宿敵編7話 アスラ元帥の真実



首尾よく賢夫人を停戦派に引き込んだオレは情報収集がてら、世間話に興ずる。情報収集にはなっちゃいないか。話題はもっぱら災害閣下の面白エピソードだもんな。


「……という訳で、戦地にいた夫は敵の殲滅に夢中になり、結婚記念日を綺麗サッパリ忘れていたのです。夕刻前には局地戦を片付けていたのだから、私に祝電を打つ時間はいくらでもあったのに……」


「勇戦した部下達と一緒に祝勝会でも開いていたんでしょうねえ。」


功を上げた兵士を自ら労うのが、閣下のいいところだ。そして一兵卒だろうが将官だろうが、分け隔てなく接する。最強元帥から勝利の美酒を注いで頂く名誉を得たいが為に、ルシア閥の兵士は命懸けで戦う。だから強い。


「翌日の朝、"アレクシス、昨日は結婚記念日であったな。祝電でも入れようかと思ったのだが、機構軍が群れてきおって機会を逸したわ"などと見え見えの嘘をつくものですから、お説教してあげましたわ。」


「なんと仰ったんです?」


「こんな風に眉根をよせて、"ルスラン、嘘はおよしになって。戦に夢中で忘れていただけでしょう。「綺麗サッパリ忘れておったわ、許せ」と開き直るのが貴方らしいのではなくて?"ってね。」


ププッ。夫人に豪傑らしさを説かれた時の閣下のツラを是非とも見てえ。災害閣下ザラゾフは生まれた時から豪の者だったんだろうけど、愛する女の前でカッコをつけたくて、さらに豪快ぶりが増していったのかもしれないな。


せっかく名シーンを再現してもらったんだ。コピー狼の得意芸を披露しようかな。


「ルスラン、嘘はおよしになって。戦に夢中で忘れていただけでしょう。綺麗サッパリ忘れておったわ、許せ、と開き直るのが貴方らしいのではなくて?」


「あら!物真似がお上手なのね。ルスランの前で披露してくださらない?」


「夫人が守ってくださるならやってみますよ。ルスラーノヴィチ・ザラゾフ閣下は、夫人からは"ルスラン"と呼ばれているんですね?」


「閣下になる前からそう呼んでおりましたから。ルスランは昔から大雑把で忘れっぽいの、結婚記念日や息子の誕生日を忘れるぐらいなら笑って差し上げますけれど、もっと大事な事まで忘れかねないから恐ろしいわ。とにかく雑で気遣いの出来ない暴力馬鹿なのだから、しっかりした執事なり従卒なりを連れ歩けばいいものを……」


オレは閣下のコトを笑えねんだよなぁ。しっかり者の副長シオンや、博覧強記の秘書リリス、安定手腕の家人筆頭シズルさんがいなきゃ、ダメ軍人のバカ殿になりかねない。


「閣下は気遣いも出来る男ですよ。軍に厭気が差して除隊したダミアン隊隊員の独立開業も支援してますし。」


「夫にそんな気遣いが出来る訳がないでしょう。私が差配したのです。無法者ハンターになった元兵士は、今でも各地で掴んだ情報をザラゾフ家に伝えてくれますのよ。」


あーなるほど。災害閣下の人情エピソードってかなり夫人のサポートが入ってんのか。


「内助の功、ですか。ご立派です。」


労は自分が引き受け、功は夫に手向ける。実によく出来た夫人だ。


「そのような立派な心掛けではありませんわ。ガサツな夫は些事に気付かないだけですから、私が助言するだけの事。ですが、血相を変えて直談判に乗り込んできた人食い熊オプケクル大佐よりも、ルスランの怒りは激しかった。卑劣と臆病を嫌う気質は同盟一ですの。」


「三条親子にとっては最悪の悲劇でしたが、ダミアンだけでも助かってよかった。兎ヅラトガあたりなら、ダミアンを処刑して事件を揉み消していたでしょう。」


カプランなら部下の処遇を取引材料にして、凄腕兵士ダミアンの囲い込みを図る。どっちにしても色男にとってはロクなコトにならない。災害閣下だから"非は殺された部下にある、よって無罪放免"にしてくれたんだ。


「ふふ、確かにトガ元帥はウサギみたいなお顔ですが、"けちんぼウサギ"は言い過ぎですわ。」


そこまで言ってねえんだけど。まあ"けちんぼウサギ"、略称"けちウサ"って蔑称は一般兵士がよく使ってる。


「昔は優秀な男だったみたいですけどね。今じゃ耄碌が始まった上に自己顕示欲が肥大化してる。たぶん、元帥になったのはあの爺さんにとっては栄達ではなく、不幸だった。」


「ええ。人は身の丈に合わない衣服を纏えば転ぶだけ。さぞかし奥様も大変でしょうね。」


これは同情ではなく嫌味だな。トガ夫人(と言っても若い後妻なんだが)は派手好きの遊び好きで、何も考えちゃいないアッパラパーともっぱらの評判だ。亡くなった先妻は容貌は凡庸だがかなりの才女で、同盟の兵站路整備に多大な功績を上げた実務家だったんだが……


夫婦で育てた生徒達が、トガ閥の力の源泉になっている。兎ヅラは先妻と一緒に築き上げた財産を食い潰してる状態だな。


「ハハハッ。災害閣下の女房も、気苦労はおありでしょう?」


「もちろんですわ。ですが私はどこぞの奥方と違って"遊んで暮らす為に"夫を選んだ訳ではありません。"この方となら労苦を共にしてもいい"と思える男を伴侶に選びました。」


「それが閣下ですか。」


「ええ。家は落ちぶれ、あるのは野心だけ。そんな男が実家にやって来て"俺は必ずおまえに相応しい男になって帰ってくる。だからまだ嫁に行くな!"と宣言なさいました。私をどの大貴族に嫁がせるのが得策だろうかと値踏みする毎日だったお父様は激怒して、ルスランをつまみ出そうとされたのですが……」


続きを聞きたくねえ。……怖すぎる。


「それで……どうなりました?」


「屋敷の衛兵達は若き魔王の薄笑いとその眼光の前に一歩も動けませんでした。動けば殺される、私ですらそう思いましたもの。ですけれど、その眼光には私が持っている宝石類にはない輝きがありました。いささかギラついてはいましたけれど、ね。」


今でもギラギラしてるもんな。災害閣下はいい意味でも悪い意味でも、昔と変わっちゃいないのか。


「それで閣下の帰りを待つコトにしたんですか?」


「お金と身分だけしかないボンクラ子弟に嫁ぐより、野心と才能がある男に嫁ぐ方が面白そうですもの。ルスランが帰った後、私はお父様に"ルスラーノヴィチ・ザラゾフ以外と結婚する気はありません。もし私に無断で婚約など決めたら、その場で舌を噛みます"と宣言して、結婚後の人生設計などを始めました。あの日の事は忘れませんわ。」


「魔王が攫いに来るのを待ってるお姫様も珍しいですね。」


「今思えば、私は人生に退屈していたのでしょう。退屈とは遅効性の拷問、躍動する心を知ってしまったからには、豪華な牢獄では暮らせませんわ。」


マッズイなぁ。ザラゾフ夫妻がどんどん好きになってく自分がいるぜ。


「退屈が苦痛ってのはよくわかりますよ。水ってのは流れてないと淀んじまいますからね。」


「貴方はいささか激流の中に身を置きすぎではなくて?」


オレの戦歴に目を通したら、誰だってそう思うわな。


「世界で二番目にツキのない男ですから。」


ツイてない男と言えば、地球ではジョン・マクレーン、この星ではオレだ。


「神難の麒麟児のお株を奪いましたわね。貴方が二番でしたら一番は誰ですの?」


「おわかりなのでは?」


「フフフッ。そう、わかっていますとも。世界一ツイてない男とは"貴方に刃を向けた敵兵"です。」


その通りトーチナ。」


構文だと自信が無いが、単語なら発音にも自信がある。ネイティブさんとお近づきになってるんでね。


「なかなかお上手ですわよ。ルシアンマフィアに入ってはいかがかしら?」


「ガーデンマフィアから鞍替えする気はありませんよ。」


「今なら入会特典として夫をルスランと呼ぶ権利を差し上げますわ。」


「魅力的な特典ですが、それは生涯、夫人が独占してください。」


「災害ザラゾフを"ルスラン"と呼んでいたのは私だけではありません。オフィシャルな場所以外では、アスラ元帥も夫を愛称で呼んでいました。もちろん夫はどこであろうと"アスラ"と敬称抜きで呼んでいましたけれど。同盟結成の記念式典でもそんなでしたから、当時は聡明だったトガ大将が"晴れの舞台で公私を一緒くたにするな、このバカ者!"と怒って、カプラン大将が"まあまあトガ大将、ザラゾフ大将に礼節を求めるのは、獅子に菜食主義を薦めるようなものだよ"と取りなしていましたわね。……いい時代でしたわ。」


アスラ元帥とザラゾフ大将は、強敵と書いて友と呼ぶ関係だったみたいだからな。愛称で呼びもするか。


御堂アスラという知勇兼備のカリスマを、剛勇無双の闘士ザラゾフ、頭脳明晰な能吏トガ、多芸多才な論客カプランが支える。誕生したばかりの同盟は今みたいな腐臭を放っちゃいなかったはずだし、確かにいい時代だったのだろう。


「閣下のコトだから、敬称抜きどころじゃなさそうですが……」


「他には"大甘野郎"とか"お砂糖男"がございますわね。ですが、今となっては御堂アスラという英雄の偉大さがよくわかります。ザラゾフ、トガ、カプランといった有能で癖のある男達を上手くまとめていたのですから。」


「夫人はアスラ元帥とは親しかったのですか?」


「ええ。夫を除けば一番親しい男性でしたわ。あの腕力マン、略してワンマンが、"機構軍を倒した後は、一騎打ちで頂点を決める。それがアスラとの約束だ"なんて言うものですから心配になって、元帥に相談した事もございますのよ?」


ワンマンな腕マン……この夫人、ウィットのセンスもなかなかだぞ。オレの母国語に合わせてくんのもポイント高え。


「そんな約束があったと東雲中将からも聞きましたよ。軍神アスラVS災害ザラゾフとは豪華過ぎるカードだな。」


「さぞかし見ものだったでしょうね。実現しなかったのが残念ですわ。」


「軍神アスラも完全適合者です。いくら閣下でも必勝とはいかないでしょう。」


アスラ元帥は盟友だった"忍者の頂点マスターニンジャ"火隠段蔵から緋眼をコピっていただろうし、司令と同等の氷結能力も持っていたと推察される。オマケに夢幻双刃流の継承者だ。天性の剛勇をねじ伏せる可能性は十分ある。


「元帥には何かお考えがあったようです。両雄に並び立って欲しいと願う私の真剣さが伝わったのでしょう。アスラ元帥は、"私とルスランは約束の一騎打ちには及ぶだろうが、どちらも死なない。とっておきの秘策があるのだよ。ルスランには退屈な世界になるだろうが、人類は新しいステージへと移行するのだ。アレクシス、この話はここだけの秘密だよ?"と仰いました。」


ドクン!…と、心臓の鳴る音が聞こえた。


「……退屈な世界……新しいステージ……」


オレは……とんでもない勘違いをしていたんじゃないか?


「あら、私とした事が"ここだけの話"を漏らしてしまいましたわね。今となっては"とっておきの秘策"が何だったのかわかりませんが、どんな策だったにせよ、もう実現はしないでしょう。未遂かつ時効という事でアスラ元帥にはご容赦願う事にしま……龍弟侯? どうかされたのですか?」


犯人捜しのスタート地点を間違えていた。完全無欠に思える英雄が暗殺されたのだから、誰が疑わしいのかではなく、、を考えるべきだったんだ……


「何でもありません。稀代の英雄が"とっておき"にしていた秘策とは何だったのかと、興味が湧いてしまいました。」


殺意を持って雌雄を決せられないなら、両雄共に死なない。つまり……とっておきの秘策とは"世界昇華計画"に違いない。


なんてこった!アスラ元帥は昇華計画の賛同者だった。腹心のが、昇華計画に断固反対の立場だったから、元帥もてっきりそうに違いないと思い込んじまってた。御堂アスラが昇華計画の賛同者、いやであったなら、前提そのものがひっくり返る!


一般社会の殺人動機は、金銭目当てか、痴情のもつれが多い。だけど要人が暗殺された場合は事情が異なる。その目的は権力の簒奪、あるいは……だ。



……そう、には、動機があったのだ。


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