宿敵編6話 賽は投げられた



未来の銘酒の原型アーキタイプで喉を潤したコトだし、深みに潜ってみるか。さあ、話術のお時間だぜ。


「ザラゾフ夫人はKを造り出した計画は当然ご存知ですよね?」


「ええ。"凶悪犯罪をしでかした者に人権など不要。刑務所でタダ飯を食わせるよりも捨て駒に使うのがよい"というのが夫の考えで、私も極論を承知で同意しております。加害者の人権よりも重視されるべきは被害者の尊厳でしょう。どうして取り返しのつかない罪を犯した者を更生させる為に、更生する必要もなかった被害者の生命、財産、尊厳が毀損されなくてはなりませんの? 同盟憲章に記されていようと、私は納得出来ません。善良な市民の生命を奪った犯罪者に救いの手を差し伸べるほど、優しくありませんの。」


Kの率いる実験部隊は、殺人犯ばかりのようだな。


「加害者の人権よりも被害者の尊厳、そこは同意出来ます。ですが人体実験から捨て駒への転身は同意出来ない。"凶悪犯罪には極刑も辞さない"なら、賛同出来るんですがね。」


オレが法治主義がどうのこうの言える人間じゃないのはわかってる。教授に頼まれて暗殺もやったし、証拠をでっち上げて人でなしに追い込みもかけた。このアウトロー気質はもう変わるまい。時と場合によっては、法を無視する気質がオレにもあるんだ。だけど、オレは法治の時代が到来するコトを望んでいる。アウトローである自分の存在価値を無くする為に戦う自己矛盾した人間だ。


そしてオレは"死刑制度の肯定者"でもある。これは親父の影響だろう。


"死刑制度に反対する連中がいの一番に口にするのは「欧米では~」だ。私は死刑制度云々に関わらず、そんな台詞を吐いた者の格付けを一段階下げる事にしている。カナタ、小物だが建設大好きの族議員がいてな、"高速道路のさらなる拡充と維持管理の為に、高速料金は絶対に必要だ"と、党の部会で高説をぶった。ご高説が終わった後に、とある若手議員が"先生は死刑制度の勉強会で、「議院内閣制の先駆者であるイギリスに倣って、日本でも死刑制度は廃止するべし」と仰いましたが、英国では高速道路は無料ですよ?"と皮肉った。見所のある政治家だと思ったね。欧米は欧米、日本は日本、文化も実情も違うのだから国柄に合った政策を立てねばならん。もちろん、他国に見習うべき政策があれば、積極的に取り入れるべきだ。だが、理念の主体はあくまで自国にあるべきなのさ"


死刑制度だけではなく、あらゆる政策において親父には信念があった。事務次官を目指すのもいいが、ドラグラント連邦で働いてみちゃどうだい? 国の舵取りを任せてもらえるように、姉さんに頼んでやるからさ。


オレが回想している間に夫人はウォッカを嗜みながら考え、オレの意図を読んでみせた。


「……探り針は要りません。貴方が話したいのは"もう一つの計画"でしょう?」


「はい。元帥からは"自分が主導した計画ではない"と釈明され、その言葉を信じてはいますが、夫人からも裏付けを取っておきたいのです。わりかし疑り深い性分なんでね。」


「夫の釈明した通りですわ。ですがザラゾフ家に非がないとは申しません。歩くパワハラがインテリ系の部下に強烈なプレッシャーをかけ続けていた事は事実。倫理観をドブに投げ捨てでも結果を出さないとと考える者が出ても不思議ではありませんもの。」


「ですがあの計画にはかなりのコストが掛かったはずです。巨額の資金が動いたはずなのに、夫人はまるで気付かなかったんですか?」


「………」


ザラゾフ夫人は気まずそうに視線を逸らした。


「あ、はい。算盤勘定はザラゾフ家の弱点でしたね、思い出しました。」


いくら弱点だっつってもザル過ぎるだろ。


「もちろん資金の支出に際して、夫が決済書類にサインをしています。ルシア閥の生体工学系技術者を引き連れ、計画概要をクドクドと説明しようとしたシニジマ博士を…」


「シジマ博士、です。別にシニジマでも構いませんが。」


もう死んでるみたいなもんだしな。アレックス大佐が"アレの垂れ流す糞尿とたわ言に厭々いやいや付き合ってる世話係を解放してやろうと思ってな。非力で精神が壊れている者を殺すのもなんだから、冷凍睡眠装置に入れて地下深くに封印した"と言ってたし。


「そのシジマ博士を怒鳴りつけた訳です。"要点だけ話せ!強い兵士を造れるのか!"と。」


博士のコトだから空気が読めなかったんだろうなぁ。元帥は"あんな軟弱は信用出来ない"とか言ってたし。


「きっと他の技術者が懸命にフォローしたんでしょうね。」


「そのようですわ。夫は文系でも理系でもなく武系ですから、例によって生来の大雑把さを発揮して、深く考えずもせずに"とりあえずやらせてみるか"とでも思ったのでしょう。」


……元帥を知らなければ"そんな訳あるか!"と信じなかっただろうけど、今なら"さもありなん"としか思えねえ。


「再発防止策をお願いします。その場のノリで倫理を踏み越えられちゃたまらない。」


「もう講じましたわ。以前は夫が好きに使える秘密資金があったのですが、私が凍結しました。今は資金の決済には私のサインが必要です。まったく、いくら愛する夫とはいえ、脳筋に巨額の資金を与えるものではありませんわね。アレクシス・ザラゾフ、一生の不覚でした。」


災害ザラゾフを脳筋呼ばわり出来るのは、この女性ひとぐらいだろうな。


「安心しました。元帥からは"計画の再開はない"と確約を頂いていますし、オレはあの計画の受益者なので、一度は目を瞑ります。」


「結婚したのを後悔したのはただ一度、件の計画を知った時だけです。ですが惚れた弱みですわね。"もう計画中止を決めた。証拠隠滅の手筈が整い次第、闇に葬るからそう怒るな"と詫びられ、引き下がる事にしたのです。」


ザラゾフ家の離婚危機は世界の危機だ。人知れず"世界崩壊のトリガーに指がかかっていた"とかとんでもねえ。


「離婚はマジで止めてください!閣下から安全装置が外れたら、世界を滅ぼしかねません!」


ストッパーが働いていてもアレなんだ。夫人がいなくなったら、人型災害を止められる者はいない。


「ホホホ、キッチリ添い遂げますから安心して頂戴。先程、侯爵は"受益者"と仰いましたけれど、本当ですのね?」


「ええ。瓢箪から駒と言いますか、不幸中の幸いといいますか、あの計画はオレをあるべき場所に導いてくれました。」


「夫は"経緯はわからんし興味もないが、あの青二才は紛れもなく八熾羚厳の孫だ"と言っておりましたが、やはり事実でしたか……」


「はい。お望みでしたら経緯を話してもよろしいですが、信じて頂けるかどうか……」


地球の存在は伏せ、"とあるところで暮らしていたオレが、偶然秘術を使ってしまって転移した"と話せばいい。嘘じゃあないからな。


「東洋には摩訶不思議な秘術があると聞きました。おそらくそれらが関わっているのでしょう。興味はありますが、聞かない方が良い話かと思いますわ。ですが、侯爵が私を信用してくださった事は嬉しく思います。」


「信念の違いはありますが、オレは閣下やアレックス大佐が嫌いではありません。ぶっちゃければ、結構気に入ってます。そして"強者の論理"に理解を示しながらも、"弱者の可能性"を信じたいと仰った夫人は、オレに近しい方ではないかと思いました。生意気な言い草ですが、これは偽らざる本音です。」


「貴方は不思議な人ですわね。機構軍からは"詭計機略に長じたペテン師"と呼ばれているのに、その言葉は聞く者の心を打つ。ふふふ、私もたぶらかされている最中なのかしら?」


貴方は口舌の徒に誑かされるようなタマじゃないでしょうに。


「相手によっては汚い策略も辞さない、それでペテン師呼ばわりされるなら本望だ。ザラゾフ夫人、オレはこの戦争を終わらせるつもりです。」


「ええ。機構軍を討ち果たし、世界を同盟の手に収めるのです。」


「それがザラゾフ家とルシア閥にとっていいコトでしょうか?」


「え!?」


「考えてみてください。機構軍は打倒した、もう敵はいない。武の時代が終われば、文の時代が到来するのが世のことわり。勝利した同盟陣営の中には算盤勘定に長けたトガ派、政治交渉力のあるカプラン派がいます。武力の価値が薄まった世界で主導権を握るのは誰でしょうね?」


「………」


「ルシア閥にとって最良の結果とは、"敵を抱きながらの平和"ではありませんか? 央夏には"狡兎死して走狗烹らる"という諺があります。」


「猟犬は獲物がいるからこそ重宝される、という意味ですかしら?」


「はい。機構軍が存在する限り、ルシア閥の武力は重んじられるコトでしょう。」


ザラゾフ夫人はオレの目を真っ直ぐ見据えて問い質してきた。


「……貴方は停戦を望んでいるのですね?」


この問いへの答えが、この星の未来を変えるかもしれない。停戦がルシア閥にもたらすメリットの示唆に留めるのか、明確な言葉で応じて夫人を停戦派に引き入れるのか。もし悪い目が出れば、ガチガチの武闘派であるザラゾフ元帥やアレックス大佐との関係に亀裂が入る、だが上手くいけば……


のるかそるかの大博打ってか。上等だ、やってやらぁ!


「その通りです。オレは機構軍との共存を考えている。」


賽は投げられた。投げちまった以上、夫人はなんとしてでも説得する。この方は停戦樹立に必要不可欠な存在なんだ。


「首尾よく停戦し、和平協定が結ばれても、機構軍は信用出来ません。いつ破られるかわからない盟約にいかほどの価値があるものかしら?」


「だからこそルシア閥には好都合なのです。疑心暗鬼を伴う平和であれば、有事の備えを怠る訳にはいきません。ザラゾフ元帥が健在な間に機構軍との決着を付けてしまいたいという夫人の考えも理解出来ます。ですが、次の世代だって育っています。アレックス大佐はその筆頭格だ。」


「筆頭は貴方ですわね。侯爵、一つ約束してくださるかしら。停戦後の同盟内で、ドラグラント連邦はルシア閥と手を結ぶと。」


「停戦を待たずに今、盟友となりましょう。平和になった世界でも手を取り合ってトガ、カプラン派に対抗すると剣に懸けて誓います。」


「……わかりました。私とて孫にまで夫や息子のような鮮血に彩られた人生を送らせたい訳ではありません。侯爵の考えに賛同します。しかし、停戦をルシア閥の総意とするには時間が必要です。なにせ派閥のトップがあの夫ですから。」


だろうな。でも成算はある。サンドラちゃんが生まれたコトによって、災害閣下は少しだけ足元を見る気になった。閣下自身は戦いに生き、戦いで死ぬのなら本望だろう。だけど夫人のように、孫娘にまで闘争の人生を送らせたい訳じゃないはずだ。


「ありがとうございます。百万の味方を得た気分ですよ。この後のコトですが、まずはドネ夫人と親しく語らってください。」


ドネ夫人と夫のカレルは既に説得済みだ。広い人脈と高い交渉力を持つドネ夫人は、停戦派の主要人物でもある。ザラゾフ夫人とドネ夫人が手を組めば、停戦派の勢力は急速に拡大する。


「私があの方を警戒しているように、あの方も私を警戒されているはずですが……」


ドネ夫人は"社交界の女狐"なんて呼ばれてる方だからな。老獪な狐の如く、警戒心は人一倍強いだろう。


「オレが首都のドネ夫人に連絡を入れておきます。」


「了解ですわ。私は領地に戻る前に首都に立ち寄りましょう。久しぶりのリグリットですし、新しいドレスでも設えさせようかしら。」


ザラゾフ夫人が催した夜会に出席したドネ夫人は、こっそり密談するって訳だ。



ルシア閥の武闘偏重ぶりを考えれば、そう簡単に毛色が変わるとは思えない。でも、夫に強い影響力を持つザラゾフ夫人を停戦派に迎えられたのは大きな収穫だ。和平への道を塞いでいる関門を乗り越えられるかもしれない。


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