宿敵編9話 悩める狼



ログハウスの外には丸太の屋外テーブルセットが設えてあり、オレとシュリは差し向かいで座る。


「バイオセンサー起動。よし、周囲にゃ誰もいねえ。どんな話でもオールオッケーだ。」


「了解だ。そうそう、教授からの差し入れをホタルと一緒に視聴したよ。地球にも名作映画は多いんだね。特にターミネーターは良かった。2のラストシーンには本当に感動したよ。カーチスさんに見せられないのが残念だな。」


ちっこいモノなら地球から送れるらしいからなぁ。教授は"この世界のモノは送らない。地球の運命を変えてしまうオーパーツを故郷に送り付ける訳にはいかん"と言ってたが、その通りだ。バイオメタルユニットなんざ送った日にゃあ、地球でも超人兵士戦争が起きちまう。


……オレは愛読していたラノベ、"幼馴染みの美人姉妹&妹メイドと同居中!"の結末を知らない。最終巻の発売前にこの世界に来ちまったからだ。教授に頼んで地球から送って……いや、さすがにあの表紙を他人様に見られるのは……


「ターミネーター2のラストシーンに感動しないヤツは心が死んでるよな。」


「ああ。溶鉱炉の中に沈んでゆくTー800の姿を見ながら、ホタルは涙ぐんでた。ターミネーターシリーズって3もあるんだよね? 1、2に負けない名作なんだろうなぁ。」


シュリは央球人だから、あの悲劇を知らないんだよな……


残酷な真実だが、親友には伝えねばなるまい。


「……3の敵役、TーXは女型サイボーグだ。」


「別にいいじゃないか。カナタは特にそういうのが好きだろ?」


「ああ、そこに問題はない。だがT-Xには骨格がある。正確には金属骨格と液体金属のハイブリッド型なんだが……」


「待ってくれ。それじゃあ普通に壊されちゃうじゃないか。Tー1000なんて凍らせたまま封印するか、それこそ溶鉱炉にでも叩き落とさないと倒せない不死身の殺人マシーンだったんだぞ!」


「だからファンの間からも"おいおい、Tー1000のが強いんじゃね?"との声が上がった。設定上では後継機のTーXのが強いコトになってるみたいだけど、Tー1000の"コイツどうやったら倒せんだよ!"的な絶望感はなかったな。骨格があるから色んな武器を搭載してんのはいいけど、火炎放射器や丸ノコなんかも混じってたし……」


実際、TーXは地形効果抜きのTー850に破壊されたしな。どっちが強い論争はさておき、劇中での怖さはTー1000のが上だろう。


「まあ映画としてTー1000の二番煎じは出来なかったのかもね。でも特撮やストーリーが素晴らしければ…」


3も特撮は素晴らしかったけどな。とはいえターミネーターシリーズはストーリーも秀逸だったから不朽の名作になり得たんだ。


「ジョン・コナーが、小汚い住所不定の青年になっててもか?」


「え!? あの凛々しく可愛いジョン・コナーが……小汚い青年!?」


ジョン青年を演じた俳優さんはハンサムだ。だから脚本にそういうキャラとして描かれていたとしか思えない。


「そして3のストーリーは"2でやったコトは全部無駄でした"だ。」


「……3なんてなかったんや。ターミネーターは2で完結してるんや……」


実際、なかったコトにして正統続編が作られたらしいけどな。しかしシュリ、なにゆえ神難弁?


「教授が3を渡さなかったのはそういう訳だ。」


「待て!じゃあエイリアン3も…」


「そっちは賛否が拮抗してる。渡さなかったのなら、教授は否定派みたいだな。オレは有りだと思ってるが、生き残ったクルーや助けた女の子の扱いには納得していない。」


「き、聞かせてくれ。……どんな扱いだったんだ?」


「冷凍睡眠装置の故障でリプリー以外のクルーは全滅。この世界じゃ冷凍睡眠装置は既に存在してるから、同じ事故が起きないコトを願うばかりだ。」


死因は脱出ポッドが事故ったコトによる墜落死だったかも……我ながら記憶力がよろしくない。


「なんだよそれ!ヒックスやビショップが事故死しただけでもモヤッとするのに、リプリーが命懸けで助けたニュートまで死んでたとかあり得ないだろ!それじゃエイリアンクィーンとの激闘はなんだったんだよ!」


「オレに怒るなよ。そんな脚本にゴーサインを出した偉い人に言えって。」


そんな感じで地球映画の話を楽しんでから、本題に入るコトにした。


「さて、そろそろ真面目な話をするか。」


親友とのたわいもない会話でリラックス出来たしな。シュリもそれを狙って映画の話題を振ってくれたんだろう。


「今度はどんな地雷を踏んだんだい?」


「N2爆弾以上の超ヤッバイのを盛大に踏んだ気がするね。」


控え目に言ってもギガトン級だろうな。


「……またか。カナタはどうしてもトラブルの真っ只中に飛び込まないと気が済まないらしいね。」


「いくら嫌っても、向こうから寄って来るんだからどうしようもない。シュリ、オレが"アスラ元帥暗殺事件"を探っていたのは知ってるよな?」


「ああ。……カナタ、犯人がわかったのか!?」


「有力な容疑者が浮かんだ。」


「だったら司令に報告しないと…」


椅子から立ち上がったシュリに、ハンドサインで座るように促す。


「それを相談したいんだよ。その容疑者ってのは……東雲中将なんだ。」


「まさか!!あり得ないよ!」


「その通り。まさかだからこそ、まさにあり得るんだよ。考えてもみろ、仮に三元帥が結託したとしてもだ、"軍神"アスラの裏をかけると思うか?」


「難しいだろうな。アスラ元帥の戦略と政略は三元帥を上回る。であるが故に、元帥が存命中は三元帥ではなく三大将だったんだ。」


ザラゾフ、トガ、カプランはそれぞれの得意分野では誰もが認める英傑だった。そんな三人が大将としてアスラ元帥を支えていたのは、彼の器を認めていたからだ。災害閣下は"いずれ雌雄を決する"つもりでいたようだが、トガとカプランは"アスラ元帥以外の下風に立つ気はない"とでも考えているのだろう。三元帥は他の元帥の短所を問題視していて、それが今の混乱を招いている。逆に言えば、アスラ元帥にはそんな短所がなかった訳だ。


「そんな隙のない英雄の行動計画を知り得ていた者が二人いる。一人は…」


「軍神の盟友だった段蔵様。だけど先代はアスラ元帥と一緒にお亡くなりになった。」


元帥の乗ったヘリが撃墜された時、火隠段蔵は一緒にいた。と言うより、アスラ元帥は火隠段蔵だけを伴って極秘活動をしていた。突如爆散したヘリから元帥を抱えて脱出した火隠段蔵だったが、予期せぬ爆発で致命傷を負っていた。忍者の頂点と謳われた男は最後の力を振り絞り、飛び石ジャンプで元帥を地上まで運んだ後に息絶えたらしい。そして段蔵さんと同様に、深手を負っていた元帥はその力を十分に発揮出来ず、暗殺者の手にかかってしまった。これが暗殺事件の概要だ。


元帥とその盟友の遺体を発見し、回収した男。それがもう一人の行動計画を知っていた男だ。


「もう一人は東雲刑部だ。事件の第一発見者でもあり、検死をした男でもある。つまり彼なら、どんな事後工作でも出来た訳だ。いや、事前工作すら出来た。例えば火隠段蔵が安全確認を終えたヘリに爆発物を仕込むとか、な。」


事件の第一発見者を疑え、それが捜査の鉄則だ。鉄則を忘れていたのは、第一発見者が自分よりもアスラ元帥を大切にしていた男だったから。彼に限ってあり得ないという心理的障壁が、事件の真相を覆い隠していたんだ。


「でも動機がないよ。東雲中将が自分よりも元帥や司令を大切にしている事は誰でも知っている。僕もそれは疑ってない。」


誰よりも大切にしていたからこそ許せなかった。自分の愛してやまない男が、世界を"抵抗不能の強制平和"に導こうするなんて……


「アスラ元帥が"世界昇華計画の推進者だった"としたら?」


「そんな訳ないだろう。あの計画は危険過ぎる。まともな人間なら、絶対に反対するさ。」


「だが英雄ってヤツは"私なら上手くやる"と考えがちなもんさ。昇華計画は一歩間違えば、"打倒不能な独裁者"を生んでしまう。限りなく"人間の善性"に寄っ掛かった危なっかしいプランを、良識ある常識人の東雲中将は絶対に看過出来ないだろう。もしそんな独裁者が誕生したら、推進者のアスラ元帥は悪名を永遠に残すコトになるんだぜ?」


仮に昇華計画が上手くいったところで、オレみたいに"型に嵌められるのを嫌う"人間だっている。戦争や殺人を抑制するのは細胞の力ではなく、人の意志と努力でやるべきだって思う人間だっているんだ。


「そうなるね。僕は昇華計画が上手くいくとは思えないし、上手くいったところで"自由意志を否定する世界"が出来上がるだけだ。」


「そういうこった。だいたい殺意を持っただけで痛みが走る世界なんぞ創ってみろ、そのうち人は殺意に繋がる怒りを持つコトすらタブーにしちまう。みんながみんな、心を平安に保とうと励み、悟りきった坊主みたいな人間しかいない世界になっちまうぜ。」


昇華計画の発案者である御門儀龍は、そんな"穏やかな世界"を望んでいたんだろうが、オレに言わせりゃ"大きなお世話"だ。


「悟りを開こうと毎日修行に励むお坊さん達は立派だけど、人類全員がそんなじゃ困るよ。高僧は賭けビリヤードなんてしないだろうからね。」


「腕前を隠してさんざんカモってくれたシュリが言うと説得力抜群だな。」


「聞かれなかったから、言わなかっただけだよ。"どのぐらいの腕なんだ?"って問われたら、"トッププロに勝った事がある"って答えたさ。話を戻そう。カナタはどうして、アスラ元帥が昇華計画の推進者だと思ったんだい?」


「根拠はザラゾフ夫人の証言だ。さっき夫人と会談したんだが……」


オレはサロンで聞いたアスラ元帥の裏話をシュリに話した。


「……そんな話をしていたのか。考えてみれば、僕もカナタもアスラ元帥を直接は知らない。こうであって欲しいと、自分を基準にしてその人物像を類推していたに過ぎないんだ。個人的感情をさっ引いて、斜め上から俯瞰してみれば、アスラ元帥は儀龍さんや深怜さんといった昇華計画推進派と極めて親しい間柄だね。元帥のダミー行動、いや、が昇華計画とは異なっていたから、自分達に都合のいい解釈をする余地があった。」


そう、よくよく考えてみれば御堂アスラの親友と妻は昇華計画推進派なんだ。であるならば、元帥自身も推進派であった可能性は高かったんだ。


「ユリウス・カエサルは言った。"人は喜んで自己の信じるものを望むものだ"と。人間ってのは見たい物を見て、信じたい者を信じる生き物らしいな。」


「僕もカナタもその例外じゃなかった。アスラ元帥は"危険な理想主義者"だったかもしれないなんて、想像だにしていなかった。だって、そんな事は"考えたくもない"んだからね。」


「だがその可能性が出てきちまった。ま、例によって推論に推論を重ねただけなんだがな。」


考えたくないコトを考えずに済むのなら、人生は薔薇色だろう。残念ながらそんな世界は、絵本の中にしか存在しない。極限のリアルを求められる薔薇園の住人に限らず、あらゆる人間は現実に向き合わなきゃならないのだ。


「でも、辻褄は合ってる。司令とマリカ様にその推論を話すかどうかは大問題だね。」


アスラ元帥暗殺犯は、マリカさんにとっても仇だからな。


「今の段階では、マリカさんには話すべきではないと思っている。気性の激しさはシュリもわかってるだろ?」


「そうだね。マリカ様のご気性だと、中将を詰問しかねない。高い知性もお持ちだけど、炎の如き情熱が本質のお方だ。猛る情熱が、激情の刃に変わる可能性は否定出来ないね。」


「迷っているのは司令に話すかどうかだ。シュリはどう思うよ?」


この推論は、アスラ閥を瓦解させかねない爆弾だ。理性は"黙っているのがいい"と囁いてくる。だが、信義の野郎が"話すべきだ"と囁いてきやがるんだ。


オレは迷っている。判断がつかないでいる。だけど本音としては……"策謀家"としてではなく、"人間"として司令に向き合いたいんだろう。


「少し時間をくれないか。僕も段蔵様を殺した人間は許せない。だけどカナタの推論通りであれば、気持ちがわからなくはないんだ。中将だって強行手段に出る前に"昇華計画は危険です!"って諫めたはずなのに……」


「そこは娘と同じなんだろう。司令の口癖は"叔父上はなんだかんだ言っても、私の頼みは必ず聞いてくれる"だ。」


今は反対していても、いずれわかってくれる。そんな甘えが元帥にもあったんじゃないか?


「クランド大佐から聞いたんだけど、アスラ元帥が不治の難病を患った白鷺深怜を娶ると決めた時に、大佐も中将も大反対したそうだよ。嫁取りの件に限らず、元帥に諫言するのは決まって中将だったそうだ。」


士官学校で出会った日から、中将は元帥の右腕だった。真面目実直な秀才は、破天荒な天才に苦言を呈しながらも、最後にはその意向を汲んでくれた。そんな中将をアスラ元帥は弟のように思っていて、最愛の娘の後見人にするほど信頼していた。愛情と信頼が迎えた結末が、最悪の悲劇だったなんてあんまりだろう……


「オレにもシュリにも考える時間がいるな。話そうにも司令は留守なんだし。」


多忙な司令は隊葬に出席する為に戻っただけで、またどこかに出掛けていった。通信で話すようなコトじゃないし、今すぐ結論を出すようなコトでもない。


「うん。時間はあるんだから、教授を交えて三人で話をしないか?」


「そうしよう。ここは大人の知恵を借りるべき時だ。」


教授なら上手い手を考えてくれるかもしれない。



アスラ閥の瓦解を防ぎながら、司令への信義に応える道があればいいんだが……


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