宿敵編2話 聖地に紛争はつきもの



侯爵と呼ばれずに済む生活は心地よい。薔薇園のゴロツキどもは、入隊時から変わらぬ自然体でオレに接してくれる。親父が超エリートってだけの小市民は、自由気ままな生活が性に合っているのだ。お高い店の丁寧に折りたたまれた高級布地のナプキンよりも、大衆食卓のプラケースに入った紙ナプキンのが落ち着く。


「世間は"有名になりたくて大枚をはたく人間"で溢れてるけど、少尉は"無名に戻れるのなら"大金を注ぎ込みそうね。」


小鍋で袋麺を作ってるオレに、貴族趣味の元貴族リリスはいささか呆れ気味にのたまった。


「可能ならそうするだろうな。だけど一度売れちまった名は買い戻せない。高名、悪名問わず一方通行が原則だ。リリスも"うまかってん"食うか?」


袋麺は"うまかってん"か"央夏三昧"がお気に入りだ。地球にも似たような商品があったな。


「遠慮しとくわ。最近は生麺のような味わいの"角ちゃん聖麺"が売れてるみたいだけど?」


「乾麺なのに生麺みたいな食感のアレか。開発した人は凄いと思うけど、乾麺には乾麺ならではの味わいがあるんだ。」


生麺が食いたきゃラーメン屋に行くさ。オレが袋麺に求めてるのは、乾麺らしい味なんだ。大学生だった頃、※竹岡式を食いに千葉まで行ったコトがあるぐらいの乾麺好きなんだぜ?


「乾麺が食べたいならカップ麺でもよくない?」


「カップ麺も悪くないがな。袋麺を小鍋で調理し、そのまま食うのが通なんだ。」


「それは通じゃなくて、オッサンって言うのよ!ちゃんとドンブリに移しなさいよ、まったくもう!」


左右の壁を抜いてリフォームされた部屋は、3倍広くなっている。当たり前だが壁紙も新しくなり、部屋はピカピカだ。しかし、穴はある。比喩ではなく、本物の穴だ。工事業者が手を抜いた訳ではない。ナツメがまた高周波振動ナイフを使って、自分の部屋から繋がる穴を空けやがったのだ。


器物破損の犯人はラーメンの匂いを嗅ぎつけたらしく、自分の部屋から匍匐前進で這いずってきた。


「小腹が空いたの。」


オレはちゃぶ台の上に出来上がった小鍋ラーメンを置いた。鍋敷きは昨日の新聞だ。


「袋麺はいかがかな、マイエンジェル。」


「わーい。卵とチャーシューも乗っけてね!」


オレは新調されて大きくなった冷蔵庫から、おつまみチャーシューと生卵を取りだし、小鍋ラーメンにトッピングした。はしゃぐナツメに向かって卓上の調味料ボックスを寄せたリリスは、忌憚ない感想を口にした。


「取っ手付きアルミ小鍋の袋麺、トッピングはおつまみチャーシューと生卵。オマケに鍋敷きが新聞紙ときたか。……一分の隙も無いオッサン飯ね。」


そりゃオッサンの親父パパがよく作ってた料理だからな。紛う方ないオッサン飯ですとも。


「いただきまーす。カナタの分はちゃんとあるの? ないなら二人で食べようよ。」


「うまかってんは箱買いしてるからまだまだあるさ。冷めちゃうから先に食べててくれ。」


「ありがと。うまかってんは七味が合うから好きなんだよねー。」


乾燥ネギ入り粉末スープと一緒に七味の小袋が付いてるぐらいだからな。まあ激辛女子のナツメさんは、追い七味もたっぷり入れるんだけど。


愛用の肉球柄エプロンを装備したリリスはサイコキネシスで冷蔵庫を開けて食材を浮遊させつつ、オレの隣に立った。新しいキッチンはリリスの背丈に合わせたコンロとワークスペース&シンクを備えているのだ。特注の凸凹キッチンは大いに役に立ってくれるだろう。ちなみに大人用のキッチンはシオンに合わせてあるので、オレにはちょっと高かったりする。


「トッピング用にモヤシ炒めを作ってあげる。鶏ガラスープの素で下味をつけるから、味変も楽しめるかもね。」


うまかってんは豚骨ラーメンだからな。鶏ガラ風味が加わればひと味違うだろう。


「おまえは天才か。……天才でしたね。」


「ついでにラーメンも作ってあげるわ。少尉って袋麺を作るのも下手だから。」


「袋麺なんて誰が作っても一緒…」


「シャラップ!袋麺にだってちゃんとした作り方ってものがあるのよ。才能を軍事に全振りした極端男は黙って座ってなさい。少尉が輝くのは戦場でだけ、プライベートじゃ控え目に言ってダメ男、ハッキリ言えばおっぱい狂いの変態で、三国一の社会不適合者だわ。」


おまえはオレを罵倒しないと死んぢゃう生き物なのかよ。三国一とは元の世界じゃ日本、中国、インド(天竺)のコトだが、この世界では龍の島、央夏、バラトのコトを指す。ガーデンのバラト人代表は、レイニーデビル大隊副長、バム・ハッサン中尉かな。戦場でもガーデンでも、ターバンを巻いてるし。


党首サクヤが帰ってきたら、貧乳フェスティバルを開こうかなー。」


ラーメンを啜りながら、ナチチ党員(正式名称・無い乳最高党)はそんなコトを呟いた。


「貧乳フェスを開くのはいいが、08街区の1番倉庫はダメだぞ。あそこは我らおっぱい革新党の性地…もとい、聖地だからな。」


0・8・1おっぱいの並ぶあの場所だけは譲れない。あそこは、おっぱい革新党が正式に発足した誕生の地でもあるのだ。


「にゅふふ、聖地に紛争は絶えないものなの……」


やはりナチチ党も聖地を狙っているのか。……凛誠やSS委員会(生活指導委員会)への対策だけじゃなく、ナチチ党への備えも考えておかねばならんな。


────────────────────────


インフィニティ、獅子神楽、凛誠の三個大隊が帰投し、ガーデンに全部隊が揃ったので合同隊葬が行われた。龍の島と南エイジア、大きな戦役が二つもあれば、精鋭揃いのアスラ部隊といえど戦死者ゼロとはいかない。スケアクロウも熊狼十郎左を失った。


同盟軍でも機構軍でも、弔銃の発射回数は死者の階級によって異なるのだが、アスラ部隊では階級に関係なく、斉射3回敬礼で統一されている。


"死人に階級もクソもない。誰がくたばろうが、哀しみは同じだ"


薔薇園では士官も兵卒もない。オレ達は"仲間"なのだ。


オレは人相の悪い中年男が収められた冷凍柩に花札を供えた。……もうこの薄い眉毛の下にあるギョロ目が開くコトはない。


「……バッタさん、これで地獄の鬼と遊んでください。春の※花会で五光を決められた時は参りましたよ。」


跋田吾郎ばつたごろう、通称"バッタの吾郎"とはよく花札で遊んだ。彼には片耳がない。


ウロコさんが女任侠をやってた時に開帳した賭場で大負けし、用心棒のトゼンさんに"こっぴどい負けだが、耳を揃えて払ってもらおうじゃねえか、ああ?"と凄まれ、"あいにくだが素寒貧なんでな、この耳で払わせてもらうぜ!"と嘯いて自分の耳を切り落とし、盆布ぼんござの上に放り投げたからだ。ゴロツキングの集団、羅候の隊員に相応しい男だったな。


裏芸サマなしでよく五光なんて決められたねえ。ま、アタシらが行くまで待ってな。」


博打が縁でバッタさんに盃を下ろした元侠客は、子分の柩に蛇苺の花を手向けた。ウロコさんの胸の谷間から顔を出したハクは、哀しげな目でバッタさんの死に顔を見つめる。


「シッシッシッ、地獄で再会した時にゃあ、両耳がなくなってたりしやせんかね?」


耳なし芳一じゃあるまいし、サンピンさんもヒドいコト言うぜ。龍球で開いた博打大会が、バッタさんとの最後の勝負になっちまうとはな……


「カナタさん、泣いちゃいけねえ。笑って見送るのが羅候流でさあ。アッシらは死に場所を求めてやって来た死にたがりの集まり、これ以上ない派手な死に花を咲かせたバッタはさぞかし満足だったでやしょうよ。」


バッタさんは形勢不利な南エイジアの激戦地で奮戦し、腹に三本の剣がぶっ刺さったまま、敵兵数十人を道連れに壮烈な戦死を遂げた。その暴れっぷりの凄まじさに敵兵は心底怯え、バッタさんが動かなくなってからも近寄ろうとはしなかったらしい。


「……そうでしょうね。トゼンさんはどこに?」


「旦那が隊葬に出てくるワキャないでやしょう。ウチにゃ"死んだ野郎に用はねえ"って隊員だって多いんでさぁ。」


やれやれ、トゼンさんらしい話だぜ。最後に顔ぐらい見といたっていいだろうに。


「カナタ、今夜アタシのサロンで跋田吾郎の追悼花会を開く。参加するよな?」


薔薇園の部隊長は専用のサロンを与えられている。飯はカップ酒と乾き物、寝床は一畳あればいいトゼンさんがサロンなんて欲しがる訳もなく、副長のウロコさんに譲ったのだ。その羅候の親玉はと言えば、今でもアスラ部隊が設立された頃に立てられたプレハブ官舎に畳を敷いて居住しているらしい。もう用済みの仮官舎をなんで解体しないのかと思っていたら、トゼンさんが引っ越しを面倒くさがったからだった。オレは八熾の庄の豪勢な屋敷より官舎の方が落ち着くけど、さすがにあの幽霊屋敷みたいな長屋住まいはヤだなあ。


「追悼博打大会ですか、羅候らしいですね。もちろん参加しますよ。」


花会の参加費が香典みたいなもんだな。身寄りのない戦死者はジョニーさんの実家、秋芳寺が永代供養する契約になってるとは聞いたが……


一族の十郎左を除けば、親しくしていたのは博打仲間のバッタさんだけだったけど、他隊の戦死者も馴染みがない訳じゃない。最後のお別れをしておこう。


他隊を回った後に十郎左と対面したオレは、八重と相談して遺体をガーデンの墓地ではなく羚厳公園に埋葬するコトにした。白狼衆・熊狼十郎左から名を取った羚厳公園の北門、"十郎門"には遺髪を奉納する。



親子三代どころか、八熾家が御三家になる前から忠誠を捧げてくれた熊狼家の血を引く男は、爺ちゃんの霊廟を守る狼になってくれるだろう。


※竹岡式

千葉県のご当地ラーメン。乾麺を使用し、麺茹でした湯を醤油ダレに入れてスープを作るという独特の特徴がある。とても美味しい。


※花会、五光

花会とは博徒が回状を回して催す賭場。五光は花札の最高手役で、滅多に見られない。


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