成立編2話 父の残した品と、父の指南
ソードフィッシュに戻ったオレは、一人で艦長室に戻った。シオンはといえば、"おっぱい枕"を恋しがったナツメに腕を引っ張られて退場、末っ子気質のワガママには相変わらず弱い。
オレも艦長室改め、団長室で寝酒でも呷ってからオネンネしますか。
壁付けのキャビネットから酒瓶を取り出したところで、ドアがノックされる。
「本日の業務は終了しました。明日、出直してください。」
「そりゃ残念だ。いい酒を持ってきてやったんだが、明日まで残ってるといいな。」
サイコキネシスでドアを開けて、手招きする。ウォッカのコトだからいい酒ってのも
「よっ、軍監殿!たまには下っ端と一緒に飲もうぜ!」
「昇進しろって何度も言ってんのに、頑として拒否るオッサンがなに抜かす。」
グラスを二つ持ってソファーに移動する。手土産持参のウォッカもデカい尻をソファーに沈めた。重量級を想定した椅子だから、軋んだりしない。
「カナタのお陰で過去にはケリがついたんだがな。下っ端の気楽さに慣れちまうと、なかなか昇進しようって気にはなれねえ。もうビーチャムには俺の補佐なんざ必要なさそうだから、頃合いっちゃ頃合いだけどよ。」
「急成長してるが、まだ尻の青さはある。熟練兵の補佐が必要ないなんてコタァない。」
ウォッカは戦闘能力以上に貴重なキャリアを持っている、ビーチャム隊の要だ。せめて小隊長はやって欲しいってのが、偽らざる本音なんだが……
「俺よりカナタこそ昇進しろよ。特務少尉が師団の指揮を執った例なんぞ、近代戦じゃ初めてだろう。いくらなんでも無茶苦茶だ。」
「問題ない。無理、無茶、無謀を通すのがアスラコマンドだ。」
トウリュウとグンタからは"とにかく昇進しろ、いいから昇進しろ"とせっつかれてる。戦役にカタが付くまで待てと逃げてはみたが、何らかの答えは出さなきゃなるまい。
「才能のある奴は大変だなぁ。俺は凡人でよかったぜ。さあ、利き酒大会と洒落込もうや。」
グローブみたいなゴッツい手でラベルを隠したウォッカは、オレのグラスに蒸留酒を注ぐ。上背があって横幅も広い巨漢のウォッカは、案山子軍団で最重量の兵士。体もデカいが手もデカく、市販のハンドガンでは小さすぎて手に合わねえから、特大サイズの特注品をあつらえさせてるぐらいだ。
「やっぱウォッカなのかよ。オレが初めて飲んだ、いや、飲まされた酒もウォッカだったな。」
「ガハハッ!あん時ぁ面白かったな!茹でダコみたいな真っ赤な顔で、マンガみたいな"キリキリバターン"を拝ませてもらった。……能書きだけは立派な新兵が、こんな強者に育つとはなぁ。」
新兵歓迎会の内幕を、もうオレは知っている。ウォッカはマリカさんに頼まれて、わざとオレに絡んできたのだ。一番隊でその実力を認められているガード屋を相手にいいところを見せれば、オレに箔が付くから。
もしウォッカが本気で戦えば、オレは負けていただろう。でもこのベテラン兵は、生意気な新兵の為に噛ませ犬を演じてくれた。仲間の為なら自分を殺せる、イワン・ゴバルスキーはそういう男だ。
「みんなのお陰だ。支えがなければ、オレはここまで来れなかった。」
「まだまだ先へ進んでもらわなきゃ困るぜ。乾杯しよう、龍の島の安寧に!」
まだこの戦役は終わった訳じゃない。だが、ウォッカはもう終わったと読んでいる。その読みはオレも同じだ。これ以上傷口を広げたくないなら、手仕舞いにするしかない。それがわからないほど皇帝はバカじゃなかろう。
「乾杯だ、親征軍の勝利に!……うおっ!この酒めちゃくちゃ旨いな!どこの銘柄なんだ?」
「だろう? カナタが大仕事を終えた後に、一緒に飲もうと思ってたんだ。じゃあヒント1。この酒は、現在どこにも売ってない。」
非売品……ってコトは!
「親父さんの工場で造られたウォッカなのか!」
観艦式でザラゾフ元帥から貰った二本のウォッカは、
「ビンゴだ。……本当に旨い酒だな。親父は腕のいい酒造職人だったらしい。」
名職人の息子は職人気質の兵士になった。味のある、いい兵士として部隊を支えてくれている。
「この酒がもう飲めないなんて、残念だ。」
「いや、そんな事はねえさ。人の造りし酒は、再現出来るかもしれん。もし、生きて退役出来たら、俺はこの酒を甦らせようと思う。」
雲水代表もだけど、俺が死んだらみたいな例えはしないでくれ。大切な仲間から聞きたい話じゃない。
「出来たらじゃねえ、するんだよ!旨い酒がある、親父さんの残した遺産が……だったら再現するっきゃねえだろ!」
「確かにな。……夢が叶うかどうかはやってみなきゃわかんねえ。俺はこの戦争を生き抜いて、たんまり稼いでから退役する。で、その金を元手に酒造会社を設立だ。フフッ、セカンドキャリアとしちゃ悪くねえ。」
「ロリコンのオッサンにしてはいい夢だ。きっと叶うさ。」
「ロリコン? おい、ロリコンはカナタだろうが!」
「ざーんーねーんーでした~。ウォッカ
も、と言わなきゃいけないのが問題だよな。でもオレがリリスさん大好きなのは事実だしなぁ……
「全く身に覚えがねえ!リリスあたりが広めた噂じゃないだろうな!」
広めたのはリリスかもしれんが、まるきり冤罪って訳でもない。
「リムセとしょっちゅう一緒じゃねえのよ。そりゃ疑惑の一つも湧いて出るさ。」
痛いところを突かれたウォッカは口をへの字に曲げた。兄貴分として年少兵士の面倒を見ていたのが、今回は仇になったのだ。リムセ&ウォッカは軽量アタッカーと重量ブロッカーで相性が良く、同じ一番隊からの移籍組として、戦場でも息の合ったコンビネーションを見せてるしな。
「いやいや……俺は29、リムセは17だぞ。常識的に考えて、あり得ねえだろ……」
「え!? ウォッカって20代なのかよ!サバ読んでねえだろうな!」
「カナタは部隊長だろ!隊員の軍歴ファイルを見てねえのか!」
「ちゃんと見てるさ!ウォッカの年齢なんて、どうせオッサンだろうと思って読み飛ばしただけだ!そんな顔で二十代とか年齢詐欺もいいとこだぞ!ロブ以上の老け顔じゃねえか!」
濃ゆい髭に騙されたってのもあるけど、老け顔なのは間違いない。まさかギリギリとはいえ二十代だなんて、思ってもみなかった。シオンパパに喧嘩を売ったのは、十代の時の話だったのか……
「老け顔で悪かったな!カナタだっていずれはオッサンになるんだぞ!」
見た目は四十に見えるオッサンは、当たり前の事実を新発見のようにがなりたてる。
「おう!カッコいいオッサンになってやらあ!そん時ぁウォッカは、もう爺さんだな!」
「カッコいいオッサン? 軽いオッサンだろうが!そもそもカナタがオッサンになれるのか? 戦場じゃ無敵かもしれんが、女に刺されて死ぬかもしれんぞ!」
今度はオレが口をへの字にする番だった。刺されて死ぬかどうかはともかく、平和になったら修羅場が待っている。それは間違いのない事実なのだ。
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艦長室での飲み会では、ゴバルスキー酒造のウォッカは一杯だけ飲んで、後は他の酒を開けた。善は急げ、戦友ウォッカの酒造工場再建計画には手を貸してやりたい。封を開けた銘品は御門グループの酒造工場に渡して、成分分析を始めてもらおうと提案し、ウォッカも了承してくれた。
朝一で雲水代表に電話を入れて、銘品の取り扱いについて相談する。企業人としてすこぶる優秀な御鏡家当主は、WINWIWになるであろうプランを提示してくれた。
①首尾よくゴバルスキー酒造のウォッカを再現出来れば、その販売権利は5年間、御門酒造が保有する。
②販売数に応じたインセンティブは、イワン・ゴバルスキー氏にも支払われる。
③銘品として市場に名を売った商品の権利と製法は、契約期間終了後にゴバルスキー氏に返還される。
"ベンチャー企業の難しさは、主力商品の開発にある。我々の協力で獲得したネームバリューを武器にすれば、酒造工場の再建も上手くいくのではないかね?"と言った雲水代表は、すぐに使いを寄越して原酒を取りにこさせた。
ウォッカの件はこれでいい。今日の午前は帝国との停戦交渉のシミュレーションに充てる。そろそろ教授から連絡が入るはずだ。
「挨拶は抜きだ。準備は出来てるか?」
教授の声ではあるが、画面にオレそっくりの姿はない。暗転した画面の中央で光るPの文字。目を閉じてアイカメラの画像を閲覧し、今日の日時とPの字体が一致しているコトを確認する。よし、教授からの通信に間違いない。
「ああ。始めてくれ。」
ディスプレイに現れるローゼの姿。帝国はオレの出した交渉条件を全て受諾した。自由都市カムランガムランで、オレはローゼと言葉で戦うコトになる。
「では最初にこちらの絶対条件の一つを提示しましょう。帝国は此度の内乱で生じた捕虜全員の返還を求めます。」
声まで似せてきたか。ボーカロイドの発達した世界ならではだな。
「まず、認識の違いを指摘しておこう。此度の戦いは内乱ではない。帝国が不法に占拠した都市群を我々が解放した。共同文書に内乱という言葉を記すコトは許容出来ない。記すなら"解放戦"にしてもらおう。」
「……なるほど。では、"戦役"と呼称するのは如何ですか?」
ここは妥協してもいいラインだ。どうせ、お互い内向きには好き勝手な呼び方をするんだからな。
「いいでしょう。先程の条件に応じるのはやぶさかではない。対価として龍の島からの完全撤退を要求する。これがこちらの絶対条件だと考えて頂こう。」
「龍の島にある捕虜収容所は既に満杯で、兵舎まで収容所に使用していると聞きます。捕虜を養う経費も馬鹿になりませんし、捕虜の返還はそちらにも利のある話では?」
そう来るか。……さて、どう答えたものか。
「どこで聞かれた話かわかりかねるが、心配には及ばない。島国だけに、孤島が数多くある。罪人が島に流されるのは、古来よりよくあるコトだ。」
「待てカナタ。罪人という言葉はよくない。パーム協定に"捕虜を犯罪者として扱ってはならない"と明記してある。空文化した協定ではあるが、交渉の場では武器になり得るぞ。それにいくら有利な立場にあっても、交渉の序盤で威圧交渉だと思わせてはいけない。強い立場にある事をアピールするのは、もっと後になってからだ。」
教授の指摘に頷き、言葉を練り直す。
「どこで聞かれた話かわかりかねますが、ご心配には及びません。島国だけに、孤島が数多くある。点在する島々の廃棄施設に手を入れれば、人道面にも配慮した収容所として使えるとの報告を受けています。」
「オーケー、それでいい。言葉使いは柔らかく、主張は鋭く、それが交渉というものだ。」
……ふう。教授を交渉人に指名したいぜ。いや、ローゼが帝国を背負って交渉の場に出てくるってのに、オレが逃げられるか!
あのお姫様はもう雛鳥じゃない。鳳凰として覚醒している。気合いを入れてかかんねえと、こっちが喰われるぞ!
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