成立編12話 狼は狼らしく、虎は虎らしく
「……ミコトからの手紙は読んだ。剣狼、俺は龍の元へは戻れない。ミコトには"もう死んだものだと諦めろ"と伝えてくれ。」
死神はそう呟いて、嘆息した。姉さんからの手紙には"どうか自分の元に帰って来て欲しい"と書き綴ってあったのだろう。
「やはり御門家が許せないか?」
「……ああ。御門家は一族の仇だ。滅ぼそうとは思わんが、今さら帰参する気などない。」
この男は嘘ハッタリの名人だが、今回ばかりは騙せないぞ。過去の行動と矛盾しているからな。
「だったらなぜ、照京動乱の際に危急を知らせた。放っておけば我龍だけではなく、姉さんも殺されていたか、囚われの身だったはずだ。」
あの警告があったから、間一髪で間に合った。死神は姉さんを恨んじゃいないんだ。いや、それどころか…
「………」
押し黙ったままの死神に、さらに問いかける。この場にいない姉さんの代わりに。
「なぜ、姉さんの脱出まで幇助したんだ?……答えろ、叢雲トーマ!」
「……命を賭して俺を支えてくれる者達がいる。そんな彼らの心情は、慮ってやらねばならん。」
やっぱり生き残った一族に義理立てしてんのかよ。そんなこったろうと思ってはいたが……
「オレも一族を束ねる当主だから、
「親や兄弟、友を奪われた者の痛みは道理では癒されん。
脱出を手引きしてくれたのは土雷衆だったのか。
「叢雲一族が御門家を恨み骨髄に思っているコトはわかった。その上で一つだけ教えてくれ。アンタ自身はどうなんだ? 姉さんを恨んでいるのか?」
「恨んだ事など一度もない。我龍の所業とミコトは全く無関係だろう。ただ……
想いを同じくしながら引き裂かれた龍虎、でもまだ終わった訳じゃない。悟りきってるアンタと違って、オレは達観からは程遠い俗物なんでな。
「無敗の死神が悟りきった坊主みたいな台詞を吐くな。まだ終わってねえよ。」
「死んだ親父にも同じ事を言われたな。これでも生臭くなった方なんだがねえ……」
十分乾いとるわ。御門の狼虎の片割れに、干物みてえな人生を送らせてたまるもんかよ。何が気に入らんかってーと、このオレが気に入らん。狼は狼らしく、虎は虎らしく生きねえと、ご先祖様に申し訳がなかろう?
「オレは姉さんを守ってみせる。だからアンタはローゼを守ってくれ。」
「元よりそのつもりだ。らしくもない夢を見ちまったせいかな、どうにも放っておけない。ま、
叢雲トーマは虎であるコトを辞めた訳ではない。生まれながらの超人は、やはり虎としてしか生きられないのだ。
「頼んだぜ。龍のコトはオレに任せておけ。」
「ああ。ミコトを頼んだぞ。」
今はこれでいい。龍虎の縁はまだ繋がっていると確認出来た。気持ちが、想いが切れてなきゃあ、どうにでもなるさ。何事も、そこから始まんだからな。
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オレと死神の間で、"聖女と龍姫を守ろうな条約"が締結されたところで、後続の部隊が山荘に到着した。出迎えに出た狼虎は、いきなり叱責される。
「少佐!だから俺も連れてけって言ったんだよ!そもそも…」
この細身で細目の男は"
「ミザ、文句は後にして飯でも支度してくれ。そこそこ出来る連中だったから、それなりにカロリーを消費した。」
死神が暴れん坊を宥める様子を面白がってる余裕はない。こっちも襷を締めた忠誠モンスターをいなさなければならないのだ。
「お館様!ですから私も同行すると申し上げたのです!いいですか、当主たるもの…」
「シズルさん、お説教なら帰ってから聞くから。炭焼き小屋の遺体を検分して、死体袋に詰めてくれ。」
ネヴィルは関与を認めないだろうから、無縁仏として埋葬するしかねえだろうなぁ。特殊部隊の定めとはいえ、気の毒なこったよ。
「オメエが剣狼か。噂にゃ聞いてるが、大層なご活躍らしいじゃねえの。」
ただでさえ細い目をカミソリの刃みたいに鋭く細め、異名兵士"狐目"はオレを睨んできた。この目はただの目じゃないな。コイツもオレらと同じ邪眼持ちか。
「貴様無礼であろう!お館様は同盟侯爵にして御三家の当主にあらせられるぞ!」
案の定、シズルさんがいきり立ったが、狐目はあのキカちゃんの義兄だけあって肝が据わっているらしく、小揺るぎもしなかった。
「お国に帰ればお大尽かもしれねえが、俺には関係ねえな!女武道はすっこんで…いや、すっこむのは俺だな。」
狐目はかぶりを振ってから背を向けて、山荘の階段を上ってゆく。
「なんだあの男は!いきなり無礼を働いたかと思えば、舌の根も乾かんうちに納得顔になりおって!」
憤るシズルさんに、落ち着き払った死神が解説する。
「格の差を感じ取ったのさ。ミザは短気だが切れる男だ。別の意味でもすぐキレるのが問題なんだが……」
有能だけどキレやすい部下か、死神も大変だな。
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晩餐会に派遣される予定だった名門ホテルの料理長には、ご辞退願うコトにした。会見の場所がリークされている以上、二の矢としてホテルの従業員や手配済みの食材にも工作されている可能性があったからだ。毒無効なんて特性を持ってるのはオレと死神だけだから、当然の配慮と言える。
双方の幹部が出揃った、ちょっと早めの夕餉の席。ピンチヒッターとして厨房に立ったのは、狐目のミザルと亡霊戦団の給仕兵達だった。彼らが持ってきた食材は絶品の料理に姿を変え、列席した者達の味蕾を楽しませる。神の舌を持つと評判のリリスがうんうんと頷いているぐらいだから、こりゃ派遣されるはずだったシェフより腕がいいのかもしれないな。もちろん並の舌しか持たないオレには、旨い飯だとしか言えないんだが……
「絶対零度のお姉ちゃん、お代わりをご所望なら遠慮はいらねえ。よく食う女はいい女だ。」
厨房と大食堂を行ったり来たりする忍者にして料理人は、空になった皿を見て嘯いた。
「では遠慮なく。鹿肉のステーキをあと二皿…」
「三皿だ。顔を見りゃわかるんだよ。」
短気で喧嘩っ早いが、気遣いの達人。よくわからん男だな。人格よりわからんのは、身につけてる"ハムスター柄のエプロン"だけど。……いや、そっちはわかった。たぶん、妹からのプレゼントなんだろう。
「
「エビフライだろ。言わなくてもわかる。追加のフライドポテトも揚げてきてやっから待ってな。」
統一感はまるでないが、各地方の名物が集う食卓もいいもんだ。この味、つけ合わせのフライドポテトはジャガイモじゃなくて自然薯みたいだな。
「ねえカナタ、懐かしいお味だね。ボクもタッシェもあれ以来ね、自然薯が大好きになったんだよ?」
そういや魔女の森でも自然薯を食べたな。飯物はムカゴの炊き込みご飯だし、ミザルシェフは魔女の森を追想させるメニューを考案したらしい。さすがにスズメバチのサナギは出ないだろうけど。着せ替え人形サイズのエプロンをつけたタッシェも、ふーふーしてから幸せそうにフライドポテトを囓ってる。
「剣狼、コイツはおまえさん用のスペシャルメニューだ。」
細目のシェフはオレの前にソテーされた肉の載った皿を置いた。
「コイツは旨い。鳥肉なのはわかるが、今まで食べたコトがない味だ。」
この野趣に満ちた味からして、たぶん野鳥だろう。だが山鳩でも
「少尉、それは
見ただけでわかんのかよ。さすが博識ちびっ子だな。
「シェフ、この皿をシオンにも出せるか?」
「お代わりが要るだろうと思って予備は用意してある。しかしなんで副長殿になんだ?」
猪肉のスペアリブをツマミに悪代官大吟醸を飲っていた死神が解説する。
「
死神お得意の台詞の先取りをやってやるか。
「仕留めるのが難しいとされる田鷸を獲れるハンターを指す言葉だった。オレにも猪肉のスペアリブをもらおう。酒も同じものを頼む。」
「少佐といい剣狼といい、学のある奴は蘊蓄が多いぜ。それに食の好みもよく似てやがる。剣狼もセロリとブロッコリーが嫌いだな?」
「その二つは地上から撲滅されても構わん。」 「なんなら俺が滅ぼしてもいい。」
オレと死神の意見は、同席者からの賛同を得られなかった。皆、口を揃えてオレらの偏食を咎めてきやがる。
「戦争が終わったら、この星に緑を取り戻す事業に注力出来るはず。緑豊かな星で、このお二方にはセロリとブロッコリーの素晴らしさを理解して頂きましょう。」
酸素供給連盟の副会長は、自分達の存在意義をなくしたいと切望する男でもある。機械が生み出す酸素ではなく、植物が生み出す酸素を、本来あるべき生態系を取り戻すと誓った男なのだ。
パーチ氏の提案は、列席者による賛成多数で可決された。オレと死神は、少数派の悲哀を味わう結果となったのだ。
ま、荒廃した戦乱の星が、平和で緑豊かな星に戻ろうが、セロリとブロッコリーだけは食わないけどな!
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