成立編9話 無闇矢鱈にフレンドリー



せっかく再会したんだから、もっと気の利いた話でもすりゃいいのに、オレとローゼは取り留めのない日常の話ばっかりしている。こんな何気ない話をいつまでもしていられる日が来るコトを願いながら。


窓ガラスを叩く小さな音がしたのでそちらを見ると、真っ白な小猿が歯を剥き出して笑っていた。


サイコキネシスで錠前を外すと、小猿は白い風となって駆け、オレの肩にピョンと飛び乗った。


「キキッ!(カナタ!)」


頬ずりしてくるタッシェの頭を人差し指で撫でてやる。


「久しぶりだなぁ。ローゼもタッシェも立派になったもんだ。」


「キキッ、キッ!(カナタもなの!)」


お褒めに預かり恐悦至極。魔女の森から脱出した後も、トラブルには事欠かなかったもんでね。成長もするってものさ。


「タッシェも来てるだろうと思ってな。磯銀の花板さんに頼んで"特製揚げ豆"を作ってもらったんだ。」


「キキッ♪(いただきますなの♪)」


小袋を受け取ったタッシェはテーブルの上にジャンプし、揚げ豆をポリポリ囓ってご機嫌顔だ。


「ローゼ、山荘の近くに遊歩道がある。少し散歩しないか?」


さすがにもう襲撃はないだろう。あったとしてもオレがついてりゃ問題ないがな。


「うん!変異生物のいない森でお散歩だね!」


油断も隙もない魔境だったよな、あそこは。バリーとジャクリーンが助かってりゃあ、ただのいい思い出になってるんだが……


「ハハッ。あの時のオレとは強さが桁違いだけど、いくら強くなっても、あの魔境でお散歩する気にゃなれないね。」


今のオレなら普通に走破出来るだろう。完全適合者にとっては生き死にの懸かる森じゃないが、さすがにリラックスは出来ない。


「ふふっ。カナタがいてくれるなら、護衛はいなくてもいいかな。」


「いや、ギロチンカッター三人衆をつけてくれ。念の為だ。」


ローゼがテレパス通信で呼び寄せた大中小の三人組を伴い、森へ出掛ける。オレもテレパス通信を送っておくか。


──────────────────────


遊歩道に向かう途中で、断崖の傍に立つ巨木に背を預け、腕組みしたまま黙考する死神の姿が見えた。姉さんからの手紙は読んだのだろうか?


……たぶん、読んだのだろう。だからああも侘しい佇まいで、物思いに耽っているんだ。


「カナタ、ああいう時の少佐には声をかけない。それが薔薇十字の暗黙の了解なの。」


日頃の死神は冗談を絶やさず、飄々としているのだろう。だけど……その身は万夫不当の超人であっても、心は普通の人間だ。切なさも哀しみも感じる普通の……ありきたりの人間なのだ。


「……わかってる。誰だって一人になりたい時があるものだ。」


死神は道理を弁えた男だ。父親のやった悪行を、娘に転嫁させるコトはない。だが御門家そのものを憎む一族を抱え、難しい立場にある。オレは八熾一族を説き伏せて帝の元へと帰参させたが、叢雲一族の説得はより難しい。至難と言ってもいいだろう。


八熾一族が迫害されたのは半世紀も前で、爺婆世代が被害を被った。でもシズルさん達、現役世代は直接被害に遭っていない。地位を奪われ、故郷から追放された間接被害に留まっている。しかし、叢雲一族は郎党ごと抹殺されそうになった上、悲劇が起こったのも13年前。風化なんかする訳もないし、親兄弟を殺された者が現役で中核戦力だ。……八熾を超える理不尽を強いられた叢雲一族に理を説いても、情が受け付けまい。


「やっほ!お散歩なら私も付き合うの!」


ナツメってオレが陰々滅々って気分になったら、即座に明るく登場するよなぁ。天性のムードメーカーここにあり、だ。


「雪村ナツメ特務曹長ですね。先ほどはありがとう。」


おや、ローゼが姫様モードに入りましたか。


「気にしないで。ロゼちんも大変だね!」


ロ、ロゼちん!? うまごろし♡までなら洒落にもなるが、さすがにこれはアウトだろう。オレらの後ろにはギロチンカッター三人衆がいるんだし……


「ナツメ、一国の姫君を相手に"ロゼちん"はマズいだろう。少しはオフィシャルな物言いというものをだな…」


オレがお小言を言い終える前に、ローゼは姫様バリアを解除してしまった。


「ボクの事はロゼちんでいいよ。ねえ、雪村特務曹長じゃ堅いから"ナッちゃん"って呼んでもいいかな?」


「もちろんオッケー♪」


ええんか、ホンマに……アンタら二人、ホンマにそれでええと思ってはるのんか?


関西弁でツッコんでみるが、実際に言葉にしてはいないので、当然リアクションは返ってこない。


「バスクアル大尉、ペペイン少尉、アンドレアス少尉、いいのか、止めなくて?」


衛士的にも問題だろうと思ったので、護衛の三人に訊いてみる。


「偉ぶらないのが姫様の偉いところだからな。」 「まったくだ。」 「うむ。」


ガーデンマフィアのオレが言うのもなんだが、この三人もはみ出し軍人みたいだな。お付きが"守護神"アシェスなら、速攻でキレていただろう。


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ロゼちん&ナッちゃんは十年来の友達みたいに仲良く並んで遊歩道を歩く。いくらなんでも、打ち解けすぎじゃねえかなあ?


「ふふっ。同盟兵士と帝国皇女が仲良くお散歩とか、どうなってるのかな?」


「問題ないの。ロゼちんはちゃんと線引きしてるんでしょ? だから私も線引きはしてる。戦場でまみえたら、それはその時、兵家の定め。」


「……うん。ボクとナッちゃんの間には、超えてはいけないラインが存在してる。」


「でも、だからって仲良くしちゃいけない理由にはならないの。蘊蓄好きのカナタが言うには、歴史上には"仲のいい兄弟、気の合う友人同士でも違う陣営に身を置き、命懸けで戦った例がいくつもある"そうだから。」


諸葛亮、諸葛瑾の兄弟が特に有名だな。弟は蜀漢の宰相、兄は孫呉の重鎮として、公的立場では敵対する事もあったが、私生活では大変仲が良く、家族の悩みなどを書簡でやりとりもしている。曹魏にも大物に成り上がった身内(諸葛誕)がいるから、まさに三国志は諸葛一族の物語だとも言える。三国志演義では亮ばかりがクローズアップされてて、瑾や誕は割りを食ってるけど……


つーか、呉自体の扱いが不遇なんだよ。周瑜、魯粛、諸葛瑾は史実ではもっと大物だし、劉備や曹操に比べりゃ小物扱いの孫権も、劉曹に比肩する英雄だった。……晩年はアレだったけどな。とはいえ、蜀漢、曹魏、孫呉の三国で最後まで存続したのは、呉なんだぞ!


「ナッちゃん、ボクはその線引きを無くそうと思ってるの。もしそんな日が来たら、ボクの友達になってくれる?」


「もう友達だよ。線引きが無くなったら、私が悪い遊びをいっぱい教えてあげるね!」


ナツメとローゼはお友達。……ナツメを起点に、シオンとリリスを説得して、めでたくローゼもオレの嫁に……いや待て。まだ三人娘を口説けてない。まずはそっちからだ。


「剣狼、その邪悪かつ醜悪な顔はなんだ!どんな悪巧みを考えている?」


バスクアル大尉に詰問され、我に返る。


「悪巧みは悪巧みだな。ケリー、そろそろ出て来いよ。」


木立の影から姿を現す凄腕エージェント。大中小の三人組が、自分達を育てた上官に駆け寄る。


「ボス!」 「大佐!」 「よく無事で!」


「俺がそう簡単にくたばる訳がないだろう。色々あったが楽しくやってるよ。裏切り者も始末したしな。」


ケリーと一番付き合いの長いバスクアル大尉は涙を浮かべて再会を喜んだ後、めちゃくちゃ怒り出した。


「ボス、いえケリー!だから私は"グースは信用ならない"って言ったんです!」


死告鳥の性格からして、さぞかしエスケバリとは気が合わなかっただろうな。


「そうプンスカするな。マリアンの忠告をもう少し重く受け止めていればな、と反省はしている。」


苦笑するケリーとプンスカしてるバスクアル大尉は、兄妹みたいな間柄らしいな。


「次からは女の勘を甘く見ない事!それから早く隊に戻ってください!」


「それがそうもいかんのだ。おまえ達の域には達していない新しい部下を抱えているんでな。」


「私達とどっちが大切なんですか!」


「おまえ達は俺がいなくてもやっていける。だが今育てている三羽ガラスにはまだ俺が必要だ。それにマリアン、それこそ俺が前から言っているように、少しは政治を考えろ。」


「私は政治は苦手です!ケリーだって知っているでしょう!」


まあ、見るからに政治や策謀が苦手そうなタイプではあるな。もし死告鳥にそれがあれば、副長は彼女だっただろう。ここは助け船を出しておくか。ケリーに帰国されちゃ困るし。


「バスクアル大尉、ケリーが帰国するには兵団となんらかの取引をせにゃならん。ケリコフ・クルーガー大佐は、屍人兵製造の生き証人でもあるんだ。」


「兵団と取引ですって!? 冗談じゃないわ!兵団にくれてやるのは取引ではなく制裁よ!」


師であり、兄のような存在を屍人兵として使い捨てにされかけたんだ。そりゃ激怒もするだろう。だが……


「現実問題としてそれが出来るか?」


オレがそう答えると、バスクアル大尉はローゼに懇願するような視線を向けた。しかし薔薇十字の総帥は、静かに首を振った。


「今は兵団と敵対する事は出来ません。もちろん彼らの非道はいずれ明らかにし、しかるべき罰を与えます。ですが、力に優る者を罰する事は出来ないのです。」


「ローゼ様は"力こそ正義"だと仰るのですか!」


姫様モードに入ったローゼは、手練れの兵士の詰問にも動じない。


「いいえ。ですが"力なき正義"にも意味はありません。声高に正論を叫んだところで、世界は何も変わらない。マリアン、私は必ずこの戦争を終わらせます。兵団を裁くのは、それからです。」


終戦を迎えれば、機構軍最強と謳われる"最後の兵団ラストレギオン"の価値は下落する。それはオレ達、アスラコマンドにも言えるコトだが、兵団と違って鬼畜の所業にゃ手を染めちゃいない。無頼ではあるが、外道ではないんだ。


「わかりました。我々ギロチンカッターは、ローゼ様の征く道にお供しようと思います。」


マリアンヘラ・バスクアルはおそらく"指示待ち人間"だ。しかし彼女は、"正しい指示を出す人間"を選ぶコトが出来る。それは立派な才能だと言えるだろう。


「バスクアル大尉、今は違う道を歩いているが、オレとローゼの目的地は同じだ。目指す先が同じなら、きっと道は交わる。」


我ながらいいコトを言ったと満足してるのに、ケリーがつまらんコトを言った。


「カナタ、別のルートで同じ目的地に到着するって事もあるんだぞ?」


「混ぜっ返すなよ!せっかくいいコトを言ったと自画自賛してたのに!」


キレ気味に言い返すオレの姿を見た一同が笑う。まったくもう、案山子軍団じゃエースなのに、こういう時はいっつもコメディリリーフだぜ。



でも、今回の交渉でローゼとオレの歩む道がグッと近付いたな。きっと遠くない未来に、道は一本に繋がるはずだ。


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