宿敵編3話 幽霊長屋の夜



オレは羅候第二中隊が全員参加した跋田吾郎追悼花会で五光を完成させた。サシ勝負の相手だったウロコさんは五光の気配に勘付いていたみたいだけど、"やれるもんならやってみな"って感じで、場を流しに来なかったのだ。勝ち金で中隊のみんなと飲みに繰り出し、思いっきり痛飲した。明後日には八熾の庄での告別式と遺髪の奉納式があるってのに、困ったお殿様だぜ。


官舎に向かう夜道、ほどよく吹いてる風が心地いい。軍用コートの内ポケットでうたた寝していたハクが目を覚ましたらしく、襟巻きみたいに首に巻き付いてきた。この子蛇は風来坊で、寝床はその日の気分で決める。今夜はリフォームされたオレの部屋をご所望だった。


(カナタしゃん、トゼンしゃんに文句を言いに行くのでしゅ!)


「トゼンさんがバッタさんの葬儀に来なかったからか?」


(そうでしゅ!不人情にもほどがあるのでしゅ!)


「トゼンさんは人情の対極にいる人だぜ。殺す気で挑まれれば、未熟だろうが女子供だろうが、平気で斬り捨てる。」


ドラグラント戦役の前まで、トゼンさんは同盟の一戦闘ワンコンバット終日デイリー累計トータル再起不能リタイアの殺戮記録四冠王だった。ワンコンバットスコアだけは四方ヶ原の会戦でオレが塗り替えたが、それでも三冠王だ。そしてトゼンさんの捕虜確保数はアスラ部隊でぶっちぎりの最下位。同盟平均も大幅に下回る。つまり、出会った敵はほぼ皆殺しだ。


死神みたいに"全力を出せば手加減不可能"なら仕方ないかもしれないが、トゼンさんは世界最高峰(オレの見立てでは世界一)の戦闘技術を誇る。殺さずに済ませられる相手でも殺しちまうのは、正直感心しない。


(それでも文句が言いたいのでしゅ!バッタさんはいい人だったのでしゅ!)


……バッタさんがいい人ねえ。オレとは気が合ったけど、世間的には"筋金入りの極道"だったと思うぞ? ハクのいい人基準はよくわからんな。ま、酔った勢いもあるし、トゼンさん家に行ってみるか。ハクがトゼンさんに文句をつける姿を見物するのも面白そうだ。幽霊長屋は官舎から遠くないしな。


基地内とはいえ基本的には放擲区画になっている幽霊長屋は敷地もあまり整備されていない。雑草は生い茂ってるし、舗装のアスファルトもヒビ割れだらけだ。街灯も壊れてるが、そこは夜目の利くバイオメタルだから支障は無い。


ホラー映画の撮影に使っても差し支えのない風情を醸し出す長屋、さっそく問題発生だな。


「おいおい、表札どころかインターフォンもないぞ。」


(カギは掛かってないから、勝手に入ればいいのでしゅ!)


ガーデンじゃ喧嘩沙汰は日常茶飯事だが、窃盗事件は一度もない。生き残りさえすれば、金銭に不自由するコトはない場所だからな。


「トゼンさん、いるんですか?」


ノックしても返事がないので部屋に入ってみると、部屋の主は四畳半の畳部屋に寝っ転がってイビキをかいていた。オレもそうだけど、トゼンさんも悪意や殺意を感じない限りは起きない。この人斬りは危険を予知する希少能力まで持ってるから、寝込んでいようが何の問題もないのだ。


「……んあ? カナタにハクか。」


半身を起こしたトゼンさんは着流しの懐に手を突っ込み、胸をボリボリと掻いた。さながら時代劇に出てくる不逞浪人だな。実際は同盟きっての不良軍人な訳だけど。


「殺風景な部屋ですね。本の一冊もないんですか?」


控え目に表現したが、殺風景を超えてほぼ空き家というのが正確だろう。これならカギなんか要らないよな、私物がほとんどねえんだもん。短期出張のリーマンだってもう少し手荷物があるぞ。これだけ身軽だってのに、なんで引っ越しを嫌がるのやら。


「問題ねえ。必要なこたぁ、覚えてる。あんまり小賢しい知恵をつけっと、殺意の純度も鈍るしな。それより他人様の部屋を訪ねるなら手土産ぐらい持ってこい。」


学習すら不純物、か。オレとはタイプが違うが、そういう強者だっている。


「シガレットチョコ、食います?」


オレは常時携帯している煙草型チョコを差し出した。


「いるか!俺はヤニが大嫌いなんだ。」


大蛇だけにヤニ嫌いか。まあトゼンさんは異常に鼻がいいからな。吸わない煙草の臭いが気に障るんだろう。


(トゼンしゃんに文句があるのでしゅ!)


ハクが不義理を糾弾し始めたが、トゼンさんには柳に風、暖簾に腕押しである。他人…他蛇の話を聞くような人じゃないのだ。


「オメエも飲むか?」


「いただきます。」


お燗・冷却機能付きのカップ酒を差し出されたので、ご相伴に預かる。オレもトゼンさんも温燗が好みなのだ。冷や酒が好きなハクは小皿に注がれた酒をチビチビ飲みながら文句を言い続けたが、そのうち酒に夢中になってしまい、飲むだけ飲んだら寝てしまった。数少ない家財(と言っていいのかわからないが)であるティッシュペーパーで寝床を作ったトゼンさんは、ハクを摘まんで放り込む。


「ハクも大概極道だな。人間に換算すりゃあ、十にも満たねえガキだろうに。」


確かに。でも蛇に飲酒禁止年齢はないからなぁ。


「酒を教えたのはトゼンさんでしょ。今さら何を言ってるんだか。……バッタさんは残念でしたね。」


「好き好んで地獄の一丁目にやってきたんだ。ちょいと奥に引っ越したぐれえ、なんて事もねえさ。他は知らんが、羅候じゃそうだ。」


わかっちゃいたが、命の扱いが軽い。だけど、そういう面も含めて"大蛇ト膳"なんだろう。


「追悼花会で五光を決めましたよ。バッタさんは見てたかな?」


「ハン!見ちゃいるもんかよ。自分の博打に夢中になってらあな。」


チーズ鱈の袋を※小柄こづかで裂いたトゼンさんは、煙草みたいに酒の肴を咥えた。


「確かに。草葉の陰で大人しくしてる人じゃない。今頃、地獄で花会でも開いてるでしょう。」


「それが似合いだ。ところでカナタよ、オメエ……マリカとヤっちまったんだろ?」


「な、何の話ですか?」


「俺は鼻が利くって知ってっだろ。あのアマから"メスの匂い"がするようになった。だったら相手はオメエしかいねえだろうが。」


鼻が利くからわかるとか言う話か? 色んな意味で怖い人だぜ。


「トボケるだけ無駄か。みんなには内緒ですよ?」


「ンなつまらねえ事、ベラベラ喋るか。たぶんオメエは女に刺されて死ぬな。」


「マリカさんや三人娘に殺されるなら本望ですよ。」


トゼンさんの眼光が鋭くなり、危険な面構えになる。


「……俺は異常者だ。だから自分の同類はわかる。カナタ、オメエは自分が異常で異端である事を自覚しろ。俺が見る限り、オメエは危うい綱渡りをしてんだぜ?」


綱渡りタイトロープがアスラの日常だ。別にオレに限った話じゃない。」


トゼンさんは蛇の目のまま話を続けた。


「斬った張ったの話じゃねえ。オメエは強くなり、賢くなった。それはオメエの異常性も増してるって事なんだぜ? アスラにゃ一癖も二癖もある奴ばっかだが、オメエほどの二面性を持ち合わせた奴はいねえ。眩い光と全てを飲み込む闇、どっちにでも振れちまう危なっかしい野郎なのさ。」


「…………」


オレは敵の弱さに付け込み、その命を奪ってきた。戦い続ける間に、相手の泣き所を嗅ぎつける嗅覚は増してきたように思う。そしてオレは"口先だけの正義"を軽んずる気持ちが強い。それは裏を返せば"弱者は正義を語れない"という信念の持ち主だってコトだ。


「半人前のガキの頃、サンピンに忠告されただろ? "こっち側には来んな"ってな。」


「どうすれば行かずに済みます?」


「狂気は狂気で上塗りしかあるめえよ。そうだな……女にでも狂え。カカカッ、もう女狂いか!」


「女の子は大好きですね、残念ながら。」


好きなコ全員オレの嫁なんて本気で考えてるだけでも、立派な異常者だな。普通はそこで苦悩しながら一人に絞るもんだ。……でもオレは"異常者である自分"を選んだ。


「あのアマどもがいる限り、オメエは"こっち側"に来ずに済むだろう。逆に言えば、いなくなれば真っ逆さまにこっち側に落っこちてくる。ダミアンみてえによ。」


トゼンさんはダミアンを"同類"と見てるのか。だけど…


「ダミアンはまだ間に合…」


「手遅れだ。あの優男が抱えた闇はもう晴れねえ。悪い事じゃねえんだろうが、ダミアンは自分のスケに対する想いが強すぎたのさ。」


「ダミアンからも忠告されました。"しくじるなよ?"って。」


あの忠告を軽く受け止めたつもりはなかったけど、トゼンさんにはオレの自覚のなさが見えていたんだろう。


「奴もわかってんのさ。だから守ってやんな。己の全てを賭けてでもな。」


"オレがオレである為に"、好きなコ達を守れ、か。


「守りますよ。オレがオレである為にも、ね。」


そう、失ったら取り返しはつかないんだ。同じ人間は二人といないんだから。



敵側で戦うローゼの身を守れないのがもどかしい。でもローゼには叢雲討魔がついてる。きっと大丈夫だ。


※小柄とは

投擲用の小刀。刀の鞘に差すか、懐に忍ばせる。


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