翔平の遺髪だ。物部さんが形見に持っていたものを権藤経由で入手した。これを八熾家霊廟に奉納するのが予定していたロックタウン行きの目的だったのだ。もちろんこの小箱には、一緒に送ってもらったお袋の遺髪も収めてある。


──────────────────────


ロックタウン行きには、バートにも同行してもらう事にした。私達は家族なのだから当然ではある。カナタそっくりの顔をした私はロックタウンに着いてから、霊廟の地下にある秘密の奉納室にたどり着くまで小型コンテナに入ったままだったので、お世辞にも快適な旅とは言えなかった。帰りもヘリポートに着くまではコンテナに詰められると思うと気が滅入るな。


「閉所恐怖症でなくて良かったと心から思うよ。」


コンテナから出た私は、思い切り背伸びをした。


「ではコウメイ、私はホテルで待機していますから。」


腹黒親父を積載したコンテナを地下霊廟に運び込んだバートは、妻子の待つホテルへ戻った。家族揃って、いや、妻子と一緒にお参りするのはカナタとの話が終わってからだ。


親父の墓前で待つ事暫し、カナタとその親友が地下霊廟へやって来た。


「教授、急に呼び出したりしてすまなかったな。コトがコトだけに、通信で話すのが憚られたんだ。」


カナタはまた特大地雷を踏んだらしい。いつもの事だと言えばそれまでなのだが、この星随一のハードラックぶりには感心するしかないな。


「かまわんよ。別件でロックタウンを訪問する予定だったから、丁度良かったぐらいだ。私をこの星に導いてくれた恩人の遺髪が奉納されるとなれば、見届けない訳にはいかない。」


私は桐の小箱をカナタに渡した。


「これは……爺ちゃんの遺髪なのか!?」


「ああ。物部老人が形見として祀ってくださっていたものを送ってもらった。天掛翔平氏の遺髪を奉納するのは、孫である天掛彼方しかいない。翔平氏が、故郷を捨ててまで添い遂げた奥様の遺髪も一緒だ。」


シズル君のお婆さんが大事に持っていた八熾羚厳の遺髪は、既にカナタの手で霊廟に奉納されている。御門家との関係悪化を憂慮した親父が、変事に備えて侍従筆頭に預けておいたものだ。私の父は八熾羚厳として生まれ、天掛翔平として亡くなった。二つの世界を股にかけた男の霊廟には、二つの遺髪が祀られて然るべきだ。


シュリ君が祭壇の蝋燭に火を灯し、カナタの手で霊廟に遺髪が収められた。私が祝詞の書かれた紙を広げて慰霊の言葉を紡いだ後、三人揃って手を合わせる。


……親父、お袋、すまない。権力亡者に成り果てた息子にさぞかし心を痛めた事だろう。叶うものなら、生きている間に今の私を見てもらいたかった。自分を取り戻した今なら言える。私も親父の意志を継ぐ狼だと。どうか安らかに眠ってくれ。己の為すべき事を全うした天掛翔平は、私の誇りだ。


「………教授、ありがとう。爺ちゃんも喜んでいるだろう。八熾の天狼として生まれ、天掛翔平でもあった男の祀り方としては、これが最良のはずだから。……婆ちゃん、故郷の星で眠りたかったかもしれないけど、この星もいいところだよ。今はこんなだけど、オレが戦乱を終わらせるからね。」


礼など言わないでくれ。これは自分の為の儀式だ。私は天掛光平、おまえの父で翔平の子なのだから……


親父だけじゃない、きっとお袋も喜んでいる。故郷を捨ててまで自分を愛してくれた夫の傍にいたい、それが夫婦の絆。おまえが故郷ふるさとの星ではなく、大切な仲間がいるこの星で生きる事を選んだように、お袋だって親父の傍で眠りたいはずだ。


「翔平氏がいなければ、私も私の家族も救われなかった。生涯の恩人への報恩には安いぐらいだよ。霊前で隠謀話はよろしくないから、別室で話そう。」


この霊廟はガーデンを本拠とするカナタとの密談の場でもある。地下施設の造営に関わる人間は厳選したし、セキュリティも完璧だ。金も手駒もある身は素晴らしい、といったところだな。


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「それで、話とはなんだね?」


和を基調とした霊廟の中で、この密談用の部屋だけは洋式の造りだ。ゆえに机も椅子もキャビネットもある。


「アスラ元帥暗殺事件の容疑者が浮かんだ。」


なんだと!?


「それは本当か!!」


「カナタお得意の推論なんですが、僕もあり得ると思っています。猖獗しょうけつが極まった時のカナタの知謀は、決して的を外さない。」


カナタの人間性と才幹を知り尽くした盟友の言葉には重みがあった。


「一体、容疑者とは誰なんだ?」


「東雲刑部だ。彼には出来た……いや、んだ。教授、ホームズ的思考さ。あり得ない可能性を全て取り除けば、真実だけが残る。それがどれだけ信じがたいコトであろうとも、な。」


そんなバカな!東雲刑部だけはあり得ないはずだ!


「しかし彼には動機がない。東雲刑部はアスラ元帥の最大の信奉者なのだ。」


東雲刑部は人生の全てを御堂父子に捧げてきたと言っても過言ではない。その献身ぶりに偽りなどなかったはずだ。私だけではなく、同盟市民なら誰でもそう思っているだろう。


「そこが盲点だった。だから誰もその可能性に気付かないでいたんだ。中将が今でも司令の為に全てを捧げているってのは間違いない。」


だったらなおさら意味不明だ。何の為の犯行だったのか訳がわからない。


「彼はアスラ閥を手に入れる事も出来た。アスラ元帥亡き後に、後継者となるように薦めた者も多い。しかし中将は出世を頑なに拒み、御堂司令の後見人に徹してきたのだ。そんな彼が何の為に元帥を暗殺する、自分の苦労が増えるだけではないか。」


私は冷静な人間のつもりでいる、しかしカナタは冷静どころか冷徹だった。


「動機は権力の簒奪じゃない、理念の不一致だったんだ。順を追って話すから、教授の意見を聞かせてくれ。」


冷徹な狼は積み上げた推論を私に話してくれた。話を聞き終えた私の額に一筋の汗が流れる。息子は武勇と人間観察においては私を遥かに凌駕する怪物。その思考の怪物が辿り着いた"アスラ元帥の真実"……外れてはいまい。シュリ君の言う通り、こういう時のカナタの知謀は神懸かっているのだ。


「前提条件が間違っていた、か。」


私は権藤から聞かせてもらった殺人事件の話を思い出した。とある資産家夫妻が殺害され、遺産を相続する事になった甥っ子に嫌疑が掛かったが、すぐに疑いは晴れた。なぜなら、相続人は盲目だったからだ。盲導犬の介護が必要な男が、ナイフで被害者を刺殺出来る訳もない。捜査は暗礁に乗り上げ、物盗り説を主軸に刑事達は動いた。


だが権藤は刑事よりも疑り深かった。そして刑事よりも執念深かった。盲目の相続人が殺人を誰かに依頼した可能性は刑事も考えたようだが、権藤の徹底調査でその疑いも晴れていた。しかし、勘で目星を付けて足で実証する記者は、模範的過ぎる相続人の態度にかえって不信感を持ち、張り巡らした網を緩めなかった。


そして見事に事件の真相を突き止めた、相続人が"盲目ではない"と。


ずっと相続人をマークしていた権藤は、彼が家に出たゴキブリを履いていたスリッパで殺す姿を張り込み部屋から目撃し、前提の間違いに気付いた。完全犯罪を狙った相続人は、妻に先立たれて子供もいなかった資産家が再婚した直後、およそ10年も前から医者まで抱き込んで盲目を演じ、犯行の準備を整えていたのだ。


"被害者の資産家は、甥っ子にも財産の半分を遺すつもりでいたってのに。天掛、半分っていっても相当な額なんだぜ? 自分で築いた訳でもない財産が目減りするのを嫌がって、あんな手間暇をかけてまで殺人に及ぶとは、人間の欲ってのは恐ろしいもんだな"、権藤はそんな台詞で事件を締めくくった。


前提が違っていたという共通点はあっても、遺産の半減を嫌って殺人に手を染めた相続人と、権力の相続を放棄して御堂司令に尽くす中将は、人格的には対極に立っている。


「教授、今のところは推論に過ぎない。だが、あり得ない可能性ではなくなったのは事実だ。相手が相手だけに裏取りに動くのも難しいし、動けば司令に察知されるのは確実だろう。そもそも今の状況で事件の真相が明らかになれば、アスラ閥は瓦解する。」


「その通りだ。東雲中将の周辺には、御堂司令の張り巡らせたセキュリティネットがある。父のような悲劇から中将を守る為に構築されたものだ。裏取りに動けば必ず察知されるだろう。」


眉間に皺を寄せたカナタは、重苦しい口調で呟いた。


「……オレはどうするべきだ? 教授の意見を聞かせて欲しい。」


息子の悩みは深い。今こそ私が力にならねばならん。



考えろ。カナタが人間らしさを失わずに、この重大局面を切り抜ける方法をだ!


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