成立編3話 息子が天然ジゴロで正直困惑している


※前半部は完全なネタエピソードです。興味のない方や当該のゲームをご存知ない方は、後半部だけ読まれる事を推奨します。



チャラリラリーンと禍々しい音楽が響き、ゲーミングPCで遊んでいた娘が眉をひそめる。


「もう!階段を降りた途端にモンスターハウスは反則でしょ!」


「アイリ、こういう時に機転を利かせて切り抜けるのが風来人の醍醐味だぞ?」


慣れてくれば、この状況を楽しめるようになる。これは理不尽を楽しむゲームなのだ。


「アイリは風来人じゃないもん!う~、どうしたらいいのかなぁ。階段はないけど、幸い大部屋じゃない。通路までどう逃げるかを考えればいいんだよね……」


「まず落ち着きなさい。そしてアイテムウィンドウを開くのだ。駆け出し風来人は、即座に動いて墓穴を掘る。持っているアイテムを全て確認してから策を考えるのが中級者だ。」


アイリはアイテムウィンドウを開いて手持ちのアイテムを確認する。


「上級者はどうするの?」


「上級者は突発モンスターハウスに遭遇した場合にどう切り抜けるかは、あらかじめ考えている。それでもアイテムの確認はするがな。……まったく。アイリはまだまだビギナーだな。それなりに階層を進んでいるのに、草が未識別で残ってるじゃないか。浅い階層にいる間に草は※漢識別しておくのが風来人だぞ。」


「アイリは女の子だよ!」


そういう意味で言ってるんじゃない。漢識別は風来人用語だ。


「ほう、場所替えの杖は持っているようだな。」


「転ばぬ先の杖と場所替えの杖って地味だけど、とっても有用だもんね。それはよくわかった。」


うむうむ。私の娘だけあって、見所はある。一流の風来人になる素質はあるようだな。


「場所替えの杖を何度使ったか覚えてるかい?」


「覚えてる訳ないよ!お父さんみたいな記憶力は普通じゃないんだからね!……うーん……入れ替えて動いて入れ替えて……3回は振らなきゃいけないよねえ。」


ここらへんのゲーム性は詰め将棋のようなもので、私は大の得意にしている。


「3回ではなく4回だな。杖の使用回数が足りるかどうかは賭けになるが……」


「初手、めぐすり草いきます!近くに落とし穴かジャンプ罠があればオッケーだもんね!」


それが鉄板だな。めぐすり草が識別してあったのは幸いだった。モンスターハウスはモンスターとアイテム、それに罠が一杯なのだ。


「も~!……使えそうな罠がないじゃん。」


そうそう都合よく脱出可能な罠に恵まれたりはしない。だが状況は変わったな。


「罠や見えない敵が見えるようになったな。アイリ、この階層にはエー〇ルデビルがいるぞ。特徴はなんだったかな?」


「めぐすり草か透視の指輪がないと姿が見えないんだよね?」


「特徴はもう一つある。」


「え~と……杖の魔法弾を反射するんだった!一時しのぎの杖は持ってる!」


エー〇ルデビルを見つけたアイリは場所替えの杖で位置を調整し、魔法弾を反射する悪魔に一時しのぎの杖を振った。一時しのぎの杖の効果はモンスターを階段の上まで飛ばす、だ。反射されれば、自分が階段の上まで飛ばされてしばらく麻痺する。近くにモンスターがいれば一発だけ殴られるが、罠だらけの部屋で取り囲まれるよりマシだ。


うむ。跳ね返った魔法弾で階段のある部屋までワープし、なんとか窮地を切り抜けたな。


「ありがとう、お父さん!」


「お父さんは上級風来人だからな。この程度はお茶の子さいさいだ。」


「光平さん、娘にいいところを見せられたわね。さあ、おやつの時間よ。」


風美代は珈琲とココアの入ったティーカップと、お茶菓子の自家製クッキーをテーブルに置いた。


「愚問だとは思うが、キミも風来人なのだろう?」


珈琲を啜りながら訊いてみると、妻はしれっと答えた。


「一応ね。最終ダンジョンを※トド狩り&強化の壺ナシでクリアした程度には、ですけど。」


……とんでもない上級者がここにいた。トド狩り禁止は私もやっているが、強化の壺もナシか。暇が出来たら挑戦してみよう。他はともかく、このゲームでだけは負けたくない。


───────────────────────


アイリにせがまれた風美代はイタチのぬいぐるみを縫い始めた。確かに語りイタチのコッパ先生は可愛いからな。


「ただいま、コウメイ。おや、丁度おやつの時間でしたか。」


「出張お疲れ様、珈琲を淹れてくるわね。」


キッチンに向かう風美代の背中に相棒が声をかける。


「三羽ガラスの分もお願いします。もうじき戻って来ますから。」


バートと三羽ガラスは工作班を連れて、神難のアジトから龍足大島に出張していた。帝国が交渉を求めてきたので、予定していた蜂起計画は中止。話し合いで解決出来るのなら、無駄な死人を出す必要などない。


「コウメイ、ケリーは戻ってないんですか?」


「朧京からカムランガムランに飛んでもらった。交渉の舞台となる山荘の安全確認と、往復の空路の偽装工作をしてもらう為にな。」


「ケリーも大忙しですが、コウメイの黒幕稼業も大変ですね。」


私はハードワークを苦にしない。給与はさておき、労働時間においては超絶ブラックな官僚稼業を長くやってきたからな。


「黒幕ではなく、黒子だよ。カナタがやろうとしている事を、サポートするのが私の仕事だ。ま、フィクサーを気取っているのは否定しないが。」


黒幕フィクサーとは、表舞台に立たないリーダーだ。しかし私は息子の歩む道を補佐するだけの存在、意思決定権はあくまで息子とミコト姫にある。そこがフィクサーとフィクサー気取りの相違点だ。ミコト姫が国家元首、カナタは軍人、雲水代表は政治家、私は三人の影に潜む参謀でいい。


「息子さんは帝国との交渉をまとめられそうですか?」


「十中八九、まとめるだろう。」


カナタは軍人のみならず、交渉人としても優れている。交渉の争点と定めたポイントは的確で、妥協していい箇所、譲れない箇所の選定も巧みだ。国家間の交渉に臨むのは初めてだから、細かいアドバイスをする必要はあったが、それもすぐに飲み込んだ。


財務官僚だった頃に支えた大臣の多くは、事務方が事前交渉で詰めておいた内容を、正式会談で合意するだけの存在だった。


カナタは逆だ。大枠は自分で定め、その枠内での調整を事務方に任せる。私と雲水代表は、カナタに判断基準となるデータを提示すればいいだけだ。小難しいデータを要約する係は、リリス嬢がやってくれるだろう。枝葉を取り払って根幹を露出させる手腕において、あの天才少女を超える者はいない。惚れ惚れするような手際の良さに、私も舌を巻いたものだ。


リリス嬢が日本の官僚になっていたら、省を問わず事務次官になっていただろう。……いや無理か。リリス嬢には馬鹿に向かって馬鹿と言ってしまう残酷さがあるからな。相手の愚かさをオブラートに包んで指摘する話術を確信犯的に放棄している限り、霞ヶ関での出世は望めない。


「十中八九という事は……一か二は、失敗の目があるんですね?」


「100%まとまる交渉などない。それだと交渉の名を借りた儀式だ。不確定要素としては、アデル皇子の横槍が入る、とかかな。」


「アデル皇子は帝国の王族でしょう。自国に不利益な真似をしでかしますか?」


国益が自己損失に繋がる場合もある。国士か否かの分かれ道はそこだ。自分、もしくは自分の所属する組織に不利益であろうが、国家に益があるのなら受容する。それがなかなか出来ないのさ。


「あのボンクラ皇子の能力を考えれば実行不可能だとは思うが、歴史を転換させるのは、賢者の為した偉業よりも、愚者の犯した愚行だったりするものだ。バート、停戦は帝国の国益にはなるが、皇子にとっては不利益なんだ。ただでさえ臣民の評判が高い皇女が、また功績を上げる事になる。」


永田町や霞ヶ関にも腐るほどいた。国益よりも党益、省益を優先する輩が。民間企業なら自社の利益を追求するのが当然だが、公僕に我田引水は許されない。


「コウメイが皇子の参謀だったら、どんな手を打ちます?」


「皇子に心を入れ替えてもらう以外の手はないな。今までの罪を妹に詫びて、自分が皇帝になったら、皇女を宰相に任命して国政を委ねると確約させるしかあるまいよ。」


「しかしそれでは傀儡の皇帝としてしか名が残りませんよ?」


「正妻との間に生まれた嫡男でありながら、異母妹に負けた無能と呼ばれるよりはマシだろう。歴史上には明らかに自分より有能な宰相を持った君主がいくらでもいる。有為な人材を最後まで活かし切った君主は名君として評価され、歴史に名を残す。もう手遅れな感じはするが、アデル皇子が後世の歴史家から前向きな評価を得たいのなら、妹に権力を預け、邪魔をしない事だ。そうすれば、"無害な皇帝"として記録されるだろう。」


私だったら、あんな皇子の参謀役はそもそも引き受けないがな。プライドが高くて能力が低い人間の末路は、無様で悲惨と相場が決まっている。


「心を入れ替えたところで、"無害"までしか巻き返せないのですか。王族も楽ではありませんね。」


「ゲーム序盤で大量失点してるんだ。引き分けまで持っていけたら御の字だろう。彼の不幸は二つある。自身が無能であった事、そして有能な妹がいた事だ。カナタが"将の将"と評価するローゼ姫からは、私も稀有なカリスマ性を感じるよ。しかもまだ伸びしろがありそうだ。」


カナタはえらくローゼ姫を買っている。敵味方の垣根を越えて、英明な人間を尊敬するのは良い傾向だと言え……まさか帝国のお姫様にまでコナをかけてはいないだろうな!


……魔女の森で二週間ほど一緒に過ごした話は聞いたが……もしや……



……ないとは言えんのが怖い。カナタは自覚のないジゴロだ。……心臓に悪い、もう考えないようにしよう。



※漢識別とは

コンシューマーゲーム(後に第1作のみスマホにも対応)の名作"風来のシ〇ン"におけるテクニック。判別不能なアイテムを使用して識別する。最難関のダンジョンでは、拾えるアイテムは全て未識別状態なので、必須のテクニックと言える。暴走状態になるキ〇ニの種を飲んでしまい、勝手にモンスターハウスに突っ込むとか、裏目に出る事もあります。……マジで勘弁してください。


※トド狩り、強化の壺

風来のシ〇ンでのテクニック&アイテム。トド狩りとは、必ずアイテムを落とすモンスター、ぬすっトドを分裂させてアイテムを稼ぐテクニック。強化の壺は入れた剣、盾を強化し、杖の使用回数を増やしてくれる強力なアイテム。どちらも最終ダンジョンの攻略難易度を大幅に下げられる。


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