成立編10話 仲良きことは美しきかな



ケリーとギロチンカッター三人組は、再会の祝宴を上げるとか言って、森の中にある狩猟小屋に行ってしまった。信用されてると思えばいいのかもしれないが、ローゼを置いていっちまっていいのかね?


狩猟小屋の煙突から煙が上がった。たぶん、酒のつまみに食材を燻製でもしてるんだろう。


「護衛が私だけで大丈夫かなぁ?」


ナツメがローゼの肩に乗ったタッシェにおいでおいですると、友達オーラを感じ取った小猿はナツメの肩へとジャンプした。


「ナツメさん、オレだっているんだけど?」


人差し指でタッシェのちっちゃな手と握手するナツメは、とんでもないコトを口にする。


「カナタはすぐにおっぱいを見ようとするから油断がならないの。私は最初の作戦で見られちゃったし!」


いらんコト言うなよ!……いや、待て!これは!


誘導尋問だと気付いたオレはローゼの口を塞ごうとしたが、遅かった。


「えっ!ナッちゃんも見られちゃったの!」


「やっぱりねー。そんな事だろうと思ったの。魔女の森で二週間も一緒にいれば、ラッキースケベも起こるかなーって。」


なぜ、握りしめた拳に息を吹きかけるんだ? 


「とりあえず弁明させてくれ。ローゼの悲鳴を聞いてすぐに洞窟に戻ったら、体を拭いてる最中だった。あれは事故!そう、事故なんだ!」


腰の入ったパンチを受け止めながら、必死の弁明を試みる。


「ねえカナタ、作戦中なのに、ナッちゃんの裸を見たの?」


なんで戦場でもないのに、オレは挟撃されてんだ。


「それも事故なんだよ!ナツメが鏡面迷彩ミラーステルスを搭載してんのは知ってるだろ!あれを起動する時には、素っ裸にならなきゃいけないから!オレは初めての作戦だったから、鏡面迷彩を知らなかったんだ!」


ナツメの拳を受け止めたまま、ローゼの繰り出す足踏みストンピングを躱す。結構鋭い、この足技もバクスウ爺さんに習ったんだな!


「タッシェ、ゴーだよ!」 「やっちゃうの!」


「キキッ!(あいあいなの!)」


風よりも早く跳躍したタッシェは、空中で体を独楽のように回転させ、長い尻尾を使った鞭打ちでオレの頬を叩いた。


……割りと、マジで痛い。タッシェさんもバイオメタル動物でしたね……


────────────────────────


ローゼを右肩、ナツメを左肩、頭の上にはタッシェを乗せたオレは、森の出口まで辿り着いた。二人とも軽いから罰ゲームにはなってないけど、ナツメがオレの過去の悪行(全て女絡み)を暴露しようとすっから、ローゼが度々身を乗り出してバランスを取るのが大変だった。もちろん、左右から耳を引っ張られたり、頬をつねられたりはした。


そして遊歩道の終点では、心配性の副長が待っていたりするのだが……


「帰りが遅いので探しに行こうかと思っていたところです。とりあえず、なぜ皇女様を肩に乗せているのか、ご説明をお願いしますね?」


顔は笑ってるけど、目は笑ってない。


「シオン、紹介しとくね!お友達のロゼちんとタッシェだよ!」


シオンは左右のこめかみを人差し指で押さえた。どこからツッコんでいいのやら、といったところか。


「はじめまして。スティンローゼ・リングヴォルトと申します。ローゼとお呼びくださいね。」


肩から降りたローゼから優雅に一礼されたので、シオンも敬礼で応える。


「スケアクロウ大隊副長、シオン・イグナチェフ少尉です。ナツメ、要人の中の要人に、いつもの無頼…親密さで接するのはいけません!」


「シオンさん、ボクとナッちゃんはもう友達ですから。ね、タッシェ?」


「キキッ!(お友達なの!)」


長い尻尾をふりふりしながら同調するタッシェ。愛らしい小猿の仕草に頬が緩みそうになったシオンだったが、そこは軍団随一のしっかり者である。追求の矢がコッチに飛んできた。


「隊長、どうしてナツメの度を過ぎたフレンドシップを止めなかったんですか!」


「いいコトだと思ったからだよ。山荘に戻ろう。リリスはどうしてる?」


共同文書の草案が出来たら、ちびっ子参謀に推敲してもらわにゃならんからな。


「客間でチェスを指しています。リリスと張り合える指し手がいるとは驚きだわ。」


シオンパパはチェスの名手としても知られていて、愛娘のシオンもかなり指せる。でも名手から手ほどきを受けたシオンでさえ、天才リリスはまるで寄せ付けなかった。やっぱりチェスとか将棋の世界は、知能指数がモノを言うらしい。


「キカちゃんはIQ180の天才らしいからな。しかも集中力が半端ない。リリスと張り合えても不思議はないさ。」


「リリスちゃんの知能指数ってどのぐらいあるの?」


ローゼの質問には出来たばかりのお友達が答えた。


「180以上、だよ。薔薇園に来た時に知能指数を測るテストを受けたんだけど途中で飽きちゃって、回答用紙にえっちな絵を描き始めたから、正確な数字は不明のまま。」


「………」


予想外っつーか、斜め上過ぎる回答を聞いたローゼは、言葉を失ったようだった。ちなみにリリス画伯の卑猥な作品を見た※鍛冶屋の茂吉さんは、"モチーフの是非はさておき、技術的には完璧。写実派の画家になってもいいレベルだ"と評したそうだ。水墨画家として個展を開いた事もある茂吉さんにそこまで言わせるんだから、リリスの画力は相当なものなんだろう。


「天才少女の対戦でも覗きに行こうか。」


山荘の客間では、チェス盤を挟んだ少女二人が真剣な顔で思考を巡らせていた。


「……チェック。」


リリスがクィーンを動かすと、キカちゃんは暫し考えてから敗北を認めた。


「……投了だよ。リリスちゃんはスッゴいね!12手前にビショップを捨てたのは、今の手の布石だったんだよね!」


両手の拳を握り締めて感心されたリリスは、まんざらでもなさそうだった。


「まーね。……あら大尉、お散歩は終わったの?」


「ああ。チェスでは勝ったみたいだな。」


「引き分けよ。将棋で一勝一敗、チェスでも一勝一敗。」


棋力は互角か。死神が天才と言うだけはあるな。


「リリスちゃん、次は囲碁で遊ぼうよ!」


「その前にお茶にしましょう。私が淹れてくるから、みんなは席に座ってて。」


茶人の双子執事は牛頭馬頭兄妹と一緒に、島の各地に飛んで政治工作を行っている。今いる面子じゃリリスが茶の淹れ方が一番上手い。抹茶を点てるならシオンだろうけど。


「オレも行こう。淹れるのは下手だが、ウェイターは出来る。」


キッチンで湯を湧かしたリリスは、手際よく珈琲と紅茶、それにココアを淹れてゆく。ケトルが二つあるのは珈琲と紅茶じゃ適正温度が違うからか。相変わらず芸の細かい天才ちゃんだぜ。


「リリス、キカちゃ…」


リリスは間髪入れずに答えた。


「天才よ。特に集中力には目を見張るものがある。ムラッ気もありそうなんだけど……たぶん、ここ一番の時にはムラも消えるんでしょう。兵士としてはナツメに似てると思うわ。」


「天才なのはわかってるよ。広範囲の音源を全て拾って、必要な音声だけ選別出来るなんてコは、天才以外の何者でもない。両軍合わせりゃ百万を超える兵士がいるが、そんな芸当が可能なのはあのコだけだろう。」


天性の聴覚を戦術アプリで強化した人間ソナー。滅茶苦茶有用な能力なのに、同じタイプの兵士が二人と存在しない。それは決して代替の利かない才能をキカちゃんが持っているからだ。


「じゃあ何が聞きたかったのよ?」


「仲良く出来そうかってコトさ。」


「……少尉、あのコは敵なのよ。」


「ああ。な。」


リリスは迷いを抱かない為に、敵と味方をハッキリ線引きする娘だ。でも線引きが消えれば、リリスとキカちゃんは友達になれるかもしれない。


気が合いそうなら誰とでも友達になるナツメと違って、リリスは親しく付き合う人間を極端に選ぶ傾向がある。でもキカちゃんならリリスの高い友達基準にマッチしそうなんだよな。



仲良きことは美しきかな。毒舌だけど根は優しい天才少女と、天真爛漫で無邪気な天才少女が仲睦まじく遊ぶ未来を見たい。オレが戦う理由がまた増えたな。



※鍛冶屋の茂吉さん

ガーデン専属の研ぎ師、鍛冶山茂吉。基地内の商店街で、"鍛冶茂"という鍛冶屋兼研磨屋を営んでおり、刀剣と水墨画の修復においては広く名声を博する。修復のみならず刀匠、水墨画家としても一流で、ときおり馴染みの美術商が(茂吉が暇な時に描いた)作品を買い付けに来るらしい。ガーデン専属の料理人、山海磯吉と仲が良い。実は磯吉と同じく、おっぱい革新党員。



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