成立編8話 有言実行のお姫様



テーブルを挟んで座るオレとローゼは、押したり引いたりの駆け引きを演じる。


「現金と預金、それに有価証券、収蔵した美術品の類は持ち帰る。しかし保有する工業プラントや土地建物といった不動産は全て権利を譲渡する。ローゼ皇女、これが現実的な妥協点だと思うが如何でしょう?」


血を流さずに朧京以北の植民都市群を奪還出来るのだ。悔しい思いをする市民が出るに違いないが、引く側にもそれなりの手土産を持たせる必要がある。どんな解決法であろうと、万人の理解は得られない。


「正規の手続きを経て美術館から買い取った品の扱いはどうなりますか? 重要文化財に指定された美術品を買い付けた貴族もいるようです。」


オレとローゼの交渉は早い段階で大枠には合意し、相違点を潰す作業に移行していた。こちらが一歩踏み出せば、相手は一歩引く。相手が一歩踏み出してきたら、こちらは一歩引く。決して二歩目には踏み込まない、それをやったら交渉は難航する。


「当然、返還を要求します。正規の手続きを経たと言っても、圧力を背景にした商取引だ。そうでなくては重要文化財を売却する訳がない。」


「そういう背景があった事は認めます。ですが、対価を支払ったのも事実です。」


戦利品トロフィーとしての美術品に拘ってる貴族がかなりいるようだな。とはいえ、先人達が残してくれた文化財を放出したのでは、姉さんの威光に傷が付く。


解決策を考えるオレに、髑髏マスクの補佐役が妥協案を提示してきた。


「正当な取引ではないが、対価は支払った。ではこうしてはどうだろう? 売買契約書がないものは無条件で市に返還、売買契約書があるものに関しては、支払った代価を購入者に返金する。力を背景にした取引を、正当な取引でスタートラインに戻すのだ。どうしても持ち帰りたい重要文化財がある貴族は、当該の市を相手に個別交渉すればいい。拒否されるか、目玉が飛び出るような金額を提示されるかだろうが、受益者にも努力はしてもらわないとな。」


「それで結構だ。市の再建に金が必要な場合もあるだろうからな。」


当該市の判断による売却であれば、帝の威光に傷は付かない。一度は返却させた訳だからな。


"むしれるだけ毟るのが交渉だと勘違いしている馬鹿がいるが、そんなやり方は後々までたたる。有利な時こそ控え目に、だ。そうすればこちらが不利な時に、顔が立つようにと配慮してくれる。もちろんこれは、が相手という前提だが"


ローゼは話の通じる相手だ。かつて親父に教わった交渉のやり方を今回は踏襲する。皇女としての顔が立つようにしておくコトは、今後を考えても重要だろう。おっと、想定問答に付き合ってくれた教授にも感謝しないとな。


交渉は順調に進み、最後の争点が残った。オレもローゼもあえて最後に回した難題だ。


「最後の話を片付けましょうか。朧京での戦闘において、帝国軍は屍人兵を投入してきた。我々はこの暴挙を国家ぐるみの犯罪行為だと認識している。帝国側の見解をお伺いしたい。」


「帝国軍は屍人兵に関する全てに無関係、これが公式見解です。」


苦しげな顔を隠せないローゼ。クソッ!なんだって好きなコにこんな顔をさせなきゃならないんだ。


「私と交戦したレーム大佐は屍人兵ありきの戦術を弄してきた。また、屍人兵を操る帝国軍人の姿も目撃されているし、捕虜にもしています。彼らの証言では、帝国技術部から戦術アプリを供与されたそうですが?」


「公式見解は変わりません。帝国を名乗る不埒者の仕業ではないでしょうか?」


帝国軍はクロだが、ローゼと薔薇十字はシロ、屍人兵には一切関わっていない。だが、この件に関してだけは抗議ではダメだ。とはいえ、交渉の場で犯罪行為を糾弾したという事実で、矛を収めるしかないだろう。


「我々は帝国軍の犯罪行為であると認識し、強く糾弾します。龍の島そういう認識がなされているとお見知りおきください。」


我々は断固糾弾するが、帝国内では好きにしろ、落としどころはこれぐらいしかない。


「承りました。人間の尊厳を汚す行為を決して許しません。」


ローゼ非人道的な実験を認めないし、許さない。いずれ彼女がこの蛮行の落とし前をつけるのだろう。もちろん、オレも協力するつもりだ。


「そのお言葉を信じます。交渉成立ですね。」


「はい。龍弟侯とお話出来て光栄でした。」


「実に良かった。副理事長、我々は別室で合意文書の作成に取りかかりましょう。」


ランキネン副理事長は何度かメモを取っていたが、パーチ副会長は話をじっくり聞いていただけだ。こりゃ副会長も相当記憶力がいいな。


「そうですね。では少しお時間を頂きます。皇女と龍弟侯は、ゆっくりご歓談でもなさっていてください。」


副理事長と副会長は席を立ち、交渉を終えたオレ達と握手を交わしてから退出した。


──────────────────────


「積もる話もあるだろうから、俺も席を外そう。」


「ちょっと待ってくれ。離席する前に渡したいものがある。」


席を立った死神に、オレは懐から取り出した手紙を差し出した。封筒の裏には、龍を模した花押が記されている。


「桐馬刀屍郎殿に渡して欲しいと預かってきた。差出人が誰かは言わないでもわかるだろ?」


封筒を手に取った死神は花押を確認し、なんともやるせない眼差しになった。


「……剣狼、悪いが受け取れん。」


差出人を察した死神は手紙を返そうとする。ここにはいない叢雲一族を慮って、やせ我慢をするつもりなのだ。


「受け取ってもらわなきゃ困るんだ。姉さんに役立たずだと思われちまうからな。」


「……しかし…」


「どうしても義理立てしたいなら、読まずに破り捨てればいい。でも手渡すまではオレの仕事なんだ。頼む、受け取ってくれ!」


「……わかった。面倒をかけたな。」


「気にすんな。オレに出来たコトが、アンタに出来ない訳がない。」


平和になったら都に帰ってこいよ。オレや雲水代表だけじゃない、他の誰よりも姉さんが叢雲討魔の帰りを待ちわびているんだ。


「過大評価はしない方がいい。俺はおまえさんみたいにゃなれないだろう。」


手紙を懐中に仕舞い込み、オレの肩をポンと叩いた死神は、背中に哀愁を漂わせながら部屋を出ていった。命に代えても守ると誓った女が、巡り巡って仇の娘。故人を責めても詮ないが、御門の先代も本当に余計なコトをしてくれた。


……いや、まだ終わってない。劇の途中であるならば、御門ミコトと叢雲トーマの物語をハッピーエンドにする手が必ずある。今んトコは悲劇かもしれんが、そんな筋書きはオレが書き換えてやらあ。脚本を書いてる神サマをぶん殴ってでもな!


「……久しぶりだね、カナタ。」


公人の仮面を脱ぎ捨てた姫君の声で我に返る。オレとローゼはやっと再会出来たんだ。悲劇の解決策はおいおい考えるとして、今は喜びを噛み締めよう。


少し背が伸びて大人っぽくなったローゼに、渋い大人の笑顔(当人比)で応じる。ここはクールに、カッコいい姿を見せないとな!


「おう。ローゼ……おっぱいがデカくなったな。」


……あれ? なんか違うぞ?


「カナタのバカァ!!」


いってえ!思いっきり平手打ちを食らわせやがった!


「ちょっと言い間違えただけだろ!背が伸びたなって言おうとしたんだ!ニュアンス的には伝わっただろ!」


「もうもう!せっかくの再会なのに台無しだよ!カナタのエッチ!ドスケベ!変態!」


エッチ→ドスケベ→変態……オレは出世魚か。


「だからっていきなりひっぱたくか? お姫様のやるコトじゃねえぞ!」


「ギデオンさんから聞いてない? "今度逢ったらひっぱたく"って伝言したはずだけど?」


……そーでしたね。これは有言実行のお姫様ですわ。


「ハハハッ、確かに聞いたよ。予告通りにやりやがったな、このお転婆姫め。」


「お転婆で悪うございました!でもカナタが悪いんでしょ!おかわりが欲しい?」


腰の入った構えで平手を掲げるお姫様。いい師匠に師事したみたいだな。


「やってみな。当たるとは思えないけどね。」


「甘く見てると痛い目に遭うよ。老師に拳法を習ってるんだから!えいっ!」


ああ、頑張ってるのはよくわかったよ。オレには通じないけどな。ついでに言えば力みすぎ。


ヒョイと平手を躱してっと……やっぱり体勢を崩すんだな。勢いあまって前のめりになった体を柔らかくキャッチだ。およよ? そんなにしがみつかなくても、倒れたりしないだろ? しっかり支えてんだからさ。


「……カナタ……逢いたかった!逢いたかったよ!」


「……オレもだ。」


亜麻色の髪とくびれた腰にそっと手を回して抱き締める。こんなところを剣聖や守護神に見られたら決闘を挑まれちまうな。




再会した姫君からはほのかだけど、とてもいい匂いがした。男前が下がるから、鼻をヒクつかせるのはヤメとこう。


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