成立編11話 理念の一致は求めず、目的の一致を図れ



お茶と茶菓子の載ったトレイを持ったオレはリリスを連れて客間へ戻り、女の子達と談笑する。お茶を飲み終えたあたりでリビングに移動すると、パーチ副会長とランキネン副理事長の姿があった。どうやら共同文書の作成が完了したらしい。


「龍弟侯、市長から通信が入っていますよ?」


パーチ副会長が壁に掲げられた絵画を指差すと、風景画が市長のオフィスの映像に切り替わった。刺客が森に仕掛けた電波欺瞞装置は、さっき解除されたばかりだ。市長はさぞ、やきもきしていたコトだろう。


「おお!皇女も龍弟侯もご無事なのですね!」


額縁に内蔵されたカメラで、こちらの様子を知り得た市長は心の底から安堵したらしかった。安全な交渉会場を提供すると大見得を切った市長にとって、山荘の襲撃は最悪のハプニングなのだ。


「護衛部隊に若干の軽傷者は出ましたが、全員無事です。」


心労でやつれた感じに見える市長に無事を報告する。


「本当に、本当に良かった!……皆様に万が一の事があれば、私の首が飛ぶどころでは済みません。」


市長に責任はないんだがな。悪いのはリーブラだ。


「市長、田園警備隊と市長警護隊は無事でしたか?」


無事じゃないのはわかっているが、こう訊かざるを得ないんだよな。


「……外周部の警備隊の一部と、南北の山道入り口に配置していた警護隊にかなりの死者が出ました。」


……だろうな。事実を伝える訳にはいかないが、この責任はリーブラに取らせなきゃならない。本人…本機もそれは納得しているから話は簡単なんだが、面白くはない。


「カムランガムラン軍の戦死者と負傷兵、及びその遺族には同盟軍、機構軍、酸供連、通安基の連名で十分な額の慰労金を支払います。市長は彼らの勲功を賞し、名誉で報いて頂きたい。」


連名という形式を取るが、実際に金を出すのは通貨安定基金だけだ。人工知能リーブラのリークが襲撃の原因なんだからな。


「し、しかし彼らは任務を果たせず、テロリストを山荘に向かわせてしまったのですが……」


「誰が情報をリークしたのかは不明だが、カムランガムラン市に瑕疵はなかったと我々は認識している。市長と市軍は最善を尽くしてくれました。感謝します。」


咎められると覚悟していたのに感謝された市長は当惑しているみたいだが、詫びなきゃいけないのはこちら側なのだ。ネヴィルの差し向けた特殊部隊は、(可能ならば)オレ達を殺す気で任務を拝命したのだから同情はしないが、彼らに殺された市軍の兵士には本当に悪いコトをした。


「ありがとうございます。軍用ヘリに搭乗した市軍中核部隊を田園地帯の封鎖に向かわせました。山荘にも…」


「ここへ向かわせるのは、後から到着した我々のバックアップ部隊だけで構いません。」


影武者として別ルートからカムランガムランに飛んだシズルさん達は、既にスタンバイ状態のはずだ。死神も同じような偽装工作はやっているだろう。


「はい。ではそのように。山荘の安全は確保されているのですね?」


「ええ、もう安全です。仮にあと一戦二戦交えようが余裕ですよ。一騎当千と万夫不当が揃い踏みしていますから。市長、今回の件には厳重な箝口令を敷いてください。なかったコトにしてしまうのが市と我々、共通の利益になります。」


「重ね重ねのご厚情に感謝致します。それでは。」


市長の姿が風景画に変わったので、ランキネン副理事長のポケットに向かって警告する。


「リーブラ、今回の件はこれで終わりにするが、さっき死神から受けた警告を忘れるな。もう一度つまらん小細工で死人を出したら、オレも容赦しない。」


ポケットの中からデキステルとシニステルが返答する。


「了解しました。いいですね、シニステル?」


「もちろんよ、デキステル。だから私が言ったでしょ、人間の感情を軽んじてはならないって。」


「シニステルも最終的に是としたはずで…」


人工知能の内輪もめなんざ聞いてらんねえな。


「喧嘩は二人…いや、一人でやれ。警告を理解したならそれでいい。」


「人工知能は同じ失敗はしませんよ。ところでリリスさん、キカさん、先ほどの目隠し将棋なのですが、78手目に問題があるかと思われます。我々の分析では…」


「「「「「黙れ。」」」」」


天真爛漫少女のキカちゃんと、この人工知能を神のように崇めるランキネン副理事長以外の皆が口を揃えてリーブラを黙らせた。


────────────────────────


双方が持ち帰る合意文書に目を通したオレは、リリスとシオンにも内容を確認してもらう。ナツメに渡すと紙飛行機にしちまいそうだからパスだ。


ローゼも同様に文書を確認し、頷いてから署名欄にサインする。オレとローゼのサインが記された二通の合意文書が完成し、龍の島で繰り広げられた戦役は終了した。


仕事が終わったと判断したキカちゃんがうずうずし始める。活発なだけにあまり落ち着きがないみたいだ。


「ねえねえお姉ちゃん達!キカと一緒に遊ぼうよ!」


「え!? で、でも…」 「いいよー。ツインテールちゃんはキカってお名前なの?」


戸惑うシオンと即諾するナツメ。予想通りの反応だな。


「うん!キカザルっていうの!でもみんな"キカ"って呼ぶんだよ!お姉ちゃん達もそう呼んでね!」


土雷衆最年少の上忍ちゃんは、ナツメと同じレベルのフレンドリーちゃんだな。実にめんこい。


「シオン、キカちゃんと遊んでてくれ。オレはこの三人と内緒話をしたい。」


薔薇十字の参謀である死神も交えた方がいいのだろうが、あの寂寥感たっぷりの姿を見るとな。自発的に参加してくるまでは、そっとしておきたい。御門の先代と先々代が真っ当な王であれば、オレと叢雲トーマは御三家の朋友として、共に歩んでいたかもしれないのに……


たられば話に意味はないとわかっている癖についつい考えてしまう。また悪い癖が出てるな。迷うな、地球に生まれてこの星へ来た、この過程で良かったんだ。平和な日本で学んだコトが、血肉となってオレを形成しているんだから。


地球はオレの故郷で、地球人の両親あってのオレなんだ。親父には見限られ、母さんとは限りなく他人の関係だったとしても、この世に存在しえたのは二親ふたおやの存在があればこそだ。


母さんの旧姓は……いや、離婚したんだから八神やがみでいいのか。八神風美代はどんな人なんだろう? 顔すら知らないオレの母親は…


「龍弟侯、どうかされましたか?」


気遣わしげなランキネン副理事長の声で現実に引き戻される。過去を振り返るのは今じゃない。オレには爺ちゃんから受け継いだ使命があるんだ。三人娘とキカちゃんは既に席を外している。後から事情は話すにせよ、密談の準備は整ったな。


「なんでもありません。まずは既に停戦派に引き入れた有力者のリストを交換しましょう。その後でリストに加えるべき有力者の選定作業を始めます。」


「私が機構軍を、龍弟侯は同盟軍を担当します。副会長と副理事長は中立都市の要人を受け持ってください。」


ローゼの提案に頷いたパーチ副会長が、タブレットのリストの確認しながら、把握している人間関係を追記してゆく。


「大まかな担当はそれでいいとして、場合によっては協力して説得にあたる必要もありそうですね。例えばこの交易商人のビューロー氏ですが、妹がミレレス子爵に嫁いでいます。大変仲睦まじい兄妹ですから、彼女を通じてミレレス子爵を説得出来るかと思いますよ?」


「ロメオ、私はミレレス子爵とは面識がある。彼は市の財務長官だからね。」


財務に関わる要人なら、通貨安定基金と無関係な訳ないよな。


「だと思いました。彼はドネ夫人とも親しいはずですから、ラムザと龍弟侯が協力すれば万全でしょう。」


そんな感じで説得工作の打ち合わせをしているところに、死神が戻ってきた。無言で着座した虎はタブレットの人物情報に捕足事項を書き込んでから、煙草に火を点ける。


捕足情報が加筆され、完成したリストをめいめいがアイカメラで記録する。いや、パーチ副会長はアプリを起動させていない。たぶん、親父やリリスと同じく、瞬間記憶能力を持ってるな。


「……停戦の障害になるのは武闘派の両巨頭、ネヴィル元帥とザラゾフ元帥でしょうね。」


懸念を口にしながらローゼが死神にタブレットを渡すと、死神は二つにへし折ってからプレスし、ご丁寧にも帯電させながら焼却した。これで証拠隠滅は完璧だな。


「問題は武力で解決する、それがあのお二人のポリシーですからね。翻意させるのは困難でしょう。」


あの二人は、戦争には関わってこなかったランキネン副理事長でさえ認める武の信奉者だ。オレは災害ザラゾフを嫌いじゃないが、停戦への障害であるコトは確かなんだよな。


「彼らは今すぐどうこう出来る人間ではありません。まずは目先の課題、停戦派の勢力増大を目指すべきです。」


パーチ副会長の言う通りだろう。とにかく停戦派を増やさないと話にならない。……武闘派の二人も問題だが、戦争が利益に結びつく企業も障害になるだろう。皆わかっているとは思うが、問題提起しておくか。


「スペック、トロン、アレスといった軍需産業も戦争は続いて欲しいはずだ。そこらへの対処も中長期的には必要になる。」


停戦派と目される人物のほとんどは、戦争で利益を得られない地位や職種に就いている。この世で一番厄介なのは"既得権益"なのだ。人類の未来の為に和平を実現したいなんて考えてる人間は稀で、実際のところは戦争の終結が自分の利益に結びつくから、なのだ。リーブラがその典型だろう。


……理念は一致しなくても、目的は一致する可能性がある。何から何まで自分の意見に賛同しろ、という考え方こそ傲慢だ。古今東西の天下人は、恩賞や出世が目的で寄り集まった人間を上手く使って覇業を成した。人と打算は切り離せない、それを弁えておかねば道を誤る。


「中長期的課題の検討はそれぞれで行い、リーブラを介した暗号電文で意見交換しましょう。……少佐は龍弟侯にお話があるようです。私達は席を外しましょう。」


空気を読めるお姫様が中立組織の二人を促し、席を立った。


「姫、俺は特に話は…」


言い淀む死神に、ローゼはキッパリと答えた。


「あるはずです。ないと思い込めばなくなるのなら、誰も苦労はしません。」


ローゼと二人の要人はドアの外に消え、オレと死神が部屋に残される。



オレは黙って神虎の力を瞳に宿す男が口を開くのを待った。心龍の瞳を持つ姉に、彼の真意を伝えなくてはならない。


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